1 / 11
はじめに -勇士の追跡をはじめる前に-
しおりを挟む
はじめに -勇士の追跡をはじめる前に-
1.ゆがめられた物語
一九八四年、南ドイツ・バイエルン州生まれの作家の長編小説を原作にした映画が劇場公開されました。タイトルと同名の主題歌『Never Ending Story』とともに、映画はセンセーショナルな人気を博したものです。現代でも八〇年代を代表するファンタジー作品として名高く、子供時代にその強烈な世界観に圧倒された人は少なくないでしょう。二〇〇二年にはファン待望のDVDが発売されました。
原作者はミヒャエル・エンデ。本の邦題は『はてしない物語』。
映画は小説をひどく改ざんした、と撮影所に乗り込んでいったものの、締め出しをくらったという原作者のエンデ。訴訟を起こしましたが----残念なことに敗訴しています。
映画にはそれ自体の魅力があるのは間違いありませんが、原作が伝えたかったテーマは、ずいぶん歪められていたのです。
ストーリーは、原作の半分にもたどりつくことができていません。また、映画はパート3まで製作されましたが、いずれも、作家の意向をまったく無視した、オリジナル・ストーリーです。
原作は一九八〇年に刊行されました(邦訳は一九八二年)。『はてしない物語』というタイトルのとおり、主人公のバスチアン・バルタザール・ブックスがたどっていく物語は、星の数ほどにも膨らんでゆき、読者はあらがうことのできない神秘的な体験に引きずり込まれて行きます。
ただのおとぎばなしではなく、現代の現実世界が抱えている最大の危機について警鐘を鳴らしているからこそ、不滅とも言える作品になっているのです。
エンデは作品に自分のペン画を挿入することがありますが、読者の想像力を刺激する内容につとめ、絵によって、イメージが限定されるようなことはさけていたそうです。
たとえば、長篇小説『モモ』の挿絵のひとつでは、主人公モモが後ろ姿で描かれています。
これを正面から顔形まで描いたのでは、想像力が展開するためのさまたげとなってしまうと彼は言うのです。みえないものをみえるようにうながされることが、読書の最高の楽しみにちがいありません。『はてしない物語』の映画化は、物語の歪曲も含め、想像力を大切にする作家としての彼をふみにじるものであったことは察するに余り有ります。
2. 物語は続き…
『はてしない物語』の文中では、そこかしこに、「けれどもこれは別の物語、いつかまた、別のときにはなすことにしよう」という文句が登場します。
物語とは、どこまでも枝葉を広げるものだと語るためのモチーフなのでしょう。
この言葉は、主人公のバスチアン少年が自分で作り出したにも関わらず、彼自身はその結末を知ることのなかった物語や、関わりを持ったものの、おわりを知ることができなかった物語に決まってそえられる形式になっています。
日本語版の出版元である岩波書店は、百万部突破を記念して、二〇〇一年に「『はてしない物語』創作コンクール」を主催しました。
本編の続編またはエピソードを発展させた物語を募集し、選考には作家の赤川次郎や翻訳者の上田真而子らがあたりました。
ミヒャエル・エンデは一九九五年、ガンのため亡くなっています。
コンクールの結果、一二八五編もの作品が集まりました。
「けれどもこれは別の物語、いつかまた、別のときにはなすことにしよう」
たくさんの読者が、この言葉の続きを待ちこがれていたことが分かります。
3. わたしのお話
わたしがコンクールの存在を知ったのは、そのしめきりの一ヶ月前のことでした。
とうてい間に合わないと分かっていましたが、原作を広げ、結末が気になっていたエピソードのメモをとり、すぐ冒頭を書いたものです。本編では〈銀の都アマルガント〉と〈勇士ヒンレックの竜〉の章にあたるお話です。
勇士ヒンレックはまぎれもなく、ファンタージェンの世界で最強の人ですが、バスチアンの気まぐれ(力試し)で公衆の見守る中、下着一枚にむかれてしまい、恋する人にそっぽを向かれてしまった気の毒な人です。
バスチアンは自分の軽率さを反省して、ヒンレックの名誉挽回のためにおぞましい竜を創造し、彼の大切なお姫さまをさらわせます。もちろん、ヒンレックは勇士ですから、すぐそのあとを追います。
それから勇士がどうなったのかはバスチアンの物語には関係がないので、本編ではただうまくいったことだけが書かれ、例の文句が記されているのです。
「けれどもこれは別の物語、いつかまた、別のときにはなすことにしよう」
わたしはヒンレックが気になりました。
おぞましい竜につかまった彼のお姫様は、気が狂ったりしなかったのだろうか。
勇士はいったいどうやって、怪物スメーグが棲む〈冷たい火の国〉モーグールに潜入したのだろうか。
なぜスメーグはさらってきた女性たちに家事をさせるのか。
「けれどもこれは別の物語、いつかまた、別のときにはなすことにしよう」
わたしにとっては、今がそのときです。
* * *
最初にこのお話を書いてから、十年以上が経ちました。
物語の前半を書いているところで、ネットで知り合った人に見せることになり、後半からかなり結末を急いだものです。
当然、満足いかない仕上がりになっているのを、ずっと気にしていました。同時にまた、登場人物への愛着もあり、作品を客観的に見られないことにも気がつきました。
結局、わたしはこの作品が持っている何かを無理強いすることはやめて、機会が巡るのを待つことにしました。
今、ようやく様々な準備が整いました。
さて、ずいぶんと時が経ったものの、またヒンレックや、エイデルたちに会え、昔と変わらない気持ちで接することが出来るのは、古い友だちにあったのと変わらない気持ちです。まったく望外の喜びです。
この作品がどうか、あなたにとっての楽しみになりますように。
二〇一七年七月二十七日
安曇野 レイ
1.ゆがめられた物語
一九八四年、南ドイツ・バイエルン州生まれの作家の長編小説を原作にした映画が劇場公開されました。タイトルと同名の主題歌『Never Ending Story』とともに、映画はセンセーショナルな人気を博したものです。現代でも八〇年代を代表するファンタジー作品として名高く、子供時代にその強烈な世界観に圧倒された人は少なくないでしょう。二〇〇二年にはファン待望のDVDが発売されました。
原作者はミヒャエル・エンデ。本の邦題は『はてしない物語』。
映画は小説をひどく改ざんした、と撮影所に乗り込んでいったものの、締め出しをくらったという原作者のエンデ。訴訟を起こしましたが----残念なことに敗訴しています。
映画にはそれ自体の魅力があるのは間違いありませんが、原作が伝えたかったテーマは、ずいぶん歪められていたのです。
ストーリーは、原作の半分にもたどりつくことができていません。また、映画はパート3まで製作されましたが、いずれも、作家の意向をまったく無視した、オリジナル・ストーリーです。
原作は一九八〇年に刊行されました(邦訳は一九八二年)。『はてしない物語』というタイトルのとおり、主人公のバスチアン・バルタザール・ブックスがたどっていく物語は、星の数ほどにも膨らんでゆき、読者はあらがうことのできない神秘的な体験に引きずり込まれて行きます。
ただのおとぎばなしではなく、現代の現実世界が抱えている最大の危機について警鐘を鳴らしているからこそ、不滅とも言える作品になっているのです。
エンデは作品に自分のペン画を挿入することがありますが、読者の想像力を刺激する内容につとめ、絵によって、イメージが限定されるようなことはさけていたそうです。
たとえば、長篇小説『モモ』の挿絵のひとつでは、主人公モモが後ろ姿で描かれています。
これを正面から顔形まで描いたのでは、想像力が展開するためのさまたげとなってしまうと彼は言うのです。みえないものをみえるようにうながされることが、読書の最高の楽しみにちがいありません。『はてしない物語』の映画化は、物語の歪曲も含め、想像力を大切にする作家としての彼をふみにじるものであったことは察するに余り有ります。
2. 物語は続き…
『はてしない物語』の文中では、そこかしこに、「けれどもこれは別の物語、いつかまた、別のときにはなすことにしよう」という文句が登場します。
物語とは、どこまでも枝葉を広げるものだと語るためのモチーフなのでしょう。
この言葉は、主人公のバスチアン少年が自分で作り出したにも関わらず、彼自身はその結末を知ることのなかった物語や、関わりを持ったものの、おわりを知ることができなかった物語に決まってそえられる形式になっています。
日本語版の出版元である岩波書店は、百万部突破を記念して、二〇〇一年に「『はてしない物語』創作コンクール」を主催しました。
本編の続編またはエピソードを発展させた物語を募集し、選考には作家の赤川次郎や翻訳者の上田真而子らがあたりました。
ミヒャエル・エンデは一九九五年、ガンのため亡くなっています。
コンクールの結果、一二八五編もの作品が集まりました。
「けれどもこれは別の物語、いつかまた、別のときにはなすことにしよう」
たくさんの読者が、この言葉の続きを待ちこがれていたことが分かります。
3. わたしのお話
わたしがコンクールの存在を知ったのは、そのしめきりの一ヶ月前のことでした。
とうてい間に合わないと分かっていましたが、原作を広げ、結末が気になっていたエピソードのメモをとり、すぐ冒頭を書いたものです。本編では〈銀の都アマルガント〉と〈勇士ヒンレックの竜〉の章にあたるお話です。
勇士ヒンレックはまぎれもなく、ファンタージェンの世界で最強の人ですが、バスチアンの気まぐれ(力試し)で公衆の見守る中、下着一枚にむかれてしまい、恋する人にそっぽを向かれてしまった気の毒な人です。
バスチアンは自分の軽率さを反省して、ヒンレックの名誉挽回のためにおぞましい竜を創造し、彼の大切なお姫さまをさらわせます。もちろん、ヒンレックは勇士ですから、すぐそのあとを追います。
それから勇士がどうなったのかはバスチアンの物語には関係がないので、本編ではただうまくいったことだけが書かれ、例の文句が記されているのです。
「けれどもこれは別の物語、いつかまた、別のときにはなすことにしよう」
わたしはヒンレックが気になりました。
おぞましい竜につかまった彼のお姫様は、気が狂ったりしなかったのだろうか。
勇士はいったいどうやって、怪物スメーグが棲む〈冷たい火の国〉モーグールに潜入したのだろうか。
なぜスメーグはさらってきた女性たちに家事をさせるのか。
「けれどもこれは別の物語、いつかまた、別のときにはなすことにしよう」
わたしにとっては、今がそのときです。
* * *
最初にこのお話を書いてから、十年以上が経ちました。
物語の前半を書いているところで、ネットで知り合った人に見せることになり、後半からかなり結末を急いだものです。
当然、満足いかない仕上がりになっているのを、ずっと気にしていました。同時にまた、登場人物への愛着もあり、作品を客観的に見られないことにも気がつきました。
結局、わたしはこの作品が持っている何かを無理強いすることはやめて、機会が巡るのを待つことにしました。
今、ようやく様々な準備が整いました。
さて、ずいぶんと時が経ったものの、またヒンレックや、エイデルたちに会え、昔と変わらない気持ちで接することが出来るのは、古い友だちにあったのと変わらない気持ちです。まったく望外の喜びです。
この作品がどうか、あなたにとっての楽しみになりますように。
二〇一七年七月二十七日
安曇野 レイ
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる