アネモネの花

藤間留彦

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観月脩編

第一話 プロローグ

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 ――何か、自分にだけ許されたものが欲しかった。

 商店街にある大きいとは言えない花屋を営む両親のもとで、男三人、女二人の五人の兄弟の長男として育った。人より少し器用で頭が良いことくらいが取り柄の、平凡な子供。

 両親は俺に兄弟を任せて仕事を切り盛りしていたし、兄弟は俺を頼った。それを嫌だと思ったことは無いし、家族はとても好きだ。何よりも大事に思っている。

 しかし自然と「兄」という役割を担って来たけれど、与えられた責任に足る許されたものは何も与えてもらえなかったように思う。
 兄弟の誰よりも甘えを許されない。兄弟の手本になり、両親にとって手の掛からない子供でいなければならない。

 物心がつく頃には、俺は両親を助け兄弟を守るために生まれたのだと、そういう意識をもって行動していた。

 だから、俺が大学に上がる頃、下の妹が高校入学で金銭的に厳しいタイミングが来た時も、俺は予想していたことだから成績を上げて、優秀な論文を書いて返済不要の奨学金制度に応募し合格。
 更に国立大に進んで少しでも負担を掛けないようにと努力した。俺よりも成績優秀な妹は公立の進学校に入学し、彼女も同じ様に家計に考慮したようだった。

 大学入学と同時に寮生活になった俺は、初めて家族と離れて暮らした。
 毎日そこらで誰かが怒っているか泣いているか笑っているかしている日々が少し恋しかったけれど、「兄」という役割から解き放たれて、俺は初めて自由を手に入れた気分になっていた。
 この大都会では、俺のような同性愛者も受け入れてくれる街があることを知っていたから、余計に浮かれていたのだと思う。髪も少し伸ばして、同年代の遊んでる子達の服装を真似た。

 中学の頃、友人の一人に恋心を抱いた時、自分の存在は異質なのだと思った。
 皆、当然のようにクラスの美人や巨乳のグラビアアイドルをネタにマスを掻いたと話し、女子に告白して付き合っただの振られただの、セックスしただので盛り上がっていた。

 俺は、その他のどの話にも適当に話を合わせられたが、その話題だけは、嘘を吐くことの痛みを伴って苦しかったのを覚えている。

 高校の頃だったか、苦しみに耐えかねた俺は両親に打ち明けた。両親は驚いてはいたがあっさりしたもので、「彼氏ができたら紹介してくれよ」と父は微笑んだ。
 子供の中で唯一血の繋がらない子供だというのに、そんな違いを感じさせないほど優しい父に、俺は救われていた。

 大学の授業を終えた後は、居酒屋で閉店まで働いた。奨学金だけでは足りない寮費や生活費を稼ぐためだが、賄いが出るので一食浮くのが一番の決め手だった。二番目はバイト先が歓楽街に近かったことだけれど。交通費が浮くので、遊びにもバーで飲む一杯の酒代しかお金が掛からなかった。

 そう、俺は極度に疲れていない限りは、バイトの後夜の街に出掛けたのだ。毎夜違う男とベッドを共にし、今まで抑圧されてきたせいと言うには羽根を伸ばし過ぎだというくらい快楽を貪るような生活。勿論貧乏学生なのでホテル代を持ってくれる相手でないといけなかったから、誰も捕まらない日もあったけれど。

 ゲイ界隈の人気としては、遺伝子上の父親がカナダ人で、少し一般的な日本人とは雰囲気が違うという点があるにせよ――人生でハーフだと言われたことがないくらいには日本人顔だが――、多少の筋肉はあるけど痩せ型で背も一七〇ちょっとの俺は、あまり需要は高くなかったと思う。
 しかしタチの需要自体は高いので、若い男なら誰でもいいというオジサンなら多少相手を選ぶ余裕くらいはあった。

 自分個人としてはバリタチというよりはタチ寄りのリバだったが、ネコに回る機会は数えるほどしかなかったので、界隈では俺のことをタチとして見ていたと思う。

 しかしこの爛れた生活が一年ほど経った頃、俺はこの日々が虚しいものであると気付き始めた。大学とバイト、そして夜の生活。歓楽街では派手に遊んでいるように見えて、後腐れも無く問題も起こしていない堅実な相手を選んでいたし、表ではとても地味で真面目な大学生であり続けていた。

 この繰り返す日々が、つまらないものだと思いたくなくて、目を背け日々を過ごしていた。それが、一瞬で変わるような出来事が起こったのは、二年の晩夏の頃だった。
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