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第56話:本性を現した聖女
「……何言ってんだ、この女」
一人の屈強な労働者が、呆れたように口を開いた。
「『愛を配った』だと? あんたがこの前、俺たちに配ったあのヒラヒラのレース。あれ、綺麗だけどよ……、腹の足しにもならなきゃ、寒さ凌ぎの毛布にもならなかったぜ」
「そうだそうだ! ウィンザー伯爵が『無償の奉仕だ』って配ったけど、そのせいで領地の職人たちの給金が未払いで、みんな路頭に迷ってるって噂じゃねえか!」
「え……?」
ステラは、予想外の反応に目を丸くした。
「そんな……! あなたたち、私が配ったあの最高級のレースに、涙を流して感動してくれたじゃない! 私の愛に、感謝してくれたじゃない!」
「そりゃあ、タダでもらえる綺麗なもんには一瞬喜ぶさ。だけどな、俺たちが本当に欲しかったのは、明日のパンと、冬を越すための薪だったんだよ」
労働者は、冷ややかに言い放った。
「あんたが配ったのは愛なんかじゃない。自分が聖女だってもてはやされるための、自己満足の小道具だろ?」
「ち、違うわ! 私は本気で……!」
「じゃあ、今日俺たちに配るもんは、何か持ってきてくれたのか?」
別の男が、ステラを睨みつけて言った。
「あんたが本当に聖女なら、その泥だらけのドレスを売ってでも、俺たちにパンを買ってきてみせな。……何も生み出せないくせに、人から施しをもらおうなんて、どの口が言ってんだ!」
「……っ!」
ステラの顔が、羞恥と怒りで真っ赤に染まった。
彼女は、自分がどれほど空っぽで、他人の成果物がなければ、誰一人として見向きもされない存在であるかを、この瞬間、決定的に突きつけられたのだ。
「な、なによ……! あなたたち、私がどれだけ……、私がどれだけ苦労して、あの場に立ったと思っているの!」
ステラの口から、ついに本性が漏れ出した。
彼女が長年被っていた無償の愛というメッキが、音を立てて剥がれ落ちる。
「私だって、あの傲慢なセドリックの機嫌を取るために、どれだけ愛想笑いをしたか! なのに……、どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないの!」
ステラは、木箱の上で地団駄を踏み、ヒステリックに叫び始めた。
「どうしてもっと……、どうしてもっと奥様はレースを作ってくれなかったの! どうしてあの女は逃げたの! あいつがいれば、私は今頃、王宮で王族の方々から称賛を浴びて、英雄になっていたのに! これじゃあ、私が皆から感謝されないじゃない!」
「私が感謝されないじゃない」
その醜悪で、利己的な一言が、広場に響き渡った。
貧民たちは、あまりの自己中心的な発言に、怒る気すら失せ、ただ汚いものを見るような目でステラを遠巻きにした。
「……おい、もう関わるな。頭がおかしいんだ」
「行くぞ。あんな女に同情した俺たちが馬鹿だった」
人々は、ステラに背を向け、一人、また一人と広場を去っていく。
「ま、待って! 行かないで! 私を助けなさいよ! 私は聖女なのよ! 皆様に愛を配る特別な存在なのよ!」
ステラは、泥だらけのドレスの裾を振り乱し、逃げていく人々の背中に向かって泣き叫んだ。
しかし、誰も振り向かない。
彼女がかつてオリヴィアから奪い、独占していた周囲からの感謝と称賛は、全てオリヴィアが生み出した実務の成果という土台があってこそ成り立つ、砂上の楼閣だったのだ。
その土台が完全に消え去った今、彼女に残されたのは、何も生み出せない無能な自分自身と、醜く肥大した承認欲求だけだった。
「あああああぁぁぁ……ッ!」
ステラは、誰もいなくなった広場の中心で、一人膝から崩れ落ちた。
自分の名声が、他人の血と汗を啜って成り立っていただけの幻であったことを、ようやく理解し、発狂したように泣き喚く。
しかし、どれほど泣き叫ぼうと、彼女の手には一つのパンすら生み出す力はない。
かつて適材適所と豪語し、オリヴィアを裏方で地味な作業がお似合いだと見下していた手柄泥棒の聖女は、今や王都の誰からも見放され、社会的に完全に孤立した。
彼女の人生は、彼女自身が振りかざした善意の押し売りという名の偽善によって、最も無惨で、誰にも同情されない結末へと叩き落とされたのだった。
一人の屈強な労働者が、呆れたように口を開いた。
「『愛を配った』だと? あんたがこの前、俺たちに配ったあのヒラヒラのレース。あれ、綺麗だけどよ……、腹の足しにもならなきゃ、寒さ凌ぎの毛布にもならなかったぜ」
「そうだそうだ! ウィンザー伯爵が『無償の奉仕だ』って配ったけど、そのせいで領地の職人たちの給金が未払いで、みんな路頭に迷ってるって噂じゃねえか!」
「え……?」
ステラは、予想外の反応に目を丸くした。
「そんな……! あなたたち、私が配ったあの最高級のレースに、涙を流して感動してくれたじゃない! 私の愛に、感謝してくれたじゃない!」
「そりゃあ、タダでもらえる綺麗なもんには一瞬喜ぶさ。だけどな、俺たちが本当に欲しかったのは、明日のパンと、冬を越すための薪だったんだよ」
労働者は、冷ややかに言い放った。
「あんたが配ったのは愛なんかじゃない。自分が聖女だってもてはやされるための、自己満足の小道具だろ?」
「ち、違うわ! 私は本気で……!」
「じゃあ、今日俺たちに配るもんは、何か持ってきてくれたのか?」
別の男が、ステラを睨みつけて言った。
「あんたが本当に聖女なら、その泥だらけのドレスを売ってでも、俺たちにパンを買ってきてみせな。……何も生み出せないくせに、人から施しをもらおうなんて、どの口が言ってんだ!」
「……っ!」
ステラの顔が、羞恥と怒りで真っ赤に染まった。
彼女は、自分がどれほど空っぽで、他人の成果物がなければ、誰一人として見向きもされない存在であるかを、この瞬間、決定的に突きつけられたのだ。
「な、なによ……! あなたたち、私がどれだけ……、私がどれだけ苦労して、あの場に立ったと思っているの!」
ステラの口から、ついに本性が漏れ出した。
彼女が長年被っていた無償の愛というメッキが、音を立てて剥がれ落ちる。
「私だって、あの傲慢なセドリックの機嫌を取るために、どれだけ愛想笑いをしたか! なのに……、どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないの!」
ステラは、木箱の上で地団駄を踏み、ヒステリックに叫び始めた。
「どうしてもっと……、どうしてもっと奥様はレースを作ってくれなかったの! どうしてあの女は逃げたの! あいつがいれば、私は今頃、王宮で王族の方々から称賛を浴びて、英雄になっていたのに! これじゃあ、私が皆から感謝されないじゃない!」
「私が感謝されないじゃない」
その醜悪で、利己的な一言が、広場に響き渡った。
貧民たちは、あまりの自己中心的な発言に、怒る気すら失せ、ただ汚いものを見るような目でステラを遠巻きにした。
「……おい、もう関わるな。頭がおかしいんだ」
「行くぞ。あんな女に同情した俺たちが馬鹿だった」
人々は、ステラに背を向け、一人、また一人と広場を去っていく。
「ま、待って! 行かないで! 私を助けなさいよ! 私は聖女なのよ! 皆様に愛を配る特別な存在なのよ!」
ステラは、泥だらけのドレスの裾を振り乱し、逃げていく人々の背中に向かって泣き叫んだ。
しかし、誰も振り向かない。
彼女がかつてオリヴィアから奪い、独占していた周囲からの感謝と称賛は、全てオリヴィアが生み出した実務の成果という土台があってこそ成り立つ、砂上の楼閣だったのだ。
その土台が完全に消え去った今、彼女に残されたのは、何も生み出せない無能な自分自身と、醜く肥大した承認欲求だけだった。
「あああああぁぁぁ……ッ!」
ステラは、誰もいなくなった広場の中心で、一人膝から崩れ落ちた。
自分の名声が、他人の血と汗を啜って成り立っていただけの幻であったことを、ようやく理解し、発狂したように泣き喚く。
しかし、どれほど泣き叫ぼうと、彼女の手には一つのパンすら生み出す力はない。
かつて適材適所と豪語し、オリヴィアを裏方で地味な作業がお似合いだと見下していた手柄泥棒の聖女は、今や王都の誰からも見放され、社会的に完全に孤立した。
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