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第26話:狼藉
王宮の廊下を、アリスは不満げに靴音を響かせて歩いていた。
彼女の着ているドレスは、以前セシリアが管理していた頃のような最高級のシルクではなく、少し安っぽい綿混じりの生地だ。
お針子たちが「予算がありません」と冷たく言い放ち、テオドールも「我慢してくれ」と頼りない顔をするからだ。
「もう、なんなのよ。テオドール様ったら、最近ちっとも優しくないし」
アリスは爪を噛んだ。
以前なら、ちょっと涙を見せれば、テオドールはすぐに飛んできて「君は悪くない」と慰めてくれた。
セシリアという悪役がいたから、自分は可哀想なヒロインでいられたのだ。
だが、セシリアがいなくなった今、誰もアリスに構わない。
文官たちは邪魔者扱いし、侍女たちは陰で嘲笑い、テオドールは執務室に閉じこもって出てこない。
「つまんない。……そうだわ!」
アリスの大きな瞳が、思いつきで怪しく輝いた。
今日は、隣国ガレリア帝国の外交官が、通商条約の再交渉のために来訪しているはずだ。
噂では、若くて独身の美形公爵だという。
(テオドール様が構ってくれないなら、あっちの公爵様とお話しちゃおっと。そうすれば、テオドール様も焦ってヤキモチ焼いてくれるはずだし!)
浅はかな計算だった。
彼女にとって外交とは、少し着飾ってお喋りをするパーティーの延長でしかなかったのだ。
「――それで、我が国のC.O.ブランドの輸入関税についてですが」
応接室では、重苦しい空気が漂っていた。
テオドールは、ガレリア帝国の特使、アレクセイ公爵と対峙していた。
アレクセイ公爵は氷のような眼差しで、テオドールを見据えている。
彼の手元には、セシリアが立ち上げたブランドの化粧品リストがあった。
「セシリア女史の製品は、帝国で爆発的な人気を博しています。我が国としては、これを不当に足止めするようなサンタリア側の税制には断固抗議する」
「は、はい……。しかし、我が国の国内産業保護の観点から……」
テオドールはしどろもどろに応対していた。
以前ならセシリアが事前に作成した想定問答集があったが、今は何もない。
彼の頭の中は真っ白だった。
「ごめんあそばせ~!」
突然、ノックもなしに扉が開き、ピンク色のドレスを着たアリスが飛び込んできた。
彼女はお盆に、自作のものと称するお菓子と、怪しげな色のハーブティーを載せている。
「公爵様、はじめましてぇ! 私、アリスって言います! 難しいお話ばっかりじゃ疲れちゃうでしょ? 私が甘いもので癒やしてあげますね!」
テオドールは顔面蒼白になった。
「アリス!? な、何をしているんだ! 今は重要な会議中だぞ!」
「えぇ~? だってテオドール様、顔色が悪いんだもん。私が気を利かせてあげたんじゃないですかぁ」
アリスはテオドールの制止を無視し、アレクセイ公爵の元へ駆け寄った。
そして、馴れ馴れしく公爵の隣に座ろうとし――足をもつれさせた。
「ああっ!」
アリスが持っていたハーブティーのカップが宙を舞い、その中身がアレクセイ公爵の純白の服にぶちまけられた。
赤紫色の液体が、見るも無惨なシミとなって広がる。
「……っ!」
公爵が息を呑み、立ち上がった。
部屋中の空気が凍りついた。
外交特使に対する、あり得ない狼藉。
しかし、アリスの反応は、その場の全員の予想を裏切るものだった。
彼女の着ているドレスは、以前セシリアが管理していた頃のような最高級のシルクではなく、少し安っぽい綿混じりの生地だ。
お針子たちが「予算がありません」と冷たく言い放ち、テオドールも「我慢してくれ」と頼りない顔をするからだ。
「もう、なんなのよ。テオドール様ったら、最近ちっとも優しくないし」
アリスは爪を噛んだ。
以前なら、ちょっと涙を見せれば、テオドールはすぐに飛んできて「君は悪くない」と慰めてくれた。
セシリアという悪役がいたから、自分は可哀想なヒロインでいられたのだ。
だが、セシリアがいなくなった今、誰もアリスに構わない。
文官たちは邪魔者扱いし、侍女たちは陰で嘲笑い、テオドールは執務室に閉じこもって出てこない。
「つまんない。……そうだわ!」
アリスの大きな瞳が、思いつきで怪しく輝いた。
今日は、隣国ガレリア帝国の外交官が、通商条約の再交渉のために来訪しているはずだ。
噂では、若くて独身の美形公爵だという。
(テオドール様が構ってくれないなら、あっちの公爵様とお話しちゃおっと。そうすれば、テオドール様も焦ってヤキモチ焼いてくれるはずだし!)
浅はかな計算だった。
彼女にとって外交とは、少し着飾ってお喋りをするパーティーの延長でしかなかったのだ。
「――それで、我が国のC.O.ブランドの輸入関税についてですが」
応接室では、重苦しい空気が漂っていた。
テオドールは、ガレリア帝国の特使、アレクセイ公爵と対峙していた。
アレクセイ公爵は氷のような眼差しで、テオドールを見据えている。
彼の手元には、セシリアが立ち上げたブランドの化粧品リストがあった。
「セシリア女史の製品は、帝国で爆発的な人気を博しています。我が国としては、これを不当に足止めするようなサンタリア側の税制には断固抗議する」
「は、はい……。しかし、我が国の国内産業保護の観点から……」
テオドールはしどろもどろに応対していた。
以前ならセシリアが事前に作成した想定問答集があったが、今は何もない。
彼の頭の中は真っ白だった。
「ごめんあそばせ~!」
突然、ノックもなしに扉が開き、ピンク色のドレスを着たアリスが飛び込んできた。
彼女はお盆に、自作のものと称するお菓子と、怪しげな色のハーブティーを載せている。
「公爵様、はじめましてぇ! 私、アリスって言います! 難しいお話ばっかりじゃ疲れちゃうでしょ? 私が甘いもので癒やしてあげますね!」
テオドールは顔面蒼白になった。
「アリス!? な、何をしているんだ! 今は重要な会議中だぞ!」
「えぇ~? だってテオドール様、顔色が悪いんだもん。私が気を利かせてあげたんじゃないですかぁ」
アリスはテオドールの制止を無視し、アレクセイ公爵の元へ駆け寄った。
そして、馴れ馴れしく公爵の隣に座ろうとし――足をもつれさせた。
「ああっ!」
アリスが持っていたハーブティーのカップが宙を舞い、その中身がアレクセイ公爵の純白の服にぶちまけられた。
赤紫色の液体が、見るも無惨なシミとなって広がる。
「……っ!」
公爵が息を呑み、立ち上がった。
部屋中の空気が凍りついた。
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しかし、アリスの反応は、その場の全員の予想を裏切るものだった。
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