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2019年10月2日。みうらじゅんから学ぶ無関心への関心と『無』
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10月2日。
エッセイは基本的に作者の自由に感じたことを書くものだとは思うが、暗いことを書いていると自分も気分が沈みそうになるかもだし、きっと読者の皆さんも快くない。なるべく明るい書き方を心掛けたいものだ……と言っても自然に書いていて堅苦しい書き方になるのなら、それもやむなしかと思う。
少し前の話だが、作業所でみうらじゅんが大学などで講義する動画を見た。
みうらじゅんに関してはよく知らなかったのだが、両親が寛容さに溢れた大変に善きご両親で、小学生の頃から仏教にハマっていたことなど知らなかったプロフィールも知れた。
みうらじゅんは『修行』と称して大して興味関心も無いことをわざわざ無理して鑑賞しようとしたり、全く自分の肌に合わないファッションを着てみたりするなど、とことん『普通』が嫌いな偏屈な人だなー……と思った。やってることもほとんど苦行じゃあねえか。釈迦のように苦行を経て苦行が無意味だと知って悟りを得るつもりなのだろうか。ご両親が善い人で良かった……。
だが、動画の中で本人が話していたことは一理あるな、と思った。
『無関心なことに関心を持つことこそ、新たな価値観や知識を得て、脳が活性化するのに繋がる』
確かにそうだ。自分の成長は今自分の中にあるものだけでなく、自分の中に無い、外部からの刺激によってもたらされる。
毎日同じことをすることも脳がリラックスするし、無駄とまでは言わないが……真に自己成長するためには、例えば興味は無いけど話題の映画を観るとか、専門知識はないけど異性が読みそうな雑誌や書籍を読むとか……気持ちが乗らないのは苦痛かもしれないが、未知なるものを知ることは大事だと思った。特にクリエイティブな世界を目指しているとか、目指さなくともそんな創作的な趣味を充実させたい人には重要なことではないだろうか。
僕の兄にも近いことを言われた。
「世の中見渡せば有名なもの、人気のあるもの、話題のものは必ずあるだろ。そういうのを片っ端から観察して、パクれ!!」
『パクれ!!』というのはさすがに言い方が悪いが、まあ意味は近いものだろう。世の中で目立っているものには『楽しい』以外の『何か』がある。それを自分なりに咀嚼して表現活動や、普段のビジネスにおいての知見を深めることに役立てる。向上心の強い人やプロならみんなやっていることだ。みうらじゅんが『修行』と称して自分を殺してまでやっていることは、その上級者向けなことなのかもしれない。
もうひとつ、みうらじゅんは語っていた。
『人は元を辿れば宇宙の無から生まれ、やがて無に還るだけ。たまたま得た命、必要以上に不安がったり恐れることはない』
これももっともだ。
大自然も遥か太古まで遡れば宇宙すら生まれる前の『無』。人は死ねば火葬なり土葬なりで自然の一部に還る。ただ『元に戻るだけ』なのだ。そう考えれば生きるという活動をしている中で、必要以上に不安がったり何かを恐れたりすることは極論を言えばそれこそ『無駄』なのだ。どうせ宇宙の歴史に見れば一瞬の人間の生。死んだ後にお金も名誉も地位も人格も愛する人も持ち越せはしない。名作RPGの『強くてニューゲーム』は一切ないのだ。
みうらじゅんが言うように「自分が死を迎える瞬間、走馬灯が見えて
『自分の人生これで終わりかあ……つまらない人生だったなあ……』
と落ち込んで無に還るよりも
『走馬灯という1本の映画でも観ている気になって(BGMはスターウォーズ、自画像はハリウッドアクションスター、学生時代はめちゃくちゃ充実してた、経済的にも恵まれていたなど)』、最後はスタッフロールが流れて……最高に充実した一生だったぜ!! と捏造してしまうくらいが幸せな最期だと思うよ」
という進言には痛快な笑いが起きた。
『終わりよければすべてよし』なんていう言葉もある。過程や方法をすっ飛ばすとまでは言わないが、最期さえ満足して無に還れれば本人は勿論、本人の周囲の人にとっても幸せなことなのではなかろうか。
と、ここで敢えて上述のことをネタにしたような話題も書いてみる。
僕は8月の末、兄と『ドラゴンクエスト・ユアストーリー』を観に行った。
そう。
ネット上で散々叩かれている、窮めて低評価なあの映画だ。
兄はドラクエ5に格別な思い入れがあった。ままならぬ人生の旅を、シリーズ屈指の苦労人である主人公に己を重ねて見ていたのだ(何故そこまで自分とオーバーラップしていたのかはイマイチ解らんが)。
「例え散々な評判だろうと、ファンだから観に行く」
そう息巻いていた兄を止めることは出来なかった。
年に数回しかない兄弟水入らずのイベントだし、「今からでも違う映画を観ないか?」と提案しても頑なに了承しなかった…………だって紫のターバン代わりにタオル頭に巻いてるんだもん。LINEで連絡取ってたら「こちら○○(兄がドラクエ5で初めて付けた主人公の名前)だ……」とか言ってるんだもん。ネットでネタバレ記事とか読んでるにも関わらず聞かないんだもん。ファンタジーの世界にダイヴしてるんだもん。
そして観劇。
例のオチで、僕たちは凍てつく波動を喰らった!!
ああーっ!! 映画を観てきて受けたバフ呪文(スカラ、ピオリム、バイキルトなど)とこれまでのドラクエ5の経験値が!! かき消されていくううううウウウゥゥゥ!!
そして、無に還った気持ちで、映画館を後にした。
「全然がっかりなんかしてないよ」
そう僕に言いながら煙草を吹かす兄は、目が泳いでいた。心做しかオーラもゆらゆらと動揺していた。
これが『無』か…………生きている上で変に何かに執着したり思い悩んだりするのが馬鹿馬鹿しく思えてくるな…………これが『無』を取得することか。
いや、絶対違うでしょ。あははは。
エッセイは基本的に作者の自由に感じたことを書くものだとは思うが、暗いことを書いていると自分も気分が沈みそうになるかもだし、きっと読者の皆さんも快くない。なるべく明るい書き方を心掛けたいものだ……と言っても自然に書いていて堅苦しい書き方になるのなら、それもやむなしかと思う。
少し前の話だが、作業所でみうらじゅんが大学などで講義する動画を見た。
みうらじゅんに関してはよく知らなかったのだが、両親が寛容さに溢れた大変に善きご両親で、小学生の頃から仏教にハマっていたことなど知らなかったプロフィールも知れた。
みうらじゅんは『修行』と称して大して興味関心も無いことをわざわざ無理して鑑賞しようとしたり、全く自分の肌に合わないファッションを着てみたりするなど、とことん『普通』が嫌いな偏屈な人だなー……と思った。やってることもほとんど苦行じゃあねえか。釈迦のように苦行を経て苦行が無意味だと知って悟りを得るつもりなのだろうか。ご両親が善い人で良かった……。
だが、動画の中で本人が話していたことは一理あるな、と思った。
『無関心なことに関心を持つことこそ、新たな価値観や知識を得て、脳が活性化するのに繋がる』
確かにそうだ。自分の成長は今自分の中にあるものだけでなく、自分の中に無い、外部からの刺激によってもたらされる。
毎日同じことをすることも脳がリラックスするし、無駄とまでは言わないが……真に自己成長するためには、例えば興味は無いけど話題の映画を観るとか、専門知識はないけど異性が読みそうな雑誌や書籍を読むとか……気持ちが乗らないのは苦痛かもしれないが、未知なるものを知ることは大事だと思った。特にクリエイティブな世界を目指しているとか、目指さなくともそんな創作的な趣味を充実させたい人には重要なことではないだろうか。
僕の兄にも近いことを言われた。
「世の中見渡せば有名なもの、人気のあるもの、話題のものは必ずあるだろ。そういうのを片っ端から観察して、パクれ!!」
『パクれ!!』というのはさすがに言い方が悪いが、まあ意味は近いものだろう。世の中で目立っているものには『楽しい』以外の『何か』がある。それを自分なりに咀嚼して表現活動や、普段のビジネスにおいての知見を深めることに役立てる。向上心の強い人やプロならみんなやっていることだ。みうらじゅんが『修行』と称して自分を殺してまでやっていることは、その上級者向けなことなのかもしれない。
もうひとつ、みうらじゅんは語っていた。
『人は元を辿れば宇宙の無から生まれ、やがて無に還るだけ。たまたま得た命、必要以上に不安がったり恐れることはない』
これももっともだ。
大自然も遥か太古まで遡れば宇宙すら生まれる前の『無』。人は死ねば火葬なり土葬なりで自然の一部に還る。ただ『元に戻るだけ』なのだ。そう考えれば生きるという活動をしている中で、必要以上に不安がったり何かを恐れたりすることは極論を言えばそれこそ『無駄』なのだ。どうせ宇宙の歴史に見れば一瞬の人間の生。死んだ後にお金も名誉も地位も人格も愛する人も持ち越せはしない。名作RPGの『強くてニューゲーム』は一切ないのだ。
みうらじゅんが言うように「自分が死を迎える瞬間、走馬灯が見えて
『自分の人生これで終わりかあ……つまらない人生だったなあ……』
と落ち込んで無に還るよりも
『走馬灯という1本の映画でも観ている気になって(BGMはスターウォーズ、自画像はハリウッドアクションスター、学生時代はめちゃくちゃ充実してた、経済的にも恵まれていたなど)』、最後はスタッフロールが流れて……最高に充実した一生だったぜ!! と捏造してしまうくらいが幸せな最期だと思うよ」
という進言には痛快な笑いが起きた。
『終わりよければすべてよし』なんていう言葉もある。過程や方法をすっ飛ばすとまでは言わないが、最期さえ満足して無に還れれば本人は勿論、本人の周囲の人にとっても幸せなことなのではなかろうか。
と、ここで敢えて上述のことをネタにしたような話題も書いてみる。
僕は8月の末、兄と『ドラゴンクエスト・ユアストーリー』を観に行った。
そう。
ネット上で散々叩かれている、窮めて低評価なあの映画だ。
兄はドラクエ5に格別な思い入れがあった。ままならぬ人生の旅を、シリーズ屈指の苦労人である主人公に己を重ねて見ていたのだ(何故そこまで自分とオーバーラップしていたのかはイマイチ解らんが)。
「例え散々な評判だろうと、ファンだから観に行く」
そう息巻いていた兄を止めることは出来なかった。
年に数回しかない兄弟水入らずのイベントだし、「今からでも違う映画を観ないか?」と提案しても頑なに了承しなかった…………だって紫のターバン代わりにタオル頭に巻いてるんだもん。LINEで連絡取ってたら「こちら○○(兄がドラクエ5で初めて付けた主人公の名前)だ……」とか言ってるんだもん。ネットでネタバレ記事とか読んでるにも関わらず聞かないんだもん。ファンタジーの世界にダイヴしてるんだもん。
そして観劇。
例のオチで、僕たちは凍てつく波動を喰らった!!
ああーっ!! 映画を観てきて受けたバフ呪文(スカラ、ピオリム、バイキルトなど)とこれまでのドラクエ5の経験値が!! かき消されていくううううウウウゥゥゥ!!
そして、無に還った気持ちで、映画館を後にした。
「全然がっかりなんかしてないよ」
そう僕に言いながら煙草を吹かす兄は、目が泳いでいた。心做しかオーラもゆらゆらと動揺していた。
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