「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上

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第28話:優しさが招いた自滅

「黙れ」

 国王の一喝が飛んだ。

「まだその女を庇うか。その女が何をした? 国益を損ない、王家の顔に泥を塗り、我が国の未来を閉ざしたのだぞ! 貴様の優しさとやらは、国を滅ぼす毒でしかなかったということだ!」

 テオドールは言葉を失った。
 隣にいるアリスが、びくりと震えてテオドールの袖を掴んだ。

「テオドール様ぁ……、なんかお義父様、怒ってる? 私、怖ぁい。なんとか言ってよぉ」

 甘えた声。
 自分のしでかした事の重大さを欠片も理解せず、ただ守ってもらうことを要求する声。

 テオドールはゆっくりとアリスの方を向いた。

 かつては純粋で可愛いと思っていたその顔。
 大きな瞳、震える唇。

 だが今、テオドールの目に映ったのは、ただの醜悪な異物だった。
 なぜ、自分はこんな女のために、セシリアを捨てたのだ?

 セシリアなら、こんな事態は起こさなかった。
 セシリアなら、公爵を完璧にもてなし、国益をもたらした。
 セシリアなら、自分の未熟さを静かにカバーしてくれた。

 目の前にいるのは、セシリアの代わりなどではない。
 ただの、無知で、無能で、傲慢な、寄生虫だ。

 そして、その寄生虫を育て、増長させたのは、他ならぬ自分自身だ。
 テオドールの中で、最後の糸が切れた。

「……離せ」

 テオドールは、袖を掴むアリスの手を振り払った。

「えっ? テオドール様?」

「離せと言っているんだ!!」

 テオドールの絶叫が響き渡った。
 アリスが悲鳴を上げて尻餅をつく。

「お前のせいだ……! 全部、全部お前のせいだ!」

 テオドールはアリスを見下ろし、顔を歪めた。
 それは愛ではなく、明確な憎悪だった。

「お前が部屋に入ってこなければ! お前が余計なことをしなければ! セシリアが出て行ったのも、僕がこんなに苦しんでいるのも、全部お前が泣いて邪魔をしたからじゃないか!」

「ひっ……! ち、違うよぉ! 私はただ、テオドール様のために……!」

「黙れ! その『テオドール様のために』という言葉を聞くたびに吐き気がするんだよ! お前は自分のことしか考えていない! 自分の欲望のために、僕を利用しただけだろう!」

 テオドールは叫びながら、涙を流していた。

 それはアリスへの怒りであり、そして何より、そんな女を運命の相手だと勘違いし、本物の宝石をドブに捨てた自分自身への、どうしようもない絶望だった。

「僕の人生を返せ……、セシリアを返せよ……っ!」

 テオドールはその場に崩れ落ち、子供のように泣きじゃくった。
 アリスは呆然とそれを見ていた。

 彼女の武器であった涙も、か弱さも、もはや何の効果も持たない。
 守ってくれる王子様は、もうどこにもいなかった。
 
 国王は冷ややかに二人を見下ろし、近衛兵に顎をしゃくった。

「連れて行け。バーネット男爵令嬢は地下牢へ。テオドールは自室にて謹慎だ。……処分が決まるまで、一歩も出すな」

 引きずられていくアリスの「いやぁぁ! 助けてぇ!」という絶叫だけが、虚しく遠ざかっていった。

 テオドールは抵抗すらせず、抜け殻のように床に突っ伏したままだ。
 彼の優柔不断な優しさが招いた結末は、あまりにも無残な自滅だった。

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