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岬の端から見える夜の海は、静かに凪いでいた。
普段は吹き荒れる潮風も今は無く、優しく潮の香りを運ぶだけ。
レンとイーナは、二人で座っていた。
「見てください勇者様。あんなに星が」
イーナが指差す先には、満点の星空が広がっている。
それは、レンが今まで見たどの空よりも美しく星が輝いていた。
「こうやって居ると、忘れてしまいそうだよ。色んな事。忘れちゃいけないのに」
人は勿論、魔物も、動物も草木でさえも深い眠りに落ち。
燃え盛る炎も、人々の泣き叫ぶ声も、魔族の咆哮も、血の匂いも。
この世に蔓延する争いの全ても。まるで存在しないかの様な静寂。
「少しだけ――忘れてもいいと思いますよ。忘れると言うか、考えない。身体だけじゃなく、心も。休めてあげないといけないんです。私も、勇者様だって、皆と変わらない、一人の人間なんですから」
勇者と呼ばれ、勇者と強いられ。そんな生活にも慣れてしまったかに思えた。自分でも気づかない程に。
「勇者さ……レンさん」
レンの右手に、イーナの左手がそっと添えられる。
少し驚いた表情を浮かべるレンだったが、顔を赤らめたイーナを見て、その指を絡めていく。
閉じた瞳に吸い寄せられる様に、口づけを交わした。
「一つだけ、お願いがあるんです。全てが終わったら私――レンさんの生まれた故郷を見てみたいんです」
「僕の故郷? 前にも話した通り、何にもない場所だよ。静かで、退屈かもしれない」
「良いんです。きっと素敵な所だと思います。レンさんが育った場所ですから。そして……その……一緒に居られたら」
顔を隠すように、イーナはレンの肩に顔を埋めた。
「い、イーナが……望むなら……」
イーナの言葉の意味を反芻する。残念ながらレンは、あまり女性経験を積んではいなかった。
それでも気づかない程鈍感でもなく。確信出来る程自身もない。
戸惑いと喜び。気恥ずかしさの中で見上げた満点の星空に、答えを探して。
「全てが終わったら……必ず……君を幸――」
――違和感。
月は隠れ、凪いでいた海は波立ち、潮風は腐臭を放つ。
眩しい程に輝く星達も今は消え。漆黒の闇が辺りを包んでいた。
「幸せに……? そんなモノ。貴方には永遠に訪れない……」
イーナの肉は腐り落ち、真っ白な骸骨が覗く。
美しい彼女の姿は、醜い異形にと成り変わっていく。
「貴方に二度と安息は訪れない! 汚泥に塗れて朽ちるその時でさえも!」
彼女の叫びは呪詛の如く。
心臓に絡みつき、締め上げる。
「この世に生を受けた事を後悔させてやる! 勇者の名を穢した痴れ者が!」
目も耳も。全身の穴から噴き出した血液は、体内からせりあがり口内を満たし、深く溺れていく。
視界が染まる。
黒ずんだ赤が、レンの全てを飲み込んで。
普段は吹き荒れる潮風も今は無く、優しく潮の香りを運ぶだけ。
レンとイーナは、二人で座っていた。
「見てください勇者様。あんなに星が」
イーナが指差す先には、満点の星空が広がっている。
それは、レンが今まで見たどの空よりも美しく星が輝いていた。
「こうやって居ると、忘れてしまいそうだよ。色んな事。忘れちゃいけないのに」
人は勿論、魔物も、動物も草木でさえも深い眠りに落ち。
燃え盛る炎も、人々の泣き叫ぶ声も、魔族の咆哮も、血の匂いも。
この世に蔓延する争いの全ても。まるで存在しないかの様な静寂。
「少しだけ――忘れてもいいと思いますよ。忘れると言うか、考えない。身体だけじゃなく、心も。休めてあげないといけないんです。私も、勇者様だって、皆と変わらない、一人の人間なんですから」
勇者と呼ばれ、勇者と強いられ。そんな生活にも慣れてしまったかに思えた。自分でも気づかない程に。
「勇者さ……レンさん」
レンの右手に、イーナの左手がそっと添えられる。
少し驚いた表情を浮かべるレンだったが、顔を赤らめたイーナを見て、その指を絡めていく。
閉じた瞳に吸い寄せられる様に、口づけを交わした。
「一つだけ、お願いがあるんです。全てが終わったら私――レンさんの生まれた故郷を見てみたいんです」
「僕の故郷? 前にも話した通り、何にもない場所だよ。静かで、退屈かもしれない」
「良いんです。きっと素敵な所だと思います。レンさんが育った場所ですから。そして……その……一緒に居られたら」
顔を隠すように、イーナはレンの肩に顔を埋めた。
「い、イーナが……望むなら……」
イーナの言葉の意味を反芻する。残念ながらレンは、あまり女性経験を積んではいなかった。
それでも気づかない程鈍感でもなく。確信出来る程自身もない。
戸惑いと喜び。気恥ずかしさの中で見上げた満点の星空に、答えを探して。
「全てが終わったら……必ず……君を幸――」
――違和感。
月は隠れ、凪いでいた海は波立ち、潮風は腐臭を放つ。
眩しい程に輝く星達も今は消え。漆黒の闇が辺りを包んでいた。
「幸せに……? そんなモノ。貴方には永遠に訪れない……」
イーナの肉は腐り落ち、真っ白な骸骨が覗く。
美しい彼女の姿は、醜い異形にと成り変わっていく。
「貴方に二度と安息は訪れない! 汚泥に塗れて朽ちるその時でさえも!」
彼女の叫びは呪詛の如く。
心臓に絡みつき、締め上げる。
「この世に生を受けた事を後悔させてやる! 勇者の名を穢した痴れ者が!」
目も耳も。全身の穴から噴き出した血液は、体内からせりあがり口内を満たし、深く溺れていく。
視界が染まる。
黒ずんだ赤が、レンの全てを飲み込んで。
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