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第2章 和国オウラ騒動編

4.辺境の街ライシード

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「紹介するよ。僕の契約魔獣で、馬車────従魔が引く馬車は従魔車って言うんだけれど、その従魔車を引いている《聖獣》白狼ホワイトウルフ種のヴィアインだ。僕の契約魔獣だよ」


    リンを和国オウラ国境の厩舎まで案内してきたセージの紹介で、ゆらゆらと尻尾を振ってお座りしている、大きな狼の魔物。
青い瞳に真っ白い毛並みの狼を見上げているリンの目はキラキラと輝いている。

「真っ白!カッコいい!ヴィアイン、よろしくね?」
躊躇することなく、リンはニコニコして手を伸ばす。

「───あっ!リン急に手を出したら危ない…………って、ウソ!?」

ヴィアインの体に触れようとするリンを静止したセージは驚きで目を見開いた。
ヴィアインが頭を下げたのだ。撫でられるのを気持ち良さそうに受け入れている。
「グル…………」
リンの右隣にいるリコラへと、ヴィアインがすり寄った。
「ぐるぅ?」
何か言いたげに、リコラがリンを見上げる。
「んー……」

リンは《索敵》で 辺りの気配を探るが、人の気配はない。

リンは2匹の頭を撫でつつ、少し思考を巡らせる。

────このままセージを信用してリコラの本来の姿を見せていいものか?と考えてみる。今の状況での答えとしては……《否》だ。
叔父であるセージは、この世界で200年以上生きている人だ。表面は同じでも、中身が昔のままだと、はっきり断言も出来ない。

勢いで元の世界で生きてきた自分の事を話してしまったのは少々迂闊だったとも思う。セージが要職に就いているから、話をどこかに漏らすと言うのは考えにくいが、場合にもよる。


    これから先の内容は女神リーシアや創世神ラムネアが関わってくる。
この世界で生きてきたセージの人となりをある程度見極めてから、リコラや自分の事を話す方が良いだろうと結論付いた。そのまま、リンは口を開く。

「ヴィアイン、リコラ。また会ったときにしよう?」

ね?とリンは2匹のすり寄っている間に顔を埋める。

「グル」
「ぐるる!」

一声吠えた2匹は、リンにすり寄った。
ヴィアインが顔を離すと、リンが微笑む。

「僕を置いて何の相談かな?」

声をかけてきたセージの笑顔が若干黒い。が、リンは気にしないことにする。
動揺すればセージの思うツボだ。

「ん?今度会ったら遊ぼうって意味」

「ふぅん……。まあ、そう言うことにしておくよ。無理に聞いたって話してはくれないだろうし、ね」

ニコリと笑うセージの瞳に見透かされているような気もするが、これも敢えて気付かない振りを通す。

「ごめんなさい」

「……謝る必要は無いんだよ?リンはこの世界に来たばかりだし、僕と200年以上離れているんだから警戒してもおかしくないんだ。父さん達の事を話してしまった事を『迂闊だった』と思っているね?」

「…………うん」

「長い間会えなかったぶん、感情が抑えられなかったのは、僕も同じだ。それに気付けたなら、良いんじゃないかな?これからお互い気を付けよう」

セージを見上げるリンの頭に、ぽむ、と手を乗せたセージがリンを見て微笑む。
黙ったままリンは頷いた。





    そんなやり取りをした、その日の晩。リンは、夕食を済ませて一晩をこの砦で過ごすことになった。案内された部屋でパジャマ代わりの柔らかな生地のワンピースに着替え、ベッドに寝転がる。
枕元の左にルチア、右にルアン。リコラがリンの右足側に寄り添ってお腹の上に頭を乗せた。

「明日はセージ叔父さんが一緒だから、念話でお喋りだね」
『うんなの』
『そうだねー。父様が一緒じゃなくて良かったかも』
「うん。来てたら修羅場になった気がするわ……」

セージの行動に、少し疲れ気味のリンは考えながらリコラの頭を撫でる。


────姪っ子である自分をこんなに可愛がっていただろうか?と。
離れてしまった分の反動があるのかもしれない。が、ちょっと過剰すぎる気もする。

「まさか、こんな形で再会するなんて思ってもみなかったよ。叔父バカだけはやめてくれると良いんだけどね……」

溜め息混じりに呟くリンの頬にルアンとルチアがすり寄った。

『あれは、に会えなかった反動で絶対何かやると思うぞー?』
『そうなの。絶対甘やかすと思うの』
『なー?ルチア姉ちゃん』
『うんなの。リコラもそう思うの?』
「ぐるぅ!」
次々に肯定していくリコラ達を見ていたリンは苦笑する。

「それだけは何とかして阻止したいものね……」
『出来ると良いねー『なの』』
「ぐるる」
「うん。……ふぁ」

リンは話しているうちに欠伸をしてウトウトし始めると、睡魔に身を委ねるようにゆっくりと瞼を閉じ、あっという間に眠ってしまった。
その姿のリンを見たリコラとルアンがそっと移動して灯りを消すと、足元にある掛布を引っ張る。
そっとリンの体に掛けると、リコラとルアンは少し前にいた場所へ戻り、丸くなる。
『母様おやすみ』
『おやすみなの』
「ぐるぅ……」

リンのそばにしっかりと寄り添ったリコラ達は、そのまま眠りについた。





──────翌日。


セージの従魔が引く従魔車に乗ったリン達一行は、車内でアンバーが入れたお茶を飲んでいた。


    セージの従魔車は快適だった。
空間魔法で拡張された車内は40畳程の広さになっており、落ち着いた調度品で整えられている。更にトイレ、浴室、寝室(客室もある)に小型のキッチンまで備え付けられているという、快適極まりないものだった。
車軸回りも拘っているだけあって、揺れも殆ど無い。




「ここが、今僕が統治しているガルクード公爵領の端の街、辺境の街ライシードだよ」
セージが馬車の小窓を開けて、リンに覗くように促す。そっとリンが顔を出した。
外には黄金色の田園風景が辺り一面に広がっている。小麦畑だ。
馬車で進んでいる少し先の方に色鮮やかな屋根が連なる街並みが見えてきた。

「うわあ……!綺麗!セージ叔父様、到着したら街の中散策しても良いですか?」
キラキラした目で、リンがセージを見る。
「ああ、良いとも。もうじきこの街にある私の別邸の屋敷に着くから行ってくると良い。2日後に和国オウラに向けて出発するから、自由に見て回ってくると良いよ。時間が合えば、模擬戦と散策に付き合うよ」
可愛い姪っ子の姿を見たセージが楽しそうにクスリと笑う。
「ホント!?やった!!」
はしゃぐリンが可愛くて、セージがリンの頭を撫でているのを見ている者がいた。

─────リリアナとレイナだ。


「こんなガルクード公爵は初めて見ました…………」
「そうねぇ…………。2日後に和国オウラへ向かうのは良いのだけれど、私達の討伐依頼どうなるのかしら…………」

ポツリと呟いたリリアナの言葉に気付いたセージが振り返る。

「その討伐依頼って、和国オウラまでの魔物討伐の依頼だね?」

「はい。現在の状況の報告も上げなければいけませんので、出来ればこちらの街で休んでから徒歩で行動しようかと思っています」

「ああ……。そんな依頼だったね。リンも一緒にパーティーを組んでるのかい?」
窓の外を眺めていたリンは振り返り、セージに向かって首を横に振る。

「和国オウラまでは依頼受ける予定無いから、パーティーは組んでいないわ。一緒に和国オウラへ向かっているから、支援を引き受けたの」

(だって、ギルドカードがCランクって見せる訳にはいかないし、セージ叔父さんに見付かると根掘り葉掘りきかれそうだし)
(『そうなの!』)
(『僕たちの事もバレちゃったもんね』)

念話でルチアとルアンと話しつつ、心の中を見透かされないように気を配りながら、リンがセージを見た。

「そうか。じゃあ、急ぐ方が良いのかな?」
セージの言葉に、リンは少し俯いて考える。

「リリアナさんとレイナちゃんが急ぐようならそのまま向かうつもりだけど……」

「それは大丈夫よ。急ぎの用事が和国オウラに有るわけではないし……レイナはどうかしら?」

「リリアナさんと同じです。修行期間の終了で和国オウラに戻っているだけですし」
レイナの言葉に、セージがポンと手を叩いた。

「ああ、そうか。もうそんな時期なんだね。じゃあうちのセイヤとミルトも近いうちに戻ってくるな」

「セイヤとミルト?」

「ああ、リンにはまだ話していなかったね。セイヤとミルトは私の息子でね。リンの従兄になる。今はアルクリア王国へ社交術等を学ぶために行っているんだよ」

「冒険者を育成する学校?」

リンがラムネアから聞いた世界の内容で出てきたのは、アルクリア王国に冒険者を育成する学校があると言うこと。他の細かな情報は分かっていないため、少し首を傾げるのだが。

「そうだね。そこでは貴族との接触もあるから、一通りのマナーや教養も教育の一環なんだ。家では家庭教師なんて面倒だし、最低限のマナーは妻が教えてしまったからね。細かいことはその学校で学んでくれば充分だ」
和国オウラでは王城の舞踏会なんて無いからね、とセージは続ける。

「そうなんですか……。そうだ。叔父様、アルクリア王国について教えてもらえますか?」
「それは構わないけれど……。ああ、そうか…………『カレ』がいる国だから知りたいんだね?」

ふふふふふ……と暗い笑みを浮かべたセージの背後から、冷気が漏れだし、車内を氷漬けにしていく。

その暗い笑みを避けるようにリリアナ達を引っ張って距離を取ったリンが戸惑っていると──────


スパアンッ!とセージの頭をアンバーが思い切り叩いた。────ハリセンで。

「旦那様。いい加減にしてください。この状態を誰が元に戻すのかお分かりですよね?」

ズゴゴゴゴッと音が聞こえそうな迫力のある無表情のアンバーが、セージの顔を覗き込んでいる。
セージは小さく舌打ちすると、ふいっとアンバーから顔を背けた。

「だ・ん・な・さ・ま?」

更に凄みを増したアンバーの表情に気圧されたセージは、体を仰け反らせる。

「…………ゴメンナサイ」

棒読みの謝罪をセージが呟くと、アンバーが深く溜め息を吐いた。

「公爵家の主でありながら、リンお嬢様の事になると目の色を変えて。今度こんな事が起こるようでしたら、奥様に報告させていただきます」

「…………ハイ」



ハリセンが出てきたことにも驚いたが、主の頭を容赦なく叩くアンバーの姿を見たリン達は、アンバーを怒らせないようにしよう、とお互い顔を見合わせて頷くのだった─────












    
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