アネモネの花

藤間留彦

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陽川花火編

第一話 始まり⑤

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 歩き出す彼の後ろを、少し遅れて歩く。ただ方向が同じだという風に周りに見えたらいい。

「俺は他人にどう思われようが構わねえよ」

 僕の心読んだかのような台詞に、思わず目を見張る。

「俺は俺の好きにするって決めてんだ」
「……君は気楽でいいね」

 新学期が始まる前に停学を言い渡されて、一週間姿を見なかった不良だ。真面目に考えようとした自分が馬鹿馬鹿しくなる。

 どうやら停学の理由は初日の登校で他校の生徒が待ち伏せており、喧嘩したことが原因だという。気にはしなかったが、周りのいくつかの会話が勝手に入ってきて、そういうことらしいと分かった。
 そして、彼が学内で最も恐れられていることも。親がヤクザだと言っている者もいた。こうやって話していても、その恐ろしさが全く伝わって来ないので、噂は噂でしかないのかとも思うが。

「学校だってつまんねえけど、つまんねえ中でも好きなようにしねえともっとつまんねえだろ」
「……つまり陽川花火にとって僕は暇潰し?」

 「フルネームで呼ぶなよ」と一笑したが、特に否定もしないところを見ると、遠からずといったところか。

「花火でいいぜ。俺は一温って呼ぶし」

 馴れ馴れしいなと思うけれど、フルネームで呼ぶのも変だ。陽川と呼ぶのもいいが――。

「一温、友達居たこと無いだろ」

 いつの間にか僕の隣を歩いていた彼の顔を見る。なかなか失礼な物言いだ。

「俺もねぇけどさ」

 不良は大体そういう仲間と徒党を組んでいるイメージがあったが、彼はそういうタイプではないのか。寧ろ、不良達からも煙たがられているのかもしれない。

「君は、独りが嫌だから独りの僕に近づいた……?」
「そんなわけあるか。性格悪いな、お前」

 そう言って、笑って僕の脇腹を肘で小突く。こういうコミュニケーションの取り方はしたことがないので、反応に困る。

「あと、君、君ってずっと言われてると変な感じするから、花火って呼べよ普通に」

 他人を呼び捨てで呼んだことなど一度も無いので、正直呼び難い。しかし、彼を君付けで呼ぶのは、もっと気持ちが悪い気がする。

「……花火、の家は、どの辺り?」

 慣れない言い方に、言葉がスムーズに出て来なかったが、花火は満足そうに笑って進行方向とは逆を向いて「あっち」と言い放った。騙された。

「……方向が同じだって、言ってたじゃないか」
「ははっ、別にいいじゃん。俺が遠回りするだけだし」

 それはそうなのだが、下校を共にするのには、あまりに不自然だ。

「それに、いつも同じ道で帰ると他校の奴とか喧嘩吹っ掛けてきて面倒なんだよ。喧嘩してぇわけじゃねえし、あんまし停学食らうと卒業出来なかったら困るしな」

 この辺りが地元なら、家を知られていても可笑しくない。前回の停学も待ち伏せられていたらしいから、毎日登下校時にその可能性があるのだ。

「喧嘩、好きでやってるんじゃないの?」
「は? 誰が好きで人を殴るんだっつの。あくまで向こうが殴り掛かってくるから仕方なくに決まってんだろ」

 同年代の力自慢達が花火に挑みかかってくるのだろうか。本人の意思とは関係なく。そう思うと、喧嘩が強いというのも厄介だ。

「負けたら、もう誰も来ないんじゃない?」
「馬鹿だな。それはそれでつまんねえ虐めすんだよ、あいつらは。サンドバックになるぐれぇなら、サンドバックにしてやるっつーの」

 確かに顧みると、抵抗しないからと言って、彼らが僕に対する暴力行為を辞める様子は無かった。ただ鬱憤を晴らすことができればそれでいいのだ。花火は独りだが、徒党を組んでいても彼には敵わないので、尻尾を巻いて逃げていく。
 しかしわざわざ他校の生徒が挑んでくるということは、同校内ではもう相手になる者は居ないということなのだろうか。

 そうこうしているうちにマンションの前に辿り着いた。結局彼を拒絶することも出来ずに。

「じゃあな。明日から昼飯作ってくるから楽しみにしとけよ」

 来た道を戻っていく彼の背を見送る。

「花火……!」

 どうして声を掛けたのか分からなかった。昨日、彼を呼び止めてしまったように。

「林檎の、変わった形のを、入れておいて」
「ああ、了解!」

 そう言って振り返って手を挙げて去っていく。胸が、きゅっと締め付けられるようで、僕はマンションに逃げ込むように入った。

 ――どうして。

 深呼吸をして、何も考えないようにして、エレベーターに乗り込む。何もかも気のせいだと、心の中で平静を取り戻そうと必死になる。

 部屋の中に入ってからは、いつも通りのルーティンに則って動くうちにさざめく感情の波も凪いでいった。食事、シャワー、勉強。そして就寝する前に携帯電話を開く。メールも電話も来ていない。

 ふと、あの不思議な林檎のことを何と言うのか、「林檎 切り方」で検索を掛けてみる。

「……うさぎ」

 返ってきた予想外の単語に、不意に声が出てしまった。彼の性格や風貌からして、不釣り合いだったから。
 目を閉じる。いつも自分を纏っている倦怠感も無い。夢の世界に誘われるように、緩やかに眠りに落ちていった。
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