四神の国の麒麟妃

藤間留彦

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第七話 真実

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 意識が浮上してくると、身体に違和感を覚えた。誰かに、触れられている――?

 頭が痛く瞼は重いが、下半身に、何かされているという不快感とその動きと同時に聴こえる水音に目を開ける。

「まだか、早くしろ」

 頭を擡げて声のした足元の方を見ると、赤麗が苛立ちを露わにして立っていた。俺は一糸纏わぬ姿でベッドに身体を横たえていた。それだけでなく、両脚を開かされた屈辱的な格好を取らされていたのだ。そして、股の辺りで召使いの男が、何やら熱心に手を動かしていた。

 そうして不快感の正体を俺は一瞬で理解した。その男の指先が、俺の尻の孔を弄っていたからだ。

「何、して……」

 身体が痺れて、上手く話せない。脚を閉じようと抵抗しても、男に軽く押さえられた程度で簡単に動きを制されてしまった。潤滑油か何かを使ったのだろう。指を抜き挿しすると、ぐちゅぐちゅと卑猥な音がした。男は更に第二関節くらいまで指を挿れて中を掻き回したり、壁を押して拡げようとする動きを繰り返した。

「おや、もう起きてしまったのか。薬が少なかったかな」

 赤麗が口元を歪めて笑う。正に悪辣な権力者のそれで、初めて会った時の柔和な表情とは真逆の顔をしていた。

「それとも、彼の愛撫が悦過ぎたかい? 花街で少年の水揚げの前準備をしている男だからね。巧いものだ。処女でも彼の指技に潮を噴いた淫売もいるらしいが、君もその手合いかな」

「ふざけ、やがっ……て……! ぶっ、殺す……!」

 屈辱的なことを言われても、舌がうまく回らない。ぶん殴りたくても、手足をまともに動かすことすら敵わない。悔しくて堪らない。

「起きてしまったし、もういいだろう。多少傷を付けても、事が済んでしまえば檻に入れてしまうのだし」

「……ッ……」

 ――気持ち悪い。男の指が引き抜かれ、残ったのは違和感と不快感だけだった。他人に身体を無理矢理開かれて、触られて、それ以上の感情があるはずがない。

 赤麗が男を退室させ、部屋には俺と赤麗だけになった。逃げるには今しかない。しかし身体に力が入らない以上、僅かな抵抗を試みるくらいで何もできない。

「何、する……気だ……」

「この状況で何をするかだと? お前は処女であるばかりでなく童貞でもあるのか!」

 腹を抱えて笑う赤麗を睨め付け、思わず拳を握り締めた。

「まあその醜さでは売女くらいしか股を開いてはくれまい。僕も帝に成るためでなければ願い下げだ」

 心底嫌そうに眉をひそめ、肩をすくめる。

「……帝に……成る、ため……?」

「おや、黒威は言わなかったか? 四神に選ばれた者が帝と成るためには、麒麟の処女を得なければならない、と。性行為を行うことで二人の縁が繋がるのだ」

 理解し難い内容だった。四神は処女の麒麟と性交することによって帝となる――。

 ただ、分かったのは、赤麗はそれを正に今、始めようとしているということ。俺の同意も無しに。

「しかし麒麟がこう醜いとやる気が起きない。先帝が大蛇の醜女となさった時の苦労が身に染みる」

 面倒だと言わんばかりに赤麗は溜め息を吐き、嫌悪感を顔に滲ませて、着ていた服を脱ぎ捨てた。目を奪われたのは、雪のように白い肌と彫刻のように適度に筋肉のついた美しい肉体、では無かった。その身体の中心で主張する、彼の猛る茎だ。

「薬で何とか奮い勃たせたが、早く済ませなければいつ萎えてしまうか分からないな」

 顔に似合わず立派なものをお持ちだこと。思わず顔が引き攣る。近付いてくる赤麗に、ベッドの上部に逃げたいと身体が勝手に動いた。その時、僅かに身体の自由が戻っていることに気付いた。拳を握り締める。

「後背位か背面側位なら、お前の顔を見ずに済むが……」

 邪悪な笑みを浮かべて、俺の顔の横に手をつき、覆い被さった。嫌悪感のあまり全身が粟立つ。

「正常位の方が、お前が腰を振って悦ぶ様が見えていい」

 黒威にキスされた時。舌で口内を舐められた時。肌蹴た胸に触れられ、突起を愛撫された時。こんな風に、気持ち悪かっただろうか。

 それに、黒威は無理に犯そうとはしなかった。俺が嫌がったのを見て、やめてくれた。帝に成るために必要な行為なのだから、赤麗のように俺の意思を無視して犯したって良かったのに。それを、彼はしなかった。

 黒威に、逢いたいと思う。逢って話がしたい。好きなものや嫌いなもの、興味のあるもの、この世界と俺の世界のこと。もっと、ちゃんと、互いのことを話して、そこから始めていくのだ。いつだって人と人は、そうやって始まるものだから。

 赤麗の手が俺の肢に触れた瞬間。俺は握り込んだ拳を思いっきり、赤麗の顔面に叩き付けた。

「気持ち悪ぃんだよ糞野郎ッ……!」

 恐らく果物に盛られていたのだろう毒が、珪貝が忠告してくれた御陰で早く効果が切れたのだ。まだ痺れはあるが、赤麗を吹っ飛ばして床に転がせられたから、充分だろう。

「……ああ、本当に嫌になる。お前が麒麟である以上殺すことが出来ないのだから」

 口の中が切れたのか、血の混じった唾を吐いてよろめきながら立ち上がる。と、その瞬間、全身が硬直し、身動ぎひとつできないほどの恐怖を覚えた。

 赤麗の身体を真っ赤な炎が包み込み――いや寧ろ彼の内側から溢れ出ているのだ――、それはやがて真紅の翼となって赤麗の背中に浮かび上がった。

「いや……殺さなければいいのか」

 殺気立った鋭い眼光を俺に向け、一歩前に踏み出した、と思った時には俺の目の前に赤麗の怒りに満ちた顔があった。

 赤麗が俺の右手首を掴んだ瞬間、肌を焼かれるような激しい痛みが襲った。

「ッあ、ぁ……!」

「俺を殴ったこの腕も、足も耳も、目も口も鼻も! 全て燃やしてやるッ! そして死ぬこともできずに永遠に僕を生かすためのただの肉塊にしてやる……!」

 もう、終わりなのだと思った。俺の魂はここで死んで、永遠とこの世の地獄を彷徨うのだろう。

 願うとすれば、もう一度黒威に逢って、勝手に出て行ったことを謝りたい。そして、一発ぶん殴って、俺にしたことのツケを帳消しにする。それを、ただ想った。

 諦めて目を閉じると同時に、部屋の窓ガラスが割れる音がして目を見開いた。水漏れしたにしては大仰な、水が、窓から流れ込んでいた。

「なに――」

 水は大きな流れを作り、赤麗の身体を呑み込んで、そのまま壁に叩き付けた。まるで、何者かの手が掴んでいるように、赤麗の身体は水の力に圧されて宙に浮いている。

 そして潮が引いていくように水がゆっくりと消えていき、段々と人の形になった。黒い髪と、黒い肌と、黒い服の男に。

「黒威……!」

 その姿を見た時の喜びと言ったらなく、思わず飛び付きたくなるほどだったが、身体を起こした瞬間、よろめいてしまい、それは叶わなかった。

「ぐっ……黒威、貴様……ッ!」

 黒威は赤麗の首を掴んで持ち上げ、壁に押さえつけていた。微かに見える表情は、獲物を絞めながら最後の牙を立てる時の蛇のように冷たく獰猛だった。

「……青羅あおら。黄太を、頼む」

 ――青羅。青龍の、東の王の名だ。

 いつの間に居たのか、恐らく大量の水の流れと共に黒威とやってきたのだろう。雄々しい立派な体躯の坊主頭の男が俺のすぐ傍に立っていた。

 青色の着物に似た衣装に袈裟のような文様の描かれた布を斜め掛けにした格好だが、白を通り越して青白くさえある肌は見えるところ全てに――頭や顔にさえも――、龍の鱗のような刺青があった。

「良いのか。私がそなたの居ぬ間に何をするか知れぬぞ」

「ああ。もしそうなったら、お前を殺すまでだ」

 青羅は「冗談だ」と笑うと、俺の方に向き直った。

「少しばかりそなたに失礼をするかもしれぬが、お許し下され」

 そう言うと、突然俺を抱き上げ、割れた窓の方に走り寄り、窓枠に足を掛けた。下を見ると、三階以上の高さがあり、どう考えてもこのまま飛び降りたら無事では済まない。

「まさか……ここから飛ぶとか言わないよな……?」

「またしばしの別れ。黒威に言うことはありませぬか」

 俺の問いには答えなかったが、きっと最悪なことがこの後起こるのだろう。そうでなければ、「別れ」などとは言わない。

「……何も言わねえで、勝手に出てって……悪かった」

 青羅に抱えられているから、黒威の姿も何も見えないが、きっと聞こえているだろう。

「で、次逢ったら……一発殴らせろよ。絶対だからな」

「……ああ。すぐに追いつく」

 胸がきゅっと締め付けられる。表情は見えなくても、その声の柔らかい音に、彼の想いの全てが詰まっていたから。

「では、参るぞ」

 窓の外に、俺を抱えたまま飛び出した。しかし、その身体は地面に着くどころか空に浮き、そして俺を抱えていた男の姿は、みるみるうちに青色の龍に変化した。

 仰天する俺を大きな右手に納めて、青龍は青空の中に飛び立っていった。俺はまた、何処へか分からぬ地へ、赴くのだろうか。

 ただ、その不安よりも、残してきた黒威のことが頭から離れなかった。
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