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6話

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バスとは本来、決められた道を走るべき乗り物だ。車が走る道はここ、と定められて、バスだって例外じゃない。少なくとも外を走るものであり、こんな・・・建物の中を縦横無尽に疾走するものではない。と、いうか。普通に家の壁を何度も何度も突き破るあたり、このバスそのものが普通ではないのでは?
衝撃は何度も車体を揺らす。心臓に悪い。一行はバスの後方に腰をかけた。歩くのもやっとだ。
「だーっ!もう!こんなのウザくてつけてらんない!」
スージーがガスマスクを外して放り投げ、ついでに黒いコートも脱いでそこらへんに置いた。今度もまた違う服で、ちょっとぐらいの露出の多さにはもう慣れてしまっている自分がいた。マシューも、ペストマスクだけ外す。
「アマリリアは!?大丈夫なのか、あれ!!」
思いっきりはねたけども。聞いといてあれだが、大丈夫なわけがないと思う。
「バスの正面ね、魔力を打ち消す効果のある符を貼ってあったのよ。対象の魔力が強ければ強いほど効果も増し増しになるわ。」
「あれだと気を失っているでしょうね。」
求めている答えになっていない。
よくわからないが、気を失うどころか命を失っておかしくないレベルだけど。
「・・・なぁに、魔女はあんなもんじゃ死にゃあしないわよ。」
察してくれたのか、答えてくれたけど、死なないんだ・・・。
「おかげでアタシ達の顔まではみられてないでしょうけど、パンドラはどうすんの?アンタおもいきり顔バレしてんでしょ。」
一番後ろの座席の真ん中に一回り大きい図体が座っていた。窓際だと前の席との間でさらに窮屈だから仕方なく、だそうだ。ちなみにパンドラを挟んで聖音とハーヴェイ。前の席は俺とジェニファー、スージーとマシューの二人で座り、俺の前の席にオスカーが二人分の席を陣取っている。順番は適当だ。うーん、色々な意味で落ち着かない。
「ま、なんとかなるよ。」
随分適当な返答である。
「顔バレといえば、俺たち、追いかけられたりしないかな。」
「なんでよ。」
ハーヴェイの問いにスージーは真顔で返した。窓を開けてタバコを蒸している。
「いやだって、殺す気満々だったじゃん・・・そんな俺たちがさ、逃げたんだよ?」
「それについては、多分大丈夫だと思うよ。」
代わりに答えてくれたのはマシューだった。座席に身を乗り出す。
「パンドラはともかく、君達はきっと「追う必要はない」と判断するだろう。」
「どういう意味?」
「君達を追う場合、「人間がこの世界にいることを世界に認知される」リスクが発生する可能性がある。アマリリアの立場上、後は性格かな?できるだけ面倒事は回避したいはず。」
なんとなくわかるような、わからないような・・・。
「僕たちが、アマリリアが人殺しである確たる証拠を持っていたとしても広める事でさえそのリスクから、難しいと考えている。まあ、こっちが広めたとして、彼女ぐらいの権力ならどうでもできそうだ。」
ますますわからないような。でも、最後だけ納得できた。俺たちは立場的にも弱い。この世界の権力者にはかなうはずもない。
「人殺し・・・・・・。」
ジェニファーが暗い顔で俯いたまま、呟いた。途端に、みんなが急に黙り込んでしまう。今の沈黙の間にどれほどの距離を進んだんだろう。
「なんでアマリリアは、セドリックを殺しんだろう・・・。」
人間に対して本当に友好的で、色々としてくれた彼女がどうして、という気持ちは俺だってある。でも、今となっては「みんな殺すつもりだったのではないか」と疑ってしまう自分もいる。あんな豹変した彼女を見てしまって後では。
「あっ、まだそう決まったってわけじゃ・・・ね、ねえ。本当にその媒体てやつには残ってるの?」
「ああ、ばっちりね。」
場の雰囲気を重くしたからわずかな可能性にかけて聞いたものの、逆効果。パンドラは正直に答えてくれた。
「その・・・見る事はできるの?」
すると目を細め、眉間にシワを寄せた。
「・・・僕の言葉だけじゃ、信じられないわけ?何回も言ってるじゃん。ここにちゃんと残ってるって。」
「でも・・・!」
言いたい事はついつい口に出してしまうのは良くも悪くもジェニファーの性格だった。
「君はどうしても仲間の死ぬ時の様子を見たいんだね?」
「・・・!」
さすがに黙ってしまった。言い方一つで、心にまで重くのしかかるような響きがある。別に、見たいわけではない。でも、それじゃあまるで・・・。
「ジェニファー。彼は君たちの為に反対しているんだ。あんなショッキングなの、見せたくないのは僕も同じさ。わかってくれるかい?」
マシューが気を利かせてくれた。
セドリックの第一発見者はジェニファー。その事情も考慮してのことだろうが、あれを見て相当ショックを受けたと聞いたのに、ましてや「最中」だ。耐えれるとは思えない。俺もそうだ。きっと正気ではいられない。
「・・・ま、どうしてもっていうなら仕方ないけど。今は無理だ、見るための道具がないからね。」
媒体とやらを体内にしまいこんで、手ぶらになった両腕を邪魔にならないよう膝の上に乗せた。
「・・・・・・。」
会話が途切れ、沈黙が再び。
「・・・聞きたいことがあったんだけど。」
このタイミングで聞いていいのかどうかはわからないが。
「あの時いなかったパンドラが、なんでセドリックの事を知っているんだ?」
すると、さっきまで何を考えているかさっぱりな無表情だった顔が陽の光を浴びた花みたいに明るくなる。待ってました、といわんばかりの顔だが、内容的にどうなんだ。
「マシューから聞いたんだよ。そのあとスージーからもね。そりゃあ、こっちも仲間同士情報は共有しとかないとね!」
おそらく仲間意識をアピールしたかったんだろうなぁ。しかもちゃんと共有出来てるんだ。
「コイツが先に言ったのよ。余計な事、べらべらとしゃべりやがって、全く。」
その中で(パンドラに対してのみ)協力的ではないスージーがぼやく。
「すみません!で、でも結果として今があるわけなんですし!」
あの計画を誰が発案してどう考えたか知らないが、マシューからの情報提供があってパンドラが動いたとなれば、あれはやはり三人だからこそうまくいったんだと思う。連携も取れていた。
「まさか、他にもいたなんてびっくりしたよ。助けられなかったのが残念でしょうがないな。」
「・・・そういえば、これは何者?」
しょぼくれてうなだれる大きい図体と壁に挟まれてあまり居心地が良くなさそうなハーヴェイが怪訝な顔で誰にともなくたずねてくる。もはや当たり前みたいに会話に入っているがハーヴェイとジェニファーにとっては一際違和感を放つ存在でしかない。
「パンドラっていって、俺とオスカーと聖音は先に会ってたんだ。あんなんだけど俺たちの味方だから、大丈夫だ。」
裏切られた直後で言い切ってしまった。そんなこと言ってたらキリがない。
「よろしくねー。」
隣に気を遣って短い方の手を振った、誰に向けてでもなく。そして笑顔だ。切り替え早いな、コイツ。
「おい、お前。それよりもっと大事なこと忘れてんじゃねーのか?」
オスカーがこっちを向くわけでも身を乗り出すわけでもなく、会話の中に入ってくる。俺は、そっちに軽く驚いて言葉が詰まった。
「忘れてんなら代わりに聞いてやるけどよ、セドリックは結局「本物に化けた魔物」だったんだろ?だったら、一体いつから、俺らは魔物と一緒に行動していたんだ?」
そうだ。忘れていた、というか。もう少し落ち着いて考えれば多分考えていたはずだ。猿真似のセドリックが見つかったのは本物がすでに殺されたのは事実。しかし、たちとずっとそばにいたアイツが殺されていた。それは
「考え出したらキリがない、というか・・・。」
セドリックが気絶している間は無理だ。俺は頭をひねる。
「割とずっとそばにいたというか・・・。」
ジェニファーも一緒に考え込む。
それより前だろうか?そういや、魔物と初めて遭遇して、学校でセドリックと離ればなれになったような・・・?まさか、あの短い間に!?
「冗談じゃないぜ。俺らは化け物と一緒にいたってのか?反吐が出る。」
「・・・・・・。」
身構えた。ジェニファーならまた何か言いかねない。例えば「そんな言い方はあんまりだ。」とか。間違ってはいない。が、別に言わなくてもいいことだ。でもジェニファーは黙っている。さすがにオスカーと同じ心境だったんだろう。仲間だと思っていて接していたらそれは仲間を既に殺して成り変わった た化け物だったなんて、みんなが不快を抱いて当たり前だ。せめて隣にいるジェニファーぐらいには気の利いた慰めの言葉でもかけてやりたいんだけど、どうにもこうにも、いい言葉が浮かんでこない。相変わらず、たびたび流れるこの沈黙は居心地が悪くなって仕方がない。
こういう時、空気を読まずに場をかき乱しそうな聖音はというと、座ってからほうけた顔、死んだ目で虚空を見つめて一言も喋らない。力の抜けきった体はパンドラにもたれかかっている。見ているこっちが不安になるほどの疲れっぷりだ。いや、寝起きだったから、眠いだけなのか?
「あっ。ねえ・・・。」
ハーヴェイは横目で隣を見たあと俺に視線を移し、しばらくしてから前の座席に腕をかけ立ち上がった。
「本物のセドリックの記憶もそれに残ってるんじゃないの?」
それは俺じゃなく、隣いる奴に聞いたほうが確かなのでは?ていうか、さっき聞こうとして隣を見たんじゃないのか?そしてパンドラだって自分に聞かれたわけじゃないからと言ってなんにも答えないし。急にそんなこと聞かれても・・・。
「それが・・・。」
答えたのはハーヴェイの隣だ。
「コピー同士の復元は可能だけど、オリジナルから引き継ぎしたコピーの記憶は劣化が激しくて、見ることすら難しいんだ。」
なんだか、難しい単語が続けざまに出てきた気がした。要するに、不可能ということか。
「にしては、かなりセドリックだったけど・・・。」
あれが魔物だと言われても信じられず、逆にあんなことがなければずっとわからないぐらいに、セドリックそのものだった。それでも記憶に劣化している部分があるらしい。
「でも、アレが猿真似だったって事は、結局セドリックは・・・。」
そこまで言っといてハーヴェイは黙り込む。今までで一番気まずい沈黙。
セドリックが死んだことにはかわりない。
それがいつだろうと、もはや関係ない。
俺たちはその死際にも会うことすらできなかった。
悲しみとひどい虚無感に打ち拉がれる。

「あーもう!辛気臭いわね!」
破りにくい沈黙を壊したのはスージーだ。
「師匠!?」
隣にいたマシューはさぞかし驚いたろう。俺もだし、みんなもだけど。
「辛気臭いのよ!」
二度も言った。あまりに唐突だったので、みんな思考が停止して固まっている。
「アタシを連れてまわるならずっとしょぼくれてんじゃないわ!」
「でっ、でも師匠みん、あっやめてやめて!!」
みんなの気を汲んで宥めようと試みたマシューは頬に思いっきりタバコの火を押しつけられた。熱いとは言わないのでそこら辺は平気なのかもしれないが・・・。
「ずっとそんなこと考えてても仕方ないでしょ。それでやる気の一つでも出るんなら別たけど、逆なら忘れなさい。」
「忘れろって言われても・・・。」
ジェニファーが呟く。忘れよろと言われても難しい。俺たちにも、常に命の危機にさらされている以上はここでの仲間の死は悲しみと他の感情もまとわりついてくる。
「・・・。」
ふと、オスカーの言葉が脳裏によぎる。
・・・巻き込まれただけの人、関係もないけど協力的な人、こうやって付き合ってくれているのに、肝心の俺たちがこの調子でどうするんだ?悲しみの度合いが違う?そんな事関係ない。この世界で俺たちの事情はどうでもいい。
「さっぱり忘れなさいとは言わないわよ。何かするたびに邪魔になるなら、その時だけは頭から振り切るのよ。考える時に考えりゃいいのよ。」
悲しみじゃあ、前に進もうにも進む気力が起こらない。
足を進もうという気にさせてくれるのは前向きな気持ち。
つまりはそういうことを言いたいのか?
「そうだよ、体が疲れた時は休憩が必要だけど、心が疲れた時も息抜きは必要なんだよ。」
と言い出したパンドラが腹部に手を突っ込んで何かを探している。この光景もなかなか慣れない。
「と、いうわけで、じゃじゃーん!!・・・あっ。これじゃないや。」
意気揚々と取り出したのはルービックキューブだった。・・・が、取り出したいのはこれじゃなかったみたいで、そそくさとしまった後また手探り始めた。 
「じゃんじゃじゃーん!!」
次に出てきたのは、トランプ。
「こんなものしかもってなくてゴメンなんだけど、ほら、ある意味定番でしょ?息抜きということで、何する?ソリティアとか、神経衰弱とか・・・あっ、ソリティアって確かパソコンで遊ぶやつだっけ。」
魔物の口から、トランプで遊ぶゲームの名前が次々と出てきた。偏見だが、現代の子供が、普段はトランプでは遊ばない。それこそ何か特別な時に遊んだりはするけど。しかもパンドラは、パソコンに元から備わっているゲームの事まで知っているだなんて・・・頭が軽く困惑する。
「パソコンで遊んだ事はあるけど、一人だけで遊べるトランプのゲームじゃなかったか?」
「知らない。俺、ババ抜きしかしたことない。」
ハーヴェイに聞いてみたらそう返ってきた。
「なぁに、ソレ。」
今度はスージーだ。・・・えっ?
「えっ、知らないの!?ババ抜きを!?」
人一倍驚きを露わにするパンドラを、身を乗り出してまで睨んだ・・・いや、目を細めて見つめているだけだ、トランプを。
「こんなの、見たことない。」
パンドラはといえば、口をアホっぽく開いたままフリーズ。この世界ではそこまでメジャーではないのか?よくわからん。
「マシューは知ってるの?」
「あはは・・・。」
苦笑いでごまかすのみ。頬にはそばかすの他に焦げた後が黒く残っていた。
「人生の二割損してるよ!?」
「たいしたものじゃなさすぎでしょ。」
確かに、人生のうちのそれだけの損で済むなら大したことはない。むしろ二割にも入るのか?それ。
「へぇー・・・じゃあ、アレだね。ババ抜きにしようか、説明も簡単だし。」
「え?アタシも参加する流れなの?」
気のせいだろうか、パンドラは半ば強引に話をすすめている。まず、誰も遊ぼうと言っていない。なんて冷たい事、わざわざ言わないけども。
「今は・・・あまり頭を使わないのがいい・・・。ババ抜きを希望・・・。」
違う意味で神経衰弱している聖音がうわ言のように呟いた。いや、そんな状態でも遊びたいのか。
「いいと思う。簡単だし。」
ハーヴェイも参加しだした。今のところ乗り気なのはパンドラと、聖音と、ハーヴェイ。三人もいればとりあえずババ抜きぐらいはできるんじゃないか?っていうか、いつのまにこんな流れになった?まるでお泊まり会みたいな雰囲気だ。
「ババ抜きに決定だね。リュドミール君は強制参加ね。」
なんでだよ!提案したわけでもないのに!・・・まあ、頑なに断るほどの理由もないし、断って場の空気が悪くなるぐらいなら、遊びに興じてもいいだろう。マシューが席を移動し、綺麗な輪とまではいかなくとも円に近い陣形を無理やり作って、乗ってこなかったオスカーと乗り気ではないジェニファーを除いた面々でなぜかババ抜きをすることになった。息抜きに、ババ抜きとは・・・。このバスに乗り込んだ時はこうなるとは、考えもしなかった・・・。

ー・・・
しばらくはババ抜きで盛り上がった。ババ抜きにしては異様なほど、盛り上がった。ハーヴェイが罰ゲームなんてものを取り入れるからみんなそれを回避すべく必死の探り合い、読み合いが始まったのだ。それと、スージーが負けるたびに癇癪を起こすのは見ていてとても愉快だった。意外と顔に出るタイプ、らしい。そして八つ当たりにマシューの顔にはまた焦げた跡がつく。
「顔に個性が増えてよかったじゃん。」
と、ハーヴェイの心ない慰めは追い討ちをかけるだけに過ぎなかった。

・・・と、楽しい時間はあっという間に過ぎた。続けようとしたらいつまでも続けられるのだが、パンドラが突然終わりを告げたのだ。
「フン!」
スージーは窓際に頬杖をついて足を組み、そっぽを向いて完全に拗ねていた。彼女が罰ゲームとして何をさせられたかは、彼女の名誉のためにも忘れよう。いや、あんなのやらされたんだからむしろ彼女のために覚えておいてあげたほうがいいのか?
「あー楽しかった。ババ抜きでこんな盛り上がるとは思わなかった。」
「ハーヴェイのせいだな。」
「こいつのせいだな。」
俺とオスカーは元凶を睨む。ちなみに罰ゲームをくらっていないのがハーヴェイとマシュー。ハーヴェイはこういう相手の腹を探るものに強く、あとは運が良かったともいうべきか。マシューもだけど、あいつはスージーからだいぶ痛い目にあっていた。
「これ外していい?」
パンドラは罰ゲームのひとつである目隠しをされていた。よくそんな状態でできたもんだ。
「終わったからいいんじゃない?私も着よう・・・。」
聖音も罰ゲームで、上着を脱いでなにかよくわからない棒をずっと胸で挟んでいた。その手のやつは、俺にとっても色々な意味でよろしくない・・・。
「聖音はダメ。」
「うそぉ!!」
顔真っ赤にして涙目で反応される。本当にやめてくれ、あといい加減にしろという気持ちを込めてハーヴェイの頭に縦にした手の平をたたき込んだ。
「・・・。さて、まだ遊んでたかったけど。もうそろそろ着くよ。」
上着をきてしまうまえにしっかりとその目に焼き付けたあと、何事もなかったように返された棒を腹にしまって仕切り始めた。
「そういや聞くの忘れてたけど、これどこに向かってんだ。」
多分、一番肝心な事だと思うけど、頭からすっぽ抜けていた。窓の外の景色は・・・相変わらずの森、と思いきや。山に囲まれた小さな集落。テントに見えるものが所々に建っていて、ちらほらパンドラと同じ姿をした魔物が焚火をしていたり、服を干したりと日常を営む光景が見えた。
「僕らが住む村だよ。山を切りひらいて、小さな村を作って、そこで暮らしてるんだよ。」
「アタシが行ったところと微妙に違うわね。あの頃から変わったのかしら?」
スージーが窓からの景色を眺めながら呟いた。
「村はここだけじゃないよ。他にもあるんだ。・・・へぇ、来たことあるの?知らないならまだしも、こんな何もない所に?」
確かに、テント以外の建物は見える限りでは何もないような。
「ちょっと昔にアンタらの縄張りに車ごと突っ込んだ事があってね。調子乗ってた頃のアタシは群れに喧嘩を売ったんだけど、まー酷い目にあったわ。」
「何やってんの・・・。」
素でドン引きしていたのはパンドラだけではなかった。ここにいる。俺もだ。マシューは自分がしたことではないのに申し訳なさそうに俯いている。争いが嫌いといわれている魔物の群れをみんなその気にさせるとは。そして、今思い出すと、スージーがやたらパンドラを警戒していたのは過去に、やらかしたからなのか。
「まあそれはさておき、僕としては村でゆっくりしてもらいたいんだけどね。でも人間なんか来たとなったら大騒ぎだ。」
サモンズドッグは人間が嫌いと聞いた。その上で人間がたくさんやってきたという事実が重なれば、大変面倒なことになりそうだ。
「僕の家も狭いしなぁ。一人暮らし用の小さなテントだもん。」
「で、結局どこへ向かってんだ。」
今度はオスカーがたずねた。
「まさか、なんだかんだであてもなく走ってるだけじゃねえだろうな。」
「まさか!ちゃんとプランは考えてあるよ!地図だって、運転手さんに渡してあるんだから!」
そういや、下では誰かが運転しているんだよなと、当たり前の事実を再認識する。あの、壁を強引に突き破ったのも、その人なんだよな・・・。
「アタシは聞かされてないけどね。」
「僕もです。」
あれ?計画も一緒に考えて連携もバッチリとれていたと思ったら、こんなところで連絡ミスが生じたのか?
「着いてからのお楽しみだよ。楽しめる場所じゃないけど。」
どっちなんだ?どういう意味だ?
でも・・・俺たちの状況をよく知るパンドラがあの時アマリリアに放った言葉を信じる事にした。きっと、安全なところへ連れてってくれる、と。バスは木々が挟んだ狭いでこぼこ道を通る。ガタガタと終始揺れる。
「・・・・・・。」
雰囲気がガラッと変わり、全員一言も発しなくなる。原因の一つとしては先ほどはしゃぎ過ぎて疲れたというのもあるけど。
「わわっ!?」
突如バスが急ブレーキを踏んだ。体が前に飛ばされてしまう。
「・・・な、なに?」
ババ抜きのあたりからずっと寝ていたジェニファーが、前の座席に体を打ったことにより目を覚ました。
「止まるの下手くそだなぁ。みんな、一旦ここで降りるよ。」
そう言って、みんなが降りた最後に狭い階段をなんとか身を細めて降りてきた。
降りた場所は山道の中。建物はおろか、何もない。
「ここからちょっとだけ歩くよ。大体、四十分ぐらい。」
ここまでバスで来たのに、途中からいきなり徒歩ときた。でもそういうにはきっと何かわけがあるはず。道が崩れやすいとか、上から石が落ちやすいとか、魔物飛び出し注意とか。
「おいおい、いつになったらお前のいう目的地とやらに着くんだよ!」
講義の声を上げたのはオスカー。正論といえば正論だ。俺も心の中では「結構歩くな」と先の思いやられる気持ちだった。交通網が整った、便利な街で暮らしているとそんな時間歩く事はまず無い。
「これ以上はバスで通ると目立つから避けたいんだ。」
事情はやはりあるみたい。細かいことはつっこまないでおこう。
「それにしても結構歩くわね。」
ジェニファーが不安そうに呟く。この中では体力の低いジェニファーが一層心配だ。
「疲れたら遠慮なく言ってね!担いであげるからね!全員はまとめていけるよ!でも大人数を一気には無理だね・・・そんなに腕がないや。あ、そうだ。何分かずつで交代・・・。」
「僕も師匠も一人ならいけるので、任せてください!」
マシューは最後まで待たずに胸を張って言い切った。力自慢のパンドラはともかく、マシューもなんだかんだで、一番体重のあるオスカーを高いところから難なく引き上げていたから信頼はできる。
「アタシも勝手に入れないでよ。」
巻き込まれたスージーについては不明だが、普通に面倒だから嫌だって感じだ。
「それに、ここらへんは魔物はでないから休憩もできるよ。さ、行こう行こう。」
こっちはまだ微妙な反応しか返していないにもかかわらず、パンドラはさっさと前進を始めたので渋々ついていくことにした。徒歩四十分か。しかも山道。同じ歩くとしても、環境によってはこうも気が滅入るとは。
「あ、ジェニファー。」
突然思い出した。帽子の中にしまっていたアレを取り出してジェニファーに渡した。例のスタンガンだ。やれやれ、さらに気が滅入るが、物が物だからいつどこで渡してもそう変わらないか・・・。
「これ、拾ったんだ。使えるぜ。」
「え?う、うん・・・。」
顔がいかにも「いきなりなんだ」ていう疑問いっぱいの表情を浮かべている。そうなるだろうな、うん。どんな説明をしても、そうなるに決まっている。いやもうこの際、雰囲気とか気にするだけ無駄だ。どうしようもない要素が揃いすぎている。
「女の子にあげる贈りモンがまるで心配性の親が渡すようなモンじゃない。」
後ろからスージーの呆れ声が聞こえる。心配性というより、過保護とでもいうべきか?
「そっ・・・それに関しては少し気にしてるんだから言うなよ・・・。」
女の子に初めてあげる物がこれだなんて、誰だって嫌だ。
「身を守るための物だからな?こ、こっちの方がほら、隠せるし、軽いし、その・・・。」
と、必死の言い訳をする。実際、そうだと思って拾ったんだし。
「ありがとう・・・。」
小さい声で礼を言ったあと服のポケットにしまいこむ。すると何を思ってか後ろを歩いていたハーヴェイが間に割り込んで俺の肩に肘を置いた。
「まあ女の子がシャベル振り回すよりはマシかな、絵面的に。ね?」
ね?って聞かれても。
「ソレ、どーゆー意味!?そうそう、あのシャベル・・・みんなが置いてくから私も置いてったんだけど、今頃どうなってるのかしら。」
「さ・・・さあな。」
ガラクタのゴミの山の中に埋もれてるんじゃないか?とは言いにくかった。というか、よくよく思い出せば、アレも俺の家にある私物だった。

そして歩いて四十分。途中で一回の休憩を挟んだので、実際はそれ以上かかっているが対したほどではない。さて、歩き続けた俺たちを待ち受けていたのは・・・。
「ここだよ。」
金網のフェンスに囲まれ、上をさらに有刺鉄線が張り巡らされている。その中央にあるのは、一階建てのコンクリートで出来た建物。しかも新しくなく、薄汚れていて所々ヒビが入っていて、苔も生えていればツタも絡んでいる。
「なんというか・・・。」
「なんと言っていいんだろ。」
ハーヴェイと並んでそんな貧相な感想を並べていると、想定内の反応だったようでパンドラのリアクションも薄かった。
「なんとでも言っていいし、なんとも言えないなら言わなくていいよ。」
「収容所みたいね。」
スージーが呟いた。容赦ない。この建物だけならまだしも、フェンスと更に有刺鉄線まであればもうそれにしか見えなくなってくる。
「ここはね、僕らを作るために利用した実験場。もちろん、今は誰も使っちゃいないし、立ち寄ろうともしないけどね。」
よくもまあ、自分の立場上、そんな場所に連れてこようと思ったな。でも、多分パンドラにとったらだいぶ前の話で、だとすれば実感も何もあまりないのかもしれない。
「誰も立ち寄らないぐらい寂れたとこならバスで通ってもよかったじゃない。」
「そんな所になんでバスが、て怪しまれるじゃないか!」
スージーとのやり取り。あーなるほど。なんとなく理解した。あの集落を横切る時に誰か見ていたら、噂になったりするんだろう。・・・普通にバスで横切ったから気付かれてると思うが。
「人気もない、魔物もいない。居心地としてはアマリリアの家に比べたら全然だけど、最低限の設備はあるよ。とりあえず中に入ろう。」
ドアの前にインターフォンみたいな物が備え付けており、パンドラは帽子を脱いで額をかざすとドアが自動的に開いた。顔や指紋認証は聞いたことあるが、額なんて新しい。
「お邪魔しまーす。」
聖音が最後に入るとドアはまたも勝手に閉まった。スイッチを押すと中の蛍光灯が一斉につく。内装は、本当に実験場というのにふさわしい造りだ。壁にかけてある大きなホワイトボードに貼ったままの、文字で埋め尽くされた古い紙切れ。廊下にはいくつもの横机が並んでそこにも紙の束やガラスケースが積まれている。見る限りどこも机、資料、ガラスケースが決まって設置してある。まるで学校の授業で職場体験でもしている気分だ。しかし、ここらへんには用事がないとばかりに先に進んだ。さすが、アレほど大きな図体に関わる施設だけあって廊下も広い。
「そっちはシャワー室。お湯は出るよ。こっちは道具とか色々置いてた場所。冷蔵庫がまだ動くから、持ってきた食べ物を置いとけるよ。」
シャワー室とその部屋は向かい合わせになっていた。移動が楽でいい。そこを通り過ぎ、一番奥の突き当たりを左に曲がる。
「で・・・みんなには大変申し訳ないんだけど。ここでしばらく過ごしてもらうことになるんだ。」
さっきまでは少しの好奇心と、興味を持って見学していたが、そこから先の光景に思わず絶句した。さらに無機質な、コンクリートの壁、床、天井・・・そして、檻。鉄で出来た頑丈そうな、手を伸ばすのがやっとというぐらいの隙間しかない檻が沢山並んでいる。奥へと続いている。
「お、オリ?これ、オリよね?なんでこんなものがあるの?」
「俺たち、何か悪いことした?」
ジェニファーとハーヴェイが思ったことを口にする。
「違う違う違う違う、違うよ、もう!このオリは僕たちを閉じ込めるためのオリだったんだけど・・・その、こんな場所だし、部屋ってものがないんだよ!」
あーなるほど・・・と、言いたいけど。これは素直に受け入れにくい。
「これに関してはホント、ごめんとしか言えなくて・・・。あ、ほらほら。トイレも完備しかも水洗。完全防音でプライバシーも大丈夫!」
前が空いてるから完全防音にはならないだろ、と思いつつ、パンドラがいかにも中を見てみるよう促すので仕方なく見て回ることにした。
「好きなところ選んでね。」
どれも一緒だろと言いたい。それはアマリリアの家でもそうだったが、ようは順番を決めろということだ。正直どこでもよかったので一番前から二番目を選んだ。一番前は他の誰かがとりそうな予感がした。
「・・・広いな。」
檻にしてはとても広い。雰囲気はともかく、窮屈といった感じはない。トイレも確かに水洗の洋式だ。仕切りはないけど、檻が仕切られているからまあいいか・・・。他は特にない。時計も、窓も。コンクリートしかない。めぼしいものはもう何もない。
「もう見るものは何もないな。」
と、一人呟いた、その時だった。
「きゃあ!!」
隣で聖音の悲鳴が聞こえた。振り向こうとすると、大きな影が俺を覆い、背中に強い衝撃をくらった。
「うわっ!?」
床に体を強く打つ。体を捻り、上半身だけ起こすとこっちを笑顔で見下ろすパンドラがいた。直後、檻を閉められ、そのすぐ外側、上から鉄の壁が降りてきた。ガシャンという音が重なるに重なってうるさく、地響きもした。
「な、なんだ!?」
天井が明るくなった。よく見てなかったが小さいながらも電気があったみたい。いや、それより。
「じゃあさっきも言った通り、しばらくの間ここがみんなの部屋・・・いや、家になります!」
外からはやけにはつらつとしたパンドラの声がしっかりと檻の中まで聞こえてくる。・・・のに、他のみんなの声は一切聞こえてこない。完全防音って、もしかしてこの鉄の壁も含めてだったのか!?
「ごめんね、みんなの声は聞こえないや、防音だから。まあ安心して!食べるものは持ってくるし、シャワーの時間になったら、出してあげるから。」
ふざけるな!檻の中は百歩譲るとして、なんでここまで完全に孤立させられた上に生活ペースを決められなくてはいけないんだ!・・・と叫びたくて息が苦しい。でも聞こえていないなら叫ぶだけ無駄だ。向こうはこっちが何を言っても聞こえないならお構いなしに話し続ける。それを邪魔するのも良くない。
「多分、みんな納得いってないだろうね。大丈夫大丈夫・・・ちゃんと話すから。」
「今話せよ!!」
思わず言葉に出してしまった。なんで?疑問に駆られている今だからこそ全てを話すべきじゃないか。
「じゃあ僕、ちょっと出かけてくるから、いい子にしててね。」
足音が遠ざかっていく。体が勝手に動いて、檻を掴む。多少揺れるだけでびくともしない。
「・・・なんで、こんなことに・・・。」
俺たちは安全な場所を求めていただけのはずなのに、その代償にまさか、みんなまとめて檻に放り込まれるとはあんまりだ。悔やんでも仕方がない、ひとまず次にパンドラと会う機会がおとずれるまで休むとしよう。
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