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第2話 子供の頃から通う店はどこかレトロな愛着がある
しおりを挟む――――馴染みの床屋。そこはいつも閑散としていて古ぼけた内装の店だ。
入ってすぐの待合室は真昼間だと言うのにやたら薄暗く、店内は整髪料か何かの薬品の青臭い匂いがプンっとする。
ボコボコにへしゃげた乳白色のロッカーの上に、これまた古めかしく小さなブラウン管のテレビが乗っている。画面は砂嵐混じりで明滅し音声もノイズ混じり、今にも絶命しそうである。
市松模様だがヒビだらけの床の上にニスが偏って塗られた粗末な木のテーブルが鎮座してあり、灰皿が置いてある。
傍には読み古された漫画や週刊誌、子供の目にはちょっと毒なオトナ向けの雑誌などが入ったマガジンラックがある。
小学生の頃、興味本位でその手の本を手に取って開こうとしたらたまたま順番待ちをしていた近所のおじさんに「コラ!子供がこんなもん読むんじゃあねえよ!」って怒られたっけ……。
そんなことより。
今日は客がいないようだ。
待合室からガラス越しにカットを行なう部屋を覗き見たが、誰もいない。
僕は、店員を呼んでみた。
「すみませーん! 誰かいますかー?」
返事はない。
だが、僕の呼びかけに反応して物音が聴こえた。
数秒ほどカット室を覗き込んでいると……老人らしき声が返ってきた。
「はいはい、ただいま……あー、今、準備に手間取っておるでの。すまんが、少し座って待っててくださいな。お詫びに、そこの冷蔵庫のフルーツ牛乳飲んでエエから……」
「あっ、はいー、わかりました」
年寄りと思われる店員に返事をした。開店中なのに、まだ準備中なのか……。
だが、僕はその時ラッキーだと思った。
蒸し暑い外気からこの店に入って涼めるだけでもまずは嬉しいからだ。ボロい印象を受ける店内だが、空調だけは何とか効いていた。おまけに、隅っこに鎮座しているこれまた薄汚れた……古いホテルの室内用だろうか? そんな風情の冷蔵庫のフルーツ牛乳をくれるという。
僕は汗を手持ちのタオルでひと拭いしてホッとひと息。夏場に適度に空調が効いた部屋に冷えた飲み物とは、それだけで極楽だろう。
冷蔵庫の扉を開けると、確かにフルーツ牛乳の瓶が何本か冷えている。銭湯などでも売っているタイプだ。
僕は待たされることの苦痛なんて頭のどこかに放棄して、フルーツ牛乳を一本取って近くの革のソファーに座った。躊躇いなく瓶の蓋を開け、ゴクゴクと中身を飲む。
「……くはーっ、生き返るなあー」
冷たく、フルーティな風味で口と喉を満たし、僕は思わずおっさんのような声で嘆息した。でも、誰だって猛暑の中涼めた時のこの気持ちはわかってくれるだろう?
――――実際、もし今……他に客がいれば、僕はただのおっさんに見えていたに違いない。
これは僕にとって若干のコンプレックスなのだが……僕は人一倍顔の彫りが深くて、老け顔だ。
おまけに、何かの遺伝なのかは知らないが……僕は背がやたら高い。こう言うと背の低い人への嫌味に聞こえてしまうかもしれないが、背が高すぎてかえって周囲に恐がられるほどだ。
確か……この前の身体測定で測った時は、身長は一九〇cmジャスト、体重は七十五キロだった。まあ、今みたいにTシャツにジャージのズボン姿なら高校生には見えないだろうな。
この体躯なら一見パワー系のスポーツ競技に向いてそうだが、運動センスは無いから運動部の勧誘は断っている。
何より、パワー系のスポーツは恐いから苦手だ。
スポーツの全てが悪いとまでは思わないが、荒々しい気質や根性が求められるような部活は僕に合わない。暴力的なモノや競争意識の強いモノはあまり触れたくない。
などとぼんやり考えながら十数分ほどフルーツ牛乳を飲んで明滅したテレビを眺めていると、カット室から声がかけられた。
「いやあ、待たせて済まなんだ。準備は出来たから……こっちへどうぞぉ」
「あ、はいー」
気さくそうなお爺さんの声に軽く返事をして、僕は飲み干したフルーツ牛乳の瓶を冷蔵庫の近くのゴミ箱に捨て……カット室へ足を踏み入れた。
そこには、いつもの理容師ではなく、腰が曲がったかなりの高齢と見られるお爺さんが理容師用の前掛けをして立っていた。
何か妙な予感をうけつつ……僕はお爺さんが横でスタンバイしている座椅子に歩み寄り、座った……。
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