空想街見聞録

時津橋士

文字の大きさ
14 / 20

人形屋敷の夢

しおりを挟む
 赤い西日の差す和室の入り口に友と二人で立っていた。和室は八畳程であろうか。真っ白な布団が隙間なく敷き詰められおり、その向こうに縁側が見える。友と顔を見合わせ、一つ頷いた。私達は分かっていた。ここを出るまでは声を立ててはならないのだ。二人同時に和室に踏み込むと、布団の冷たさが足を伝い、肝まで冷やした。一つ、また一つと足を進めた。そして、縁側に、出た。
 途端、私達は同じ和室の入り口に立っていた。どういうことだ。夕日がこの上なく不気味に思われた。敷き詰められた布団に目をやって、驚いた。すべての布団の上にこけしが一つずつ置かれていた。友の顔にははっきりと恐怖が浮かび上がり、私の心には鉛の氷がぶら下がった。しかし、私達は分かっていた。進まなければならないのだ。もはや足に布団の感覚を感じる余裕は無かった。再び、私たちは縁側に、達した!
 やはり。また入り口だ。たった今踏んだはずの縁側が彼方に見えた。友の脚が震えているのが分かった。そしてそれが何の為なのかも分かっていた。今、布団の上にこけしは無かった。代わりにあったのはマネキンであった。布団の中にあるそれは人間のようにも思われたが、天井に向けて大きく見開かれた眼は決して動くことは無かった。一歩踏み出そうとして、危うく転びかけた。私の脚もわなわなと震えていたのだ。友と共有する「声を立ててはいけない」という掟が無ければ、私はとうに叫んでいた。それでも私たちはマネキンの間を縫って歩いた。足元を見ながら歩いたため、赤い光を受けたマネキンの顔をいくらか見た。どれも全く同じ女の顔であった。部屋の縁まで来た。友と顔を見合わせ、目を閉じて縁側を踏んだ。
 目の前が赤く照らされていないことを一心に祈り、ゆっくりと目を開けた。嗚呼、しかし本当は分かっていたのだ。果たして眼前には西日の和室。友が後ずさりながら私にしがみついた。今度布団の中にあったのは、いや、それは布団の中に居たのだ。先程のマネキンと同じ顔をした女達が。目こそ閉じていたものの、その同じ顔の女達は生きていた! その証拠に彼女らの布団が寝息に合わせて僅かに上下しているのが分かった。私達の本能は二分されていた。前に進もうという正しくも愚かな本能と、永遠にこの場に留まろうという誤りつつも賢明な本能にだ。ふと、愚かな本能が私に気づかせてくれた。この部屋で終わりだ。理由は分からないものの、確信できた。行こう。私は決めた。友の肩に手を置いた。彼の目も彼が私と同じ決断に至ったことを示していた。私達は同時に深く息を吸い、同時に深く吐いた。そして同時に大きく、一歩を踏み込んだ! 刹那。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
女達の目が一斉に見開かれ、笑いながら私達の方へ這い寄って来たのだ! 私も友も一時に掟をかなぐり捨てた!
「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
私達は互いを押しのけ縁側に走った! もう少し! あと少し! 最後の、一歩! 私は友を力いっぱい押しのけると、その反動で縁側に出た。後ろで叫び声が聞こえた。
 ここで目が覚めた。友の顔は思い出せない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...