Lost Precious

cure456

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#3

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 岬の端から見える夜の海は、静かに凪いでいた。
 普段は吹き荒れる潮風も今は無く、優しく潮の香りを運ぶだけ。
 レンとイーナは、二人で座っていた。

「見てください勇者様。あんなに星が」 

 イーナが指差す先には、満点の星空が広がっている。
 それは、レンが今まで見たどの空よりも美しく星が輝いていた。

「こうやって居ると、忘れてしまいそうだよ。色んな事。忘れちゃいけないのに」

 人は勿論、魔物も、動物も草木でさえも深い眠りに落ち。
 燃え盛る炎も、人々の泣き叫ぶ声も、魔族の咆哮も、血の匂いも。
 この世に蔓延する争いの全ても。まるで存在しないかの様な静寂。

「少しだけ――忘れてもいいと思いますよ。忘れると言うか、考えない。身体だけじゃなく、心も。休めてあげないといけないんです。私も、勇者様だって、皆と変わらない、一人の人間なんですから」 

 勇者と呼ばれ、勇者と強いられ。そんな生活にも慣れてしまったかに思えた。自分でも気づかない程に。

「勇者さ……レンさん」

 レンの右手に、イーナの左手がそっと添えられる。
 少し驚いた表情を浮かべるレンだったが、顔を赤らめたイーナを見て、その指を絡めていく。
 閉じた瞳に吸い寄せられる様に、口づけを交わした。


「一つだけ、お願いがあるんです。全てが終わったら私――レンさんの生まれた故郷を見てみたいんです」

「僕の故郷? 前にも話した通り、何にもない場所だよ。静かで、退屈かもしれない」

「良いんです。きっと素敵な所だと思います。レンさんが育った場所ですから。そして……その……一緒に居られたら」

 顔を隠すように、イーナはレンの肩に顔を埋めた。

「い、イーナが……望むなら……」

 イーナの言葉の意味を反芻する。残念ながらレンは、あまり女性経験を積んではいなかった。 
 それでも気づかない程鈍感でもなく。確信出来る程自身もない。
 戸惑いと喜び。気恥ずかしさの中で見上げた満点の星空に、答えを探して。 

「全てが終わったら……必ず……君を幸――」

――違和感。

 月は隠れ、凪いでいた海は波立ち、潮風は腐臭を放つ。
 眩しい程に輝く星達も今は消え。漆黒の闇が辺りを包んでいた。

「幸せに……? そんなモノ。貴方には永遠に訪れない……」

 イーナの肉は腐り落ち、真っ白な骸骨が覗く。
 美しい彼女の姿は、醜い異形にと成り変わっていく。  

「貴方に二度と安息は訪れない! 汚泥に塗れて朽ちるその時でさえも!」

 彼女の叫びは呪詛の如く。
 心臓に絡みつき、締め上げる。

「この世に生を受けた事を後悔させてやる! 勇者の名を穢した痴れ者が!」

 目も耳も。全身の穴から噴き出した血液は、体内からせりあがり口内を満たし、深く溺れていく。
 視界が染まる。
 黒ずんだ赤が、レンの全てを飲み込んで。
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