アリの隊列

黒田真由

文字の大きさ
1 / 1

アリの隊列

しおりを挟む
 人がいる。私は、ビルの中のその様子を眺めていた。
 人は、アリの隊列と違い、乱れた隊列で進んでいく。窓越しに見るその隊列は、いつしかぼやけていた。
 いつの間にか、隊列も丸い模様に変わっていた。

「雨か……」

 私は、ぼんやりとした頭をベッドに預ける。うつらうつらとしながら、夢の世界へと堕ちて行く。見えていた窓からの景色は、いつしか、滲んで何も分からなくなった。
 気付くと、私は暗闇の中にいた。目蓋を開けても、何も見えない。真っ暗な暗闇の中で、私の体だけが、何故か光っている。

「なんで自分の体だけ光っているのだろう……?」

 目蓋の周りは暗闇ばかり。そう思って、辺りを見渡す。すると、何処かの入り口だろうか? 外灯の光る扉が、少し離れた所にあるのが見えた。
 私は、一先ずそこに行く事にした。近くて遠いその入口は、ぼんやりとした明かりを灯したまま、私を待っているように佇んでいた。
 木の扉は、どこかで見覚えがあった。でも思い出せない。でも、どこかで確かに見た。

「わかんないなぁ……」

 一瞬入るか躊躇った後、そろりと扉を開けた。カランカランと音がした。カウンター席のみの、カフェのようだ。

「いらっしゃい」

  ハスキーな声で、紳士のようなおじさんがカウンターの中でカップを拭いていた。私は会釈した。

「どこでもどうぞ」

 とりあえず、店の最奥に腰かけた。

「どうぞ」

 頼む前に、ホットコーヒーが出てきた。

「貴方の物語をお聞かせいただけますかな?」

 男は、そう言って私を見た。

「私の物語……」

 咄嗟には出て来なかった。今までの人生を思い返す。私は、これまでの人生を語った。彼氏に二股された事、大学で成績優秀だった事、就職するのが嫌で大学院へ進学した事など。
 男は、黙って私の話を聞いていた。

「貴方は、アリの隊列からは、抜け出した存在だったわけですね」

 私が話し終えると、男はそう言って、きゅっとカップを拭き鳴らした。

「隊列から抜け出した……」

 私は、眠る直前に見ていた光景をふと思い出した。乱れたアリの隊列のような人間達。

「あぁ……。でも、私は、あの乱れた列にすら入れなかったのかもしれない」

 男は、カップを置いて言った。

「隊列に入れなくても良いではないですか。どこに行くかは貴方の自由です。どこかの隊列に入ってはみ出ても良い。それも貴方の自由」

 男と目が合った。その目はオッドアイだった。赤と青の二つの眼球は、私を捉えて離さなかった。

「どうするかは、私の自由……」
「そう、自由です」

 男は微笑む。私は、なんとなく微笑み返した。

「そうですよね」

 私は、彼の出したコーヒーを飲んだ。少し苦みの強いコーヒーで、どこか懐かしい味だった。

「さぁ、晴れましたよ」

 男がそう言った瞬間。私は自室のベッドにいた。しかし、何故か口の中にはコーヒーの風味が残っていた。
 私は、もう一度、窓の外を見た。人はまばらで、それぞれ好きな方向へ歩いていた。

「私は、自由……」

 私は、呟く。

「そう。貴方は自由です」

 男の声が聞こえた瞬間。私の体は、病院のベッドの上だった。

「気が付いたのね!」

 母はそう言って、私の手を握り締めた。
 私は、思い出した。大学の研究に没頭するあまり、過労で倒れた事を。そして、私は選択する事とした。これからも研究を続ける事を。殆どが見向きもしない、私だけの夢の研究を。

「これからどうするかは、貴方次第です」

 どこからか、そんな声が聞こえた気がした。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

ナースコール

wawabubu
大衆娯楽
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

処理中です...