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第37話 『人間に仇為す』勇者・ラルフ

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 ――――ラルフは、容赦なく…………ここまで共にしてきたはずの仲間たちに剣戟を振るう。

 言わずもがな、その強さはここまで共に行動した皆が最も知っていた。剣戟を躱すので精一杯で、ましてや反撃することに躊躇いを禁じ得ない。

 ラルフが振り下ろした剣をルルカが両手のナイフで交差して受け、押し負けそうになるところを何とかウルリカが突進チャージでやり過ごした。

「ラルフ様、お願い! 目を醒ましてっ!!」

「ラルフ殿! どうかお止め下さい、気を確かにッ!!」



「…………滅ぼせ……人間は、滅ぼすべき悪…………」



「駄目だ、まるで聴こえていない! ……やるしかない…………!」

 即座にブラックが麻酔弾を装填し、連発するが――――


 ギギギンッ!!


 剣技の達人であるラルフ。弾丸を剣で防ぐどころか弾き返してくる! 

「――ぬっ! ……っく…………飛び道具の類いは逆効果か…………!」

 弾き返された麻酔弾を脚に掠め、途端に膝をつくブラック。すぐに麻酔を中和する薬を注射する……。

「炸裂する猛き焔よ! バーストッ!!」

 ロレンスが遠距離から爆発魔法を唱える! 喰らえば無傷では済まないはず――――



「――くっ……やはり、貴方には通りませぬか…………!」

 ラルフは、例の勇者としての光の英気オーラを応用した結界バリアまで瞬時に張って見せた。強烈な威力の爆発をものともしない。

「俺ァ、迷わねえぜ! そらァっ!!」

 セアドは何やら、持っていた石礫いしつぶてをばら撒くように投げつけた。

「セアド! 投擲は――――」

 ラルフはあっさりと石礫を、あるものは切り伏せ、あるものは弾き返した! 

「――んなの、計算済みよオオオオオ!!」

 セアドは、あらかじめ大楯を前面に掲げて石礫を防ぎ――――一気に突進し上段から斧で斬りかかった!! 

「――っ」

「!?」

 なんと、ラルフは斧を剣で捌くどころか、足を高々と上げ、ピンポイントでセアドの持つ斧の柄に沿うように合わせ――――トンッ、と勢いを殺して止めてしまった! 実に柔軟で精密な動作と静止だ。 

「ふんっ」

 勢いを殺し切ったところで、剣を地に突き立て、軸にして身体を猛スピードで回転させ、セアドに強烈な回し蹴りを当てた! 

「ぐおおおッ!?」

「……滅べ。」

 体制を崩すセアドに、剣を大上段から断頭台ギロチンの如く、首へ振り下ろす――――




「YAAAAAAAAAAAAOOOOOOOO!!」



「むっ……」


 何とか間一髪。ヴェラのギターで増幅した音波動でラルフを吹き飛ばしてセアドは助かった。



「――ぐ……ちいぃイ…………敵に回すとここまで厄介になりやがるのかよオオ…………!?」

「くっそおお……ラルフ! おめえ勇者だろ! オレの歌で目エ醒ましやがれッ!!」



 ヴェラも必死に、ラルフに声をかけるが――――




「――滅びろ…………邪悪なる人間は滅びろ…………!」


 ラルフは仮面のように固まった表情のまま、魔王の紅き魔眼を光らせて、ゆらりと立ち上がり、剣を構えるのみだった。

「――駄目です……止まる気配が全く無い。戦えなくなるまで攻撃しなくては――――くそお…………ッ!」

「……手加減をしている余裕は無い、か…………最悪の場合――――殺すことも覚悟せねばならんのか…………ッ!!」

 ロレンスもブラックも、共に唇を噛んだ。

 

 今や、魔王の操り人形と化したラルフは、強力にその精神を支配され、ロレンスたちの言葉が全く届かない。

 そして、一切の手加減もする余裕などない。



 全力。



 そう。『勇者』を殺すつもりで全力で戦わなければ、止めるどころかこちらの生命が危ない。



 その事実に、この『憎悪の泪』――――今となってはただの欠片になってしまったが――――を奪還する為に信頼していた一行のリーダー。

 彼を打ち倒さなければならないという事実に、信実に生きるロレンスも、不殺ころさずを心がけるブラックも――――勿論、他の仲間たちも、苦渋の、断腸の思いで戦わざるを得ない。それが苦渋以外の何物でもなかった。



「みんにゃ! しっかりするにゃ!」

 ベネットが全員に回復法術、そしてすかさず法術による防護壁を張った。

 ブラックも叫ぶ。

「そうだ、諦めるな! 如何に魔王に憑依されたラルフであっても、全員で戦い続ければ体力に限界はあるはずだ! 持ち堪えるんだッ!!」

 一行の副長サブリーダーであるロレンスも、指揮を執る。



「皆さん、決して攻撃の手を止めてはなりませぬ! ベネット殿も回復に専念するだけでなく、隙があれば攻撃にご参加を! 攻撃と攻撃の間に間髪を入れずに攻撃を重ね続けるのです! ここまで戦ってきた私たちならば出来るはずッ!!」

「「「「「「応ッ!!」」」」」」

(――――というのは、本来、ラルフ殿の台詞だし……ラルフ殿あっての戦術なのに――――!!)

 ロレンスは内心、歯痒い想いに駆られていた。

「ラルフ……ごめん――――!!」

「ラルフ様、どうか止まって、お願い…………!!」

 ウルリカとルルカが力と技の連携でラルフに反撃の隙を作らないようにし、ロレンスは絶えず攻撃魔法を詠唱し、ベネットは回復法術を基点。セアドは主戦力のウルリカとルルカの攻撃の繋ぎ役として遊撃し、ヴェラは絶唱する。ブラックは後衛に下がってくる仲間が来る度、素早く応急手当を施した。



 ――――そんな死闘が……30分、1時間……2時間と続いた――――



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「はあっ……はあっ……はあっ……」

「ぜえっ……ぜえっ……ぜえっ……」

「…………滅ぼす…………滅ぼす…………」


 そんな死闘が、3時間を過ぎた辺りで、変化が起き始めた。



 皆、一様に生傷だらけ。息も絶え絶えで、肉体も精神も激しく消耗している。



 既にブラックの強化剤投与ドーピングは全員、肉体に過剰投与反応オーバードーズが出る寸前まで打っており、全身全霊で戦い続けている。

 回復薬も貴重なラストエリクサーが2瓶だけ。傷薬や精霊水の類いは尽きた。武具もボロボロになっている。

 

 対するラルフは…………息も弾み、怪我だらけだが――――その表情は依然として仮面の如く固く、眉一つ動かさずに戦い続けている。



 肉体はともかく、魔王に憑依されている以上、気力に限界は無いのだろうか…………。


 と、そこで――――


「……!! ラルフ殿が構えを変えた!」


「その構えは――――!」


「……我が根源よ。我が光の源よ……無尽の力となりて、解き放て…………」



 俄かに、ラルフの全身から……緑色の英気オーラが立ち昇る――――


「い、いかん――――」

「マ、マジかよォオォ――――」

「皆さん……防御、いや――――避け――――」



「輝刃《レディアントブレード》――――!!」



 辺り一面に、ただただ一閃を以て光の世界が広がる。



 そう。ラルフはついに本気を出した。繰り出してしまった。



 人間を守るはずの必殺剣を、他ならぬ人間たちに――――


「うわああああああああッ!!」

「いやああああああーーッ!!」



 ――――光がおさまった。



 ロレンスたちは――――



「――皆さん! ご無事か!? 返事をッ!!」

「――何とか……でも、ヴェラ様とベネットが――――!!」



 辛うじて生きている。何人かは奇跡的に躱し切った。



 だが、躱し切れなかったヴェラとベネットは――――血を流し、昏倒している――――

 

「ヴェラ!! ベネット!!」

「――やぁ~れやぁ~れええ~……勇者サマの光の剣技とやらもオオオオ…………人間に向けりゃあたちまち殺人剣かよおおおオオオ…………」

 逸るウルリカに、妙に落ち着いた、いつものトーンでセアドは声を掛ける。


「……んな落ち着いてる場合!? このままだとラルフも私らもヤバいのよ!?」

「お~ちつけええええイイイイ…………一か八かだがアアア…………俺様にアイデアがあるぅ……」

「なんだって!?」

「まあ、みんな聴けイ――――」

 ブラックが急ぎヴェラとベネットを治療する傍ら、集まる一行にセアドが何やら耳打ちする――――



「――確証も、成功する保証もねエ。だがぁ――――もうやるしかねエ、と俺ァ思う。」

「……そうですわね…………もう、こちらの手は尽きたも同然。これが決死の作戦ですわ。」

「……やむを得ませぬ、な……。」

「少しでも可能性あるなら、やってやろうじゃん!」

 4人はお互いに頷くと、敢然とラルフに向かい――――ラルフに大声で呼び掛けた。



「さあ、ラルフ――――あたしに撃って来いッ!! あんたの『勇者』の剣技をッ!!」

「おおっとぉ。俺様も忘れてもらっちゃあ困るぜええええぇ。ふへへかっかっか……どーせ死ぬならド派手にいかにゃあ……」

「――お前たち…………」

 治療しつつも、セアドの作戦を聴いていたブラック。

 生命を尊重する、それに固着する彼にとっては……玉砕覚悟の突撃など本来言語道断である。

 だが――――もはや回復の手段も尽きようとしている今、『それ』に賭けるしかないという現実に、ただ苦虫を嚙み潰したような思いをするだけであった。それしか出来ない己自身が堪らなく悔しかった。



 それでも――――



「よし。やって来い!! ラルフを止めてこいッ!!」


 裏腹な思いを強引に押し殺し、ブラックはひと声、4人に声援を送った。仲間同士で殺し合うという、彼にとってはこれ以上ないほど唾棄すべき状況を呪ったが、もはや呪っている場合でもない――――



「…………滅べ。」



 ラルフは、再び構えた。


 今度は腰だめに突きの構え。切っ先に英気オーラが集中する――――『六重神風《ゼクスシュツルム》』の構えだ。先ほどの輝刃《レディアントブレード》よりも攻撃範囲は狭いが――――その分、一体を確実に屠るのに特化している。

 当たれば、ひとたまりもない。




「――――行くぞッ!!」



 ウルリカとセアドは、同時に駆け出した。最も頑丈な2人。それでも道中、屈強な悪魔を鏖殺した必殺剣を防ぎきれるかは、1割と可能性は無い。



 2人に少し遅れて、ルルカが駆ける! 



 その瞳の色は――――



「ウフフフフ……とうとう自らワタクシに身体を渡したわね。死人が出ることを覚悟の上で、私に一縷の望みを賭けた――――いいでしょう。貴女の覚悟を受け取りました。何としても成し遂げて見せますわ――――」

 金色の瞳を輝かせながら、もう一人のルルカもまた咆哮した。




「――我が精神に秘めしともしびよ。有限の肉なる身体に、無限の想いを以て、この存在の総てを贄と捧げん……灯よ。霊峰をも焦がす灼熱となりて、秘奥の術を、切なるひとたび、紡ぎださん――――!!」



 ロレンスは、限界を超えた精神集中で、轟然と魔力を練り、詠唱を始めた。




 ――――遂に、ラルフの秘剣が、炸裂する――――



「――六重神風《ゼクスシュツルム》…………はああッ!!」


 瞬間。


 ウルリカとセアドは、持てる鎧も大楯も使って、満身の力で防御した。勿論、その程度では大ダメージを受けるのみ。




 ――ドドドドドドッ!!



「――くうッ!」

「グムウ……」



 ――――ウルリカとセアドの身体に、深々とラルフの剣が、それぞれ三度、食いこんだ――――



「――――今だああああーーーッ!! ルルカあああああーーーーッッッ!!」


 ウルリカが絶叫した。


「――――エアアアアアアアアアアッッッ!! 血華輪舞刃ッ!!」





 ルルカ、否、もう一人のルルカが、美術館ミュージアム戦で見せた、人間離れした跳躍。ウルリカとセアドを踏み台にして高く跳び出し――――音速を超えるかと言う速さで四方からラルフに回転斬りを繰り出す!! 


「――――!!」


 ラルフは、先ほどロレンスの爆発魔法を止めた結界バリアを張ろうとした。



 が――――



「――やはりそうか! あの勇者の光の剣技は、消耗が激しいのだ。連発は出来ない。如何に気力が魔王によって無尽蔵に有ろうが――――肉体がついてこん!!」


 ラルフは結界を張れず、疲労で硬い動きで咄嗟に剣で防ごうとする! 



 だが――――疲弊しているうえに、美術館ミュージアム戦で辛うじて止められるか止められないかの、第二人格のルルカの速さには、今のラルフは対応できない! 捌ききれず、全身から鮮血を放出する!! 



「――――くっ!!」


 それでも、疲弊しているのはルルカとて同じ。ラルフは僅かな隙を突き、ルルカの脚を掴み、宙に放り上げ、剣の連続突きを見舞う!! ルルカもまた全身から血が噴き出す。

「――――今よ…………ロレンス様!!」



 瞬間、もはや防御も反撃もする余裕の無いラルフに対して、ロレンスは――――



「すみませぬ……ラルフ殿! 超級メガバーストストリームッッッ!!」



 ロレンスの全身全霊の魔術が――――ラルフに炸裂した――――! 



「――うっ……くっ――――」


 肉皮が焦げ、鮮血が流れて不快な臭いと爆煙が立ち込める中――――ラルフは遂に、膝を屈し…………やがて倒れ伏した――――
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