「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上

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第27話:無自覚な罪

「わあ、ごめんなさいぃ! 私ったらドジなんだからぁ! ……でも公爵様、そんな怖い顔しないでくださいよぉ。ただのお洋服じゃないですかぁ」

 アリスは「てへっ」と舌を出し、ハンカチで公爵の服をゴシゴシと擦り始めた。

 それは汚れを広げるだけの行為であり、何より不敬極まりない接触だった。

「離れろ!」

 アレクセイ公爵が、アリスの手を荒々しく払いのけた。

「きゃっ!」

 アリスが床に尻餅をつく。
 彼女はすぐさま瞳を潤ませ、テオドールを見上げた。

「テオドール様ぁ……。ひどい……、突き飛ばされたぁ……。痛いよぉ……」

 いつものパターンだ。
 彼女が泣けば、テオドールが相手を諌めてくれる。

 「彼女に悪気はなかったんだ」「服くらい弁償する」「そんなに怒らなくてもいいじゃないか」と、優しく庇ってくれるはずだ。

 アリスは待った。
 しかし、テオドールは動かなかった。

 彼は、青ざめた顔で立ち尽くし、公爵とアリスを交互に見ているだけだった。

「……サンタリア王太子殿下」

 アレクセイ公爵が、低い、地を這うような声で告げた。

「これは、我が帝国への侮辱と受け取ってよろしいか?」

「い、いえっ! 滅相もございません! これは単なる事故で……」

「事故? 躾のなっていない猿を放し飼いにし、外交の場に乱入させ、あまつさえ謝罪の言葉ひとつない。これが貴国の誠意か!」

 公爵の怒声が部屋を揺らした。

「セシリア女史が去った理由がよくわかった。このような低俗な茶番劇に、聡明な彼女が付き合いきれるはずもない。……交渉は決裂だ。帰らせてもらう!」

 公爵は踵を返し、足早に部屋を出て行った。
 扉の閉まる音が、テオドールの心臓を跳ねさせた。

「あーあ、行っちゃった。短気な人ですねぇ。ねぇテオドール様、あんな人より私とお茶しましょ?」

 アリスは悪びれもせず立ち上がり、スカートの埃を払った。
 彼女はまだ気づいていない。

 自分が何をしたのか。
 セシリアという防波堤がなくなった今、その津波がどこへ向かうのかを。

 一時間後。

 テオドールとアリスは、国王陛下の執務室に呼び出されていた。

 豪奢な椅子に座る国王の表情は、怒りを通り越して、冷え切っていた。

「……テオドール」

「は、はい……。父上」

「アレクセイ公爵から、正式な抗議文が届いた。通商条約の破棄と、国交の一時凍結を示唆しておる。……これが何を意味するか、わかるな?」

 経済的な死だ。
 C.O.ブランドの利益を失っただけでなく、帝国との貿易が止まれば、サンタリア王国の経済は破綻する。

「そ、それは……、誤解です! アリスは、ただ場を和ませようとして……」

 テオドールは反射的に言い訳を口にした。
 長年染み付いた癖だ。

「アリスは悪くない」「彼女を守らなければ」という、歪んだ騎士道精神。

 しかし、当然ながら国王に、そんな言い訳が通じるはずもなく……。

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