「君が大人になれば済む話だよ」と幼馴染みを庇う事勿れ主義の夫の末路。~今更、あなたを許す理由などございません~

水上

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第13話:日常の小さな異変

 ウィンズレット邸のサロンには、今日も穏やかな日差しが降り注いでいた。

 ユリウスは最高級のベルベットのソファに深く腰を掛け、新しく届いたばかりの詩集のページを優雅にめくっていた。

 窓の外では小鳥が囀り、庭師が手入れをした美しい薔薇が咲き誇っている。

 完璧な午後だ。
 彼が愛してやまない、波風一つ立たない平和な世界。

「……うん、いい傾向だ」

 ユリウスは誰にともなく呟き、満足げに微笑んだ。
 ここ数日、妻のディアナが随分と大人しくなったからだ。

 以前は、ダドリー商会のキャンドルがどうだの、成分がどうだの、意匠権の侵害だのと、ヒステリックに騒ぎ立てては彼の平穏なティータイムを邪魔しに来ていた。

 そのたびに彼は「大げさだ」「君が大人になれば済む話だ」と、当主として寛大な心で諭してやらなければならなかった。

 しかし、数日前のあの話し合い以来、ディアナはピタリと文句を言わなくなった。

 朝から晩まで工房に引きこもり、顔を合わせても「おはようございます」「失礼いたします」と事務的な挨拶をするだけ。

 彼がシャルロッテを屋敷に呼んでお茶を飲んでいても、嫌味一つ言わなくなった。

(やっと僕の言うことを理解して、大人になってくれたか。本当に、手のかかる妻だ。最初からそうやって、男の言うことに素直に従っていればいいものを)

 ユリウスは、自分が当主としての威厳で妻を大人しくさせたのだと、完全に勘違いしていた。

 ディアナの中で自分に対する一切の感情が死滅し、彼を意思疎通の不可能な無価値な石ころとして処理しただけだという事実に、この自己愛の塊のような男は全く気づいていなかったのである。

「失礼いたします、旦那様。お茶をお持ちいたしました」

 執事長がワゴンを押してサロンに入ってきた。

 ユリウスは詩集から目を離し、優雅に微笑んだ。

「ありがとう。……ん?」

 ワゴンからテーブルに置かれたティーカップを見て、ユリウスは微かに眉をひそめた。

 いつもの、王室御用達の銘柄の華やかな香りではない。
 色も少し薄く、どこか平民が飲むような安っぽい渋みを感じる匂いだ。

 それに、添えられている焼き菓子も、彼が贔屓にしている高級菓子店のマカロンではなく、厨房で焼いた素朴なクッキーだった。

「これは何だい? 僕がいつも頼んでいるグラン・クリュの茶葉じゃないね」

「申し訳ございません、旦那様。そちらの茶葉は、切らしておりまして」

 執事長は深く頭を下げたが、その表情にはどこか冷ややかな事務っぽさが漂っていた。

「切らしている? なら、すぐに買いに行かせればいいじゃないか」

「……それが、奥様より、今後は旦那様の個人的な嗜好品の経費を一律で削減するよう申し付かっておりまして。現在お出ししているのは、一般的な貴族のご家庭で日常的に飲まれている標準的な茶葉でございます」

「は……?」

 ユリウスは目を丸くした。

 彼の額からは、微かに脂汗が浮きだしていた。

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