友情隊

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ユウ渡界編

人間名

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 みんなおはようこんにちはこんばんは。本日誕生日のユウだよ。って誰に私は言ってるんだ?
 今私は目の前にそびえ立つ壁に睨まれております。
「リート」
「な、何でございましょうか兄弟子様」
「俺はもしものために決めておけと言ったはずだが?」
 正確に言えば兄弟子のジルドに説教されています。助けて。
(なんでこんなことに…)
 私は涙目になりつつ一時間ほど前を思い出す。

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 そもそも事の発端は私が王宮中に響く程の大声を出した頃に遡る。
 震える手でペンダントを凝視する私にセルトは申し訳なさそうにしつつも真っ直ぐ私に向き直って精霊長の顔になる。
「スピリル王国騎士団団長ユウ・リート・ウォターロルス。お前に『友情隊』隊長を命ずる。任を放棄することは許されない。今後の騎士団の仕事については前騎士団長及び副団長と話し合い、調節するように」
 少し…いやかなり外れてほしかったけどやっぱり私が隊長なんだ…。今日成人迎えたばかりなのに重役をさらに任されるなんて思わなかったな…。
「それに伴いお前には人間界へ渡り、残りの隊員を捜索しつつ常闇軍を倒して欲しい」
 ……へ?人間界?
 いきなりの移住命令に呆ける私にセルトは一つ手をくるりと回したかと思うと一枚の紙を手に握っている。無詠唱召喚なんて簡単にできないのに慣れた手つきでそれをする男は紙を広げる。その紙は何処かの場所の地図らしく、汚れ具合から百年と経っていない比較的新しいものだと分かる。でもなぜ地図を…?
「常闇軍は存在を確認された当時から今まで友情隊が結成されるたびに『田神』という土地に集中的に現れることが分かっている。記録によると先代の友情隊が残した友情隊専用の寮がこの地図の印がつけられているところにあるらしい。
 お前には明日からその地へ行き人間として生活しつつ常闇軍討伐をしてもらいたい。座標等はこちらで調節するからお前は荷造りと簡単な潜入時の設定をこの用紙に書いてもらうだけでいい。とりあえず今後についてはまた後日だな」
 え?え?ええ???と戸惑う私を置いて今度はジルドがセルトと話し合いを始める。
「精霊長。騎士団としての公務等はしばらくはありません。現時点では秋の建国祭がリートが必要となる公の行事でしょう。それまでにある程度の隊員を見つけ出し仕事を回せるように整えれば重畳。そこまでいかずともまずは人材確保を第一優先としましょう」
「そうだな。だが、今の人間界は少し魔法を使えばすぐに分かってしまうのが難点だな。かと言って肉弾戦もやりづらい。そこら辺のことも追々考えるとしよう」
「では私は火急速やかに騎士団長に任されている仕事を済ませて師匠に連絡を取り付けます」
「頼む」
 わぁ私がマゴマゴしている間に話がトントン拍子に進んでく…。まぁそこら辺は大人に任せて目の前の用紙の記入事項を読もう。といつの間にか机の上に置いてあった複数の資料を手にとって軽く流し読む。
「……え」
「どうした?」
「に、人間名って何?」
 私の呟きを聞き取ったセルトがジルドから私に視線を向ける。ジルドはメモをとっていてどうやら既に話し合いは終わったようだ。
 私の質問にセルトは固まり、横から冷たい空気が流れる。
「ユウ、去年辺りにジルドから説明を受けなかったか?人間名は」
「リート」
 セルトが説明をしている途中で冷たい声が遮る。恐る恐る横を向くと独眼に怒りを含め私を見据えるジルドが先程まで記していたメモを握りつぶしていた。
「ひっ」
「リート。去年の暮れに師匠が主催した騎士団合同遠征があっただろう」
 あ、そういえば師匠が突然『弛んでいる!貴様らは弛みすぎている!!明日から儂が直々に相手取ってやる!!!!』と宣言して一週間の遠征で秘境の谷へ連れ出されたっけ。あの時は私とジルド以外全員へばってたなぁ…。
「その時に騎士の何名かを人間界へ移住させて常闇軍や怪異を討伐させる時があると師匠が演説しているのを覚えているか?」
「あ、そういえば…」
 ジルドに言われてその時のことを思い出す。
 初日の夜。師匠が何時になく真剣な面持ちで私達に人間界について説明していた。大半の騎士たちは夢物語だろうと鼻で笑っていると熟年の騎士たちから木刀で叩かれていたのを横目で見ていたと思う。正直、騎士団長である私が人間界に行くことはないだろうと忘れていたとは言えないなこれ。
 私が思い出しながら冷や汗を流しているとさらに独眼の眼差しが私を射殺さんとばかりに突き刺してくる。
「その後に師匠と俺は『騎士団長が偵察のために渡界する場合がある。だからいつかのために人間としての名前や家族構成をきちんと決めておけ』と言ったはずだが?」
「大変、申し訳ございませんでした!!」
 本日2度目の謝罪をするしかなかった。

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 ジルドから鉄拳と説教を一通り受けた私はセルトが用意した書類を再度見る。
(今決めなきゃいけないのは人間名と家族構成と住む場所か…)
 人間名はひとまず置いて家族構成かぁ…。保護者だったら師匠とか義姉様とか?でも実質的な保護者はジルドだし…。
「うーん…」
「言い忘れていたが精霊長と友情隊となった精霊には『飾名』をつける義務がある。なのでたった今からお前はユウ・モン・リート・ウォターロルスだ」
「また長くなった…」
 私が人間名を考えている横で書類整理をしていたセルトから改名を伝えられる。ちなみに『リート』は騎士団長になった者全員につけられる『勲章名』である。
(ユウ・モン・リート・ウォターロルス…)
 本名じゃダメかな?と聞こうとして顔を上げるとジルドは先手を打つように口を開いていた。
「とりあえず人間名をまず決めろ。ちなみに本名は論外だ」
 分かるよな?と言いたげにニコリと微笑むジルド。普段笑わないくせにこういう時は笑顔になる。めっちゃ怖いから外では絶対やらないのズルい。
「そういうジルドとセルトは人間名あんの?」
 いくら人間名を考えてもそもそもどんな名前で活動すればいいのか分からないのと、意趣返しで質問すると2人は少しキョトンと呆けて苦笑した。
「俺?俺は瀬戸実。設定としては資産家かな」
「ミノル??」
 空中に『瀬戸実』と書いてみせたセルト。まさかの漢字。数字とかそのくらいしか書けないんだけど…。あと資産家って貴族と同じ何だっけ?なんだからしいなぁ。
「俺は火宮。火宮孝一。設定はフリーターだ」
「コウイチ??フリーター??」
「……職業についての講義をしなくてはいけないのか…」
 同じように空中に『火宮孝一』と書いてみせたジルドは私の様子に深くため息をついて手に持っていた紙にすらすらと何かを書くと私に手渡してくる。
[フリーター:学生や主婦(夫)を除く15~34歳の若年層の中で、雇用形態がアルバイト・パートである人、またはアルバイト・パートの仕事を探している人のこと。求職中の人のことを指すこともある]
 短時間にこんな説明的な文章を書いてたの?となっていると今度はセルトから何かを渡される。
「?」
「漢字辞典だ。職業は年齢とその他諸々を考えて高校生にするとして、名前は拘って決めたいだろう?」
 アドバイスはしてやるから。と頭を撫でてくるセルトにありがとうと返し、私は辞典を開く。
(多っ…)
 なにこれ人間界ってこんな難しそうな文字を使いこなしてるの???セルトから貰った『漢字ドリル』はこんな書きにくそうな文字なかったよ???
(とりあえず『目次』ってやつから読も…)
 私はセルトが用意してくれたペンを片手に名前決めを始めた。


「正直な話。人間界ではまだ未成年扱いになるから代理保護者であるジルドも向かって欲しいところなんだが…」
 リートが辞典を睨み始めたのを横目に確認した俺は本人のサインが必要な書類以外全てをセルトと片付けていた。人間界へ渡るに当たる書類としばらくの騎士団が片付けなければならない書類をさばいているとセルトが手を止めてリートを見やる。
「……まぁ。友情隊に成人が入隊するまではサポートするが、団長副団長両名が長い間人間界の任務にかかりきりとは外聞が悪いな」
 一通り書類を片したので俺も手を止める。後はリートが書きやすい順に書類を並べ替えるだけか…。
(ただでさえ貴族連中から疎まれているんだ。今保護者代理である俺も人間界へ行ってしまったら表向きにリートを擁護できる奴がいなくなってしまう)
 ユウと言う存在はイレギュラーである。幼い頃に前騎士団長に拾われ僅か十歳で騎士団長の座に着いたのだ。が、ある事情で貴族社会に馴染めずにいており貴族から目の敵にされている。騎士団の中にも副団長のジルドが正統な騎士団長であると主張する輩も未だにいる。
 今ユウが騎士団長を続けていられるのは養父である前騎士団長とジルドが失脚させようとする者たちを排除しているからだ。しかし前騎士団長が今の騎士団に関わりすぎるとユウはお飾りの騎士団長として見られ、また精霊長たるセルトがユウを擁護すると精霊長の公正さについてとやかく言われるだろうことは明白だった。
「こればかりは成人の隊員の入隊を待つか、信頼できる部下を選出するか。そのどちらかを選ぶしかないな」
 セルトがそう言ってなにかのリストを読み始める。俺は出来れば前者であってほしい。信頼できる部下はほとんど役職持ちだ……あ。
「………セルト。確か魔術師団長が人間界へ移住しているという噂が出ているが本当なのか?」
「あぁ…。本人たっての希望でね。数年前から公務以外は人間界で生活しているよ。彼に協力を仰ぎたいのか?」
「今のアイツはスキルを使いこなせない。ついでに少ない魔力でスキルを同時展開する方法等を指南してもらえれば今後役に立つだろうと思ってな」
 俺の言わんとしていることを察したセルトは少し目を伏せ考えをまとめているようだ。
「……まぁ連絡はしておくよ。もし承諾してもらえたら彼も寮で暮らすだろうな」
「感謝する」

「決めた!!!!」
 セルトと今後について話していると横から歓喜の声が響く。顔を向けると褒めろと言いたげにに得意げな表情をしたリートがセルトが用意した紙を俺達に見せてくる。
友門沙希ともかどさきにする!」
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