LIVE FOR HUMAN

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最終話 LIVE FOR HUMAN〜人間の生〜

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 ――――ラルフたちが魔王……そして原初の勇者・トライズと決着を付けてから、一週間が過ぎた。


 ロレンスたちは、己の限界を超えた死闘の疲れを癒し……再び王国の酒場に集まっていた。


「――あれからちょうど一週間経つが……勇者は……ラルフはまだ見つからんのか? ロレンス……」


 皆が温かいコーヒーの入ったマグカップを両手で包みながら、静かに語らっている。



「……あれから我がレチア王国の捜索隊が懸命に捜していますが…………今だ、ラルフ殿の消息はおろか、『勇者』の英気オーラ自体微塵も感じられません。あの時、あの崖の下の墓所で決着をつけた魔王とラルフ殿……あの瞬間から、魔王の邪悪な憎悪の気も、勇者の温かな英気もすっかり消え去ってしまったようです…………」




「――本当に、勇者という使命に殉じて……この世から『勇者』という救世主は永久に消えてしまったと言うのか。ラルフ…………冷静な奴かと思っていたが、あの馬鹿者め――――」



 ブラックはその苦渋に満ちた顔の苦みを深めて、コーヒーを啜る。


「魔王……元々は原初の勇者であったトライズが最期に遺した言葉……あれはやはり、人々が憎悪の念に身を委ねる世界が来たら……何度でも『魔王』は現れる、というこのなのかしら…………」



 ルルカが思いを言葉し…………そして一行の胸の奥に、ずっしりと――――トライズの死に際に遺した言葉が重くもたげる。



『――――覚えておくがいい。誰しもが、憎悪のもとに『魔王』になり得ることに…………人間が、人間である限り――――いつの世も、どんな世界でも…………』



 ――まさに、己自身が憎悪のもとに魔に飲み込まれ、人間を滅ぼそうとした元・人間の揺るぎない真実と事実、そして呪詛である。


「……そして、もうこの世界の人間は『勇者』っていう都合のいいヒーローにゃんかに頼る事はできにゃいってことにゃね。魔王は一応倒したけど、いつでも人間たちは存亡の大ピンチ真っ最中ってことにゃ…………憎悪っていう恐ろしい感情がある限り――――」


「――それ、無理っしょ?」


 ベネットの懸念に、すぐにウルリカは言葉を返す。


「人間って憎しみとか、そういう感情の生き物だもん。みんながみんな負の感情を捨てることなんてできないよ…………」


 その言葉に、ヴェラはある種の閃きのようなものが脳裏をよぎった。


「――今、気付いたぜ。もしもよお……仮に負の感情を捨てきったキレイなだけの存在になっちまったらよ――――もうそれ、『人間』じゃあなくね?」


 皆、少し驚いたような表情をしたが、すぐに首肯した。


「人間のきったねー、醜い部分もぜーんぶ肯定して受け入れて……苦しい、キツイってもがきながらでもチビチビ歩き続けんのが『人間』ってもんじゃね? オレはそう思うぜ…………」


「その通りだ。人間は弱く、醜く、愚か極まりない。だが、歪みや矛盾を抱えながら生きていくのが、いつの世も人間の在りようだと思う――――例え、ある日突然魔王のような巨大な災厄が降りかかり、破滅しようとも、な。」


「……ブラック殿の仰る通り、我々は我々の人としての生を全うしていく。ただそれだけということですな。『勇者』がいなくとも、人は己の力で困難に終生立ち向かう…………」



 重く、堅苦しい空気が立ち込めてきたところで、ブラックは大袈裟に手を振ったのち、肩をすくめていつものアルカイックスマイルで言う。


「――要するに、各々の人生を懸命に生きることだな。どうせ人はいずれ死ぬ。ならば愉快に生きてみたいものだな。みんな、自分の人生を謳歌しようじゃあないか……ところで、セアドはどうしたんだ? 誰よりもそういう生き方を知っていそうな愉快な男は?」


 魔王を討伐した宴席とも、勇者を喪った葬式とも似つかぬ集まりの中に、セアドの姿は無かった。


 ロレンスが、目を静かに伏し、答えた。


「……つい先日、死刑が執行されました。今回の件に関わったことによる恩赦も一切なく、予定通りの執行でした」



「……そうか、済まない…………あいつ、もうそんなに後が無い状態だったんだな…………」



 凶悪犯とはいえ、一時は目的を共にした仲間の定められた死に、一行は瞑目する。



「刑が執行される直前に、セアドは私たちに遺言を遺して逝きました。『アンタら、どんなにしがらみや立場に捕らわれようが、心まで捕らわれちゃあいけねえよ。どんなに不自由を噛み締めても……心はいつも草原に放たれた牛馬のようにフリーダムであれ』――――そう言い遺していました…………」



「あいつらしいね。最期まであいつって、何気にブレない人間だったのね…………」



 ウルリカの言葉を聴きながら、コーヒーを飲み干したロレンスは、皆に問う。



「――皆さんは今後どうされますか? 既に宝玉を奪還するどころか、魔王を討伐出来たので皆さんには充分な報酬が支払われたはず。もうこの国に御用はないのでは?」



「……そうだな……金も充分受け取った――――と言いたいところだが、もうほとんど使ってしまったがね」



「――えっ!? マジで!? あんな大金、いつの間に使ったってのよ!?」


 ブラックの台詞に、思わずウルリカは立ち上がって訊く。



「なんだね、いつも君は騒々しい。……この国の東部にある小島を買ったのさ。あそこは資源こそ乏しいとはいえ、自然が豊かで、薬草も豊富だ――――ちょうど、罠にかかって死にかけた君を蘇生したのと同じ薬草がな。なのに近隣の国はまるで手入れしようとしない。だから私が買い取った。何かあればすぐに薬を調達出来るし、何より自然を守れる」



「……『自然を守れる』~っ!? あんた、そんなガラだったわけえ? うっわ~……信じらんない」



「ふん。君には感謝しているよ、ウルリカ。あの遺跡で君に臨床実験したおかげで、色々と手間も省けたよ――――ロレンス。約束通り薬草の調合法を纏めたノートだ。この国の学者なり医者なり、どこないと持っていって手柄にするがいい」


「あ。ありがとうございます。本当に無料でよろしいので?」


「私は流浪の身だ。そんな人間が特許を固持するより、公の機関が世界中に広めてくれた方が傷病人はずっと多く助かるだろう」


「……む~……なんだかなー。釈然としない……」



「私は再び諸国を流れていくつもりだが、ロレンス、君はどうするかね?」


 ロレンスの顔から笑みが零れる。


「……思い切って王の側近の任から離れました。代わりに王立図書館の司書と学術研究員を掛け持ちすることになりました」



「へえ。研究者ですか。きっとロレンス様はそちらの方が似合っていると思いますわ」



「無理に王に仕えなくとも国の為に力を尽くすことは出来ると気付きましたからね。気持ちを新たに励みます」



 突然、ヴェラは分厚い音でギターを掻き鳴らした。



「ヒュー! オレもこの国での音楽武者修行も堪能したぜ! またどっかに流れていくぜえ!! おめえらとはここでお別れだな」



「あら! じゃあわたくしとベネットもしばらくついていこうかしら」



「いっ!? おめえらもついてくんのかよ? 一人の旅を楽しもうと思ったのによ……」


 ベネットは、テーブルの上に立って大見得を切る。



「確かにアチキはルルカお姉様とずっと一緒に旅するにゃ! しかし行くアテがにゃーい! だったらどうせなら女三人で旅は道連れ、世は情け……温泉湯煙くんずほぐれつにゃッ!! ニャッフッフッフ…………♪」



 ベネットを椅子に戻しながら、ルルカも楽し気に言う。



「ベネットの煩悩はともかく、女三人で旅をするのも楽しいものですわ。私の剣舞とベネットの『次回予告』とヴェラ様の音楽があれば旅芸人としても重宝しますし!」




「んああ……ちゃっかりしてんのなー……まあ、楽しそうだからいいかあ……ウルリカ、おめえはどうすんだ? また冒険者稼業か?」



「あっ……あたしは~……その~…………」



 ウルリカは肩を小さくして頬を赤らめ、おずおずと答えた。



「……ブラックについて行って、一般人の嫁修行でもしようかなって……冒険者は辞めて」



「えええーーーっ!? マジかよ!?」



「ほ、本気……一応。ご、誤解しないでよ? 飽くまでブラックの手伝いをしながら女の子らしい作法の勉強したいってだけだから。決して付き合うとかいう意味じゃあ――――」



「――私は甘くないぞー。厳しくいくぞー。」



 唐突にブラックが虚ろな目をして間延びした声を出す。ウルリカはビクッと飛び跳ねる。



「ひゃいっ!! ……ど、努力します。イロイロと…………ハイ……」



「……これから苦労が二乗になりそうだがね。全く……身が持つか怪しいものだ。私も。」



 顔を髪の色と同じにしつつも、ウルリカの内心には、ブラックへの憐憫もあった。


(……あたし自身のこともそうだけど……あの泣き顔を見ちゃうとなー……あたしが支えなくっちゃ。うん)



「――さて。それでは私はこの辺で。ひとまず皆さんとはお別れですが……いつかまたお会いしたいものですな! それでは…………」



 ロレンスは席を立ち、自分のコーヒー代を支払って帰っていった。



「さて。ウルリカ。早速だが日が暮れる前に市場に向かうとしようか。旅支度と……君にぴったりな服を見繕ってあげよう」



「う、うん……みんな、さよなら、ね」



 続いてブラックとウルリカも去っていった。



「ではわたくしたちも……もう一晩だけ宿に泊まったら出発しましょうか。ここのコーヒー豆を買って…………最後にショーでもやっていきましょう?」



「はいですにゃっ!!」



「おうよ!! 最後にもうひと暴れしてやるぜ!!」


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 ――間もなく、日が暮れる。酒場に今は人は無く……斜陽の空に、街からは徐々に人気が減っていった。




 ――先ほどの酒場の様子を見ていた者の存在は、誰も気付かなかった。




「みんな、それぞれ、人として人生を懸命に生きていく、か…………」



 その人影は、酒場を離れ、最後の便が出るであろう港に足を向けようとする。



「――勇者としての役目はもう終わった。『勇者』はもう死んだ――――」



 その『藍色の髪の青年』は満足気に胸に手を当て、独り呟く。



「だが、天は…………俺の中の神は、とっておきの贈り物を用意してくれたんだな……『勇者』でも『魔王』でもなく――――ただの『人間』として生きる道を――――」



 ――定期便が近付いてくる。チケットはもう持った。



「これからも、この国で出会えた仲間たちと同じように『人』として生きてみるか。『人間』ラルフは今、ここに生を受けた。そして、いつか朽ち果てる日まで……人として誰かを救ってみよう。それはきっと、『勇者』ではなくなったからこそ出来ることなんだ。」




 『勇者』。



 否。




 『人間』ラルフは荷物を携え、船に乗り込んだ。



「さあ。俺も旅立とう。次に助けを必要としている国は――――」



 END
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