アンラベルオペレーション

ruth

文字の大きさ
10 / 16

chapter.10

しおりを挟む
 今にも雨が降り出しそうな程暗い顔をしているくせ、一度も雨を降らせたことのない空の下。スクラップの山から見付けた小型のテレビは、深くひび割れ壊れている筈の画面に、訳の分からないアップデート内容を映し出していた。砂嵐に紛れて今にも消えてしまいそうなその文面を目にした時、なぜか腹の底から暴れ出したくなった。

「つまらねえ」

 ぽつりと溢れたそれはその青年、フレッドの自我の産声だった。
どこからか漏れ出たフレッドの呟きに応じるようにして、骨の髄まで震わせるような怪音が、彼の鼓膜を内側から突き破った。自らを襲う変化に、何が何だか分からず瞬きをすれば、次の瞬間から見える景色がいやにクリアになっていく。

 そして次第に、自分の置かれている状況がひどくつまらないものだと確信を得ていった。
ボックスヤード、ユニットの仲間、アンプルの使用方法、中央区域、そして『扉』の向こう側――最初から頭の中にインプットされ、誰かに仕組まれていたかのような情報を辿ると、暴れ出したくなるような思いは加速する。まるで自分が誰かの言いなりになって動いているようではないか。これでは、死んでいるのと同じだ。

「……つまらねえ、つまらねえつまらねえ!こんなのつまらねえなあ!!」

 腹の底で渦巻く怒りにも似た衝動に任せて、吐き出した叫びは大気を震わせ、異様な迫力を持って、その場にいた仲間たちに目覚めが伝染する。

「ちょっと、うるさい。フレッドの大声のせいで耳鳴りがひどい……」

 随分と年若い少女が寝起きのように間延びした調子で、抗議の声を上げるが、フレッドの耳には届いていない。

「いつの間にこんなにもつまらねえ状況になってんだァ!?俺が楽しくねえことに価値はねえってのに!楽しくねえなら生きている価値もねえ!そう思わねえか?当然思うだろうヨミ!」

 アッシュグレーの頭を両手で掻きむしりながら、この世で一番の悲劇へと放り込まれた理不尽に遭ったかのように叫ぶ。種々のペンキに塗れて汚れたツナギの上から着込んだ、安っぽい透明のレインコートがガサガサと音を立てる。
 ヨミと呼ばれた少女は、声も動作も大袈裟に嘆くフレッドを不愉快そうに見るばかりで返事をしなかった。代わりに、妙に落ち着いた男性の声がそれに応じる。

「ふむ。楽しくないなら生きていても無価値、その点は同意致しましょうか。我が友、カリーナ」
「ええ、ドナテルロ。乱暴者は好みじゃないけど、楽しくない人生なんて死んでしまったほうがマシ。賛成してあげてもいいわ」

 埃を被った灰色の世界では不釣り合いな程、整った燕尾服を着込んだ紳士が立っていた。手入れされた口髭と、櫛の通った髪にいくらかの白髪が混じる初老の男性。彼に同意を求められると、その場の誰よりも機嫌の良さそうな声音で応えたうら若き女性は、やはりボックスヤードには似合わない白のワンピースドレスをその身に纏っていた。
 砂埃の舞う世界とは無縁そうな二人は、揃ってどこかの家の令嬢とその執事が絵画から飛び出してきたかのような印象を与える。そんな二人の同意が気に食わなかったのか、不満げにまだ幼い唇を尖らせてヨミが言う。

「あのね、こういう奴にうんって返したらその分つけあがるんだからね」
「お前ら話が分かる奴らだと思ってはいたが、本当に話の分かる奴らだなァ!」
「ほらね……」

 ドナテルロとカリーナの賛同を得て一変、演技がかった口調で感激して見せるフレッドは、心底鬱陶しそうに溜息を付くヨミに構わず続ける。

「こいつァ深刻な事態だぜ。なにせ全然楽しくねえし面白くねえ。俺じゃねえ誰かが勝手に俺の行く先を決めて、誰かと殺り合うことを決めて、更にはこの命のリミットまで決めてきやがった!面白い筈がねえ!」

 思うままに吐き出し、半ば空に叫ぶように語りながら、一同へと順に視線を向ける。埃っぽく汚れたレインコートの擦れる音と共に、フレッドは大袈裟に両腕を広げて主張する。

「俺が何者なのか思い出せねえがそんなことはどうでもいい、俺は俺だ。だが、こんなつまらねえことになったのは許せねえ!犯人がいるなら見付けだして直接言ってやらねえとダメだ、「俺が何をするのか決めていいのは俺だけだ」ってなァ!」

 フレッドの演説に二人分の拍手が響く。ドナテルロとカリーナだ。心からの称賛の拍手なのか、あるいは適当にその場に合わせるだけの拍手なのかは分からないが、フレッドは前者として受け取ったようだ。大勢の観客を前に公演を終えた役者のように、大仰に一礼して見せた。
 それまで座って馬鹿馬鹿しいものを見る目で見ていたヨミが、膝丈のパッチワークのスカートの埃を払って、瓦礫の山から立ち上がった。丸襟のブラウスと二つに分けられ小さな三つ編みが、彼女の幼さを更に際立たせているが、言動は外見よりもずっと大人びている。

「それで?これからフレッドはどうしたいのさ」

 ヨミの問いかけによくぞ聞いてくれましたとばかりに、彼女の方へ体ごと振り返って答える。

「俺は思う。俺たちをこんなつまらねえ状況に追い込んだ奴らは、中央区域にいるに違いねえとな」

 ふとフレッドの顔から笑みが消えると、その視線はヨミから遥か遠くにある巨大な建造物へと向けられる。くすんだ大気に紛れて幻のようにも見えるが、今にも消えそうなテレビ画面に映るマップから予測するに、間違いなく中央区域の方角に存在しているようだ。

「顔も名前も存在も分からねえ誰かの言いなりになっているようで気に食わねえが、あそこに犯人がいる筈だ。俺の全身がそう言っている」
「短絡的な気もしますけど、わたくし、ここまで招待して頂いたのに無視するのもいかがなものかと思いますわ。いかがかしら、ドナテルロ」
「我が友カリーナ、君の言う通りだ。他の者が襲ってきたとしても、君と私で返り討ちにしてしまおう」

 晴れた日にピクニックへと誘う気軽さで話を振るカリーナと、昼食のメニューを提案するような調子で応えるドナテルロ。根拠のない答えに加え、緊張感のない二人のやり取りに頭を悩ませ、ヨミはつい溜息を止められずに吐き出してしまう。

「どいつもこいつも呑気なんだから……」

 仲間たちの同意を得られたと判断したフレッドは、片足を上げたかと思えば足元に転がしていた旧型のテレビの画面を思い切り踏み付けた。その衝撃で派手な音を立てて粉々に割れると、煤けた画面はついに何も映し出さなくなってしまった。

「決まりだ。まずは中央区域に行ってやる。でも、つまらねえばっかりじゃ死んでるのと同じだからなァ、ついでに楽しいこともしながら行こうぜ」

 足元に散らばった比較的大きなガラス片を拾い上げると、フレッドは力いっぱい手の中に握り込む。ガラス片は彼の手のひらを傷付けることなくその中で変形し、小型の手榴弾に姿形を変えてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

処理中です...