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濃紅薔薇の場合
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しおりを挟む[◯月◻︎日?曜日 本日の天気 はれのちくもり]
(うわ、なんか雨降りそ)
さっきまで晴れてたのに曇ってきて、遠くのほうが真っ黒。
あの雲がこのままこっち来たら雨だなこれは。
明日は雨かー…あーあ。
「ってか、いってぇ……」
体育中グラウンドで盛大にこけた。
漫画みたいにベシャッとスライディングして、膝小僧を赤く擦りむいて。
最近ちょっと寒くなってきたからな…この時期怪我すると痛いんだよな。夏の2倍くらい。
『俺もついてこうか~』と言う一を断って1人保健室に向かっている。
(1人…だな、今)
なんかこの前ふと1人の時間について考えたけど、多分こういう瞬間がちょこちょこあって一とちょいちょい離れてるんじゃないかな。俺が見落としてるだけで実は1人の時間って結構あるんだよ。だから俺も気楽なんだし。
四六時中ベタベタいるのは、いくら幼馴染でも距離近すぎだろってな。
(うん多分そう、俺が一といるの当たり前にしすぎちゃってたんだな。最早空気みたいな)
いや空気は言いすぎか。あいつうるさいし。
もっと こうーー
ガラッ
「わっ、ぁ、紅弥くん……?」
「ん? え、未紅ちゃん??」
扉を開けた先。
保健室の丸椅子に座る可愛らしい背中がくるりと振り返った。
えぇぇ未紅ちゃんだと!? ここで!?!?
なんたる偶然、ラッキーまさか授業中に会えるとは!
「昨日の勉強会以来だねっ、どうしたの……って、うわぁ痛そう」
「あ、そうちょっと転んじゃって。でも全然!こんなのへっちゃらだから。
未紅ちゃんは? 気分悪いとか?」
「そんな感じかな…? けど、もう平気になったから教室帰ろうとしてた。
いま先生不在なの。よかったら手当しようか?」
「え、ぁ、え? ぃやそんなっ」
「自分だとやりずらいでしょ。ほらっ、ここ座って?」
さっと立ち上がり、座ってた椅子を指差す未紅ちゃん。
うっそだろ…いいのか……?
今まで座ってたぞ。きっと温もりが…まだ温かかったりして……
ゴクリと唾を飲み、意を決して丸椅子に座る。
ジャージハーフパンツにしといてよかった、直に太ももへ温かさを感じて震える。
ズルズルと隅から新たな丸椅子を持ってきた未紅ちゃんが、机から救急箱を取った。
「ちょっと滲みるかも…ごめんね……?」
「全然っ!どんとやっちゃってください!」
ど、どうしよう緊張する!
綺麗な手が足触ってくれてんだけど!?
俺今まで体育だったし絶対汗かいてる…うぁぁ申し訳ねぇ……
てか未紅ちゃんの顔すぐそこだ、つむじが見える、わぁどうしよめっちゃ近いこんなの初めて、なんかいい匂いするし
匂いーー
(あれ? この 香り)
……そういえば俺、未紅ちゃんと2人きりで話すの 初めてだ。
今まで一や十ちゃんがいて、いつも4人で行動してた。
おかしいな、知り合ってからもう大分経つのに双子抜きでこうして話すのって初めてで、なんだかすごく すごく 不思議な気が してーー
「ねぇ、紅弥くん」
「っ、なに?」
また変な感覚になりかけた俺へ、未紅ちゃんが呼びかける。
「紅弥くんって〝運命の人〟だよね」
「あ、そうなんだっ、うん」
「〝運命の人〟ってどんな気持ちなのかな」
「え?」
目の前で器用にピンセットを操り、ガーゼで血を拭き取っていく手。
「自分から立候補する人もいるけど大抵は親が勝手に申し込んで、決まって。そしてこの学園に入れられて生涯共にする人を探す……なんだか当事者たちを無視してすごく大人の意見で作られてるなぁと思って。
歳とってみれば結果的にいいのかもしれないけど、でも〝青春〟っていう本物の恋を知るまでにする恋は何ひとつできない。遊びが許されないなんて、私たち子どもには酷だよねって」
「なんだか可哀想だよ」と話す未紅ちゃん。
「ーーけど、」
「…?」
「だからこそ今結ばれてる人たちは、綺麗でかっこよく見えるんだろうね。本気で探して本気で求めて、それを返してくれる人と一緒になれて。きっと遊びなんかする必要はない、ただ〝満足〟なんだろうなぁって。
……私も、そうなれたらいいな」
「………ぇ? 未紅ちゃん? それっt」
「ねぇ 紅弥くん」
「っ、」
貼ってくれた湿布の上。
ぎゅうっと強く握ってくる 両の掌。
「私ね、好きな人がいるの。
もうずっと、初めて会ったときから好きで、一目惚れで。これが私の運命なのかなと思って。でも…一歩踏み出す勇気がなくて……
けど、今日紅弥くんと話せて私 変われそう」
「へ? な、なんで俺…」
「紅弥くん〝だから〟だよ。
紅弥くんだから、私は一歩踏み出せる。進んでいけるの」
キラキラ輝く目の前の顔。
頬が赤くて、瞳が潤んでて、いつもの内気な姿からは想像もつかないほど 高揚してて。
「だから紅弥くんも、一歩踏み出してみて」
「……え?」
「きっと、紅弥くんの〝運命〟が待っているから」
にっこり笑う彼女。思わず、ヒヤリとして立ち上がった。
座ってた丸椅子はただの冷たい椅子になってて、彼女の温もりを何処にも感じない。
待て待てなに怖がってんだ? なんでこんなに背筋が凍る?
相手はあの未紅ちゃんだぞ? どうしたんだ俺。
(で も、)
頭の中で、大丈夫だと予防線を張ってた〝なにか〟が崩れ落ちる。
なんだ? なにが崩れ落ちた?一体〝これ〟は、
〝これ〟はーー
(俺、なんで〝運命の人〟に 選ばれたんだっけ)
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