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桃色のお姫様
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午前中の授業が終わり昼休み、私は中等部に足を運んでいた。
針金を襲った犯人の手がかりはいまだ掴めていない。
一年の中で彼女に勝てるものがいるとは思わないし、二年や三年に犯人が居るのなら、私達にそれを探る方法はない。
八方塞がりにも思えたが、彼が言っていた厩舎に来ていた下級生。
その子が、もしかしたら何かを知っているかもしれない。そう思ったから。
「先輩こんにちはー」
「ああ、こんにちは」
下級生が笑顔で声をかけてくる。
高等部では自分が先輩だと感じる事はないから新鮮だった。
悪い気分じゃない。
「君。理事長の娘に会いたいんだが、何処にいるか分かるかい?」
「えっと、桃蜜さんですか? この時間なら多分部屋にいると思います。1号室です」
「そうか。ありがとう」
女生徒に聞いた情報を頼りに寮へ向かう。
まだ一ヶ月そこそこなのに、ここで過ごしていたのが遥か昔の事のように感じた。
寮に入り、聞いた部屋の扉をノックする。
「どうぞ」と声が聞こえ、扉を開けた。
眼がチカチカするようなピンクで統一された部屋。
二人部屋だったはずの室内に置かれたベッドは一つ。
特別待遇にも程がある。
「あら、狼牙先輩じゃないですか。お久しぶりです」
久しぶり、と言うほどの仲ではない。
むしろ私の名前を知られていたことに驚く。
話すのはこれが初めてだ。
理事長の娘、非処女姫こと桃源桃蜜。
初めて聞いた時は、親のネーミングセンスを疑った。
「突然来て迷惑だとは思うが、ちょっと聞きたい事があってな」
「そんな、迷惑だなんてとんでもありませんよ。どうぞおかけ下さい。ほら、お茶をお出しして」
「分かりました」
部屋の隅、黒装束に身を包んだ女の存在に驚く。
部屋に入った時には全く気付かなかったから。
この女、意図的に気配を消していた。
ふざけた格好をしているが、中々できる。
「それで、聞きたい事って何ですか?」
「あ、ああ。厩舎に居る馬の世話をしていた子を探しているんだが、君が誰かに頼んでいたと言う話を聞いてね」
「厩舎の――ですか? 少しお待ち下さい、ちょっと呼んで来てもらえる?」
テーブルに紅茶を置いた女子が「分かりました」と部屋を出て行った。
噂の召使だろうか。随分いいご身分だ。
「そういえば、何だか楽しそうな事をしてるみたいですね? ゾディアックを潰そうとしているだとか」
流石に知らないわけがない、か。
だがこの女、その話を振ったのは興味本意ではなさそうな気がする。
妙に落ち着き払っているというか。
「ああ。だがもうそれも終わりかもしれんな。所詮私達が桃華学園の伝統を無くそうなど、厚顔無恥も甚だしい。じきに元に戻るだろう」
相手の出方を見るために、あえて別な事を言ってみる。私の勘が正しければ――。
「それは……どういう事ですか?」
こうなるはずだ。
「昨日の事件は聞いているかな? 私達は彼を信じて行動を共にしていたんだが、正直あそこまでするとは思っていなかったんだ。山棟蛇との密闘でも、相当手荒な真似をしたらしい。精神的に……な」
「や、やっぱり無理矢理……犯したのですか……」
やっぱりって何だ? 山棟蛇は犯された事になっているのか?
噂というのは恐ろしいものだな。
「真偽は分からないが……な。怯えた様子で彼を眺める山棟蛇を見ているのは辛いものだ……。それで、私達は彼と距離を置こうと思ってな。まぁ、もう二度と会う事はないと思うが」
「そ、それはどういう事ですか?」
動揺を隠せない様子。
やはりこの女――何か知っている。
「風紀委員に捕まったのは知っているか? あの二人の残虐さはゾディアックでも眉をひそめる程だ。もしかしたら、もう生きてはいないのかも――」
その時、部屋のドアが開いた。
先程出て行った黒装束の隣に、不安げな顔をした女生徒が立っている。
「お連れしました」
「お。君が厩舎の――愛染武に襲われたんだって?」
「え、あ、いえ。突然話しかけられて……私驚いちゃって……」
怯えた様子で話すのは、上級生に話しかけられているからか、それとも非処女姫の前だからか。
「そうか。もし風紀委員に聞かれる事があったら、襲われかけたと言ったほうがいい。身の危険を感じたと、そう言うんだ」
「え……? でも……」
「それでいいんだ、なにも心配はない。では、私はそろそろ失礼するよ。この学園に男が栄えたためしはない。私達もどうかしてたんだな」
少女の肩にポンと手をやって、再び非処女姫を見やる。
「わ、分かりました。またいつでもいらしてくださいね」
平然を装っていたが、彼女の指はガラスのテーブルを叩いていた。
寮を出ると、周囲の下級生が私に視線を向けた。
上級生が突然の訪問、それも相手が理事長の娘とあっては、好奇心をくすぐられるのは自然な事だろう。だが、そんな中、一つだけ異質な視線を感じた。
気付かない振りをしつつ、私はさりげなく耳元に手をやった。
「スネーク聞こえるか。私の姿が見えるか?」
「見える」
イヤホン型の通信機から聞こえてくるのは、山棟蛇の声。
「十時の方向にいる生徒。雰囲気が他とは違う。あいつを尾行してくれ」
「了解《らじゃー》」
そう言って、通信を終えた。
なぜこんな事をしているのかはさっぱりだが、これはクラスメイトの案だったりする。
「山棟蛇さんなら潜入捜査にぴったりだし、スネークだし!」と良く分からないノリで決まった作戦だが、まぁ役に立ったのかもしれない。
あの非処女姫が何をしているのかは分からないが、どうやら無関係ではなさそうだ。
ゾディアック、非処女姫、風神雷神。
何がどうなって、どんな思惑が蠢いているのか。
たった一つだけ確実な事は。
「しばらく――退屈せずにすみそうだ」
彼がどんな目に合っているか、そんな事は微塵も想像しなかった。
針金を襲った犯人の手がかりはいまだ掴めていない。
一年の中で彼女に勝てるものがいるとは思わないし、二年や三年に犯人が居るのなら、私達にそれを探る方法はない。
八方塞がりにも思えたが、彼が言っていた厩舎に来ていた下級生。
その子が、もしかしたら何かを知っているかもしれない。そう思ったから。
「先輩こんにちはー」
「ああ、こんにちは」
下級生が笑顔で声をかけてくる。
高等部では自分が先輩だと感じる事はないから新鮮だった。
悪い気分じゃない。
「君。理事長の娘に会いたいんだが、何処にいるか分かるかい?」
「えっと、桃蜜さんですか? この時間なら多分部屋にいると思います。1号室です」
「そうか。ありがとう」
女生徒に聞いた情報を頼りに寮へ向かう。
まだ一ヶ月そこそこなのに、ここで過ごしていたのが遥か昔の事のように感じた。
寮に入り、聞いた部屋の扉をノックする。
「どうぞ」と声が聞こえ、扉を開けた。
眼がチカチカするようなピンクで統一された部屋。
二人部屋だったはずの室内に置かれたベッドは一つ。
特別待遇にも程がある。
「あら、狼牙先輩じゃないですか。お久しぶりです」
久しぶり、と言うほどの仲ではない。
むしろ私の名前を知られていたことに驚く。
話すのはこれが初めてだ。
理事長の娘、非処女姫こと桃源桃蜜。
初めて聞いた時は、親のネーミングセンスを疑った。
「突然来て迷惑だとは思うが、ちょっと聞きたい事があってな」
「そんな、迷惑だなんてとんでもありませんよ。どうぞおかけ下さい。ほら、お茶をお出しして」
「分かりました」
部屋の隅、黒装束に身を包んだ女の存在に驚く。
部屋に入った時には全く気付かなかったから。
この女、意図的に気配を消していた。
ふざけた格好をしているが、中々できる。
「それで、聞きたい事って何ですか?」
「あ、ああ。厩舎に居る馬の世話をしていた子を探しているんだが、君が誰かに頼んでいたと言う話を聞いてね」
「厩舎の――ですか? 少しお待ち下さい、ちょっと呼んで来てもらえる?」
テーブルに紅茶を置いた女子が「分かりました」と部屋を出て行った。
噂の召使だろうか。随分いいご身分だ。
「そういえば、何だか楽しそうな事をしてるみたいですね? ゾディアックを潰そうとしているだとか」
流石に知らないわけがない、か。
だがこの女、その話を振ったのは興味本意ではなさそうな気がする。
妙に落ち着き払っているというか。
「ああ。だがもうそれも終わりかもしれんな。所詮私達が桃華学園の伝統を無くそうなど、厚顔無恥も甚だしい。じきに元に戻るだろう」
相手の出方を見るために、あえて別な事を言ってみる。私の勘が正しければ――。
「それは……どういう事ですか?」
こうなるはずだ。
「昨日の事件は聞いているかな? 私達は彼を信じて行動を共にしていたんだが、正直あそこまでするとは思っていなかったんだ。山棟蛇との密闘でも、相当手荒な真似をしたらしい。精神的に……な」
「や、やっぱり無理矢理……犯したのですか……」
やっぱりって何だ? 山棟蛇は犯された事になっているのか?
噂というのは恐ろしいものだな。
「真偽は分からないが……な。怯えた様子で彼を眺める山棟蛇を見ているのは辛いものだ……。それで、私達は彼と距離を置こうと思ってな。まぁ、もう二度と会う事はないと思うが」
「そ、それはどういう事ですか?」
動揺を隠せない様子。
やはりこの女――何か知っている。
「風紀委員に捕まったのは知っているか? あの二人の残虐さはゾディアックでも眉をひそめる程だ。もしかしたら、もう生きてはいないのかも――」
その時、部屋のドアが開いた。
先程出て行った黒装束の隣に、不安げな顔をした女生徒が立っている。
「お連れしました」
「お。君が厩舎の――愛染武に襲われたんだって?」
「え、あ、いえ。突然話しかけられて……私驚いちゃって……」
怯えた様子で話すのは、上級生に話しかけられているからか、それとも非処女姫の前だからか。
「そうか。もし風紀委員に聞かれる事があったら、襲われかけたと言ったほうがいい。身の危険を感じたと、そう言うんだ」
「え……? でも……」
「それでいいんだ、なにも心配はない。では、私はそろそろ失礼するよ。この学園に男が栄えたためしはない。私達もどうかしてたんだな」
少女の肩にポンと手をやって、再び非処女姫を見やる。
「わ、分かりました。またいつでもいらしてくださいね」
平然を装っていたが、彼女の指はガラスのテーブルを叩いていた。
寮を出ると、周囲の下級生が私に視線を向けた。
上級生が突然の訪問、それも相手が理事長の娘とあっては、好奇心をくすぐられるのは自然な事だろう。だが、そんな中、一つだけ異質な視線を感じた。
気付かない振りをしつつ、私はさりげなく耳元に手をやった。
「スネーク聞こえるか。私の姿が見えるか?」
「見える」
イヤホン型の通信機から聞こえてくるのは、山棟蛇の声。
「十時の方向にいる生徒。雰囲気が他とは違う。あいつを尾行してくれ」
「了解《らじゃー》」
そう言って、通信を終えた。
なぜこんな事をしているのかはさっぱりだが、これはクラスメイトの案だったりする。
「山棟蛇さんなら潜入捜査にぴったりだし、スネークだし!」と良く分からないノリで決まった作戦だが、まぁ役に立ったのかもしれない。
あの非処女姫が何をしているのかは分からないが、どうやら無関係ではなさそうだ。
ゾディアック、非処女姫、風神雷神。
何がどうなって、どんな思惑が蠢いているのか。
たった一つだけ確実な事は。
「しばらく――退屈せずにすみそうだ」
彼がどんな目に合っているか、そんな事は微塵も想像しなかった。
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