「君は自分の利益しか考えてないのか?」と私の成果をタダで配る偽善者の浮気夫。〜やりがい搾取に疲れたので、すべての権利をいただいて去ります〜

水上

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第57話:新しい居場所と正当な評価

 王都の商業区、その中心部に位置するハワード商会の巨大なビルヂングの最上階。

 そこは、王都で最も日当たりが良く、王宮の尖塔や広大な街並みを一望できる、最高級のアトリエへと改装されていた。

 広々としたオーク材の机に向かい、オリヴィアは流れるような手つきで銀のボビンを操っていた。
 その指先は、かつてのウィンザー邸で酷使され、血が滲み、痛みに震えていたものとはまるで違う。

 ハワード会頭の手配した最高級のハンドクリームで丁寧にケアされ、滑らかで、力強い本来の動きを取り戻していた。

「オリヴィア様。素晴らしいですわ……」

 背後で、熱い紅茶のカップをトレイに乗せたマーサが、感嘆の吐息を漏らした。

 机の上に広げられているのは、オリヴィアがこの一ヶ月間、誰の束縛も受けずに自由に構想を練り、一から編み上げた新作のレースだった。

 一人の女性が身に纏うための、繊細でありながら、圧倒的な存在感を放つショールである。

 王国の伝統的な花である白百合をモチーフにしながらも、オリヴィア独自の特許製法である幾重にも交差する金糸と絹糸の立体的な編み込みが施されており、光の当たる角度によって、まるで花びらが朝露に濡れて輝いているように見える。

「ありがとう、マーサ」

 オリヴィアは、最後の一結びを終え、ボビンを置いた。

「これが、私の新しい門出の、最初の作品よ」

 彼女の顔には、徹夜の隈も、分厚い仮面も、夫の道徳的な支配による罪悪感も、一切の陰りもなかった。

 そこにいるのは、一人の自立した、誇り高き職人であり、同時に王都で最も価値のある特許技術を持つデザイナーとしての、美しく理知的な女性だった。

「オリヴィア、いるかな?」

 ノックの音と共に、恰幅の良いハワード会頭がアトリエに入ってきた。

 その後ろには、数人の上品な身なりの男女——王宮の専属仕立て屋や、王都で最も影響力のある貴族の夫人たちが続いている。

「ハワード会頭。お待ちしておりました」

 オリヴィアは優雅に立ち上がり、深く一礼した。

「皆様も、本日はようこそお越しくださいました。これが、完成したばかりの新作でございます」

 オリヴィアが、黒いベルベットの布の上に、完成したばかりの白百合のショールをふわりと広げた。

「おおお……!」

「なんて美しい……! これが、あの真の才能の結晶……!」

 貴婦人たちや仕立て屋から、一斉に感嘆の声が上がった。

 ハワード会頭は、満足げに頷き、オリヴィアの傍らに立った。

「皆様、ご存知の通り、先日王宮の大祭典で大失態を演じ、全財産を失ったあのウィンザー元伯爵。……彼が配っていたあの美しいレースの数々は、彼や、あの見栄っ張りのノースコート男爵令嬢が作ったものでは断じてありません」

 ハワード会頭の声が、アトリエに響き渡る。

「それらの真の生みの親であり、全ての特許権利を持つのが、こちらのオリヴィア・ウィンザー……、いや、オリヴィア・ブランドの主任デザイナーである彼女です。彼女は、あの無能な寄生虫たちから自らの実力で独立し、今や我がハワード商会の最も重要なビジネスパートナーなのです」

「まあ、オリヴィア様! 劣悪な環境で、たったお一人でこれほどの芸術を生み出しておられたなんて……」

 王室とも繋がりの深い公爵夫人が、オリヴィアの手を握った。

「本当に、どれほどお辛かったことでしょう。あのウィンザー元伯爵は、王都の社交界でも『口先ばかりで中身がない』と囁かれ始めておりましたが……、まさか、奥様の命を削って名声を得ていたとは。許しがたいことですわ」

「公爵夫人。お気遣い痛み入ります」

 オリヴィアは、過去の苦労をひけらかすことも、元夫を声高に罵ることもなく、ただ静かな、凛とした微笑みを返した。

「過去のことは、すでに私の中で完全に終わったことです。私は今、自分の才能を正当に評価してくださるハワード会頭と、こうして私の作品を愛してくださる皆様の前で、自由に糸を紡げることに、心から感謝しておりますの。……このショールも、皆様の美しさを引き立てるために、精魂込めてデザインいたしました」

「素晴らしいお心がけですわ、オリヴィア様! このショール、ぜひ私に譲っていただけないかしら? 金貨に糸目はつけませんわ!」

「いえ、私が! 来月の王宮の夜会で、必ず身につけさせていただきます!」

「私の商会でも、オリヴィア様のレースを独占的に仕入れたい!」

 アトリエは、瞬く間に熱狂的なオークションの場と化した。

 かつてウィンザー邸では、セドリックが無私の奉仕と称して無料でばら撒き、ステラが「私が用意しました」と手柄を泥棒していたオリヴィアの作品。

 それが今、正当なビジネスの場で、王都のトップクラスの人間たちから、その本当の価値に見合った莫大な対価と称賛を、直接彼女自身に浴びせかけられている。
 
 オリヴィアの今までの苦労は、ついに報われたのだった。

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