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第十話 街中の闇
しおりを挟むチュンチュンという鳥のさえずりと、眩しい朝日で目が覚める。
マーコットに来て、二日目の朝だ。
といっても昨日到着した時にはもう夜で、大した事はしていないから実質マーコット初日みたいな感覚だ。
体を起こし、部屋を見回すと、既に先に起きていたユリアさんが鏡の前に居た。
寝癖はしっかりと整えられ、着替えも済み、元々良い顔は化粧で更に整えられている。
今はお化粧の最終調整、みたいなところか。
「起きたのね。おはよう」
「あ、おはようございます…」
なんだろう。
挨拶を交わした後、じっと見つめられている。
寝起きだからって私そんなに変な頭とか顔とかしてるのかな。
困惑する私の様子に気付き、ユリアさんは穏やかに笑った。
「ごめんなさいね。寝起きでも全然寝癖とか無いし、羨ましいなって思って。つい見ちゃったわ」
「あ…いえ…お気になさらず…」
「さ、支度してエントランスに行きましょう。
女子と違って男子はやる事少ないから早いもの、文句言われちゃう」
「は、はい!」
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お互いの支度が終わり、エントランスへ向かうと、ユリアさんの言った通り男子組が先に待機していた。
「待たせて悪かったわね、お待たせ」
「ホントに女は支度が長ぇよなー。まあいいけど。
今日はマーコットをテキトーにぶらぶらすんぞ」
しっかり文句を言うラルクの耳をユリアさんが抓り、ラルクは「痛てぇ!」と蹲り、それを見てみんなが笑う。
少し前の私には考えられなかった光景。
こういうの、なんかいいなぁ。
その後、近くのカフェで朝食を摂り、ユリアさんは服が見たいから別行動すると言った。
「なら、私もユリアと行きましょう。女性一人では何かと危ないですからね」
「はぁ?なんでヨアンと二人で買い物しないといけないのよ…私別に、弱くないし」
「まあそう言わず、頼ってくださいよ」
「ツンケンしてねーでヨアンと行ってこいよ。コイツの事は俺が見て回るし」
ラルクのその言葉に、ユリアさんはバツが悪そうに私の方を見る。
ユリアさんとしては逆なら喜ぶんだろうな、と思いつつ、ヨアンさんと二人になるのは少々気まずいので黙っておく。
「…はぁ。せいぜい荷物持ちとしてしっかり働いてもらうわよ」
「勿論。私に出来る事はなんでもお手伝いしますよ」
やがて観念したらしいユリアさんは、溜息と文句を吐きながら去っていった。
その後をヨアンさんが楽しそうについて行く。
…大丈夫かな、あの二人。
「…さてと、俺達もぼちぼちテキトーにまわるか。
人も多いからな、はぐれんなよ」
「う、うん」
ラルクの後ろをはぐれないようについて回る。
街の中はどこもかしこも活気に溢れていた。
可愛いペットのお店。
食欲をそそる美味しそうな屋台。
素敵なお洋服屋さん。
見とれてしまう物ばかりだ。
途中で買ってもらった“いちご飴”はとても甘くて美味しかった。
またの機会があれば食べたいところだ。
いちご飴を食べながら歩いている時に通りがかったアクセサリー屋さんは、とてもキラキラとしていた。
外に見えるディスプレイで光り輝く、小さなリボンモチーフのシルバーネックレスにとても惹き付けられた。
リボンの真ん中には薄ピンク色の小さな石が鎮座している。
あんまりに見とれて立ち止まっていたら、ラルクに怒られた。
…ちょっと欲しかったな。
「本当に、まだほんの一部かもしれないけど、人間の世界って、思ってたよりずっと素敵なんだね」
「だろ?…ま、あくまでこれは光の部分だけどな」
ラルクはそう、意味深げに目を伏せながら呟いた。
「光の部分って…?」
「…人間の良いとこ見せてやるってお前を連れ出してるわけだからさ、ホントはあんまこういう事は言いたくねーんだけどさ」
「うん…」
「まあ、前にも言ったよな。人間も魔族も同じ、人間だって汚ぇ奴は居るって。
この街の中にもな、光の部分があるなら必ずどこかに影が隠れてんだよ、深くは言わねぇけどな」
「そっか…」
光の部分があるなら、必ず影がある、か。
確かにそういうものなのかもしれない。
私達魔族の世界でも、これは同じ事が言えるような気がするし。
ぼんやりラルクの言った事を考え込みながら歩いていたら、どうやら歩くペースがだいぶ遅くなってしまっていたらしい。
気が付けばラルクの背中はそこそこ先の位置にあった。
慌てて声を掛けようとする。
「あ…っ、ラルク待…っ」
言い終わる前に。
ラルクに声が届く前に。
道の横の細い路地から伸びてきた手にあっという間に引きずり込まれてしまった。
引きずり込まれた路地は、今まで歩いてきた道とは全然違う、暗く冷たい雰囲気の場所だった。
私は路地の壁に押し付けられ、口を塞がれていた。
目の前に居るのは男の人が二人。
今から何をされるのかは検討もつかないが、非常にまずい状況って事だけはわかる。
…私はバカだ。
あれだけ最初にはぐれるなと言われたのに、考え事をしてラルクと距離を取ってしまった。
この状況は多分、ラルクの言っていた“影”の部分なのだろう。
神子になったといえ、この状況では祈る事も出来ないし、そもそも仲間ありきの力だ。
力も非力なままで、振りほどく事は出来そうもない。
なるべくこの人達を刺激しないようにしよう…。
「へへ、お嬢ちゃん、結構可愛いな。これは当たりだな」
「兄貴、この女、ほとんど人間みたいな見た目だ。
きっとそこそこ力の強い魔族だ、高く売れるよ!」
…待って。
この人達なんで私が魔族ってわかるの?
角はちゃんと隠してるのに…。
「…なんでって顔してるな、俺達は特殊な魔道具で人間と魔族を判別出来るんだよ。
どんなに隠したって無駄なのさ」
「おい女、大きな声出さないってんなら口は自由にしてやるよ、どうする?」
そんな魔道具があるのか、人間って凄いな。
じゃなくて。
男の問いに小さく頭を縦に振ると、口に当てられていた手が離れる。
息苦しさからは解放されたけど、ピンチな事には変わりない。
「…貴方達、私をどうするつもりですか。
売れるって言ってましたけど、魔族を探し出して何をしているの」
「この世界には昔奴隷制度っちゅーもんが当たり前にあったわけよ。
十数年前だな、奴隷制度が撤廃され、俺達奴隷商人は仕事を失った」
「……」
「が、希望はあった。
人間の敵である魔族。魔族を捕らえて奴隷にする。
これだけは暗黙の了解として認められたんだ。
おおっぴらには行動出来ないし、警察に見つかれば捕まりはするが、隠れてやる分には何も咎められないんだ」
男は得意げに、薄ら笑いを浮かべながらそう説明した。
魔族なら見つからないよう上手くやる分には奴隷にしてもいい?
そんなの、酷過ぎる。
この状況をどうにかしなければ。
頭をフル回転させて知恵を練るが、打開策は浮かばない。
そうこうしていると、急に視界がぐわんと回転する。
次に、後頭部に強い衝撃と痛み。
気付けば地面に叩き付けられ、馬乗りになられていた。
「痛…な、なんですか…っ」
「大事な商品だからな。大丈夫、なるべく丁寧に扱うさ」
「あ、兄貴!先は譲るんで、俺にもちょっと遊ばせてくださいよ!」
男二人はどちらも息が荒く、興奮しているように見える。
背中に悪寒が走る。
ほんのりと、自分の身に何が起ころうとしているのか頭が理解する。
「嫌……っ、やめて……!!」
「おっと、暴れないでくれよ」
「ぅ、ぐ……」
ジタバタともがき、脱出を試みたが、男の手に軽く首を絞められ力が抜ける。
兄貴と呼ばれたこの男は、見た目から屈強そうだとは思っていたが、片手だけで私の首を絞めている。
片手なのにとんでもない力だ。
一瞬力が抜けた隙に、もう一人の男に両手を押さえ付けられ、とうとう何も出来ない状況になる。
男の自由な方の手が太ももをなぞり、スカートの中へと進んでいく。
その感覚の気持ち悪さと、適度に締め付けられる喉の苦しさに、涙が出る。
何も出来ないまま、どんどん侵入されていく。
下着に手が掛かり、もうダメだと、
ギュッと目をつぶった。
その時だった。
「俺の連れに、なんか用?」
聞き覚えのある、
でも、今まで聞いた事の無いくらい、低く冷たい声が聞こえた。
応援ありがとうございます!
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