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物語

14話 「落ちた先」 こそばゆい、耳元の荒い息

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「なっ!!??またそんなことを女性に向かって……!!」

 ティナは、ぐわっと口を開き最悪だった表情をさらに最悪にする。

 当たり前だろう。年頃の乙女に対してこれがどれだけタブーなことか、ダッシュももちろん知っている。焦る彼女も、この発言は見過ごせなかったようだ。

「いや!悪気はないんだ!ほんとに……」

 両手を合わせ、乞うようにしてダッシュは焦る。

(確かに失礼だったけど!抱えて飛んで逃げるために必要な情報なんだよ!)

 何かをしようとする度に、ネガティブな感情や冷淡な考えが湧き上がる。
 自分が狙われたと思った時でさえ、周りをすぐに疑った。

 以前の俺とは、本当に変わってしまった。
 今だって女性にこんなことを聞いて、喋る言葉も汚くなった。
 ここに来た時の俺と今の俺、本当に変わったよな。

「そんなこと知らないし!教えてる時間もないって!!」
 
 やはり事態は急を要するようで、感傷に浸ってる場合ではなかった。
 ティナには余裕がない。
 
「……よし」

 腰に下げた仮面を身に着け、気持ちを切り替える。
 
「とりあえず逃げるぞ。来い!」

「ちょっ……!」

 彼女の手を握り、引っ張るようにして迫る影とは反対方向へただ走る。
 ゴミが、 瓦礫がれきが、寝っ転がった誰かが、容赦なく足に当たり続ける。
 
(荒んだ心は……熱くなる感情は……、冷たく切り捨てるんだ)

「あんた奪った力があるでしょ!戦わないの!?」

「あぁ!内地の奴らは知らないと思うけど、スラムにはスラムの掟があるんだ……。破れば、『貧者の冠』が来る!……ここで戦闘はお勧めしないな!」

 いうなればスラムは外国のようなものだ。そして都とは違う決まりがある。

 ここで一番権力を持つ者は誰か。
 一文無し?飲んだくれ?薬物中毒者?物言わぬ肉?堕ちた冒険者?慈善家?

 いいや……、隠れたいと思う者達だ。

 彼らは騒動を嫌う。そして目立つような真似をするバカを嫌う。出る杭は打たれるのだ、『貧者の冠』という集団の手によって。

 もちろん酔っ払いは慟哭どうこくするし、隣人同士の揉め事は日常茶飯事だし、隣で寝てたやつが翌朝冷たくなっているのだって珍しくない。

 問題は、外部と接触しそいつらと揉めること。以前のように区内であれば問題ないが、こんなとこで内地の者と戦闘なんてすれば目を付けられる。12区を囲んだこの広いスラムで、彼らがいるからこそ、ここは安泰なのだ。

「ティナ!傷は!?」

 息を荒げて走り続けるが、引っ張る手が汗ばみ、そして重かった。

「3等級の治療は受けたけど、動き続けるのは無理かも……」

 へらっと笑う彼女の顔がひくつく。
 痛みを我慢しているのだろう。3等級の治療とはいえ、ここまで動き続けてきたのだ。無理もない。最初に見せた笑顔よりも今はずっと苦しそうだった。

(……やるしかないか)

「……乗っかれ!」

 ダッシュは掴んでいた手を離すと、両手を後ろに回しながら背負い込むように腰を落とす。

「ええっ!?」

 ティナも当然驚いた。まさかいきなり背負われるとは思ってもいなかっただろう。

「お姫様抱っこなんて経験無いんだ!こっちのがやりやすい!!」

 追手が来る。異様に狭く障害物だらけのこの道で、追いかけっこは辛い。
 なすがままの彼女もそう思っているだろう。

「何する気!?」

「早く!」

「もう……、頼んだよ!重いって言ったら殺すから!!」

 後ろを見たティナが渋々と乗っかるその背中に、重みとほのかな温もりを感じる。
 なにより、耳元の荒い息が少しこそばゆかった。

「乗客の皆様、シートベルトは緩みのないようしっかりとお締めください。当機はまもなく出発します……」 

(また、前の記憶が……。大変だってのに、なんでこんなに余裕を感じるんだろうな)

「え!?どういう意味!?」

「しっかりと捕まってろよ!!あと首は触るな!」

(この重さなら、連続は無理だが家々は越えられるはずだ。戦闘するなら7区の門前が理想だろう……)

 かかる重みは体に任せ、前に屈んだ。そして、ゆっくりと膝を折る。
 ギュッと掴まれたこの服に、ほんの少しだけ期待を感じる。
 



 ――俺は厄災、奪い取る者。


 ――俺は戦槌、破壊する者。


 ――俺は運び屋、飛翔ひしょうする者。




 お前らはこの女が欲しいのかよ?

 なら、奪い取るだけだ……!




「っ!!!」

  力を込めて跳ねた――

 ――飛び立つが如く



 ――――――――



 ―――――



 ――



「……、たけぇなぁ……」

 屋根が見える。誰かが住んでいる二階建ての小屋が見える。
 これ、8階建てくらいは優に飛んだか?

 飛行機なんかよりもずっと低い。でも、そんなものよりずっと高く感じた。

「あたし……!!!高いとこ無理なんだけどぉおおおおおお!!」

「くっ!耳元で叫ぶなよ!!」

 みろよあれ。俺の住んでた場所なんて、あんなにも小さかった。
 
 この建物の屋根なんて、スラムの中で……

 あれ?




 ……近い!!!

「まずいっ!」



 ――――――――



 ―――――



 ――ダァーン


 屋根を突き破る音が響き渡り、木片が刺さるかと思うくらいに散らばった。
 道は狭いし、ちゃんとした建物がここにあるわけがない。
 ましてや屋根なんて雨をしのげればいいってだけで、こんなにも脆い。
 
「気合入れすぎた……、ティっ!?」

 バチンと頭を叩かれた。
 心配したが、大丈夫だと言わんばかりの返答が俺の顔を揺らす。

「ナ……」

「助けてって言ったの!!あんた殺す気!?」

 目を剥き、蒼白とした顔がちょっと面白かった。
 いたずら心を刺激するそんなリアクションも心地よい

 今日一日中、そんな顔でいるんだろうな……ざまぁみろ。
 

「悪かったよ、無免許なんでな」 

「メンキョ?あぁ……顎が痛い……」

「ここ、スラムのどこだ?」

 散らばった残骸が、また一つガタっと落ちる。
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