傾奇者-KABUKIMONO-

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プロローグ-憧憬-

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 ――――それはまだ彼が幼い頃のある日。誕生日のことだった。

 アメリカの住みよい住宅地。その一角の家のリビングで彼は、テレビにかじりついていた。

 テレビからは、何やらけたたましい歓声と実況アナウンサーの声が聴こえる。

「――――さあ! 今大会決勝戦もクライマックスです! ……パテル=トオルか!? ガダマンか!? 既に互いの技は出尽くした模様……一瞬たりとも気を抜けぬ駆け引きです!」

「……わあーっ! 頑張れー! 勝って、父さん!!」

 彼は、テレビ画面に映る男――――パテル=トオルを一心に見つめている。

「こら、ヒロシ! 先にケーキ食べちまいな!」

 ヒロシと呼ばれた少年の母はテーブルを叩き、席に着くように促す。そのテーブルの上には山のような特大ケーキが鎮座している。ヒロシの誕生日ケーキである。

「あっ……はあーい……」

 ヒロシは渋々テレビから離れ、テーブルに着こうとした。

 だが――――

「ああーっとおーッ! ここでパテル=トオルの渾身のカブキ技がさくれーつッ!! ガダマン、ダウーンッ!!」

「キャーッ!! 父さん、やったー!!」

 テレビから歓声と共に実況の涸れた声が響き渡り、ヒロシはロープで引っ張られたかのように再びテレビに飛びついた。

「ガダマンは……う~む、闘志は萎えていないものの、どうやら臨戦態勢を取ることが出来ない! ……んん~っ、ここで審判より大量に加点! パテル=トオル、遂に優勝~っ!!」

「やったやった! 父さんやったーっ!!」

 ヒロシは頬が紅潮するほど跳ねて喜び、画面越しに父を祝福した。

「……やれやれ……せっかくの誕生日だってのに、父さんは父さん、ヒロシはヒロシだ。ケーキにもプレゼントにも目をくれない……」

 ヒロシの母は腕を組んで溜め息を吐く。

「……でも、まあ……息子にとってヒーローと見られるのは、親父にとって嬉しいことだね。そこも……まあ、アタシにとっても好きなトコさね」

 母は、息子の誕生日に帰らぬ夫、しかしそれでも息子を存分に楽しませている夫を見てにこやかに笑う。

「……さて! 会場の皆様、そしてテレビの前の皆様に悲しいお知らせです。今大会も大いに盛り上がりました! ですが、盛り上がりすぎてもはや時間がありません! 優勝者へのヒーローインタビューと閉会式を速やかに済ませなければなりません! 何とも名残惜しい! ……さて、今大会の覇者……パテル=トオルへインタビューを始めます!」

「父さん……!」

 ヒロシはカメラに映る疲労困憊とした、しかし満ち足りた表情をしている父・トオルを一心に見つめる。

 慌ただしくヒーローインタビューの準備が進められ、やがて大会委員長がトオルに固い握手を交わしインタビューが始まった。

「パテル=トオル。まずは優勝おめでとう! 君の奥さんに続いて夫婦で覇者となったわけだが……ふふ、こうなると将来は君のお子さんかな? 新時代の挑戦者は……」

 マイクを向けられ、照れくさそうに頭をポリポリと掻きながら、トオルは答える。

「ありがとうございます! 息子もきっと我が家で喜んでくれてると思います」

「えへへ……」

 ヒロシも照れくさくなってニコニコ笑う。

「……ですが、息子には出来れば僕や家内のような『カブキ者』になって欲しくはありませんね」

「え……」

 父の言葉に表情が曇るヒロシ。

「ほほう。と言うと……?」

 大会委員長が訊く。
 
 トオルは優しい表情のまま続ける。

「……この『祭り』を知る人ならば多くの人がご存知の通り……『カブキ者』とは平たい意味で言えば社会のはみ出し者。真っ当な生産社会から逃げ出した者や外法者と言っていい人間です。……現に今、僕はこうして……貴重な仕事に穴をあけ、我が子の誕生日にも家に帰らず、こうして『祭り』に興じている……」

「…………父さん」

「ホントのことだよ、ヒロシ。父さんも、アタシもはみ出し者なのさ。ろくなもんじゃあないよ」

 母は目を細めて、煙草に一本火を点けて吸う。

「……ですから、もしも息子が『カブキ者』になりたいと言い出せば――――僕は父親としては愛想を尽かします。そして、『カブキ者』としてはライバル、敵と見なします」

「……!」

 息子を突き放した父の思わぬ言葉に、ヒロシはぽかあん、と口を開けて消沈した。

「……ですが、僕はこうも思うのです。社会のはみ出し者とは言え……『カブキ者』は本当に世の中に要らない存在なのか? と……」

「……?」

 続ける父の話に、再び聞き入るヒロシ。

「『カブキ者』は確かに社会に対して何の生産性もありません。ですが『カブキ者』に限らず人々を楽しませる業界というものはありますよね。スポーツ、芸能、作家、音楽家、歌手、武闘家、役者などなど……そう言った生き方を選ぶ人がいないと――――この世の中、つまらないものだと思うんです。とっても」

 己の挑んだ『カブキ者』なるモノの他、自分の考えを述べるトオル。ヒロシも黙って聞き入る……。

「だから……『愚かにも』……あるいは『うっかり』息子が『カブキ者』を目指してしまったならば――――『カブキ者の父親』としては……とても愛おしく……誇らしく思ってしまうでしょうね」

「! ……父さん……!」

「ああ、またまた。カッコつけちゃって、トオル……ま、その通りだがねえ」

 ヒロシは父の言葉に、再び憧憬の火が灯った眼差しで画面越しに父を見つめる。

「……今、僕が言った事は……僕の息子だけでなく、全ての『カブキ者』や『カブキ者のような』生き方をする人の心に留めて欲しい。男も女も、老いも若いも職業も関係ない。お金も求めず、『名誉』や『やりがい』や『遊び心』のみを求めて突っ走る全ての人々に…………お金や社会的地位が必要と言う人もいるでしょう。ですが僕たちのような『愉しみ』だけを求める、どうしようもない人間にこそ、その人だけの充足があるのです」

「……お金じゃない……その人だけの充足……」

 父の話を繰り返すヒロシの背は、無意識に真っ直ぐに伸びていた。

――――と、ふと腕時計を見る素振りを見せたトオルは自分の鞄を開けるなり、突然叫び出した。

「……あアッ!? もうこんな時間……しかも所持金が11YENしかないいいいいッッッ!! ちょ、ちょっとカメラさん、こっちいいっすか!?」

 今まで穏やかな面持ちで語っていたトオルは途端に血相を変えて、近くのカメラマンにアップ映しを頼む。

「――――ヒロシ! 父さんやったぞ! それから……お誕生日、おめでとうな! 父さんはいつもお前がかわいい! 愛してるぞーっ!!」

「……!!」
「ハハハ! そこまで言うなら……日ノ本じゃあなくて家で面と向かって言えば良いのに、全く本当に……」

 息子へのストレートな愛情表現に、ヒロシは思わず赤面し、母は豪快に笑った。

「……ああっ! パテル=トオル! 閉会式もまだなのに何処へ!?」

 トオルは運営スタッフと記者団を振り切り、会場を去ろうとする。

「すんません、これからコウベで仕事があるんです! 通してください!」

 慌ただしく携帯電話を取り出し、何やら電話をかける。

「もしもし、もしもしィ!? 親父か!? コウベへ行くための路銀が全く無いんだっ! 親父、この前のバースデイライヴで儲かったんだろ? すぐにいつもの口座に送金を……そ、そうだよいつもいつも済まないと思ってるって! これも日ノ本……いや、世界への文化の貢献に――――」

 バタバタと騒がしくトオルは会場を去っていった。騒ぎでカメラと人が接触し、ザーッとテレビ画面は砂嵐になってしまった。

「……ああいう甘えたで無計画な所さえ何とかなりゃ、ねえ……ウチから送金ぐらいするのに……」

 呆れた母は溜め息と共に煙草の煙を吐き出し、呟く。

「……ウチがお金持ちなのって、父さんの父さん……お祖父ちゃんがお金持ちだからなの?」

 テレビが映らなくなり、少し落ち着いた様子でヒロシはテーブルにつき、母に訊く。

「……とんでもない。父さんと母さん、二人の家の家訓として『養育費やよほどの非常時を除いて、財産を軽々しくあげる』のは違反なのさ。みんな大人になったらなるべく、自分の代の財産は自分で何とかするんだよ」

「じゃあ、父さんが仕事ですっごく稼いでるの!?」

 ヒロシは目の前の特大ケーキを切り分け、皿に乗せながら尋ねる。

「まさか! 父さんの仕事は、あの日ノ本でも類を見ないほど安月給さ。本人一人分すら賄えちゃいないよ……ウチが裕福なのは、母さんがコツコツ、コツコツ…………」

 母はもう一息煙草を吸ってから答えた。

「――――宝くじとビンゴ大会とスクラッチくじで稼いで貯めたからだよ。そうでなきゃ、あんたはこうして美味しいケーキを頬張ってテレビ観戦することもままならなかったってことさね……」

 ヒロシは、むぐむぐ、とケーキを食べながら我が家の経済を知ると共に疑問も感じた。

(……それって、コツコツ稼いだって言えるのかな…………)

 煙草を一本吸い終わり、灰皿に置いた母はテーブル越しにヒロシと向き合い、真剣な面持ちで口を開いた。

「……ヒロシ。あんたが憧れる『カブキ者』ってのはこういういい加減な連中ばっかだよ。あんたが父さんに憧れるのは解る。だが、『やりがい』だけを求めて家庭をお留守にしちゃうような……父親としては割りと駄目な部類に入る人間なんだ。本人も一番自覚してる。それでもあんたは……父さんみたいな『カブキ者』になりたいと……マジに思うのかい?」

 ヒロシは口いっぱいに頬張っていたケーキを飲み込み、屈託のない笑顔で――――

「……息子を置いて海外まで行きたいと思うほど楽しみなんだね」

「……!」

「『カブキ者』って……それぐらい楽しいこともある挑戦者なんだね!」

――――母を見つめつつも、一つの決意に満ちた目で答えた。

「……はぁーっ……」

 母は目を閉じ、くしゃくしゃと頭を搔く。

 数秒間、目を閉じ……開くと同時に告げた。

「……わかったよ、ヒロシ。あんたがあの街に行くのに相応しい年頃になったら……連れてったげる。それまでに……その決意をしっかり固めて、父さんの言ったことも全て心に留めておくんだよ」

「…………うん!」



 ――――
 ――――――――
 ――――――――――――

 傾奇(かぶき)。

日本語の「傾く」の古語であり、派手な装いや常軌を逸した行ないを公衆の面前で見せつけ、大見得を切る『傾(かぶ)く』の名詞であり、派生した今日の日ノ本の伝統芸能が『歌舞伎』である。

 そうした異形を好み、奇行に興じる、だが、その行為と精神性の中に『粋』を備えた者たちを……人は『傾奇者(かぶきもの)』と呼ぶようになった。

 日ノ本のある街に、そんな傾奇者たちが闊歩し、『傾奇』の輝きを競い合う催事があった。

――――パテル=トオルの優勝から十数年後。

 両親から傾奇者の血を色濃く受け継ぐヒロシはアメリカを離れ、遂にその街に足を踏み入れていた――――
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