美しい怪物

藤間留彦

文字の大きさ
上 下
5 / 43

第2話 運命の出逢い②

しおりを挟む
 晩餐会など欠席にしていれば良かった、と心底思う。隣り合った貴族同士親睦を深めるのは大切だし、父の代からのことだから今更欠席にするわけにもいかないが、ヴェールマン卿の孫の誕生日などそもそも祝う意味があるのか。孫だけでも十二人もいるのに、だ。毎月誰かの誕生日を祝っているし、月に一回で済まないこともある。

 ヴェールマン卿は息子が三人居て、実際の仕事は子供達に任せて隠居状態、暇を持て余しているのだろうが、巻き込まれる方はいい迷惑だ。
 せめて列席者から有益な情報が得られれば意味もあるのだが、十年近く不倫なんかの色恋に関する噂話や互いの服装の褒め合い、過去の戦争の武勇伝しか聞いたことがない。つまり時間の無駄だ。

「旦那様、出立の準備ができました」
「ありがとう」

 青の燕尾服に袖を通し、玄関に停められている馬車に乗り込む。二人の御者が手綱を握るとゆっくりと走り出した。前後を馬に乗った騎士達に警護されている。
 城を出る時に持たせてくれたチーズとハムをパンに載せた軽食を途中で取りながら、日が暮れる前にヴェールマン伯爵の領内に入った。

 城下の石畳の道を眺めながら、僕はふた月前に孫娘の誕生日を祝う晩餐会に来た時に見かけた浮浪者の少年が戻ってきていないことに気づいた。

 街の建物や人の顔を覚えるのは昔から得意だった。城下町に住む人なら無論全員覚えているし、一度訪れた場所やそこで見かけた人のことは忘れない。月に一回の頻度で訪れるヴェールマン卿の城に向かう間に見掛けるものも勿論例外ではなかった。

 彼はふた月前、僕が城へ行き帰ってくる間も変わらずに教会の側に座っていた。薄汚れたローブで頭を隠すように覆い、膝を抱えて座っていた。顔を隠すのはコンプレックスの表れかと思ったが、ちらりと覗いた容姿は汚れていても整った顔であるように見えた。

 しかしひと月前だ。ヴェールマン卿の城に向かう時、また変わらずそこに座っていたのだが、帰りには居なくなっていた。教会の施しを受けていたのかと思ったが、今日も居なかった。
 人買いに捕まって売られたか。もしくは殺されたか。どちらにしても治安が良くない事柄だが、浮浪者のことまで目を配っているような領主は居まい。

 少なくとも僕の領内で同じことがあっても、僕は知らない振りをするだろう。人攫いが一般市民に手を伸ばしたなら捕まえて罰するが、納税もしていない、どこから流れてきたかさえ分からない人間であるなら、関わって面倒事を増やすだけ無駄だ。

 つまり、少年を気にかけた訳じゃない。そこにあった「モノ」が「無い」のはどうしてだろうと思案するだけの暇つぶしだ。

 人や場所を覚えるのも、死ぬまでの長い長い暇つぶしの一つでしかない。毎日のお祈りも食事も仕事も。何もかもが、くだらない「人生」というごっこ遊びでしかない。
 退屈でくだらない消化試合をあとどれくらい続けたらいいのか、早く終わらせてくれと祈るばかりだ。

 少年と壊れていたパン屋の看板が付け替えられていたくらいの変化しか見つけられずに、僕は伯爵の城に辿り着いた。
しおりを挟む

処理中です...