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5話

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俺たちは無事、公園にたどり着いた。怪我なく、何事もなく、だ。それもこれもパンドラのおかげだ。ほとんどを彼が軽く蹴散らしてくれたのだ。幸いにも魔法を使う強者にも遭遇しなかったので物理攻撃と物理防御に著しく特化したパンドラの無双続きだった。スージーのご厚意はありがたいものの、行く時も一緒にいてくれたらもっと楽だったろうな。
さて、公園に再びやってきたのはここに置き去りにしたアルツーを連れて戻るためだ。スージーが壊してしまったので、早く彼女の不思議な能力とやらで修復させなければ。
ところが・・・。
「あれ?」
どこを見渡しても、アルツーの姿が見当たらない。
「無くなってる・・・?」
俺と聖音とオスカー、そしてマシューは遊具の下や中などを探し回った。仮に誰かによってどこかに移動されてても長身なので頭から足先まで隠れるのは難しい。
「どこにもないよ~。」
聖音が力なくブランコに座り込む。どこ探してたんだ?
「オイオイ、どういうことだ?ぶち壊したんじゃねえのかよ。」
滑り台の下からオスカーが潜り抜けてきた。どうやら、実は壊れていなくて自分で移動したと思っているようだ。
「ええ、だからアタシも驚いてんじゃない。」
スージーは探す気は無く、ジャングルジムに背をかけてうろつきまわる俺たちを傍観していた。その隣では状況がよくわからないパンドラも棒立ちしている。
「何探してるの?」
「イケメンを探してんのよ。」
するとパンドラは自分を指差した。
「イケメンならここにいるんだけどなぁ。」
「死んでくれる?」
動かぬ二人(正確には一人と一匹)の雑談はさておき、気になるのはアルツーの行方である。もう探せる所は探し尽くした俺たちはその場に立ち尽くしかできずにいた。
「一体が壊れたのをアマリリアが察知して、他の個体に運ばせたのかもしれないね。」
マシューがそう言うんなら、そうなんだろう。この世界に諸々詳しい人が言うからにはこっちは反論できる材料がない。
「そんな・・・。」
面倒なことになった。壊れても元にさえ戻せば言い訳が楽なのに、そのままの状態だと壊れた理由についても言わなきゃならない。そりゃあ、人から貸してもらったものを壊したんだからただじゃあ済まないのはわかりきっている。でも、意味もなく破壊したなんて!アマリリアに通じるとも思えない。壊した理由・・・今までの事も話す必要が出てくるかも。話してもいいんだろうか?
「なんて言えばいいんだろ・・・。」
「まずはごめんなさい、だね。怒りはしないだろうが、一筋縄ではいかなさそうだ。」
オスカーが素知らぬ顔をしている中であまり関係のない聖音と巻き添えでしかないマシューの二人がその場で考え込み始める。
「・・・・・・。」
しばらく沈黙が流れた。パンドラがそわそわしている。沈黙に耐えられない性分らしいが、俺だってこの手の沈黙は嫌なもんだ。
「しょうがないわねぇ。おもいっきり帰るつもりでいたんだけど、こうなりゃ予定変更よ。」
沈黙を破ったのはスージーだった。
「師匠?」
「アタシも行くのよ。到着するまでにはナイスな言い訳を考えとくから。」
さっきまでは気が乗らない、ふきげんそうな仏頂面が続いていたが今はとても頼もしい、図太ささえも感じる自信いっぱいの笑みを浮かべていた。
「スージー・・・。」
「師匠・・・!」
根拠はないけど、その豪語に全てを任せてもいいというぐらいの前向きな気持ちにさせてくれる。しかし、ナイスな言い訳、とは・・・。感心する中で少しモヤモヤとした気持ちが入り混じった俺はうってかわって感心しかしてないマシューの手に、スージーがは上着のポケットから取り出した金貨のようなものを押しつけた。
「へっ?」
きょとんとするマシューは力の入ってない指を両手で拳にされた。
「どうせついてくるつもりなんでしょうけど、魔力の使いすぎよ。帰って休みなさい。これは飯代。」
「でも、師匠・・・。」
スージー、気遣いも出来る、なんだかんだで本当にいい人なんだな・・・。
「今のアンタじゃ役立たずって言ってんのよ!!シット!!」
マシューは怯んだ。俺とパンドラも怯んだ。
余計な一言さえなければなぁ・・・。
いや、むしろこれも思いやりのうちの一つなのか?
「ねえ、ここからそのアマリリアの家ってどう行くの?」
あと、行動の切り替えが本当に早くテキパキしているから、すごい。それはそうと、アマリリアの家から公園に来るまでずいぶんと曲がり角の多い迷路のような道を歩いてきた。あんなに分岐点が多いと、どっちが正しい道に通じるのかわからない。
「私覚えてるよ!」
聖音が挙手した。この自信も、いったいどこから来るのかわからないし、ここまで信用できないのも中々ない。
「ホントかぁ?」
「ほんとほんと、任せて!」
聖音が先頭を歩く気満々だ。不安でしかないが、気付きにくい後ろをスージーかパンドラに任せた方が良いだろう。公園にはもうこれ以上用事がないので、マシューとは一旦別れてアマリリアの家へ戻ることに。
「あっ・・・僕もいいや、遠慮しとく・・・。」
大きい体がついてくる気配がないので俺たちは足を止めた。あれだけ協力したいだの言ってたくせに。
「どうした?ついてこないのか?」
パンドラはぎこちない笑顔のまま少しずつ後退り。
「君たちがアマリリアに何の用があるか知らないけど、さすがに魔女の家は遠慮しとくよ・・・。」
視線は斜め下に逸らし、足首まで届く長い腕を後ろに回し、短い方の両手は人指差し同士を合わせていかにも自信のなさを顔と体で表現していた。あのドヤ顔が嘘みたい。
「みんなはアマリリアにかっ・・・。」
マシューが何か言い出したかと思えば急に黙りだす。俺は後ろにいたから見えないがスージーがきっと睨みをきかせたのだろう。「余計なことは言うな」と。目は口ほどにものを言うものだ。
「俺もよくわからないけど、大変なんだな、色々と。」
「お互いさまって所だね。」
適当な言葉をかけると、応じた言葉を返してくれた。本当に、この感じは・・・。
「早く元の世界に帰れるといいね。」
いや。はこんな穏やかに優しい声色で話すような奴じゃないし、そもそも全然違うのになぜかさっきから重ね合わせてしまう。気のせい気のせい。今日帰ったらわかる。
「ああ。ありがとう。じゃあ、バイバイ。」
「ばいばーい、気をつけてね!」
パンドラは大きい手を振って、マシューも同じく、笑顔で俺たちが見えなくなるまで見送ってくれた。
「おかしな奴だったな。」
「あんなのもいるんだね。」
と誰にともなく呟くと聖音が懐かしむような温かみのある落ち着いた声で言った。魔物はみんな人間を狙って襲ってくるものだと頭の中に刷り込まれていたが、パンドラと出会ってからは考え方を少し和らげなくてはいけない気がした。
「思い出した。リュドミール君、犬が飼いたいって言ってたよね。」
ん!?なぜ今その話題を!?
「子供部屋ひとつぐらいの犬小屋がいりそうね。」
「それはちょっとデカすぎるよ!」
スージーが悪ノリで返す言葉にやたらムキになる聖音。
「いや待て待て待て、これどういう流れだ?」
「犬を飼うなら外で飼う犬の方がいいとか言ってたじゃん。」
だからって、なぜそうなる!?会話の始まりと流れからして、パンドラのことを指しているな?犬と認識できるのはせいぜい顔だけだろ!
「あんなもの飼うつったら父さん気ぃ失うわ!」
「あはは、散歩の手間も省けていいと思うけどなぁ。・・・あ、次は右だよ。」
野暮な屁理屈は置いといて同じようなノリで返すと俺の反応を面白がって笑う聖音が、次の曲がり角を指でさし示す。
「適当言ってたらただじゃおかねえからな。」
「合ってる!」
オスカーの低い声の脅しにさっきと同じ子供みたいに意地を張って、迷いなく進んでいった。俺は黙って、聖音を信じてついていった


ちゃんと聖音の言われるがままに進んだら見事コンクリートの迷路を抜けた。不気味なトンネルを抜けて、そのあとは森だ。行く時に比べたら、強力や味方がいる点と、地獄と言っても過言ではないスージーの修行(?)で多少は戦えるはずだという自信のおかげで、ちょっとは歩む足取りが軽くなった。
「すごいな、本当に覚えてたのか・・・。」
聞こえないように呟いたが、他に物音が何もしないこんな静かな場所じゃあすぐ耳に届いてしまうわけで。
「まぐれだろ。」
聖音ではなくオスカーが冷たく言い放った。
「まぐれじゃないもん!」
まぐれならそれはそれである意味すごいけど。
「なあ、スージー。ナイスな言い訳は思い付いたか?」
スージー本人が言ったのを余計な一言として添えて、念のためにたずねてみる。まさか、忘れたとか言わないだろうな。
「まあね、なんとかなると思うわ。」
その言い方はなんとも、ものぐさの投げやりだ。これが普段通りのスージーなのだが、返す時ぐらいさっきの頼もしい彼女でいてほしかった。
「この森を抜けたら、家まで割とすぐだよ!」
聖音がこっちを向いてガッツポーズ。スージーは行くための目的が目的なだけに気乗りなどするはずもなく。
「あっそ・・・しばらく目をつけられそうねぇアタシ。」
「うわあああーっ!!」
突如聞こえた悲鳴がスージーのぼやきを掻き消し、静かな森に響いた。そう遠くもないが近くからでもない、聞こえてきた方向はまっすぐ前の斜め右方向からだ。
「今の・・・。」
恐怖や不安に表情が凍りつく。犯罪者から追われて怯えているような、見開いた目で聖音はこっちを見る。そう、この声の主は知っている。
「セドリックだ!」
気付いたら足が勝手に前へと走り出していた。衝動のままに、早く、早く。仲間が危ない。そんな単純な理由だけど、他のなによりも優先すべき大事な理由。
・・・「理由」?
理由なんかにしていいのか?
誰かを助けるのに理由がいるのか?
理由があるから助ける命ってなんだ?
いや、俺は違う。「仲間が危ない」から助けに行くんだ。鬱陶しい茂みの中を突っ込み、転びそうになるほど足場が悪い道をひたすら駆ける。
「あっち行けよ!なんなんだよ!」
曲がり道を左折すると、向こうからセドリックが後ろを振り向きながら走ってきた。ふと前を向いて俺たちの存在に気づくと足に急ブレーキをかける。
「リュドミール君・・・み、みんな・・・。」
体力の無いセドリックがここまでの距離をどれだけ全力で逃げてきたのだろう。息を切らし肩を激しく上下させ、膝に手をついて話すのも絶え絶えだ。
「大丈夫か?何があった?」
今の状態のコイツに状況の説明を求めるのも酷だが・・・。
「たっ・・・大変だよ・・・、お供に、つれてた、ロボットが・・・たお・・・倒されて、僕一人なんだ!」
なんで外へ出た?なんて事は聞かない。聞いても仕方ないし、アルツーがいるなら別に構わない。だが・・・倒された?スージーみたく奴らの急所を知る誰かが他にいるのか?
「ケッ、あのなんとかロボも案外たいしたこたぁねえな。」
鼻で笑うオスカーをよそに、スージーが一歩前に出る。すごく強張った、怖い顔をしていた。
「たいしたことないっつーか・・・何?コレ・・・すごい魔力が、こっちに来る・・・。」
ぶつぶつと、何かを呟いて。しかし、魔力云々といった類は俺たちは感知できないため無縁だと思っていた。これがその魔力というものだとしたら---・・・。
体の指先から脳天にかけてゾワゾワとするような、軽い寒気に似た感覚が全身に伝った。そして消えない。空気に質量がともなって、外側から押される感じ。苦しい。寒い。張り詰めている。嫌だ。嫌な感じがする。本当に目に見えない恐怖に体が勝手に怯えているような感じだ。俺は大きい声を出すことで自分を奮い立たせた。どうせこそこそしたって、多分意味もないんだろう?
「落ち着け!何に倒されたんだ!?」
「何って・・・。」
すると、空から・・・。真っ黒なフードで全身を覆った人影が降りてきた。
「コイツだよ!」
セドリックが指で示す。黒いフードは、先端がモヤみたいに空中を漂い、手には俺の持つツルハシとよく似た、柄に同じ形の刃がついた大きな鎌を持っていた。
まるで、死神だった。
「リセ・・・!!」
スージーが絞り出すような声でその人物と思わしき名前を呼ぶ。フードは黒いモヤとなって消えていき、姿を現した。白いブラウスにしっかり黒のネクタイを締めて、上にオーバーオールと見たことない組み合わせ。色白で細身の中性的な、見たところは男性だろうか。顔にはクマがあり、片目だけ前髪で隠してもう片方の目は真っ赤で常に見開いていた。
「リセ・・・?」
その口からはか細い声が漏れた。
「お尋ね者を無差別に襲う程アンタはおちぶれてしまったわけなのね。」
対峙するスージーには怯えも不安も疑心もない。鋭く、冷たい声だ。
リセは首を傾げると、突然、糸の切れたからくり人形のように首をガクンと項垂れて、体を震わせて笑い始める。
「・・・フフ・・・クッ・・・アハハ・・・。」
顔を上げる。不気味に吊りあがった大きな口、覗く歯は全てが鋭く尖っていて、瞳孔は眩しい光を真っ向から浴びた中で開いた時の如く縮小し、なによりその満面の笑顔が狂気を孕んでいておぞましかった。
「アアアアァ、縕ァeee縺ネ9・・*お久しぶりィスージー!!鬟溘≧、雖後>。・・・雖後>/01<--->!!!」
途中、金切り声や強めのノイズが声にかかって聞き取れなかった。これではっきりと確信した。コイツは魔物だ。いや、魔物という表現すら生温い。コレは・・・なんだ?
「知らない・・・、アンタみたいなキチガイ、アタシは知らない!!」
叫びながらも素早い動作で構えた銃を二、三発お見舞いする。確かに体の各所、頭と胸と腹をほぼ同時に撃ち抜かれて無事でいられるわけがないのに、貫通しても体は無傷だった。というか、体に当たった瞬間消えたようにも見えた。
「クソッ!」
毒づくスージーは一旦攻撃の手を止める。代わりに指示を出したわけではない、オスカーがリセの腹部を目掛けて力いっぱいバットを横に振り回した。
「このイカレ野郎!!」
銃は避けようがないが、回避できそうな攻撃ですらかわす気配がない。それもそのはず、攻撃がリセにとってはかわす必要もないのだから。バットはリセの体に触れた瞬間に姿を消してしまったのだから!オスカーは勢い余ってバランスを崩しよろめく。
「なっ・・・バットが・・・。」
信じられないと、両手のひらを凝視している。背を向かい合わせにもかかわらず、リセは自分から攻撃はしてこない。
「下手に触れたらダメよ!」
スージーの忠告に、ポケットに手を突っ込んで何かを始めようとしていた聖音の体の動きがピタッと止まる。俺は元より攻撃するつもりはない。先ほどのスージーの先手の時で「普通の攻撃では効かない」と把握したしセドリックは俺の背後に匿った。
「おいテメェ俺のバットどこへやった!」
あとはリセの向こう側にいるオスカーだ。自分の置かれた状況よりもバットを気にしている。確かに、武器もなくなった今は丸腰だ。
「蜒輔′繝ェ繧サ繝?ヨ縺励◆繧」
「人の言葉で喋りやがれ!」
リセが話す言葉にはもうノイズと金属音しかなく、聞き取れやしなかった。
「コイツ、俺たちに攻撃してこないな?」
小声でスージーに尋ねる。
「考えていることがさっぱりわからん・・・でも油断しちゃダメよ・・・。」
黙ってうなずいた。リセがこっちを向く。そうだ。
「な、なんだよ。」
俺は手で前へ払う仕草をした。見ようによっては「あっち行け」とも捉えられる。オスカーなら間違いなくそう捉えてもおかしくないだろう。どうか伝わってほしい。もし言葉で直接指示すれば今度は確実にオスカーに狙いを定める。
「テメェ、俺に・・・・・・。」
頼む!本当は頭が切れて冷静なお前ならわかってくれるはずだ。
「・・・・・・。」
オスカーは黙って前へ駆け出した。前方はアマリリアの家だ。ちょうどリセより前にいるのだから、一人だけでも難を逃れて助けを呼んでほしかった。アイツは狡猾だ。でも無事たどり着いてそのまま放置するのは考えにくい。だって誰にも倒せそうにない脅威が襲ってくるのはほぼ明白だから、それを放置するメリットがない。早く倒してもらったに越したことはないのだ。
「いてっ。」
ダメ元だが俺はすかさず、足元に転がっていた石を投げた。どうやら向こうは油断していると攻撃は通じることがわかったのがわずかながらこっちの自信につながった。今の攻撃は、少しでもこっちに注目させる事によりオスカーから狙い逸らすための攻撃でもあった。
「・・・・・・君。」
目と目があった。怖かった。張り付いた笑顔が、とても。助けが来るまでもつのだろうか?この身と精神が。
「誰も殺せないよ、僕を。僕を殺したら、この世界の一つのシステムが消えて無くなってしまいます。がっかりするよ。」
リセは淡々と、ぼそぼそと言いながらこっちに一歩、二歩と距離を詰めてくる。
「僕も、君と君を殺すのは気が引ける。僕が殺すわけにはいかない。」
とはいっても、逆に不安がどんどん押し寄せてくる。ずっと襲ってこなかったし、反撃もしてこなかったのに。じゃあなんで、セドリックを襲っていた?あれは一体?
・・・ん?君と君って、誰と誰だ?
リセが足を止める。しばしの沈黙が流れたあと、空気が変わるのを感じた。

「でも、でもォ、そいつ・・・お前、きっ、貴様・・・鬟溘≧螂エ縺ッ縺ソ繧薙↑雖後>縲りィア縺輔↑縺!!!!!」

ザーッというノイズ、音割れするほどの金属音に加えピーッと鳴る電子音に複数の叫び声が混じったこの世の不快な音を寄せ集めて大音量で鳴らしたような不協和音に思わず耳に指を詰めた。でもそんな雑音を防ぐこともできず、苦痛に目をぎゅっと閉じてしまう。
「ぐあっ、こ、これは・・・。」
「鼓膜が・・・!!」
・・・!?
うるさすぎて意識が飛んだかと思った。一瞬、目の前が真っ暗になる。次に瞳を開けた時には音は鳴り止んでいた。不協和音は数秒続いたが、そのたった数秒が地獄みたいに、もっと長く感じた。
そう、瞳を開けると。

俺の後ろに移動していたセドリックが、リセに胸ぐらを掴まれて、華奢で折れそうなほど枝みたいな細い腕が子供とはいえ人を軽々と持ち上げている。
「離せよ・・・!」
腕を力づくで引き剥がそうとするも、びくともしない。
俺が驚いたのはそれだけではない。確かに、一人走って行ったはずのオスカーが俺たちのそばにいたのだ。しかも、手には消えたはずのバットを持っている。
「何がどうなっちまった?
自分でもわかっていないらしい。オスカーも用がないのに戻ってくるわけがない。
「離せって言ってるだろ!」
抵抗も虚しく、足が宙の中で動くだけ。
リセはいまだ不気味な笑顔を口に宿したまま。でも、このまま何もしないわけがない。普通の攻撃が効かないなら俺がうかつに近付いても意味がない。オスカーの二の舞になるし、なにより今はセドリックを盾にされているようなものだ。どうすればいい。時間はいつでも待ってくれやしないんだ。
待てよ?いいものがあるのに、なぜ忘れていたんだ?せっかく見つけたツルハシを過信していたせいか?
帽子の中から、こっそりと持ってきたあの銃を取り出した。信憑性は薄いが、ヘルベチカ曰く魔物殺しの銃。スージーが使用しているものとデザインは違うが形状は同じ。
「リュドミール、アンタ、それは・・・。」
スージーが反応したなら、信用できる。
アイツが魔物と同じなら、こいつは使えるはずだ。
そして、人間はこの弾をすり抜ける。
「なんでアンタがそれを持ってんのよ。」
「説明はあとだ。」
あまり偉そうな口を叩きたくないのだが、今はそんな悠長なことを言ってられない。説明なら、あとでいくらでもできる。

「・・・・・・。」
実際の標的はリセである。が、人間の体には効かない特性を利用するのでセドリックを目掛けて撃つ事になる。わかっている。アイツは傷一つつかないとしても、特別仲の良い友達を・・・親友を撃つのに躊躇いがないといったら嘘だ。手が微かに震える。人差し指が引き金に触れるのを拒んでいる。でも、この引き金を引かなければ、撃たなければ、いなくなってしまうかもしれない。

この一撃は殺すためではない。救うためだ。

そう言い聞かせ、俺は引き金を引いた。



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