27 / 36
第27話:無自覚な罪
「わあ、ごめんなさいぃ! 私ったらドジなんだからぁ! ……でも公爵様、そんな怖い顔しないでくださいよぉ。ただのお洋服じゃないですかぁ」
アリスは「てへっ」と舌を出し、ハンカチで公爵の服をゴシゴシと擦り始めた。
それは汚れを広げるだけの行為であり、何より不敬極まりない接触だった。
「離れろ!」
アレクセイ公爵が、アリスの手を荒々しく払いのけた。
「きゃっ!」
アリスが床に尻餅をつく。
彼女はすぐさま瞳を潤ませ、テオドールを見上げた。
「テオドール様ぁ……。ひどい……、突き飛ばされたぁ……。痛いよぉ……」
いつものパターンだ。
彼女が泣けば、テオドールが相手を諌めてくれる。
「彼女に悪気はなかったんだ」「服くらい弁償する」「そんなに怒らなくてもいいじゃないか」と、優しく庇ってくれるはずだ。
アリスは待った。
しかし、テオドールは動かなかった。
彼は、青ざめた顔で立ち尽くし、公爵とアリスを交互に見ているだけだった。
「……サンタリア王太子殿下」
アレクセイ公爵が、低い、地を這うような声で告げた。
「これは、我が帝国への侮辱と受け取ってよろしいか?」
「い、いえっ! 滅相もございません! これは単なる事故で……」
「事故? 躾のなっていない猿を放し飼いにし、外交の場に乱入させ、あまつさえ謝罪の言葉ひとつない。これが貴国の誠意か!」
公爵の怒声が部屋を揺らした。
「セシリア女史が去った理由がよくわかった。このような低俗な茶番劇に、聡明な彼女が付き合いきれるはずもない。……交渉は決裂だ。帰らせてもらう!」
公爵は踵を返し、足早に部屋を出て行った。
扉の閉まる音が、テオドールの心臓を跳ねさせた。
「あーあ、行っちゃった。短気な人ですねぇ。ねぇテオドール様、あんな人より私とお茶しましょ?」
アリスは悪びれもせず立ち上がり、スカートの埃を払った。
彼女はまだ気づいていない。
自分が何をしたのか。
セシリアという防波堤がなくなった今、その津波がどこへ向かうのかを。
一時間後。
テオドールとアリスは、国王陛下の執務室に呼び出されていた。
豪奢な椅子に座る国王の表情は、怒りを通り越して、冷え切っていた。
「……テオドール」
「は、はい……。父上」
「アレクセイ公爵から、正式な抗議文が届いた。通商条約の破棄と、国交の一時凍結を示唆しておる。……これが何を意味するか、わかるな?」
経済的な死だ。
C.O.ブランドの利益を失っただけでなく、帝国との貿易が止まれば、サンタリア王国の経済は破綻する。
「そ、それは……、誤解です! アリスは、ただ場を和ませようとして……」
テオドールは反射的に言い訳を口にした。
長年染み付いた癖だ。
「アリスは悪くない」「彼女を守らなければ」という、歪んだ騎士道精神。
しかし、当然ながら国王に、そんな言い訳が通じるはずもなく……。
アリスは「てへっ」と舌を出し、ハンカチで公爵の服をゴシゴシと擦り始めた。
それは汚れを広げるだけの行為であり、何より不敬極まりない接触だった。
「離れろ!」
アレクセイ公爵が、アリスの手を荒々しく払いのけた。
「きゃっ!」
アリスが床に尻餅をつく。
彼女はすぐさま瞳を潤ませ、テオドールを見上げた。
「テオドール様ぁ……。ひどい……、突き飛ばされたぁ……。痛いよぉ……」
いつものパターンだ。
彼女が泣けば、テオドールが相手を諌めてくれる。
「彼女に悪気はなかったんだ」「服くらい弁償する」「そんなに怒らなくてもいいじゃないか」と、優しく庇ってくれるはずだ。
アリスは待った。
しかし、テオドールは動かなかった。
彼は、青ざめた顔で立ち尽くし、公爵とアリスを交互に見ているだけだった。
「……サンタリア王太子殿下」
アレクセイ公爵が、低い、地を這うような声で告げた。
「これは、我が帝国への侮辱と受け取ってよろしいか?」
「い、いえっ! 滅相もございません! これは単なる事故で……」
「事故? 躾のなっていない猿を放し飼いにし、外交の場に乱入させ、あまつさえ謝罪の言葉ひとつない。これが貴国の誠意か!」
公爵の怒声が部屋を揺らした。
「セシリア女史が去った理由がよくわかった。このような低俗な茶番劇に、聡明な彼女が付き合いきれるはずもない。……交渉は決裂だ。帰らせてもらう!」
公爵は踵を返し、足早に部屋を出て行った。
扉の閉まる音が、テオドールの心臓を跳ねさせた。
「あーあ、行っちゃった。短気な人ですねぇ。ねぇテオドール様、あんな人より私とお茶しましょ?」
アリスは悪びれもせず立ち上がり、スカートの埃を払った。
彼女はまだ気づいていない。
自分が何をしたのか。
セシリアという防波堤がなくなった今、その津波がどこへ向かうのかを。
一時間後。
テオドールとアリスは、国王陛下の執務室に呼び出されていた。
豪奢な椅子に座る国王の表情は、怒りを通り越して、冷え切っていた。
「……テオドール」
「は、はい……。父上」
「アレクセイ公爵から、正式な抗議文が届いた。通商条約の破棄と、国交の一時凍結を示唆しておる。……これが何を意味するか、わかるな?」
経済的な死だ。
C.O.ブランドの利益を失っただけでなく、帝国との貿易が止まれば、サンタリア王国の経済は破綻する。
「そ、それは……、誤解です! アリスは、ただ場を和ませようとして……」
テオドールは反射的に言い訳を口にした。
長年染み付いた癖だ。
「アリスは悪くない」「彼女を守らなければ」という、歪んだ騎士道精神。
しかし、当然ながら国王に、そんな言い訳が通じるはずもなく……。
あなたにおすすめの小説
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
願いの代償
らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。
公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。
唐突に思う。
どうして頑張っているのか。
どうして生きていたいのか。
もう、いいのではないだろうか。
メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。
*ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。
※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31
*らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。
三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。
だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。
レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。
イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。
「子供の親権も放棄しろ!」と言われてイリスは戸惑うことばかりで、どうすればいいのか分からなくて混乱した。
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」
その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。
「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」
彼女の離縁とその波紋
豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。
※子どもに関するセンシティブな内容があります。