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届かない闇の中へ
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「愛染武っ!」
厩舎の扉が勢い良く開き、女性が僕の名を呼んだ。
「中等部の生徒から――あなた……何をしているんですの……?」
腕に『風紀委員』と書かれた腕章をつけたその女子の視線は、僕と、僕の下で倒れている針金に。
「ちっ、違うんです! 僕じゃない! 僕は何もしてない!」
いや、そんな事を言って信じてもらえる状況じゃない。
ひとまず逃げるか? このままじゃ確実に僕は拘束される。
これは、間違いなく罠だ。
どんな扱いを受けるかは分からないが、多分僕を犯人に仕立て上げる筋書きは周到に仕組まれているはずだ。
何も出来ずにゲームオーバーだって充分にありえる。
「そのまま動かないで下さい! 両手を頭の後ろに! ゆっくり跪くのです! それ以外の行動は抵抗とみなし制圧します!」
銃を持っているわけじゃないのにこの威圧感。よほどの腕利きなんだろう。
だが、それだけだ。どれだけ強かろうと、逃げようとする相手には全く無意味。
「うおおおおおおおおあ!」
拳を握り、いかにも殴りかからんと走り出す。
一瞬でファイティングポーズを構えるその姿。
やはり彼女、只者じゃない。
だがしかし!
「なっ!?」
滑り込んだ僕の上で、合わせる様に放った彼女の蹴りが虚しく宙を切る。
チラリと見えたパンツの色は黒。
風紀委員のくせに乱れてる! ごちそうさま!
とりあえずどこかに身を隠して、狼牙に事情を説明して――。
そんな事を考えながら扉を出ようとした瞬間。
僕はつんのめってアスファルトの地面を転がった。
足がもつれたわけじゃない。足をかけられたんだ。
慌てて身体を起こした瞬間、僕の動きは完全に封じられた。
動けなかった。
目の前に、銃のようなモノを持った女子が立っていたんだから。
先程の女性とは違う、冷たい目をした女子。
彼女の口が動いた瞬間。
「死ね」
ドン。と腹部に衝撃を感じ、世界が消えた。
「でねでね! ウチのお母さんが言ったの『ビビッと来たら、それが運命の人なのよ』って! 理屈とか抜きでね……こう……身体が求めるって言うの……かなぁ……。きゃー! 恥ずかしいいいい!」
「はは……」
寮の自室。楽しそうに話すルームメイトに相槌を打つ。
愛染が私を副クラス長に指名した余波は、穏やかな寮生活にまで及んでいた。
何かあったら私に相談しろと余計な事を言ってくれたおかげで、クラスの女子から話しかけられる頻度が異常に増えた。
その殆どは下らない話だ。
あまつさえ今まで一度も口を聞かなかったルームメイトでさえペラペラと喋り出す始末。
今更黙れと言えるはずもなく。苦痛に耐えつつも聞いている振りをする。
少しだけ彼を恨んだ。
そんな時、突然部屋のドアが開いた。そこには真っ青な顔をしたクラスメイトが。
「狼牙さん! あっ、愛染君がっ!」
「何っ!? どこだ!」
急いで部屋を出る。気の休まる暇もない。
自分の身に降りかかる災難ならどれだけ楽だろうか。
人の心配をするのが、これほど辛い事だとは思わなかった。
「一体何があった?」
前を走るクラスメイトに声をかける。
「愛染君が、風紀委員の人達に……」
「風紀委員……。『風神雷神』か――」
また厄介な相手が出てきたな。
だが、アイツが風紀委員に目をつけられる理由が見当たらない。
居るだけで風紀を乱す、と言われたらそれまでだが。
厩舎に続く道を埋める人ごみをかきわけ、目に飛び込んできた光景に愕然とした。
アスファルトの地面を引きずられる、気を失っているであろう彼の姿に。
「何をしている!」
「あら、狼牙さんごきげんよう。お久しぶりですわね」
まるで散歩の途中にでも出会ったかのように平然とした様子で、真っ白な大布を肩にかけた羽山風果が微笑む。
隣に居るのは、イギリスのパンクロッカーを彷彿とさせる、シルバーの装飾品をジャラジャラと身に着けた、三國雷華。
気絶している彼の足を掴んでいた。
「何をしていると聞いているんだ。そこにいる男が何をしたって言うんだ」
「ああ。そういえば貴女はA組でしたわね。この人は校内で女生徒に暴力行為を働いたのです――それも残虐な!」
怒気を含んだ物言いに気圧される。
「……どういう事だ。その男はクラス長で私はその代理。聞く権利はあるだろう?」
「最初は中等部の生徒からの苦情でしたわ。『厩舎で男に暴行されそうになった』と。それで私達が厩舎に来てみたら、厩舎の中に全裸の女生徒が倒れていたんです。身体中には酷い暴行の痕がありました」
「何だって……? そ、その女生徒とは……?」
「二年C組――針金円。何でも、ゾディアックと揉めてらっしゃるんですって? 酷く憎んでおられた――とか?」
「……一悶着あったのは確かだが、彼はそんな事をする奴ではない」
誰かの罠。それは疑いようのない事実だ。
「でも、彼は逃走を図ったんですのよ。やましい事がないなら逃げる必要もありませんでしょう?」
彼が逃げた?
信じられない話だが、この女、嘘を付くような奴でもない。
一体何があったって言うんだ。
「そういう事なので。さ、行きましょう三國」
「待て! 彼は私が運ぶ。……それを黙って見てられる程薄情ではない」
羽山はわざとらしく驚いた振りをして、憎らしい笑みを浮かべた。
「まぁ。いつからそんなにお優しくなられたのですか? まぁいいでしょう――三國」
羽山が目配せをすると、三國雷果が彼を離した。
クラスメイトの手を借り、彼を背中におぶる。
「それじゃあ運んでもらいましょうか――地下に」
羽山の言葉に戦慄が走る。
地下と呼ばれるその場所は、この学園で最も深く、光射さぬ地獄。
「心配するな。すぐにお前の無実は晴らしてみせるから」
背中の彼にそう言って、二人の後を追った。
着いた場所。そこは異様な雰囲気をかもし出していた。
著名な設計士に莫大な予算で建てられた桃華学園は、その全てが巨大な芸術作品と褒め称える者もいる。
並木の一本一本まで美しく配置されたこの学園で、ここだけは異質。
錆び付いた鉄製の扉は、見る者に恐怖を与える。
「わざわざありがとうございました。ここまででご遠慮いただけます? 内部は部外者立ち入り禁止ですの」
「……分かった。見て分かるとおり、彼は怪我人だ。手荒な真似はしないで欲しい」
「あらあら、『孤高の銀狼』らしからぬ事を言いますのね。男を知って牙が抜けたと言う噂は本当だったのかしら?」
卑下するような物言いに苛立ちを覚える。
握った拳の中、爪が手の平を傷つけんとばかりに。
「まぁ何か分かったら教えてさしあげますわ。ではごきげんよう」
不快な音と共に開いた扉の奥には、恐ろしい程の闇が広がっていた。
その中に吸い込まれていく彼の手を握れない自分が――とても惨めに感じた。
厩舎の扉が勢い良く開き、女性が僕の名を呼んだ。
「中等部の生徒から――あなた……何をしているんですの……?」
腕に『風紀委員』と書かれた腕章をつけたその女子の視線は、僕と、僕の下で倒れている針金に。
「ちっ、違うんです! 僕じゃない! 僕は何もしてない!」
いや、そんな事を言って信じてもらえる状況じゃない。
ひとまず逃げるか? このままじゃ確実に僕は拘束される。
これは、間違いなく罠だ。
どんな扱いを受けるかは分からないが、多分僕を犯人に仕立て上げる筋書きは周到に仕組まれているはずだ。
何も出来ずにゲームオーバーだって充分にありえる。
「そのまま動かないで下さい! 両手を頭の後ろに! ゆっくり跪くのです! それ以外の行動は抵抗とみなし制圧します!」
銃を持っているわけじゃないのにこの威圧感。よほどの腕利きなんだろう。
だが、それだけだ。どれだけ強かろうと、逃げようとする相手には全く無意味。
「うおおおおおおおおあ!」
拳を握り、いかにも殴りかからんと走り出す。
一瞬でファイティングポーズを構えるその姿。
やはり彼女、只者じゃない。
だがしかし!
「なっ!?」
滑り込んだ僕の上で、合わせる様に放った彼女の蹴りが虚しく宙を切る。
チラリと見えたパンツの色は黒。
風紀委員のくせに乱れてる! ごちそうさま!
とりあえずどこかに身を隠して、狼牙に事情を説明して――。
そんな事を考えながら扉を出ようとした瞬間。
僕はつんのめってアスファルトの地面を転がった。
足がもつれたわけじゃない。足をかけられたんだ。
慌てて身体を起こした瞬間、僕の動きは完全に封じられた。
動けなかった。
目の前に、銃のようなモノを持った女子が立っていたんだから。
先程の女性とは違う、冷たい目をした女子。
彼女の口が動いた瞬間。
「死ね」
ドン。と腹部に衝撃を感じ、世界が消えた。
「でねでね! ウチのお母さんが言ったの『ビビッと来たら、それが運命の人なのよ』って! 理屈とか抜きでね……こう……身体が求めるって言うの……かなぁ……。きゃー! 恥ずかしいいいい!」
「はは……」
寮の自室。楽しそうに話すルームメイトに相槌を打つ。
愛染が私を副クラス長に指名した余波は、穏やかな寮生活にまで及んでいた。
何かあったら私に相談しろと余計な事を言ってくれたおかげで、クラスの女子から話しかけられる頻度が異常に増えた。
その殆どは下らない話だ。
あまつさえ今まで一度も口を聞かなかったルームメイトでさえペラペラと喋り出す始末。
今更黙れと言えるはずもなく。苦痛に耐えつつも聞いている振りをする。
少しだけ彼を恨んだ。
そんな時、突然部屋のドアが開いた。そこには真っ青な顔をしたクラスメイトが。
「狼牙さん! あっ、愛染君がっ!」
「何っ!? どこだ!」
急いで部屋を出る。気の休まる暇もない。
自分の身に降りかかる災難ならどれだけ楽だろうか。
人の心配をするのが、これほど辛い事だとは思わなかった。
「一体何があった?」
前を走るクラスメイトに声をかける。
「愛染君が、風紀委員の人達に……」
「風紀委員……。『風神雷神』か――」
また厄介な相手が出てきたな。
だが、アイツが風紀委員に目をつけられる理由が見当たらない。
居るだけで風紀を乱す、と言われたらそれまでだが。
厩舎に続く道を埋める人ごみをかきわけ、目に飛び込んできた光景に愕然とした。
アスファルトの地面を引きずられる、気を失っているであろう彼の姿に。
「何をしている!」
「あら、狼牙さんごきげんよう。お久しぶりですわね」
まるで散歩の途中にでも出会ったかのように平然とした様子で、真っ白な大布を肩にかけた羽山風果が微笑む。
隣に居るのは、イギリスのパンクロッカーを彷彿とさせる、シルバーの装飾品をジャラジャラと身に着けた、三國雷華。
気絶している彼の足を掴んでいた。
「何をしていると聞いているんだ。そこにいる男が何をしたって言うんだ」
「ああ。そういえば貴女はA組でしたわね。この人は校内で女生徒に暴力行為を働いたのです――それも残虐な!」
怒気を含んだ物言いに気圧される。
「……どういう事だ。その男はクラス長で私はその代理。聞く権利はあるだろう?」
「最初は中等部の生徒からの苦情でしたわ。『厩舎で男に暴行されそうになった』と。それで私達が厩舎に来てみたら、厩舎の中に全裸の女生徒が倒れていたんです。身体中には酷い暴行の痕がありました」
「何だって……? そ、その女生徒とは……?」
「二年C組――針金円。何でも、ゾディアックと揉めてらっしゃるんですって? 酷く憎んでおられた――とか?」
「……一悶着あったのは確かだが、彼はそんな事をする奴ではない」
誰かの罠。それは疑いようのない事実だ。
「でも、彼は逃走を図ったんですのよ。やましい事がないなら逃げる必要もありませんでしょう?」
彼が逃げた?
信じられない話だが、この女、嘘を付くような奴でもない。
一体何があったって言うんだ。
「そういう事なので。さ、行きましょう三國」
「待て! 彼は私が運ぶ。……それを黙って見てられる程薄情ではない」
羽山はわざとらしく驚いた振りをして、憎らしい笑みを浮かべた。
「まぁ。いつからそんなにお優しくなられたのですか? まぁいいでしょう――三國」
羽山が目配せをすると、三國雷果が彼を離した。
クラスメイトの手を借り、彼を背中におぶる。
「それじゃあ運んでもらいましょうか――地下に」
羽山の言葉に戦慄が走る。
地下と呼ばれるその場所は、この学園で最も深く、光射さぬ地獄。
「心配するな。すぐにお前の無実は晴らしてみせるから」
背中の彼にそう言って、二人の後を追った。
着いた場所。そこは異様な雰囲気をかもし出していた。
著名な設計士に莫大な予算で建てられた桃華学園は、その全てが巨大な芸術作品と褒め称える者もいる。
並木の一本一本まで美しく配置されたこの学園で、ここだけは異質。
錆び付いた鉄製の扉は、見る者に恐怖を与える。
「わざわざありがとうございました。ここまででご遠慮いただけます? 内部は部外者立ち入り禁止ですの」
「……分かった。見て分かるとおり、彼は怪我人だ。手荒な真似はしないで欲しい」
「あらあら、『孤高の銀狼』らしからぬ事を言いますのね。男を知って牙が抜けたと言う噂は本当だったのかしら?」
卑下するような物言いに苛立ちを覚える。
握った拳の中、爪が手の平を傷つけんとばかりに。
「まぁ何か分かったら教えてさしあげますわ。ではごきげんよう」
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