5 / 34
第5話:白い結婚の提案
「条件とは、なんでしょう」
「俺の妻になれ」
アレクセイのその言葉に、エレノアは瞬きを二回した。
「……求婚、という認識でよろしいですか?」
「契約だ。未婚の令嬢を連れ帰るには名目が必要だ。それに、辺境伯夫人という肩書きがあれば、お前の改革に文句を言う奴らを黙らせることができる」
アレクセイはぶっきらぼうに言い捨てた。
「愛だの恋だのは期待するな。俺は不器用で女の扱いも知らん。……いわゆる、白い結婚というやつになる」
「合理的です」
エレノアは即答した。
食い気味の返答に、アレクセイの方が虚を突かれた顔をする。
「お互いの利害が完全に一致しています。貴方は領地の衛生改善を、私は研究環境と生活基盤を得る。感情という不確定要素に左右されない、極めて建設的なパートナーシップ契約ですね」
「……あ、ああ。そう捉えてくれるなら助かる」
アレクセイは頬をわずかに引きつらせたが、すぐに「よし」と頷いた。
「話は決まりだ。すぐに出発する。ここに長居しても、お前に良いことはないだろう」
彼はエレノアを促し、馬車止めへと向かう。
しかし、石畳の道は昨日の雨でぬかるみ、大きな水たまりができていた。
ハイヒールでは歩行が困難だ。
エレノアが迂回ルートを計算しようとした、その時だった。
ふわり、と視界が高くなった。
「――っ!?」
気づけば、彼女はアレクセイの太い腕の中にいた。
いわゆる、お姫様抱っこである。
「閣下!? 何を!」
「足元が悪い。抱えたほうが早い」
アレクセイは何でもないことのように言い放ち、スタスタと歩き出した。
エレノアは慌てた。
恋愛的な意味ではない。
物理的な意味でだ。
「おろし……、いえ、歩けます! それに、成人女性の平均体重を負荷としてかけるのは、貴方の脊椎に悪影響が……」
「軽すぎる」
アレクセイが低く唸った。
「ちゃんと食べているのか? 抱き心地が薪と変わらんぞ」
「失礼な。薪よりは密度があります」
エレノアは眼鏡を押し上げ、即座に反論を開始した。
「私の体重なら、閣下の推定筋肉量から算出される最大積載荷重の5%にも満たないはずです。力学的モーメントを考慮し、重心からの距離を短くすれば、さらに負荷は軽減できます」
彼女はためらいなく、アレクセイの鋼のような首に腕を回し、体を密着させた。
「こうして作用点と支点の距離を縮めるのが、エネルギー効率的に正解です。もっと密着しましょうか?」
アレクセイの足が一瞬、止まった。
彼は腕の中の新しい妻を見下ろす。
普通なら、顔を赤らめて恥じらう場面だ。
それなのに、この女は物理法則の話をしている。
だが、その体温と、首に回された腕の感触は、確かに柔らかい女性のものだった。
「……ああ、そうだな」
アレクセイは、呆れたような、それでいてどこか楽しげな響きを含んだ声で答えた。
「理屈はよくわからんが、密着は大歓迎だ。……しっかり掴まっていろ」
「はい。摩擦係数を最大化しておきます」
強面の大男が、理屈っぽい小柄な令嬢を軽々と抱えて夜道を歩く。
その光景は奇妙ではあったが、不思議と収まりが良かった。
馬車に乗り込み、車輪が回り出す。
エレノアは遠ざかる王宮の灯りを窓越しに見つめる。
隣に座るアレクセイが、寒くないようにと膝掛けを渡してくれた。
その手の大きさと温もりは、エレノアの冷えきっていた心の温度を、少しだけ上昇させた。
「俺の妻になれ」
アレクセイのその言葉に、エレノアは瞬きを二回した。
「……求婚、という認識でよろしいですか?」
「契約だ。未婚の令嬢を連れ帰るには名目が必要だ。それに、辺境伯夫人という肩書きがあれば、お前の改革に文句を言う奴らを黙らせることができる」
アレクセイはぶっきらぼうに言い捨てた。
「愛だの恋だのは期待するな。俺は不器用で女の扱いも知らん。……いわゆる、白い結婚というやつになる」
「合理的です」
エレノアは即答した。
食い気味の返答に、アレクセイの方が虚を突かれた顔をする。
「お互いの利害が完全に一致しています。貴方は領地の衛生改善を、私は研究環境と生活基盤を得る。感情という不確定要素に左右されない、極めて建設的なパートナーシップ契約ですね」
「……あ、ああ。そう捉えてくれるなら助かる」
アレクセイは頬をわずかに引きつらせたが、すぐに「よし」と頷いた。
「話は決まりだ。すぐに出発する。ここに長居しても、お前に良いことはないだろう」
彼はエレノアを促し、馬車止めへと向かう。
しかし、石畳の道は昨日の雨でぬかるみ、大きな水たまりができていた。
ハイヒールでは歩行が困難だ。
エレノアが迂回ルートを計算しようとした、その時だった。
ふわり、と視界が高くなった。
「――っ!?」
気づけば、彼女はアレクセイの太い腕の中にいた。
いわゆる、お姫様抱っこである。
「閣下!? 何を!」
「足元が悪い。抱えたほうが早い」
アレクセイは何でもないことのように言い放ち、スタスタと歩き出した。
エレノアは慌てた。
恋愛的な意味ではない。
物理的な意味でだ。
「おろし……、いえ、歩けます! それに、成人女性の平均体重を負荷としてかけるのは、貴方の脊椎に悪影響が……」
「軽すぎる」
アレクセイが低く唸った。
「ちゃんと食べているのか? 抱き心地が薪と変わらんぞ」
「失礼な。薪よりは密度があります」
エレノアは眼鏡を押し上げ、即座に反論を開始した。
「私の体重なら、閣下の推定筋肉量から算出される最大積載荷重の5%にも満たないはずです。力学的モーメントを考慮し、重心からの距離を短くすれば、さらに負荷は軽減できます」
彼女はためらいなく、アレクセイの鋼のような首に腕を回し、体を密着させた。
「こうして作用点と支点の距離を縮めるのが、エネルギー効率的に正解です。もっと密着しましょうか?」
アレクセイの足が一瞬、止まった。
彼は腕の中の新しい妻を見下ろす。
普通なら、顔を赤らめて恥じらう場面だ。
それなのに、この女は物理法則の話をしている。
だが、その体温と、首に回された腕の感触は、確かに柔らかい女性のものだった。
「……ああ、そうだな」
アレクセイは、呆れたような、それでいてどこか楽しげな響きを含んだ声で答えた。
「理屈はよくわからんが、密着は大歓迎だ。……しっかり掴まっていろ」
「はい。摩擦係数を最大化しておきます」
強面の大男が、理屈っぽい小柄な令嬢を軽々と抱えて夜道を歩く。
その光景は奇妙ではあったが、不思議と収まりが良かった。
馬車に乗り込み、車輪が回り出す。
エレノアは遠ざかる王宮の灯りを窓越しに見つめる。
隣に座るアレクセイが、寒くないようにと膝掛けを渡してくれた。
その手の大きさと温もりは、エレノアの冷えきっていた心の温度を、少しだけ上昇させた。
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜
夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」
婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。
彼女は涙を見せず、静かに笑った。
──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。
「そなたに、我が祝福を授けよう」
神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。
だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。
──そして半年後。
隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、
ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。
「……この命、お前に捧げよう」
「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」
かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。
──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、
“氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。
すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜
まりー
恋愛
ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。
でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。
君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。
みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。
マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。
そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。
※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓
婚約破棄された令嬢が呆然としてる間に、周囲の人達が王子を論破してくれました
マーサ
恋愛
国王在位15年を祝うパーティの場で、第1王子であるアルベールから婚約破棄を宣告された侯爵令嬢オルタンス。
真意を問いただそうとした瞬間、隣国の王太子や第2王子、学友たちまでアルベールに反論し始め、オルタンスが一言も話さないまま事態は収束に向かっていく…。
婚約者から妾になれと言われた私は、婚約を破棄することにしました
天宮有
恋愛
公爵令嬢の私エミリーは、婚約者のアシェル王子に「妾になれ」と言われてしまう。
アシェルは子爵令嬢のキアラを好きになったようで、妾になる原因を私のせいにしたいようだ。
もうアシェルと関わりたくない私は、妾にならず婚約破棄しようと決意していた。
捨てられたなら 〜婚約破棄された私に出来ること〜
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
長年の婚約者だった王太子殿下から婚約破棄を言い渡されたクリスティン。
彼女は婚約破棄を受け入れ、周りも処理に動き出します。
さて、どうなりますでしょうか……
別作品のボツネタ救済です(ヒロインの名前と設定のみ)。
突然のポイント数増加に驚いています。HOTランキングですか?
自分には縁のないものだと思っていたのでびっくりしました。
私の拙い作品をたくさんの方に読んでいただけて嬉しいです。
それに伴い、たくさんの方から感想をいただくようになりました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただけたらと思いますので、中にはいただいたコメントを非公開とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきますし、削除はいたしません。
7/16 最終部がわかりにくいとのご指摘をいただき、訂正しました。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
従姉妹に婚約者を奪われました。どうやら玉の輿婚がゆるせないようです
hikari
恋愛
公爵ご令息アルフレッドに婚約破棄を言い渡された男爵令嬢カトリーヌ。なんと、アルフレッドは従姉のルイーズと婚約していたのだ。
ルイーズは伯爵家。
「お前に侯爵夫人なんて分不相応だわ。お前なんか平民と結婚すればいいんだ!」
と言われてしまう。
その出来事に学園時代の同級生でラーマ王国の第五王子オスカルが心を痛める。
そしてオスカルはカトリーヌに惚れていく。
婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです
神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。
そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。
アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。
仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。
(まさか、ね)
だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。
――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。
(※誤字報告ありがとうございます)