「君は地味な裏方だ」と愛人を優遇するサイコパス気質の夫。〜私が去った後、商会の技術が全て私の手によるものだと気づいても、もう手遅れです〜

水上

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第35話:それぞれの輝き

 あれから、三年という月日が流れた。
 王都のメインストリートから一本入った閑静な通りに小さな、洗練された店構えの宝石店がある。

 看板には控えめな金文字でこう記されていた。
 『クララ・ブラント工房』と。

 ショーウィンドウに飾られているのは、派手な装飾で誤魔化した宝飾品ではない。

 石そのものの美しさを極限まで引き出した、シンプルなカッティングの宝石や、驚くほど透明度の高いガラス工芸品だ。

 それらは嘘のない輝きとして、本物を知る貴族や職人たちの間で評判を呼んでいた。

 店奥の工房では、クララが拡大鏡を覗き込んでいた。

 亜麻色の髪は短く切り揃えられ、動きに合わせて軽やかに揺れるボブスタイルになっている。

 身につけているのは、オーダーメイドの作業着だ。
 機能的でありながら、彼女の瞳の色に合わせた深いブルーの生地が、職人としての誇りを感じさせた。

「……よし。完璧ね」

 クララは研磨機を止め、仕上がったばかりのレンズを陽光にかざした。
 それは、王立天文台から直々に依頼された、新型望遠鏡のための特注レンズだった。

 かつて、夫のマティアスが「効率が悪い」と切り捨てた工程を、彼女は一切妥協することなく積み重ねた。
 
 その結果生まれた輝きは、吸い込まれるような透明度を湛えている。

「先生、お茶が入りましたよ」

 若い女性の弟子が、湯気の立つティーカップを運んできた。
 クララはルーペを置き、柔らかく微笑んだ。

「ありがとう、エマ。ちょうど一息つこうと思っていたの」

 カップからは、ベルガモットの爽やかな香りが漂う。
 かつての地下室では、冷めた泥水のようなコーヒーを啜るしかなかった。

 温かいお茶を、自分のペースで味わえる。
 そんな些細なことが、今のクララにとっては得難い幸福だった。

 彼女はカップを手に、窓の外を眺めた。
 街路樹が風に揺れ、道行く人々が楽しげに行き交っている。

 その自由な風景の一部として、今の自分も存在しているのだ。

 一方、王都の片隅にある古びた雑居ビルの一室。
 ペンキの剥げたドアには、『ゲイル商会』という小さなプレートが斜めに掛かっていた。

 薄暗い室内で、マティアスは一人、帳簿と向き合っていた。
 かつての精悍な美貌は影を潜め、頬は痩け、目元には深い隈が刻まれている。

 自慢だった銀縁眼鏡には細かい傷が入っていたが、買い換える余裕などない。
 あの騒動の後、商会は莫大な違約金と賠償金によって、事実上の破産状態に陥った。

 屋敷も、優秀な使用人も、華やかな名声も、すべて手放した。
 今は、細々と日用品の修理や、安価なガラス製品の仲介をして食いつないでいる。

 かつての素晴らしい日々は、完全に失われた。

 マティアスはふと手を止め、机の引き出しを開けた。

 そこには、一つだけ大切に保管されているものがあった。

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