37 / 43
第37話 『人間に仇為す』勇者・ラルフ
しおりを挟む
――――ラルフは、容赦なく…………ここまで共にしてきたはずの仲間たちに剣戟を振るう。
言わずもがな、その強さはここまで共に行動した皆が最も知っていた。剣戟を躱すので精一杯で、ましてや反撃することに躊躇いを禁じ得ない。
ラルフが振り下ろした剣をルルカが両手のナイフで交差して受け、押し負けそうになるところを何とかウルリカが突進でやり過ごした。
「ラルフ様、お願い! 目を醒ましてっ!!」
「ラルフ殿! どうかお止め下さい、気を確かにッ!!」
「…………滅ぼせ……人間は、滅ぼすべき悪…………」
「駄目だ、まるで聴こえていない! ……やるしかない…………!」
即座にブラックが麻酔弾を装填し、連発するが――――
ギギギンッ!!
剣技の達人であるラルフ。弾丸を剣で防ぐどころか弾き返してくる!
「――ぬっ! ……っく…………飛び道具の類いは逆効果か…………!」
弾き返された麻酔弾を脚に掠め、途端に膝をつくブラック。すぐに麻酔を中和する薬を注射する……。
「炸裂する猛き焔よ! バーストッ!!」
ロレンスが遠距離から爆発魔法を唱える! 喰らえば無傷では済まないはず――――
「――くっ……やはり、貴方には通りませぬか…………!」
ラルフは、例の勇者としての光の英気を応用した結界まで瞬時に張って見せた。強烈な威力の爆発をものともしない。
「俺ァ、迷わねえぜ! そらァっ!!」
セアドは何やら、持っていた石礫をばら撒くように投げつけた。
「セアド! 投擲は――――」
ラルフはあっさりと石礫を、あるものは切り伏せ、あるものは弾き返した!
「――んなの、計算済みよオオオオオ!!」
セアドは、あらかじめ大楯を前面に掲げて石礫を防ぎ――――一気に突進し上段から斧で斬りかかった!!
「――っ」
「!?」
なんと、ラルフは斧を剣で捌くどころか、足を高々と上げ、ピンポイントでセアドの持つ斧の柄に沿うように合わせ――――トンッ、と勢いを殺して止めてしまった! 実に柔軟で精密な動作と静止だ。
「ふんっ」
勢いを殺し切ったところで、剣を地に突き立て、軸にして身体を猛スピードで回転させ、セアドに強烈な回し蹴りを当てた!
「ぐおおおッ!?」
「……滅べ。」
体制を崩すセアドに、剣を大上段から断頭台の如く、首へ振り下ろす――――
「YAAAAAAAAAAAAOOOOOOOO!!」
「むっ……」
何とか間一髪。ヴェラのギターで増幅した音波動でラルフを吹き飛ばしてセアドは助かった。
「――ぐ……ちいぃイ…………敵に回すとここまで厄介になりやがるのかよオオ…………!?」
「くっそおお……ラルフ! おめえ勇者だろ! オレの歌で目エ醒ましやがれッ!!」
ヴェラも必死に、ラルフに声をかけるが――――
「――滅びろ…………邪悪なる人間は滅びろ…………!」
ラルフは仮面のように固まった表情のまま、魔王の紅き魔眼を光らせて、ゆらりと立ち上がり、剣を構えるのみだった。
「――駄目です……止まる気配が全く無い。戦えなくなるまで攻撃しなくては――――くそお…………ッ!」
「……手加減をしている余裕は無い、か…………最悪の場合――――殺すことも覚悟せねばならんのか…………ッ!!」
ロレンスもブラックも、共に唇を噛んだ。
今や、魔王の操り人形と化したラルフは、強力にその精神を支配され、ロレンスたちの言葉が全く届かない。
そして、一切の手加減もする余裕などない。
全力。
そう。『勇者』を殺すつもりで全力で戦わなければ、止めるどころかこちらの生命が危ない。
その事実に、この『憎悪の泪』――――今となってはただの欠片になってしまったが――――を奪還する為に信頼していた一行のリーダー。
彼を打ち倒さなければならないという事実に、信実に生きるロレンスも、不殺を心がけるブラックも――――勿論、他の仲間たちも、苦渋の、断腸の思いで戦わざるを得ない。それが苦渋以外の何物でもなかった。
「みんにゃ! しっかりするにゃ!」
ベネットが全員に回復法術、そしてすかさず法術による防護壁を張った。
ブラックも叫ぶ。
「そうだ、諦めるな! 如何に魔王に憑依されたラルフであっても、全員で戦い続ければ体力に限界はあるはずだ! 持ち堪えるんだッ!!」
一行の副長であるロレンスも、指揮を執る。
「皆さん、決して攻撃の手を止めてはなりませぬ! ベネット殿も回復に専念するだけでなく、隙があれば攻撃にご参加を! 攻撃と攻撃の間に間髪を入れずに攻撃を重ね続けるのです! ここまで戦ってきた私たちならば出来るはずッ!!」
「「「「「「応ッ!!」」」」」」
(――――というのは、本来、ラルフ殿の台詞だし……ラルフ殿あっての戦術なのに――――!!)
ロレンスは内心、歯痒い想いに駆られていた。
「ラルフ……ごめん――――!!」
「ラルフ様、どうか止まって、お願い…………!!」
ウルリカとルルカが力と技の連携でラルフに反撃の隙を作らないようにし、ロレンスは絶えず攻撃魔法を詠唱し、ベネットは回復法術を基点。セアドは主戦力のウルリカとルルカの攻撃の繋ぎ役として遊撃し、ヴェラは絶唱する。ブラックは後衛に下がってくる仲間が来る度、素早く応急手当を施した。
――――そんな死闘が……30分、1時間……2時間と続いた――――
<<
<<
<<
「はあっ……はあっ……はあっ……」
「ぜえっ……ぜえっ……ぜえっ……」
「…………滅ぼす…………滅ぼす…………」
そんな死闘が、3時間を過ぎた辺りで、変化が起き始めた。
皆、一様に生傷だらけ。息も絶え絶えで、肉体も精神も激しく消耗している。
既にブラックの強化剤投与は全員、肉体に過剰投与反応が出る寸前まで打っており、全身全霊で戦い続けている。
回復薬も貴重なラストエリクサーが2瓶だけ。傷薬や精霊水の類いは尽きた。武具もボロボロになっている。
対するラルフは…………息も弾み、怪我だらけだが――――その表情は依然として仮面の如く固く、眉一つ動かさずに戦い続けている。
肉体はともかく、魔王に憑依されている以上、気力に限界は無いのだろうか…………。
と、そこで――――
「……!! ラルフ殿が構えを変えた!」
「その構えは――――!」
「……我が根源よ。我が光の源よ……無尽の力となりて、解き放て…………」
俄かに、ラルフの全身から……緑色の英気が立ち昇る――――
「い、いかん――――」
「マ、マジかよォオォ――――」
「皆さん……防御、いや――――避け――――」
「輝刃《レディアントブレード》――――!!」
辺り一面に、ただただ一閃を以て光の世界が広がる。
そう。ラルフはついに本気を出した。繰り出してしまった。
人間を守るはずの必殺剣を、他ならぬ人間たちに――――
「うわああああああああッ!!」
「いやああああああーーッ!!」
――――光がおさまった。
ロレンスたちは――――
「――皆さん! ご無事か!? 返事をッ!!」
「――何とか……でも、ヴェラ様とベネットが――――!!」
辛うじて生きている。何人かは奇跡的に躱し切った。
だが、躱し切れなかったヴェラとベネットは――――血を流し、昏倒している――――
「ヴェラ!! ベネット!!」
「――やぁ~れやぁ~れええ~……勇者サマの光の剣技とやらもオオオオ…………人間に向けりゃあたちまち殺人剣かよおおおオオオ…………」
逸るウルリカに、妙に落ち着いた、いつものトーンでセアドは声を掛ける。
「……んな落ち着いてる場合!? このままだとラルフも私らもヤバいのよ!?」
「お~ちつけええええイイイイ…………一か八かだがアアア…………俺様にアイデアがあるぅ……」
「なんだって!?」
「まあ、みんな聴けイ――――」
ブラックが急ぎヴェラとベネットを治療する傍ら、集まる一行にセアドが何やら耳打ちする――――
「――確証も、成功する保証もねエ。だがぁ――――もうやるしかねエ、と俺ァ思う。」
「……そうですわね…………もう、こちらの手は尽きたも同然。これが決死の作戦ですわ。」
「……やむを得ませぬ、な……。」
「少しでも可能性あるなら、やってやろうじゃん!」
4人はお互いに頷くと、敢然とラルフに向かい――――ラルフに大声で呼び掛けた。
「さあ、ラルフ――――あたしに撃って来いッ!! あんたの『勇者』の剣技をッ!!」
「おおっとぉ。俺様も忘れてもらっちゃあ困るぜええええぇ。ふへへかっかっか……どーせ死ぬならド派手にいかにゃあ……」
「――お前たち…………」
治療しつつも、セアドの作戦を聴いていたブラック。
生命を尊重する、それに固着する彼にとっては……玉砕覚悟の突撃など本来言語道断である。
だが――――もはや回復の手段も尽きようとしている今、『それ』に賭けるしかないという現実に、ただ苦虫を嚙み潰したような思いをするだけであった。それしか出来ない己自身が堪らなく悔しかった。
それでも――――
「よし。やって来い!! ラルフを止めてこいッ!!」
裏腹な思いを強引に押し殺し、ブラックはひと声、4人に声援を送った。仲間同士で殺し合うという、彼にとってはこれ以上ないほど唾棄すべき状況を呪ったが、もはや呪っている場合でもない――――
「…………滅べ。」
ラルフは、再び構えた。
今度は腰だめに突きの構え。切っ先に英気が集中する――――『六重神風《ゼクスシュツルム》』の構えだ。先ほどの輝刃《レディアントブレード》よりも攻撃範囲は狭いが――――その分、一体を確実に屠るのに特化している。
当たれば、ひとたまりもない。
「――――行くぞッ!!」
ウルリカとセアドは、同時に駆け出した。最も頑丈な2人。それでも道中、屈強な悪魔を鏖殺した必殺剣を防ぎきれるかは、1割と可能性は無い。
2人に少し遅れて、ルルカが駆ける!
その瞳の色は――――
「ウフフフフ……とうとう自ら私に身体を渡したわね。死人が出ることを覚悟の上で、私に一縷の望みを賭けた――――いいでしょう。貴女の覚悟を受け取りました。何としても成し遂げて見せますわ――――」
金色の瞳を輝かせながら、もう一人のルルカもまた咆哮した。
「――我が精神に秘めし灯よ。有限の肉なる身体に、無限の想いを以て、この存在の総てを贄と捧げん……灯よ。霊峰をも焦がす灼熱となりて、秘奥の術を、切なるひとたび、紡ぎださん――――!!」
ロレンスは、限界を超えた精神集中で、轟然と魔力を練り、詠唱を始めた。
――――遂に、ラルフの秘剣が、炸裂する――――
「――六重神風《ゼクスシュツルム》…………はああッ!!」
瞬間。
ウルリカとセアドは、持てる鎧も大楯も使って、満身の力で防御した。勿論、その程度では大ダメージを受けるのみ。
――ドドドドドドッ!!
「――くうッ!」
「グムウ……」
――――ウルリカとセアドの身体に、深々とラルフの剣が、それぞれ三度、食いこんだ――――
「――――今だああああーーーッ!! ルルカあああああーーーーッッッ!!」
ウルリカが絶叫した。
「――――エアアアアアアアアアアッッッ!! 血華輪舞刃ッ!!」
ルルカ、否、もう一人のルルカが、美術館戦で見せた、人間離れした跳躍。ウルリカとセアドを踏み台にして高く跳び出し――――音速を超えるかと言う速さで四方からラルフに回転斬りを繰り出す!!
「――――!!」
ラルフは、先ほどロレンスの爆発魔法を止めた結界を張ろうとした。
が――――
「――やはりそうか! あの勇者の光の剣技は、消耗が激しいのだ。連発は出来ない。如何に気力が魔王によって無尽蔵に有ろうが――――肉体がついてこん!!」
ラルフは結界を張れず、疲労で硬い動きで咄嗟に剣で防ごうとする!
だが――――疲弊しているうえに、美術館戦で辛うじて止められるか止められないかの、第二人格のルルカの速さには、今のラルフは対応できない! 捌ききれず、全身から鮮血を放出する!!
「――――くっ!!」
それでも、疲弊しているのはルルカとて同じ。ラルフは僅かな隙を突き、ルルカの脚を掴み、宙に放り上げ、剣の連続突きを見舞う!! ルルカもまた全身から血が噴き出す。
「――――今よ…………ロレンス様!!」
瞬間、もはや防御も反撃もする余裕の無いラルフに対して、ロレンスは――――
「すみませぬ……ラルフ殿! 超級バーストストリームッッッ!!」
ロレンスの全身全霊の魔術が――――ラルフに炸裂した――――!
「――うっ……くっ――――」
肉皮が焦げ、鮮血が流れて不快な臭いと爆煙が立ち込める中――――ラルフは遂に、膝を屈し…………やがて倒れ伏した――――
言わずもがな、その強さはここまで共に行動した皆が最も知っていた。剣戟を躱すので精一杯で、ましてや反撃することに躊躇いを禁じ得ない。
ラルフが振り下ろした剣をルルカが両手のナイフで交差して受け、押し負けそうになるところを何とかウルリカが突進でやり過ごした。
「ラルフ様、お願い! 目を醒ましてっ!!」
「ラルフ殿! どうかお止め下さい、気を確かにッ!!」
「…………滅ぼせ……人間は、滅ぼすべき悪…………」
「駄目だ、まるで聴こえていない! ……やるしかない…………!」
即座にブラックが麻酔弾を装填し、連発するが――――
ギギギンッ!!
剣技の達人であるラルフ。弾丸を剣で防ぐどころか弾き返してくる!
「――ぬっ! ……っく…………飛び道具の類いは逆効果か…………!」
弾き返された麻酔弾を脚に掠め、途端に膝をつくブラック。すぐに麻酔を中和する薬を注射する……。
「炸裂する猛き焔よ! バーストッ!!」
ロレンスが遠距離から爆発魔法を唱える! 喰らえば無傷では済まないはず――――
「――くっ……やはり、貴方には通りませぬか…………!」
ラルフは、例の勇者としての光の英気を応用した結界まで瞬時に張って見せた。強烈な威力の爆発をものともしない。
「俺ァ、迷わねえぜ! そらァっ!!」
セアドは何やら、持っていた石礫をばら撒くように投げつけた。
「セアド! 投擲は――――」
ラルフはあっさりと石礫を、あるものは切り伏せ、あるものは弾き返した!
「――んなの、計算済みよオオオオオ!!」
セアドは、あらかじめ大楯を前面に掲げて石礫を防ぎ――――一気に突進し上段から斧で斬りかかった!!
「――っ」
「!?」
なんと、ラルフは斧を剣で捌くどころか、足を高々と上げ、ピンポイントでセアドの持つ斧の柄に沿うように合わせ――――トンッ、と勢いを殺して止めてしまった! 実に柔軟で精密な動作と静止だ。
「ふんっ」
勢いを殺し切ったところで、剣を地に突き立て、軸にして身体を猛スピードで回転させ、セアドに強烈な回し蹴りを当てた!
「ぐおおおッ!?」
「……滅べ。」
体制を崩すセアドに、剣を大上段から断頭台の如く、首へ振り下ろす――――
「YAAAAAAAAAAAAOOOOOOOO!!」
「むっ……」
何とか間一髪。ヴェラのギターで増幅した音波動でラルフを吹き飛ばしてセアドは助かった。
「――ぐ……ちいぃイ…………敵に回すとここまで厄介になりやがるのかよオオ…………!?」
「くっそおお……ラルフ! おめえ勇者だろ! オレの歌で目エ醒ましやがれッ!!」
ヴェラも必死に、ラルフに声をかけるが――――
「――滅びろ…………邪悪なる人間は滅びろ…………!」
ラルフは仮面のように固まった表情のまま、魔王の紅き魔眼を光らせて、ゆらりと立ち上がり、剣を構えるのみだった。
「――駄目です……止まる気配が全く無い。戦えなくなるまで攻撃しなくては――――くそお…………ッ!」
「……手加減をしている余裕は無い、か…………最悪の場合――――殺すことも覚悟せねばならんのか…………ッ!!」
ロレンスもブラックも、共に唇を噛んだ。
今や、魔王の操り人形と化したラルフは、強力にその精神を支配され、ロレンスたちの言葉が全く届かない。
そして、一切の手加減もする余裕などない。
全力。
そう。『勇者』を殺すつもりで全力で戦わなければ、止めるどころかこちらの生命が危ない。
その事実に、この『憎悪の泪』――――今となってはただの欠片になってしまったが――――を奪還する為に信頼していた一行のリーダー。
彼を打ち倒さなければならないという事実に、信実に生きるロレンスも、不殺を心がけるブラックも――――勿論、他の仲間たちも、苦渋の、断腸の思いで戦わざるを得ない。それが苦渋以外の何物でもなかった。
「みんにゃ! しっかりするにゃ!」
ベネットが全員に回復法術、そしてすかさず法術による防護壁を張った。
ブラックも叫ぶ。
「そうだ、諦めるな! 如何に魔王に憑依されたラルフであっても、全員で戦い続ければ体力に限界はあるはずだ! 持ち堪えるんだッ!!」
一行の副長であるロレンスも、指揮を執る。
「皆さん、決して攻撃の手を止めてはなりませぬ! ベネット殿も回復に専念するだけでなく、隙があれば攻撃にご参加を! 攻撃と攻撃の間に間髪を入れずに攻撃を重ね続けるのです! ここまで戦ってきた私たちならば出来るはずッ!!」
「「「「「「応ッ!!」」」」」」
(――――というのは、本来、ラルフ殿の台詞だし……ラルフ殿あっての戦術なのに――――!!)
ロレンスは内心、歯痒い想いに駆られていた。
「ラルフ……ごめん――――!!」
「ラルフ様、どうか止まって、お願い…………!!」
ウルリカとルルカが力と技の連携でラルフに反撃の隙を作らないようにし、ロレンスは絶えず攻撃魔法を詠唱し、ベネットは回復法術を基点。セアドは主戦力のウルリカとルルカの攻撃の繋ぎ役として遊撃し、ヴェラは絶唱する。ブラックは後衛に下がってくる仲間が来る度、素早く応急手当を施した。
――――そんな死闘が……30分、1時間……2時間と続いた――――
<<
<<
<<
「はあっ……はあっ……はあっ……」
「ぜえっ……ぜえっ……ぜえっ……」
「…………滅ぼす…………滅ぼす…………」
そんな死闘が、3時間を過ぎた辺りで、変化が起き始めた。
皆、一様に生傷だらけ。息も絶え絶えで、肉体も精神も激しく消耗している。
既にブラックの強化剤投与は全員、肉体に過剰投与反応が出る寸前まで打っており、全身全霊で戦い続けている。
回復薬も貴重なラストエリクサーが2瓶だけ。傷薬や精霊水の類いは尽きた。武具もボロボロになっている。
対するラルフは…………息も弾み、怪我だらけだが――――その表情は依然として仮面の如く固く、眉一つ動かさずに戦い続けている。
肉体はともかく、魔王に憑依されている以上、気力に限界は無いのだろうか…………。
と、そこで――――
「……!! ラルフ殿が構えを変えた!」
「その構えは――――!」
「……我が根源よ。我が光の源よ……無尽の力となりて、解き放て…………」
俄かに、ラルフの全身から……緑色の英気が立ち昇る――――
「い、いかん――――」
「マ、マジかよォオォ――――」
「皆さん……防御、いや――――避け――――」
「輝刃《レディアントブレード》――――!!」
辺り一面に、ただただ一閃を以て光の世界が広がる。
そう。ラルフはついに本気を出した。繰り出してしまった。
人間を守るはずの必殺剣を、他ならぬ人間たちに――――
「うわああああああああッ!!」
「いやああああああーーッ!!」
――――光がおさまった。
ロレンスたちは――――
「――皆さん! ご無事か!? 返事をッ!!」
「――何とか……でも、ヴェラ様とベネットが――――!!」
辛うじて生きている。何人かは奇跡的に躱し切った。
だが、躱し切れなかったヴェラとベネットは――――血を流し、昏倒している――――
「ヴェラ!! ベネット!!」
「――やぁ~れやぁ~れええ~……勇者サマの光の剣技とやらもオオオオ…………人間に向けりゃあたちまち殺人剣かよおおおオオオ…………」
逸るウルリカに、妙に落ち着いた、いつものトーンでセアドは声を掛ける。
「……んな落ち着いてる場合!? このままだとラルフも私らもヤバいのよ!?」
「お~ちつけええええイイイイ…………一か八かだがアアア…………俺様にアイデアがあるぅ……」
「なんだって!?」
「まあ、みんな聴けイ――――」
ブラックが急ぎヴェラとベネットを治療する傍ら、集まる一行にセアドが何やら耳打ちする――――
「――確証も、成功する保証もねエ。だがぁ――――もうやるしかねエ、と俺ァ思う。」
「……そうですわね…………もう、こちらの手は尽きたも同然。これが決死の作戦ですわ。」
「……やむを得ませぬ、な……。」
「少しでも可能性あるなら、やってやろうじゃん!」
4人はお互いに頷くと、敢然とラルフに向かい――――ラルフに大声で呼び掛けた。
「さあ、ラルフ――――あたしに撃って来いッ!! あんたの『勇者』の剣技をッ!!」
「おおっとぉ。俺様も忘れてもらっちゃあ困るぜええええぇ。ふへへかっかっか……どーせ死ぬならド派手にいかにゃあ……」
「――お前たち…………」
治療しつつも、セアドの作戦を聴いていたブラック。
生命を尊重する、それに固着する彼にとっては……玉砕覚悟の突撃など本来言語道断である。
だが――――もはや回復の手段も尽きようとしている今、『それ』に賭けるしかないという現実に、ただ苦虫を嚙み潰したような思いをするだけであった。それしか出来ない己自身が堪らなく悔しかった。
それでも――――
「よし。やって来い!! ラルフを止めてこいッ!!」
裏腹な思いを強引に押し殺し、ブラックはひと声、4人に声援を送った。仲間同士で殺し合うという、彼にとってはこれ以上ないほど唾棄すべき状況を呪ったが、もはや呪っている場合でもない――――
「…………滅べ。」
ラルフは、再び構えた。
今度は腰だめに突きの構え。切っ先に英気が集中する――――『六重神風《ゼクスシュツルム》』の構えだ。先ほどの輝刃《レディアントブレード》よりも攻撃範囲は狭いが――――その分、一体を確実に屠るのに特化している。
当たれば、ひとたまりもない。
「――――行くぞッ!!」
ウルリカとセアドは、同時に駆け出した。最も頑丈な2人。それでも道中、屈強な悪魔を鏖殺した必殺剣を防ぎきれるかは、1割と可能性は無い。
2人に少し遅れて、ルルカが駆ける!
その瞳の色は――――
「ウフフフフ……とうとう自ら私に身体を渡したわね。死人が出ることを覚悟の上で、私に一縷の望みを賭けた――――いいでしょう。貴女の覚悟を受け取りました。何としても成し遂げて見せますわ――――」
金色の瞳を輝かせながら、もう一人のルルカもまた咆哮した。
「――我が精神に秘めし灯よ。有限の肉なる身体に、無限の想いを以て、この存在の総てを贄と捧げん……灯よ。霊峰をも焦がす灼熱となりて、秘奥の術を、切なるひとたび、紡ぎださん――――!!」
ロレンスは、限界を超えた精神集中で、轟然と魔力を練り、詠唱を始めた。
――――遂に、ラルフの秘剣が、炸裂する――――
「――六重神風《ゼクスシュツルム》…………はああッ!!」
瞬間。
ウルリカとセアドは、持てる鎧も大楯も使って、満身の力で防御した。勿論、その程度では大ダメージを受けるのみ。
――ドドドドドドッ!!
「――くうッ!」
「グムウ……」
――――ウルリカとセアドの身体に、深々とラルフの剣が、それぞれ三度、食いこんだ――――
「――――今だああああーーーッ!! ルルカあああああーーーーッッッ!!」
ウルリカが絶叫した。
「――――エアアアアアアアアアアッッッ!! 血華輪舞刃ッ!!」
ルルカ、否、もう一人のルルカが、美術館戦で見せた、人間離れした跳躍。ウルリカとセアドを踏み台にして高く跳び出し――――音速を超えるかと言う速さで四方からラルフに回転斬りを繰り出す!!
「――――!!」
ラルフは、先ほどロレンスの爆発魔法を止めた結界を張ろうとした。
が――――
「――やはりそうか! あの勇者の光の剣技は、消耗が激しいのだ。連発は出来ない。如何に気力が魔王によって無尽蔵に有ろうが――――肉体がついてこん!!」
ラルフは結界を張れず、疲労で硬い動きで咄嗟に剣で防ごうとする!
だが――――疲弊しているうえに、美術館戦で辛うじて止められるか止められないかの、第二人格のルルカの速さには、今のラルフは対応できない! 捌ききれず、全身から鮮血を放出する!!
「――――くっ!!」
それでも、疲弊しているのはルルカとて同じ。ラルフは僅かな隙を突き、ルルカの脚を掴み、宙に放り上げ、剣の連続突きを見舞う!! ルルカもまた全身から血が噴き出す。
「――――今よ…………ロレンス様!!」
瞬間、もはや防御も反撃もする余裕の無いラルフに対して、ロレンスは――――
「すみませぬ……ラルフ殿! 超級バーストストリームッッッ!!」
ロレンスの全身全霊の魔術が――――ラルフに炸裂した――――!
「――うっ……くっ――――」
肉皮が焦げ、鮮血が流れて不快な臭いと爆煙が立ち込める中――――ラルフは遂に、膝を屈し…………やがて倒れ伏した――――
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち
半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。
最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。
本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。
第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。
どうぞ、お楽しみください。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる