創造主は崩壊寸前の世界の王子に恋をする。

mkxw

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 ――走る。息が切れる。脚が痛い。だが止まれない。

 カイに手を引かれるまま、俺は巨大な樹々の間を縫うように森の奥へと走った。
 耳元では、あの化け物――虚無の番獣の咆哮が響いている。何度も振り返りそうになるが、カイの細い手が俺を強く引いてくれる。

「ここを抜けた先に隠れ家がある。もう少しだけ、頑張って」

 振り返らず、ただ前だけを見る彼の横顔に、不思議と安心感が宿っていた。
 この世界に来たばかりなのに、どうしてこんなにも彼のことが――

 ……いや、考えるのはあとだ。まずは生き延びないと。

 やがて、森の奥にぽっかりと空いた洞窟が現れた。中は薄暗く、地面は苔で覆われていたが、外の怪物の気配は薄い。

 ようやく足を止めた瞬間、俺はその場に崩れ落ちた。
 呼吸が乱れ、肺が焼けるように痛い。手足の震えが止まらない。

「……やば……マジで……死ぬかと思った……」

「大丈夫、ここなら安全。少しの間、休んでて」

 カイは落ち着いた声で言いながら、奥から何かの果実と小さな水瓶を取り出してきた。
 木の実を潰したような甘い香りがふわりと漂い、俺はそのまま手渡された水を喉に流し込んだ。

 生き返る心地がした。

「ありが……助かった、ほんとに。……お前、すごいな」

 そう言うと、カイはほんの少しだけ顔を赤らめた。

「僕は……ずっとこの森で生きてきたから、慣れてるだけだよ」

「それにしたって、冷静すぎるって。俺、異世界転移とか完全にパニックだし、まだ夢なんじゃないかって思ってる」

 笑いながら言ったが、カイは真剣な目で俺を見つめた。

「夢じゃない。ここは本物の“世界”だよ。君の記憶の中にあった、可能性の一つの姿」

「……やっぱり、俺が創った世界ってこと?」

「うん。でも正確には、“君の意識がかつて触れた設定を元に、別の意志が構築した世界”……って言えば、分かるかな」

「いや……全然わかんねぇ」

 思わず笑ったが、その笑いはすぐに霧のように消えた。

「でもさ、なんで俺なんだよ? そんな世界に放り込まれる理由も、戦う意味も、全然わからない」

 そう呟く俺に、カイはそっと近づいて、隣に腰を下ろした。

 彼の距離が近くなるたび、なぜか胸がざわつく。

 空想の中の“彼”とそっくりなカイ。
 だけど、目の前の彼は現実に触れられる温もりを持っている。

「君に、ここに来てほしかったんだ」

 カイの声が、とても小さくて優しかった。

「……え?」

「世界が崩れはじめたとき、僕は何度も夢を見た。名前も知らない誰かが、僕に手を伸ばしてくれる夢を。……でも、その顔を、ちゃんと見たのは、今が初めて」

「まさか……俺のこと……」

「うん、君のことだよ。悠」

 名前を呼ばれた瞬間、胸の奥が一瞬で熱くなった。

 その目はまっすぐで、迷いも嘘もなかった。
 まるで、ずっと前から俺のことを知っていたような眼差し。

 ――でも。

「会って間もないのに、そんなこと言われても……信じられないっていうか、重いっていうか……」

「そうだよね。ごめん、変なこと言って」

 カイは小さく俯いて、目を伏せた。
 その仕草があまりにも儚くて、つい無意識に彼の手に触れてしまった。

 細くて、少し冷たい指先。

 それでも、しっかりとした芯があって――

「……別に嫌じゃないよ。ありがとう。助けてくれて」

 そう言うと、カイは驚いたように目を見開いて、やがてふわりと微笑んだ。

「……よかった」

 その笑顔が、胸を刺すように綺麗だった。

 それからしばらく、俺たちは黙って並んで座っていた。
 どこか懐かしくて、でも新しい、静かな時間だった。

 外ではまだ番獣の気配が残っているらしい。
 だがこの洞窟の中は、まるで別世界のように静かで穏やかだった。

「ねぇ、悠」

「ん?」

「この世界に……君がいてくれて、うれしい」

「……俺も、お前がいて助かったよ」

 ふたりの間に流れる空気が、少しだけ温かくなる。
 それが何の感情なのかは、まだ分からなかったけど。

 きっと、これは物語のはじまりだ。

 俺が創ったかもしれない、だけど、もう俺一人の物語じゃない。
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