「君は可愛くない石ころだ」と婚約破棄されましたが、私の鑑定のおかげ詐欺師に大金を払わずに済んでいる現状を理解しているのでしょうか?

水上

文字の大きさ
5 / 7

第5話:王都からの悲鳴

しおりを挟む
 季節は巡り、辺境伯領オルストにも遅い春が訪れようとしていました。

 石炭による暖房革命と、蛍石による観光資源化。
 この二つの事業が軌道に乗ったことで、領地の財政は劇的に改善していました。

 執務室の机には、かつては未払い請求書の山でしたが、今では諸外国からの商談申込書が積み上がっています。

「……信じられん。王都を経由せず、直接我が領と取引したいという商会がこれほど増えるとは」

 ジークフリート様が、分厚い契約書の束を前に唸っています。
 私は淹れたてのハーブティーを啜りながら、淡々と答えました。

「当然の結果です。商人たちは確かな価値に敏感ですから。リスクの高い王都の市場を見限り、安定した品質を供給できるこちらへ流れてきているのです」

「王都のリスク、か。……また今日も何か報告があるかもしれないな」

 彼が顔を上げると同時に、慌ただしい足音が廊下を駆け抜けてきました。
 扉が勢いよく開かれ、顔面蒼白の伝令兵が飛び込んできます。

「へ、辺境伯様! 王都より緊急の知らせです!」

「内容は?」

「はっ! 王国の主要資金源である国立第三金鉱山にて、大規模な落盤事故が発生! 多数の作業員が巻き込まれ、坑道が完全に封鎖されました!」

 ――第三金鉱山。

 その名を聞いた瞬間、私は持っていたティーカップをカチャリと受け皿に戻しました。

「……あそこを、掘り進めてしまったのですか」

「心当たりがあるのか?」

「ええ。あそこの岩盤は、金色に光る黄鉄鉱が多く含まれていますが、深層部に行くほど硫化水素ガスの濃度が高まり、岩盤自体も脆くなる傾向がありました。私は以前、これ以上掘削するのは自殺行為だと進言し、立入禁止区域に指定させていたはずです」

 私が管理していた頃は、岩肌の色と匂いの僅かな変化で危険区域を見抜き、迂回ルートを指示していました。

 しかし、今の王都にそれを判断できる人間はいません。

「王太子殿下の側近たちが、『ソフィアの臆病な判断のせいで利益が損なわれている』と主張し、禁止区域の採掘を強行したそうです」

 伝令兵の言葉に、ジークフリート様が「馬鹿どもが」と吐き捨てました。

「その結果がこれか。目先の金に目が眩み、ガスの充満した脆い岩盤を叩いたわけだな」

「さらに……、悪い知らせは続きます」

 伝令兵は震える声で続けました。

「この事故の影響で資金繰りが悪化した王家は、宝飾品の輸出で穴埋めをしようとしました。しかし、輸出された最高級ジュエリーが、到着した先で『白く曇って輝きがない』『安物だ』と次々に返品され……、諸外国から契約の破棄と賠償請求が殺到しているそうです」

 私はため息をつきました。
 想定内の事態です。

「宝飾品の加工に使われる研磨剤。あれは、石の硬度や種類に合わせて、私が酸化セリウムやダイヤモンドパウダーの配合比率をミリグラム単位で調整し、職人に指示書を渡していました」

「……まさか、その指示書なしで?」

「ええ。おそらく『今までと同じ粉を使えばいい』と安易に考えたのでしょう。ですが、研磨剤は生ものです。気温や湿度、石の個体差で配合を変えなければ、摩擦熱で石の表面が焼けたり、微細な傷がついたりして、すぐに曇ってしまう。……プロの仕事を甘く見すぎです」

 鉱山の閉鎖に、輸出品の品質低下。

 私が地味な裏方仕事として処理していた業務が、実は国家経済の根幹を支えていた事実が、皮肉にも私が不在になったことで証明された形です。

「国が傾くぞ、これは」

「自業自得です。彼らは本物の価値を見ようとしなかった。そのツケを払っているだけです」

 私は冷徹に事実を述べました。

 しかし、胸の奥には少しだけ、虚しさが去来しました。

 私が長年守ってきたものが、無知な者たちによって一瞬で壊されていく様を見るのは、決して気分の良いものではありません。

 その日の夕暮れ。
 私は城のバルコニーで、沈みゆく太陽を眺めていました。

 ここから見える景色は、王都のような華やかさはありませんが、整備された光る蛍石の道と、暖かな煙を上げる民家が並ぶ、美しい風景です。

「……ここにいたか」

 ジークフリート様が、二つのワイングラスを持って現れました。

「王都の情報が入るたび、お前が遠くへ行ってしまいそうな気がしてな」

「まさか。沈みかけの泥船に戻る趣味はありませんよ」

 私が苦笑すると、彼は真剣な眼差しで私を見つめました。
 夕日が、彼のアンバーの瞳を黄金色に染め上げています。

「ソフィア。俺はずっと不思議だった。なぜ王太子たちは、お前を手放せたんだ?」

「……私は、華やかさも可愛げもありませんから。彼らが求めていたのは、飾り立てられた宝石であって、泥だらけの鑑定士ではありません」

「節穴だな」

 彼は一歩、私に近づきました。
 その距離の近さに、心臓がトクンと跳ねます。

「俺には見えるぞ。お前がどれだけの知識と情熱を持って、国を支えていたか。そして今、この領地を救ってくれているか」

「それは……、仕事ですから」

「仕事だけじゃない。お前は根が優しいんだ。その美しい瞳を見ればわかる」

 ジークフリート様の手が、私の頬に触れました。
 ごつごつとした武人の手ですが、触れ方は壊れ物を扱うように繊細です。

「常に真実を見抜こうとする、その理知的な青い瞳。……俺にとっては、どんな宝石よりも価値がある」

 直球すぎる言葉。

 普段の私なら、聞き流すところです。
 しかし、今日ばかりは動揺を隠せませんでした。

 顔が熱くなるのを感じながら、私は必死にいつもの調子を取り戻そうとしました。

「……過大評価です、ジークフリート様」

 私は早口でまくし立てます。

「人間の眼球は、主に水分とコラーゲンなどのタンパク質で構成されています。モース硬度で言えば爪と同程度かそれ以下。宝石としての耐久性も、物理的な輝きも皆無ですよ? 資産価値などありません」

 なんという色気のない返答でしょうか。

 自分でも呆れます。
 しかし、ジークフリート様は呆れるどころか、愛おしそうに目を細めました。

「……そういう守ってやりたくなる脆さの話をしているんだ、俺は」

「っ……」

「硬度10のダイヤモンドもいいが、俺はお前という、傷つきやすくて柔らかい人間を守りたい。……これなら、論理的に通じるか?」

 反論の余地がありませんでした。

 守りたいという感情は、硬度や成分分析では測れない、人間の本能的な欲求です。
 私の論理の盾は、彼の直球の言葉によって粉々に砕かれました。

「……データ不足です。その仮説を立証するには、今後も継続的な観測が必要かと」

「ああ、望むところだ。一生かけて証明してやる」

 彼は私の額に、口づけをしました。

 王都からは悲鳴が聞こえているというのに、私の心は不謹慎にも、これまでにないほど穏やかで、満ち足りた光に包まれていました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】今流行りの婚約破棄に婚約者が乗っかり破棄してきました!

さこの
恋愛
 お前とは婚約を破棄する! と高々と宣言する婚約者様。そうですね。今流行っていますものね。愛のない結婚はしたくない! というやつでわすわね。  笑顔で受けようかしら  ……それとも泣いて縋る?   それではでは後者で! 彼は単純で自分に酔っているだけで流行りに乗っただけですもの。  婚約破棄も恐らく破棄する俺カッコいい! くらいの気持ちのはず! なのでか弱いフリしてこちらから振ってあげましょう! 全11話です。執筆済み ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/07(* ᴗ ᴗ)

悪役令嬢ですが、今日も元婚約者とヒロインにざまぁされました(なお、全員私を溺愛しています)

ほーみ
恋愛
「レティシア・エルフォード! お前との婚約は破棄する!」  王太子アレクシス・ヴォルフェンがそう宣言した瞬間、広間はざわめいた。私は静かに紅茶を口にしながら、その言葉を聞き流す。どうやら、今日もまた「ざまぁ」される日らしい。  ここは王宮の舞踏会場。華やかな装飾と甘い香りが漂う中、私はまたしても断罪劇の主役に据えられていた。目の前では、王太子が優雅に微笑みながら、私に婚約破棄を突きつけている。その隣には、栗色の髪をふわりと揺らした少女――リリア・エヴァンスが涙ぐんでいた。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

追放された地味令嬢、実は王国唯一の“魔力翻訳者”でした 〜役立たずと言われましたが、もう契約は終了です〜

あめとおと
恋愛
王太子から「魔法が何も起こらない役立たず」と断罪され、婚約破棄された伯爵令嬢リリア。 追放された彼女の能力は―― 魔法の“意味”を読み解き、術式そのものを理解する力《魔力翻訳》。 辺境の魔導研究所でその才能を見出された彼女は、 三百年解読不能だった古代魔法を次々と再生させていく。 一方、彼女を失った王都では魔法事故が連鎖。 国家結界すら崩壊寸前に――。 「戻ってきてほしい」 そう告げられても、もう遅い。 私を必要としてくれる場所は、 すでに別にあるのだから。 これは、役立たずと呼ばれた令嬢が 本当の居場所と理解者を見つける物語。

婚約破棄された私と侯爵子息様〜刺繍も私も、貴方が離さない〜

ナナミ
恋愛
「ディアナ!お前との婚約を破棄する!」  ディアナ・コヴァー伯爵令嬢は、婚約者である伯爵子息に断罪され、婚約破棄されてしまった。  ある子爵令嬢に嫌がらせをしていたと言うことである。彼女には身に覚えのない冤罪であった。    自分は、やっていない、と言っても、婚約者は信じない。  途方に暮れるディアナ。そんな時、美形の侯爵子息であるフレット・ファンエスがやって来て……。  伯爵令嬢×美形侯爵子息の恋愛ファンタジー。

【完結】転生したら断罪イベントの真っ最中。聖女の嘘を暴いたら、王太子が真っ青になりました

丸顔ちゃん。
恋愛
王太子は私――エリシアに婚約破棄を宣言し、 隣では甘ったるい声の“聖女”が「こわかったんですぅ♡」と泣き真似をしている。 だが私は知っている。 原作では、この聖女こそが禁術で王太子の魔力を吸い取り、 私に冤罪を着せて処刑へ追い込んだ張本人だ。 優しい家族を守るためにも、同じ結末は絶対に許さない。 私は転生者としての知識を武器に、 聖女の嘘と禁術の証拠を次々に暴き、 王太子の依存と愚かさを白日の下に晒す。 「婚約は……こちらから願い下げです」 土下座する王太子も、泣き叫ぶ聖女も、もう関係ない。 私は新しい未来を選ぶ。

『無能な聖女』と婚約破棄された私、実は伝説の竜を唯一従える『真の守護者』でした。~今さら国に戻れと言われても、もう遅いです~

スカッと文庫
ファンタジー
「魔力値たったの5だと? 貴様のような偽聖女、この国には不要だ!」 聖女として国を支えてきたエルナは、第一王子カイルから非情な婚約破棄を言い渡される。隣には、魔力値を偽装して聖女の座を奪った男爵令嬢の姿が。 実家からも見捨てられ、生きては戻れぬ『死の森』へ追放されたエルナ。しかし、絶望の中で彼女が目覚めさせたのは、人間には測定不能な【神聖魔力】だった。 森の奥で封印されていた伝説の銀竜を解き放ち、隣国の冷徹皇帝にその才能を見出された時、エルナを捨てた王国は滅びの危機に直面する――。 「今さら謝っても、私の結界はもうあなたたちのために張ることはありません」 捨てられた聖女が真の幸せを掴む、逆転劇がいま幕を開ける!

【完結】婚約者も両親も家も全部妹に取られましたが、庭師がざまぁ致します。私はどうやら帝国の王妃になるようです?

鏑木 うりこ
恋愛
 父親が一緒だと言う一つ違いの妹は姉の物を何でも欲しがる。とうとう婚約者のアレクシス殿下まで欲しいと言い出た。もうここには居たくない姉のユーティアは指輪を一つだけ持って家を捨てる事を決める。 「なあ、お嬢さん、指輪はあんたを選んだのかい?」  庭師のシューの言葉に頷くと、庭師はにやりと笑ってユーティアの手を取った。  少し前に書いていたものです。ゆるーく見ていただけると助かります(*‘ω‘ *) HOT&人気入りありがとうございます!(*ノωノ)<ウオオオオオオ嬉しいいいいい! 色々立て込んでいるため、感想への返信が遅くなっております、申し訳ございません。でも全部ありがたく読ませていただいております!元気でます~!('ω')完結まで頑張るぞーおー! ★おかげさまで完結致しました!そしてたくさんいただいた感想にやっとお返事が出来ました!本当に本当にありがとうございます、元気で最後まで書けたのは皆さまのお陰です!嬉し~~~~~!  これからも恋愛ジャンルもポチポチと書いて行きたいと思います。また趣味趣向に合うものがありましたら、お読みいただけるととっても嬉しいです!わーいわーい! 【完結】をつけて、完結表記にさせてもらいました!やり遂げた~(*‘ω‘ *)

処理中です...