王太子から婚約破棄され、彼の新たな婚約者に努力の結晶を盗まれましたが、それが王都崩壊のきっかけでした。

水上

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第22話:愚か者たちの足掻き

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 王都の空は、どんよりとした曇天に覆われていた。
 それはまるで、現在の王宮内の空気を反映しているかのようだった。

 天使の石鹸による大規模な皮膚トラブル事件から数日。
 王太子ウィリアムと、男爵令嬢カレンは、名誉挽回のために奔走していた。

 まずはカレンである。
 彼女は、石鹸で荒れた貴族令嬢たちの肌を治すための特製保湿クリームを配布し始めた。

「ごめんなさい、石鹸は業者の手違いだったの。でも、このクリームを使えば大丈夫! 高級な植物油と湧き水を混ぜた、私の自信作よ!」

 カレンは必死だった。
 彼女の手元には、かつてエレノアの研究室で盗み見たメモの断片があった。

『油相と水相を混合し、乳化させる』という記述だ。

(乳化なんて、要は混ぜればいいだけでしょ? 一生懸命かき混ぜたんだから、絶対大丈夫!)

 彼女は、ボウルに油と水を入れ、腕が痛くなるまで泡立て器で攪拌した。
 一見すると、白っぽく混ざり合ったように見えた。

 乳化剤という、油と水を繋ぎ止める仲介役が不在であることなど、彼女の頭にはない。

 被害に遭った令嬢たちは、藁にもすがる思いでそのクリームを塗った。
 塗った直後は、油分で潤ったように感じられた。

 しかし、数時間後――悲劇の第二幕が上がった。

 太陽の下に出た令嬢たちの顔が、見る見るうちに変色し始めたのだ。

「い、痛い……! 顔が熱いわ!」

「鏡を見て! 顔が……どす黒くなっている!」

 原因は明白だった。
 乳化剤なしで無理やり混ぜられたクリームは、肌の上で即座に油と水に分離した。

 水分は蒸発し、残ったのは純度の高い油の膜だ。
 それが直射日光を浴びて酸化し、レンズのように熱を集め、炎症を起こした肌をさらに灼いたのである。

 いわゆる油焼けだ。

「カレン様! これはどういうことですの!?」

「肌が治るどころか、シミだらけになってしまいましたわ!」

 詰め寄る令嬢たちに、カレンは涙目で首を横に振る。

「ち、違うの! それは好転反応よ! 悪いものが出ているの!」

 だが、二度目の失敗に、もはや誰も耳を貸さなかった。
 この日、カレンの名は、社交界のブラックリスト筆頭に刻まれた。

 一方、王太子ウィリアムもまた、窮地に立たされていた。
 貴族たちの不満を逸らすため、彼は大規模な公共事業を打ち出したのだ。

 名付けて、王都水質浄化計画。

「辺境でエレノアが川を綺麗にしたと聞いた。あんな女にできて、次期国王である私にできぬはずがない!」

 ウィリアムは自信満々で、王都の水源である大井戸の前に立った。

 エレノアがやっていたことを、再現すればいい。
 彼はそう高を括っていた。

 彼は、薬剤師に命じて作らせた強力な凝集剤を、計算もなしに大量に井戸へ投入した。

「さあ見ろ! これで水は清らかになり、民は私を称えるだろう!」

 彼は笑みを浮かべていたが、はたしてその結果は……。
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