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2. ヒンレックの物語
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宿屋にヒンレックが着くと、ムーアとリーデアは、エイデルの旅立ちを知り、ひどく驚いたが、悲しむのは後回しにし、何よりまず、客人をもてなすことに専念しようとした。
よろしければ、御髪を整えましょう、との宿屋の息子の申し出に、ヒンレックは考え深げに頷いた。今が、元に戻る時かも知れない、と思えたのだ。
エイデルはヒンレックの要望通り、三か月前の姿に彼を巻き戻したかのようだった。金髪の長さは肩までになり、乱暴にそられていた髭はきれいに無くなった。
湯浴みをすると、たくさんのロウソクが灯った食堂に通された。ヒンレックは、ムーアの手料理を食べ、生気を取り戻し、何度もその味をほめたたえた。
「息子を連れて行かれるのでしたら」とリーデアは彼の食事が終わったあと、お茶をヒンレックに差し出しながら言うのだった。「父親仕込みの料理を、旅先でも十分味わっていただけますわ。その他にも、人様の役に立つことを、私たちは根気よく、正しく、あの子にできる限り教えてきたつもりです。どうか、あなた様のお役に立てるといいのですが」
「短い出会いの中で話をした限りにおいても」ヒンレックはゆっくり話した。「エイデルが自分一人の夢のために旅立とうとしているのではない、ということが私には分かりました…。彼は私の中に、夢を見たのかも知れませんが、彼が本気で私のために、いや、もっと大きな何かのために役立とうとしていることが分かりました。…ですから、私は彼と知り合えたことが嬉しいのです」
リーデアは首を振るのだった。「あの子が自分一人のために何かをなそうとしたことは、ありません。あの子は、【正しい物語の中】に入りたいのだと、私は思います。ずっと語り続けることができるような、お話の中に。昔からずっと、私たち夫婦は、寝物語にお話を語り続けたものですから。
「あなたのことは噂に聞いています、ヒンレック様。確か、オグラマール姫に付き添われ、大変な修行を重ねつつ、たいそうお強くなられたと。最近では、ファンタージェンの『救い主』を探すための捜索隊を選び出す競技会に参加されるため旅立たれた、と聞いておりましたが。もし、それがあなた様の最後の冒険だとしたら、今おひとりなのは、それが首尾よくいかなかったからでしょうか?」
ヒンレックは、エイデルの家族はみな、思いやりにあふれているな、と嬉しかった。真剣に心をよせてくる。それにまた、自分の思うままに話すことができるというのも、素晴らしかった。
彼は、競技大会で最後に勇士たちをまとめて相手にし、勝ち残ったと思ったところで…『救い主』その人があらわれたことを話した。そして猛烈な剣さばきにあって鎧をはがされ、下着だけになり、憧れの姫に愛想を尽かされた、ということを打ち明けた。
ヒンレックが話し出すと、すでに真夜中ではあったが、すぐにエイデル、次にムーアも食堂に現れ、入口の扉のそばに立ってじっと話に耳を傾けたのだった。
「『救い主』バスチアンの話によると、スメーグはファンタージェンでもこれまで誰にも知られていなかったほど、遠くて古い場所に住んでいる危険な竜のようだ。この三か月の間、そう、これほど長い追跡になるとは思ってもいなかったので、私は困っている人たちに手をかすことで、どうにか旅を続けることができた。つまり、傭兵になったのだ。時には用心棒、もっと悪い時にはただの荷かつぎだった」
ヒンレックは肩をすくめた。
「旅の目的を忘れたら、私はすぐ何者でもなくなり、弱虫として、誰も私を知らないところへ行き、適当に生きていったかも知れない。だが、私は竜にさらわれる時の姫が、私を呼んでくれたことを忘れたことはなかった。彼女は…私を打ち負かした、とても強かったバスチアンを呼ぶべきだった、そうだろう? だが、姫は私を呼んでくれたのだ…。
「ここまで来れたのは、姫が私をすがってくれたから、そして真の勇士たるものは、もし悪しき竜を見ることがあったなら、それを滅ぼすことが【真の使命】だと分かったからです。そして喜ぶべきことは、その使命が尊い、ということでした。ただ姫の尊敬を勝ち取りたいばかりに、修行に夢中になっていた未熟な時代とは異なり、この数か月、一人で旅をすることで、私は孤独に教えられました。何か大きな、正しいものによりそうことによって、幸福になれることを。私一人の夢のためにあくせくしていた時のことを思うと、自分の貧しさにあきれます。このファンタージェンの恐怖を取り除くこと。大きな目的のことを忘れなかったから、私はひどい寄り道にも耐えることができたし、一人でいても、自分が勇士であることを忘れずにいることができました」
ヒンレックはエイデルと、ムーアを手招きした。
宿屋の家族三人を順番に見つめると、ヒンレックは言った。「エイデルのような男についてきてもらえるなら、私はまったく心強い。エイデル、私の話はこれで全部だ。あとどれだけの道のりがあるのか、私には分からない。スメーグが住む国は、私自身で見つける必要があるという。また、スメーグの城は厳重に守られているし、彼奴を滅ぼせる唯一の斧は、その城の中にある。危険はいっぱいだ…」
「崇高な目的がおありなのでしょう?」エイデルは旅に出られることが分かり、夢が叶ったことを知り、涙ぐみながら言葉を継いだ。「他の者はどうか知りませんし、無理強いすることもできませんが、私は喜んでお供をいたします。このファンタージェンから大いなる影を取り除く、これは、誰かがやらなければならない尊い旅なんです!」
エイデルが言うのを聞き、両親は心の中でそっとため息をついた。
「行ってこい、エイデル」ムーアは言った。「お前の夢見ていたことは、途方もなく大きかったな? だがお前はヒンレック様と同じく、みんなのために旅立つ。それならわしは喜んで、お前を送り出してやる。なあ、リーデア?」
リーデアは頷いた。「普通なら怖気づいてしまうし、誰も行きたがらない旅よ…。だから、お母さんはあなたを誇りに思うわ、エイデル。どうか、私の音楽と歌で、あなたの想い出を奏でる日がやって来ますように!」
寝る前にヒンレックは、愛馬の様子を見に行った。すると、エイデルがブラシをかけてやっているところだった。彼は影にひそみ、愛馬が嬉しそうに鼻を鳴らしているのをきき、踵を返した。
正しいものがあることに感謝しつつ…これからもその火を灯すための薪のひとつでいよう、そう決意を固めながら、ヒンレックは眠りについた。
そのころ、エイデルはまだ眠れなかった。木こりのワイズがスピーチのことで相談しに来たからだった…。
翌朝、エイデルは昼前にワイズのためのスピーチを終えて、彼の家を出たところ、睡眠不足のあくびをする暇もあらばこそ、若いカップルたちに取り囲まれていた。
みんな、彼に祝いのスピーチをしてもらいたいから、今すぐ、来てほしいと言うのだ。
「君たち…結婚の予定なんかあったっけ? ドロシー? 君がサミュエルと付き合ってたなんて知らなかったな! もちろん、スピーチは喜んでするよ。来週やって来るサーカスの人たちを除けば、ヒンレック様と、二人しか泊まり客はいないんだ。父さん母さんで充分切り回せるさ…」
「エイデル、聞いて!」興奮しているドロシーがまくしたてる。「あたしたちみんな、一緒にあなたのスピーチを受けるから、みんな一緒に結婚式も挙げることにしたのよ!」みんなドッと笑い転げた。「こんなこと聞いたことがないでしょう?」
それをこの目で見られないのは残念だが、俺もたくさんの話を見聞きするだろうから、いつかまた戻ってきたら、お互いの話が楽しみなわけだ、とエイデルは答え、みんながそれに賛同した。
叶うものならば、と彼らはエイデルが旅立つ時、祈ることになる。
エイデルが無事に帰ってきて、わたしたちに物語のつづきを話してくれますように、と。
三日後、ようやく結婚するみんなのスピーチを終えたエイデルは、朝早くヒンレックと旅立ったのだった。
ムーアからは若いロバと、食料品や生活品をつめこめる、小さな荷馬車をもらった。
エイデルは長年の間、この日のために用意した品々をきれいに整頓して馬車にのせた。いくつもの小瓶に入った香辛料は、うまい料理のための必需品だ。また、どこでも料理ができるように、ひとつの鍋の中にしまえる、小さなフライパンに皿が二枚、フォークとナイフが四本に、木のコップが4個、火打石が二個。
当座の食料として、焼きしめた丸パンに、チーズ、ぶどう酒が一本。ゴマからとった油のビン。干した魚が五枚と細切れにした干し肉が十本。今のところ新鮮なトマト、じゃがいも、玉ねぎにビーツ。
旅の記録をとるために、羽ペンにインク壺と羊皮紙。
道具の手入れに、やすり、ペンチ、秤、手鏡、ハサミ。
野宿をする時、水浴びを快適にするために、重ねられる手桶が二つ、手ぬぐいが10本、代えの(まったく同じ)服が四着。
最後に、いつも便利なロープが二束と、服がほころびた時のための針と糸。
「これほど旅立ちがうれしい朝は久しぶりだよ」ヒンレックは馬上の人となって、ロバのそばで歩くエイデルに声をかけた。
「さあ、お供いたします、ヒンレック様」エイデルは元気いっぱいに答えた。「悪しき竜を地に伏せ、ルンの国の姫君を取り戻しましょう」
彼らの行く手にファンタージェンの世界の朝日が輝き、馬たちは主人たちの興奮が伝染し、ひとくさりいなないたのだった。
よろしければ、御髪を整えましょう、との宿屋の息子の申し出に、ヒンレックは考え深げに頷いた。今が、元に戻る時かも知れない、と思えたのだ。
エイデルはヒンレックの要望通り、三か月前の姿に彼を巻き戻したかのようだった。金髪の長さは肩までになり、乱暴にそられていた髭はきれいに無くなった。
湯浴みをすると、たくさんのロウソクが灯った食堂に通された。ヒンレックは、ムーアの手料理を食べ、生気を取り戻し、何度もその味をほめたたえた。
「息子を連れて行かれるのでしたら」とリーデアは彼の食事が終わったあと、お茶をヒンレックに差し出しながら言うのだった。「父親仕込みの料理を、旅先でも十分味わっていただけますわ。その他にも、人様の役に立つことを、私たちは根気よく、正しく、あの子にできる限り教えてきたつもりです。どうか、あなた様のお役に立てるといいのですが」
「短い出会いの中で話をした限りにおいても」ヒンレックはゆっくり話した。「エイデルが自分一人の夢のために旅立とうとしているのではない、ということが私には分かりました…。彼は私の中に、夢を見たのかも知れませんが、彼が本気で私のために、いや、もっと大きな何かのために役立とうとしていることが分かりました。…ですから、私は彼と知り合えたことが嬉しいのです」
リーデアは首を振るのだった。「あの子が自分一人のために何かをなそうとしたことは、ありません。あの子は、【正しい物語の中】に入りたいのだと、私は思います。ずっと語り続けることができるような、お話の中に。昔からずっと、私たち夫婦は、寝物語にお話を語り続けたものですから。
「あなたのことは噂に聞いています、ヒンレック様。確か、オグラマール姫に付き添われ、大変な修行を重ねつつ、たいそうお強くなられたと。最近では、ファンタージェンの『救い主』を探すための捜索隊を選び出す競技会に参加されるため旅立たれた、と聞いておりましたが。もし、それがあなた様の最後の冒険だとしたら、今おひとりなのは、それが首尾よくいかなかったからでしょうか?」
ヒンレックは、エイデルの家族はみな、思いやりにあふれているな、と嬉しかった。真剣に心をよせてくる。それにまた、自分の思うままに話すことができるというのも、素晴らしかった。
彼は、競技大会で最後に勇士たちをまとめて相手にし、勝ち残ったと思ったところで…『救い主』その人があらわれたことを話した。そして猛烈な剣さばきにあって鎧をはがされ、下着だけになり、憧れの姫に愛想を尽かされた、ということを打ち明けた。
ヒンレックが話し出すと、すでに真夜中ではあったが、すぐにエイデル、次にムーアも食堂に現れ、入口の扉のそばに立ってじっと話に耳を傾けたのだった。
「『救い主』バスチアンの話によると、スメーグはファンタージェンでもこれまで誰にも知られていなかったほど、遠くて古い場所に住んでいる危険な竜のようだ。この三か月の間、そう、これほど長い追跡になるとは思ってもいなかったので、私は困っている人たちに手をかすことで、どうにか旅を続けることができた。つまり、傭兵になったのだ。時には用心棒、もっと悪い時にはただの荷かつぎだった」
ヒンレックは肩をすくめた。
「旅の目的を忘れたら、私はすぐ何者でもなくなり、弱虫として、誰も私を知らないところへ行き、適当に生きていったかも知れない。だが、私は竜にさらわれる時の姫が、私を呼んでくれたことを忘れたことはなかった。彼女は…私を打ち負かした、とても強かったバスチアンを呼ぶべきだった、そうだろう? だが、姫は私を呼んでくれたのだ…。
「ここまで来れたのは、姫が私をすがってくれたから、そして真の勇士たるものは、もし悪しき竜を見ることがあったなら、それを滅ぼすことが【真の使命】だと分かったからです。そして喜ぶべきことは、その使命が尊い、ということでした。ただ姫の尊敬を勝ち取りたいばかりに、修行に夢中になっていた未熟な時代とは異なり、この数か月、一人で旅をすることで、私は孤独に教えられました。何か大きな、正しいものによりそうことによって、幸福になれることを。私一人の夢のためにあくせくしていた時のことを思うと、自分の貧しさにあきれます。このファンタージェンの恐怖を取り除くこと。大きな目的のことを忘れなかったから、私はひどい寄り道にも耐えることができたし、一人でいても、自分が勇士であることを忘れずにいることができました」
ヒンレックはエイデルと、ムーアを手招きした。
宿屋の家族三人を順番に見つめると、ヒンレックは言った。「エイデルのような男についてきてもらえるなら、私はまったく心強い。エイデル、私の話はこれで全部だ。あとどれだけの道のりがあるのか、私には分からない。スメーグが住む国は、私自身で見つける必要があるという。また、スメーグの城は厳重に守られているし、彼奴を滅ぼせる唯一の斧は、その城の中にある。危険はいっぱいだ…」
「崇高な目的がおありなのでしょう?」エイデルは旅に出られることが分かり、夢が叶ったことを知り、涙ぐみながら言葉を継いだ。「他の者はどうか知りませんし、無理強いすることもできませんが、私は喜んでお供をいたします。このファンタージェンから大いなる影を取り除く、これは、誰かがやらなければならない尊い旅なんです!」
エイデルが言うのを聞き、両親は心の中でそっとため息をついた。
「行ってこい、エイデル」ムーアは言った。「お前の夢見ていたことは、途方もなく大きかったな? だがお前はヒンレック様と同じく、みんなのために旅立つ。それならわしは喜んで、お前を送り出してやる。なあ、リーデア?」
リーデアは頷いた。「普通なら怖気づいてしまうし、誰も行きたがらない旅よ…。だから、お母さんはあなたを誇りに思うわ、エイデル。どうか、私の音楽と歌で、あなたの想い出を奏でる日がやって来ますように!」
寝る前にヒンレックは、愛馬の様子を見に行った。すると、エイデルがブラシをかけてやっているところだった。彼は影にひそみ、愛馬が嬉しそうに鼻を鳴らしているのをきき、踵を返した。
正しいものがあることに感謝しつつ…これからもその火を灯すための薪のひとつでいよう、そう決意を固めながら、ヒンレックは眠りについた。
そのころ、エイデルはまだ眠れなかった。木こりのワイズがスピーチのことで相談しに来たからだった…。
翌朝、エイデルは昼前にワイズのためのスピーチを終えて、彼の家を出たところ、睡眠不足のあくびをする暇もあらばこそ、若いカップルたちに取り囲まれていた。
みんな、彼に祝いのスピーチをしてもらいたいから、今すぐ、来てほしいと言うのだ。
「君たち…結婚の予定なんかあったっけ? ドロシー? 君がサミュエルと付き合ってたなんて知らなかったな! もちろん、スピーチは喜んでするよ。来週やって来るサーカスの人たちを除けば、ヒンレック様と、二人しか泊まり客はいないんだ。父さん母さんで充分切り回せるさ…」
「エイデル、聞いて!」興奮しているドロシーがまくしたてる。「あたしたちみんな、一緒にあなたのスピーチを受けるから、みんな一緒に結婚式も挙げることにしたのよ!」みんなドッと笑い転げた。「こんなこと聞いたことがないでしょう?」
それをこの目で見られないのは残念だが、俺もたくさんの話を見聞きするだろうから、いつかまた戻ってきたら、お互いの話が楽しみなわけだ、とエイデルは答え、みんながそれに賛同した。
叶うものならば、と彼らはエイデルが旅立つ時、祈ることになる。
エイデルが無事に帰ってきて、わたしたちに物語のつづきを話してくれますように、と。
三日後、ようやく結婚するみんなのスピーチを終えたエイデルは、朝早くヒンレックと旅立ったのだった。
ムーアからは若いロバと、食料品や生活品をつめこめる、小さな荷馬車をもらった。
エイデルは長年の間、この日のために用意した品々をきれいに整頓して馬車にのせた。いくつもの小瓶に入った香辛料は、うまい料理のための必需品だ。また、どこでも料理ができるように、ひとつの鍋の中にしまえる、小さなフライパンに皿が二枚、フォークとナイフが四本に、木のコップが4個、火打石が二個。
当座の食料として、焼きしめた丸パンに、チーズ、ぶどう酒が一本。ゴマからとった油のビン。干した魚が五枚と細切れにした干し肉が十本。今のところ新鮮なトマト、じゃがいも、玉ねぎにビーツ。
旅の記録をとるために、羽ペンにインク壺と羊皮紙。
道具の手入れに、やすり、ペンチ、秤、手鏡、ハサミ。
野宿をする時、水浴びを快適にするために、重ねられる手桶が二つ、手ぬぐいが10本、代えの(まったく同じ)服が四着。
最後に、いつも便利なロープが二束と、服がほころびた時のための針と糸。
「これほど旅立ちがうれしい朝は久しぶりだよ」ヒンレックは馬上の人となって、ロバのそばで歩くエイデルに声をかけた。
「さあ、お供いたします、ヒンレック様」エイデルは元気いっぱいに答えた。「悪しき竜を地に伏せ、ルンの国の姫君を取り戻しましょう」
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