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7話 エピローグ
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「は? 付き合うことになった?」
目の前で店長が持っていた雑誌を足元に落として、そのまま固まる。早い方がいいと思って、休みを挟んで次の日の朝店長に話をしたが、まずかったか。
「ちょ、ちょっと待って! 何でも言ってとは言ったけど、付き合うってどういうこと?」
「……恋愛禁止は百も承知です。辞めろと言われたら困るんですけど……」
「その時は俺が辞めるので、それでいいですよね」
シゲが真っ直ぐに店長を見据えて言う。面食らったのか驚いたような表情の後、聞こえるほど大きく溜め息を吐いた。
「いや、うん……いいや。公私混同せず仕事ちゃんとやってくれるなら、別に」
半分諦めのような仕方なくのような言い方ではあったが、辞めろと言われなくて良かった。遠くで聞き耳を立てていた雪菜が胸を撫で下ろしほっとした顔をしている。
「じゃ、今日も一日頑張りますか」
店長が苦笑いを浮かべながら言うのに、「はい」と返事をして朝イチの客の準備を始めた。
一日の仕事が目まぐるしく終わり、店を閉めて適当に牛丼を掻き込んだ後行きつけの店に向かう。いつものメンバーに報告をすると、あまりの展開の早さに開いた口が塞がらないという感じだった。
「なんで急にそんなことになるわけぇ? シゲくんそんなガツガツしたタイプに見えなかったのにー!」
応援するつもりで店に来たんじゃなかったのかというレベルでカウンターテーブルをばんばん叩きながら悔しがるゆうは、ママから差し出されたウォッカを一気飲みする。
「あー……俺が焚き付けたからかねえ」
「……そういえば、店で二人で話してたっけ。何言ったんだよ?」
カズが急に真剣な顔になって俺の顎を指で上向かせると、
「うかうかしてたら、俺が横からかっ拐うからな」
と渾身のキメ顔をした後、耐えられなくなって噴き出す。「マジ煽り耐性低過ぎでしょー!」と腹を抱えて笑うカズは、本当に残念なイケメンだなと改めて思う。
「でもどうやって店調べたのかしら? 地元でも知ってる人いないんじゃないの?」
ママの疑問は最もで、俺もあの後家に帰って不思議に思ったから、翌日休みで暇だったのもありシゲに会って聞いてみたのだ。
「洋子から聞いたんだって」
ビールを飲みながらその時のことを思い出し、笑みが溢れた。
「洋子ちゃんから聞いた。まあ、彼女の連絡先手に入れるのも大変だったけどな」
公園の砂場で一人黙々と遊んでいる桜子ちゃんをベンチに座って見つめる。
「だったら洋子から俺の連絡先聞いて普通に会えば良かったんじゃないの? 別に美容師になる必要ないし」
「どのみち手に職つけないとまともに稼げなかったからいいんだよ。それに慧が器用だから美容師なればって言ったんじゃねえか」
それは確かにそうなのだが、そんなまどろっこしいことをしなくても、と思わずにはいられなかった。
「……俺ってそういうところ卑怯なんだよ」
突然の感情の乗っていない平坦な声色に驚いて顔を覗き込む。
「外堀埋めて完全に逃げ場無くしてからどんな手使っても手にいれてやるって思ってたし。ちょっと計画狂ったけど」
俺の目を見て「怖いだろ」と笑う。が、口は笑みを浮かべているのに、目が全く笑っていない。身震いする俺を見てシゲはいつものように「ははっ」と子供っぽく笑った。
「まあ、観念しろよ。俺に愛されたのが運の尽きだ」
このタイミングで「愛」だとか言い出すところが、本当に卑怯だと思う。ふと見ると桜子ちゃんが三つ目の山に見事トンネルを開通させていた。飽きないのだろうか。
「……シゲちゃんも覚悟した方がいいよ。俺以外の奴抱けないようにしてやるから」
隣でシゲがふっと息を吐くように「そりゃ楽しみだな」と笑った。
早々に話が詰まらないという理由で店から締め出されて帰宅する。部屋の電気を点けて、ふと白いうさぎのあみぐるみが視界に入った。今度桜子ちゃんに会う時に渡さないとな、と忘れないように玄関の目につく場所に置く。
シャワーを浴びて髪を乾かし、寝ようと電気を消す。スマホを見るとアプリの通知が来ていた。ベッドに横になりながら、アプリを開くとメッセージが届いていて「森繁茂雄」という漢字四文字に心が踊る。
「来週の休みに養父母の家に桜子が泊まることになったから、よろしく」と絵文字もないあっさりした文章。――いや、待て。その「よろしく」ってどういう意味だ? まさか、それは、まさか――
顔を枕に押し付けて、良からぬ妄想を大爆発させ始めた脳内を沈めようとする。
片想いを七年。拗れて捻くれて、挙句ぐちゃぐちゃに絡まった恋心は、唐突にやってきた想い人に簡単に解かれてしまった。あの時からずっと春を待っていた蕾が、今ようやく花開いたのだ。きっと、美しい花ではないだろうけれど。それでも、いつか美しい赤い実をつける日が来ることを願う。
落ち着いた俺はようやく「了解」とだけメッセージを送った。何が了解なんだか分からないが。まあ何にせよ全部、「了解」なのだ。
目の前で店長が持っていた雑誌を足元に落として、そのまま固まる。早い方がいいと思って、休みを挟んで次の日の朝店長に話をしたが、まずかったか。
「ちょ、ちょっと待って! 何でも言ってとは言ったけど、付き合うってどういうこと?」
「……恋愛禁止は百も承知です。辞めろと言われたら困るんですけど……」
「その時は俺が辞めるので、それでいいですよね」
シゲが真っ直ぐに店長を見据えて言う。面食らったのか驚いたような表情の後、聞こえるほど大きく溜め息を吐いた。
「いや、うん……いいや。公私混同せず仕事ちゃんとやってくれるなら、別に」
半分諦めのような仕方なくのような言い方ではあったが、辞めろと言われなくて良かった。遠くで聞き耳を立てていた雪菜が胸を撫で下ろしほっとした顔をしている。
「じゃ、今日も一日頑張りますか」
店長が苦笑いを浮かべながら言うのに、「はい」と返事をして朝イチの客の準備を始めた。
一日の仕事が目まぐるしく終わり、店を閉めて適当に牛丼を掻き込んだ後行きつけの店に向かう。いつものメンバーに報告をすると、あまりの展開の早さに開いた口が塞がらないという感じだった。
「なんで急にそんなことになるわけぇ? シゲくんそんなガツガツしたタイプに見えなかったのにー!」
応援するつもりで店に来たんじゃなかったのかというレベルでカウンターテーブルをばんばん叩きながら悔しがるゆうは、ママから差し出されたウォッカを一気飲みする。
「あー……俺が焚き付けたからかねえ」
「……そういえば、店で二人で話してたっけ。何言ったんだよ?」
カズが急に真剣な顔になって俺の顎を指で上向かせると、
「うかうかしてたら、俺が横からかっ拐うからな」
と渾身のキメ顔をした後、耐えられなくなって噴き出す。「マジ煽り耐性低過ぎでしょー!」と腹を抱えて笑うカズは、本当に残念なイケメンだなと改めて思う。
「でもどうやって店調べたのかしら? 地元でも知ってる人いないんじゃないの?」
ママの疑問は最もで、俺もあの後家に帰って不思議に思ったから、翌日休みで暇だったのもありシゲに会って聞いてみたのだ。
「洋子から聞いたんだって」
ビールを飲みながらその時のことを思い出し、笑みが溢れた。
「洋子ちゃんから聞いた。まあ、彼女の連絡先手に入れるのも大変だったけどな」
公園の砂場で一人黙々と遊んでいる桜子ちゃんをベンチに座って見つめる。
「だったら洋子から俺の連絡先聞いて普通に会えば良かったんじゃないの? 別に美容師になる必要ないし」
「どのみち手に職つけないとまともに稼げなかったからいいんだよ。それに慧が器用だから美容師なればって言ったんじゃねえか」
それは確かにそうなのだが、そんなまどろっこしいことをしなくても、と思わずにはいられなかった。
「……俺ってそういうところ卑怯なんだよ」
突然の感情の乗っていない平坦な声色に驚いて顔を覗き込む。
「外堀埋めて完全に逃げ場無くしてからどんな手使っても手にいれてやるって思ってたし。ちょっと計画狂ったけど」
俺の目を見て「怖いだろ」と笑う。が、口は笑みを浮かべているのに、目が全く笑っていない。身震いする俺を見てシゲはいつものように「ははっ」と子供っぽく笑った。
「まあ、観念しろよ。俺に愛されたのが運の尽きだ」
このタイミングで「愛」だとか言い出すところが、本当に卑怯だと思う。ふと見ると桜子ちゃんが三つ目の山に見事トンネルを開通させていた。飽きないのだろうか。
「……シゲちゃんも覚悟した方がいいよ。俺以外の奴抱けないようにしてやるから」
隣でシゲがふっと息を吐くように「そりゃ楽しみだな」と笑った。
早々に話が詰まらないという理由で店から締め出されて帰宅する。部屋の電気を点けて、ふと白いうさぎのあみぐるみが視界に入った。今度桜子ちゃんに会う時に渡さないとな、と忘れないように玄関の目につく場所に置く。
シャワーを浴びて髪を乾かし、寝ようと電気を消す。スマホを見るとアプリの通知が来ていた。ベッドに横になりながら、アプリを開くとメッセージが届いていて「森繁茂雄」という漢字四文字に心が踊る。
「来週の休みに養父母の家に桜子が泊まることになったから、よろしく」と絵文字もないあっさりした文章。――いや、待て。その「よろしく」ってどういう意味だ? まさか、それは、まさか――
顔を枕に押し付けて、良からぬ妄想を大爆発させ始めた脳内を沈めようとする。
片想いを七年。拗れて捻くれて、挙句ぐちゃぐちゃに絡まった恋心は、唐突にやってきた想い人に簡単に解かれてしまった。あの時からずっと春を待っていた蕾が、今ようやく花開いたのだ。きっと、美しい花ではないだろうけれど。それでも、いつか美しい赤い実をつける日が来ることを願う。
落ち着いた俺はようやく「了解」とだけメッセージを送った。何が了解なんだか分からないが。まあ何にせよ全部、「了解」なのだ。
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