上 下
7 / 10

狡猾な人達

しおりを挟む
「ただいま戻りました。」


 そう言って会議室の扉を開ければ、じっとこちらを恨めしそうに見ている。


「どこ行ってきたの?」
「色々、美味しいものも食べさせてもらいました。」
「楽しかったのなら何より。」


 一足先に、屋敷に戻るそうですよと大公からの言伝を伝えれば、そうとまた書類に目を戻した。


「叔母なんて嘘、よく思いついたわね。」
「姉の方がよかったですか?」


 ウケると、笑い声もあげないでそう溢して、は書類のページをめくった。
 何か飲み物でも入れようかと、棚のティーポットに目を向ければ、こちらを向くように指を鳴らす音が聞こえた。


「あの人に、本当のこと言いたい?」
「いえ、別に。」
「言いたければ言ってもいい。私たちのことで貴方が我慢することない。」
「でも言ったら、はもっと面倒なことに巻き込まれるんでしょ?」


 それはやだなぁ。
 僕がぼやくように言えば、二つの目が少し眉尻を下げて申し訳なさそうに僕を見た。
 別に、自分の生まれを恨んだことはなかったし悲観したこともない。 
 ただ、人よりも苦労が多く、難しい人生だとは思っていた。
 しかし、これは僕だけに言えたことではないので、その事実ですら僕に取って取り立てて悩み事とと言う部類には入らない。
 棚から離れて、向かいのソファーに座ると読み終えられた書類に手を伸ばした。


「叔父様って呼んでみたんですけど、案の定変な顔されました。」
「……揶揄うのはほどほどにね。」
 

 はぁい、フフと淑女らしい笑みを浮かべれば、呆れた眼差しが僕を突き刺す。
 まだ憂いの消えない顔をしていて、これは僕だけが理由ではないなと確信した。
 時に物事は考えるだけでは始まらない、行動しなさい。
 そう言って聞かせていたはずの人が、そんな情けない顔をしながら、どうして書類を眺めているだけなんだ。

 これは僕が、心の内で思っていたことのはずだったが、気づいた時には言葉として発してしまったらしい。


「面倒事に、首を突っ込むか否か迷ってるの。」


 読んでいた書類は、いつのまにか二つの束となって机に置かれていた。
 自分が何気なく取った書類の一枚に、視線をやる。
 クイーン男爵家、現在の生存者。 
 ……0名。
 これを見て、自分の胸がドキリと跳ねるのを感じた。
 

「さっき、クイーン家からの使者と名乗る人が来た。」


 死んだ人間が送れるわけないし、気味が悪いから取り合わずに追い返したが。
 そう続けるのを聞きながら、それはよかったと心の中で息を吐いた。
 もう一つの書類はと指を挿せば、一番上の紙を僕に差し出した。


「最近、王都には新しいカジノがオープンしたらしいのだけど。ちょっと奇妙な人が出入りしてるらしいの。」


 オープン以来、毎日決まった時間に来ては負けずに帰る青年。
 ……カジノで勝ち続けるなんてこと、可能なのだろうか?
 いや、それは瞬きをせずにいろと言われているのと同義だ。
 自分の目の前に座っている人でさえ、賭け事をしても5回に1度は負ける。
 僕は自分の顎を触って、目を細めながら他の書類に目を通した。


「友達が賭場を仕切ってるのだけれど、どうか調べてくれないかってね。」
「賭場を仕切るなんて、普通の友達じゃなさそうだ。」


 僕がフンと鼻を鳴らせば、前の人は誤魔化すように肩をすくめて、足を組んだ。
 しかし、そんな稀有な人物一眼見たいと僕の好奇心が騒いだ。
 こっそり見に行くのなら、もう少し僕は歳を取らなければならないなと一人考えるのだった。
しおりを挟む

処理中です...