40 / 75
陽川花火編
第一話 始まり⑤
しおりを挟む
歩き出す彼の後ろを、少し遅れて歩く。ただ方向が同じだという風に周りに見えたらいい。
「俺は他人にどう思われようが構わねえよ」
僕の心読んだかのような台詞に、思わず目を見張る。
「俺は俺の好きにするって決めてんだ」
「……君は気楽でいいね」
新学期が始まる前に停学を言い渡されて、一週間姿を見なかった不良だ。真面目に考えようとした自分が馬鹿馬鹿しくなる。
どうやら停学の理由は初日の登校で他校の生徒が待ち伏せており、喧嘩したことが原因だという。気にはしなかったが、周りのいくつかの会話が勝手に入ってきて、そういうことらしいと分かった。
そして、彼が学内で最も恐れられていることも。親がヤクザだと言っている者もいた。こうやって話していても、その恐ろしさが全く伝わって来ないので、噂は噂でしかないのかとも思うが。
「学校だってつまんねえけど、つまんねえ中でも好きなようにしねえともっとつまんねえだろ」
「……つまり陽川花火にとって僕は暇潰し?」
「フルネームで呼ぶなよ」と一笑したが、特に否定もしないところを見ると、遠からずといったところか。
「花火でいいぜ。俺は一温って呼ぶし」
馴れ馴れしいなと思うけれど、フルネームで呼ぶのも変だ。陽川と呼ぶのもいいが――。
「一温、友達居たこと無いだろ」
いつの間にか僕の隣を歩いていた彼の顔を見る。なかなか失礼な物言いだ。
「俺もねぇけどさ」
不良は大体そういう仲間と徒党を組んでいるイメージがあったが、彼はそういうタイプではないのか。寧ろ、不良達からも煙たがられているのかもしれない。
「君は、独りが嫌だから独りの僕に近づいた……?」
「そんなわけあるか。性格悪いな、お前」
そう言って、笑って僕の脇腹を肘で小突く。こういうコミュニケーションの取り方はしたことがないので、反応に困る。
「あと、君、君ってずっと言われてると変な感じするから、花火って呼べよ普通に」
他人を呼び捨てで呼んだことなど一度も無いので、正直呼び難い。しかし、彼を君付けで呼ぶのは、もっと気持ちが悪い気がする。
「……花火、の家は、どの辺り?」
慣れない言い方に、言葉がスムーズに出て来なかったが、花火は満足そうに笑って進行方向とは逆を向いて「あっち」と言い放った。騙された。
「……方向が同じだって、言ってたじゃないか」
「ははっ、別にいいじゃん。俺が遠回りするだけだし」
それはそうなのだが、下校を共にするのには、あまりに不自然だ。
「それに、いつも同じ道で帰ると他校の奴とか喧嘩吹っ掛けてきて面倒なんだよ。喧嘩してぇわけじゃねえし、あんまし停学食らうと卒業出来なかったら困るしな」
この辺りが地元なら、家を知られていても可笑しくない。前回の停学も待ち伏せられていたらしいから、毎日登下校時にその可能性があるのだ。
「喧嘩、好きでやってるんじゃないの?」
「は? 誰が好きで人を殴るんだっつの。あくまで向こうが殴り掛かってくるから仕方なくに決まってんだろ」
同年代の力自慢達が花火に挑みかかってくるのだろうか。本人の意思とは関係なく。そう思うと、喧嘩が強いというのも厄介だ。
「負けたら、もう誰も来ないんじゃない?」
「馬鹿だな。それはそれでつまんねえ虐めすんだよ、あいつらは。サンドバックになるぐれぇなら、サンドバックにしてやるっつーの」
確かに顧みると、抵抗しないからと言って、彼らが僕に対する暴力行為を辞める様子は無かった。ただ鬱憤を晴らすことができればそれでいいのだ。花火は独りだが、徒党を組んでいても彼には敵わないので、尻尾を巻いて逃げていく。
しかしわざわざ他校の生徒が挑んでくるということは、同校内ではもう相手になる者は居ないということなのだろうか。
そうこうしているうちにマンションの前に辿り着いた。結局彼を拒絶することも出来ずに。
「じゃあな。明日から昼飯作ってくるから楽しみにしとけよ」
来た道を戻っていく彼の背を見送る。
「花火……!」
どうして声を掛けたのか分からなかった。昨日、彼を呼び止めてしまったように。
「林檎の、変わった形のを、入れておいて」
「ああ、了解!」
そう言って振り返って手を挙げて去っていく。胸が、きゅっと締め付けられるようで、僕はマンションに逃げ込むように入った。
――どうして。
深呼吸をして、何も考えないようにして、エレベーターに乗り込む。何もかも気のせいだと、心の中で平静を取り戻そうと必死になる。
部屋の中に入ってからは、いつも通りのルーティンに則って動くうちにさざめく感情の波も凪いでいった。食事、シャワー、勉強。そして就寝する前に携帯電話を開く。メールも電話も来ていない。
ふと、あの不思議な林檎のことを何と言うのか、「林檎 切り方」で検索を掛けてみる。
「……うさぎ」
返ってきた予想外の単語に、不意に声が出てしまった。彼の性格や風貌からして、不釣り合いだったから。
目を閉じる。いつも自分を纏っている倦怠感も無い。夢の世界に誘われるように、緩やかに眠りに落ちていった。
「俺は他人にどう思われようが構わねえよ」
僕の心読んだかのような台詞に、思わず目を見張る。
「俺は俺の好きにするって決めてんだ」
「……君は気楽でいいね」
新学期が始まる前に停学を言い渡されて、一週間姿を見なかった不良だ。真面目に考えようとした自分が馬鹿馬鹿しくなる。
どうやら停学の理由は初日の登校で他校の生徒が待ち伏せており、喧嘩したことが原因だという。気にはしなかったが、周りのいくつかの会話が勝手に入ってきて、そういうことらしいと分かった。
そして、彼が学内で最も恐れられていることも。親がヤクザだと言っている者もいた。こうやって話していても、その恐ろしさが全く伝わって来ないので、噂は噂でしかないのかとも思うが。
「学校だってつまんねえけど、つまんねえ中でも好きなようにしねえともっとつまんねえだろ」
「……つまり陽川花火にとって僕は暇潰し?」
「フルネームで呼ぶなよ」と一笑したが、特に否定もしないところを見ると、遠からずといったところか。
「花火でいいぜ。俺は一温って呼ぶし」
馴れ馴れしいなと思うけれど、フルネームで呼ぶのも変だ。陽川と呼ぶのもいいが――。
「一温、友達居たこと無いだろ」
いつの間にか僕の隣を歩いていた彼の顔を見る。なかなか失礼な物言いだ。
「俺もねぇけどさ」
不良は大体そういう仲間と徒党を組んでいるイメージがあったが、彼はそういうタイプではないのか。寧ろ、不良達からも煙たがられているのかもしれない。
「君は、独りが嫌だから独りの僕に近づいた……?」
「そんなわけあるか。性格悪いな、お前」
そう言って、笑って僕の脇腹を肘で小突く。こういうコミュニケーションの取り方はしたことがないので、反応に困る。
「あと、君、君ってずっと言われてると変な感じするから、花火って呼べよ普通に」
他人を呼び捨てで呼んだことなど一度も無いので、正直呼び難い。しかし、彼を君付けで呼ぶのは、もっと気持ちが悪い気がする。
「……花火、の家は、どの辺り?」
慣れない言い方に、言葉がスムーズに出て来なかったが、花火は満足そうに笑って進行方向とは逆を向いて「あっち」と言い放った。騙された。
「……方向が同じだって、言ってたじゃないか」
「ははっ、別にいいじゃん。俺が遠回りするだけだし」
それはそうなのだが、下校を共にするのには、あまりに不自然だ。
「それに、いつも同じ道で帰ると他校の奴とか喧嘩吹っ掛けてきて面倒なんだよ。喧嘩してぇわけじゃねえし、あんまし停学食らうと卒業出来なかったら困るしな」
この辺りが地元なら、家を知られていても可笑しくない。前回の停学も待ち伏せられていたらしいから、毎日登下校時にその可能性があるのだ。
「喧嘩、好きでやってるんじゃないの?」
「は? 誰が好きで人を殴るんだっつの。あくまで向こうが殴り掛かってくるから仕方なくに決まってんだろ」
同年代の力自慢達が花火に挑みかかってくるのだろうか。本人の意思とは関係なく。そう思うと、喧嘩が強いというのも厄介だ。
「負けたら、もう誰も来ないんじゃない?」
「馬鹿だな。それはそれでつまんねえ虐めすんだよ、あいつらは。サンドバックになるぐれぇなら、サンドバックにしてやるっつーの」
確かに顧みると、抵抗しないからと言って、彼らが僕に対する暴力行為を辞める様子は無かった。ただ鬱憤を晴らすことができればそれでいいのだ。花火は独りだが、徒党を組んでいても彼には敵わないので、尻尾を巻いて逃げていく。
しかしわざわざ他校の生徒が挑んでくるということは、同校内ではもう相手になる者は居ないということなのだろうか。
そうこうしているうちにマンションの前に辿り着いた。結局彼を拒絶することも出来ずに。
「じゃあな。明日から昼飯作ってくるから楽しみにしとけよ」
来た道を戻っていく彼の背を見送る。
「花火……!」
どうして声を掛けたのか分からなかった。昨日、彼を呼び止めてしまったように。
「林檎の、変わった形のを、入れておいて」
「ああ、了解!」
そう言って振り返って手を挙げて去っていく。胸が、きゅっと締め付けられるようで、僕はマンションに逃げ込むように入った。
――どうして。
深呼吸をして、何も考えないようにして、エレベーターに乗り込む。何もかも気のせいだと、心の中で平静を取り戻そうと必死になる。
部屋の中に入ってからは、いつも通りのルーティンに則って動くうちにさざめく感情の波も凪いでいった。食事、シャワー、勉強。そして就寝する前に携帯電話を開く。メールも電話も来ていない。
ふと、あの不思議な林檎のことを何と言うのか、「林檎 切り方」で検索を掛けてみる。
「……うさぎ」
返ってきた予想外の単語に、不意に声が出てしまった。彼の性格や風貌からして、不釣り合いだったから。
目を閉じる。いつも自分を纏っている倦怠感も無い。夢の世界に誘われるように、緩やかに眠りに落ちていった。
0
あなたにおすすめの小説
学校一のイケメンとひとつ屋根の下
おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった!
学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……?
キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子
立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。
全年齢
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件
ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。
せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。
クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom ×
(自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。
『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。
(全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390
サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。
同人誌版と同じ表紙に差し替えました。
表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる