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タチバナナオトは夢を見た。
『なんだそりゃ。そんなのは名前じゃねーよ』
『それでもそう呼ばれている』
『だったら俺が新しい名前をつけてやる。そうだな、んー。よし、お前の名前はーーー』
---
入学式当日。日の出前。
はっと目覚めるとそこは普段と変わらない自分の家のなか。約二十畳の広さの家に生活に必要な最低限の家具があるばかりで特段目立つようなものは何もなかった。
しかし、一つだけ普段とは違う異質なものが机の上に置かれていた。
ナオトは机の上に置いてあるその異質物を手に取る。それは約一週間ほど前に家に届いていた一通の手紙だった。
中には自分が王立デュミナイア学園の模擬戦の代表者に選ばれた栄誉ある人間だというような文言が書き記されていた。
一見丁重な褒め言葉でナオトを称賛しているように見えるが、実際はそうではなかった。
この模擬戦は新たな一年生のAクラスの代表者とその他B~Dクラスの中から魔法を扱える代表者を一名選出し戦い合わせる行事だが、この対戦にはAクラスの人間に勝ってはいけないルールが存在する。
それはAクラスというのが王族専用のクラスだからだった。
ナオトはふぅと一息ついた。そして、手紙を元あったテーブルの上に置き戻す。それと同時にテーブルの上に元から置いてあった銀色ペンダントをポケットにいれる。
証拠など何もないが自分がこの模擬戦に選ばれた理由がただの偶然ではなく恣意的に選出されたであろうことをナオトはなんとなく察っしていた。
「八百長か」
ナオトは窓の外を眺めた。外はまだ暗く夜の真っ只中だった。それでももう一度眠る気になれなかった。
---
入学式当日。朝
ナオトが学園へ行くために通学路を歩いていると途中で妙な光景を目にした。そこには一人の女性を複数の男が囲んでいた。
「なぁ、俺たちとちょっとお茶でもしない?」
「いえ、私はこれから学校の入学式があるので」
「いいじゃん。ちょっとだけだよ!」
男たちは女性を取り囲むようにして言い寄っていた。その様はまさにナンパだ。
昔は王族によるナンパの行為が横行していたらしいが今では珍しい光景だった。
「嫌がってるだろ」
ナオトは男たちに声をかけた。すると彼らはナオトに一瞥し仲間たちに目を合わせるとすぐにどこかへ行ってしまった。
(なんだあいつら)
随分と拍子抜けなくらいに何事もなくその場を収められてナオトは少し驚いた。
ただ、その事にそこまで深く考え込むことはせず、とりあえず絡まれていた女性を少し見る。彼女は艶のある栗色の髪を後ろでゆるくまとめ、耳元には小さなピアスが光っている。
彼女の可愛らしい大きな瞳は、まだ少し恐怖心があるのかどこか不安げな様子だった。
「大丈夫か」
「あ、ありがとうございます」
「別にたいしたことはしてないよ。それじゃあな」
ナオトはそれだけ言ってさっさとその場を去った。
---
王立デュミナイア学園
デュミナイア学園に到着したナオトは
自分のクラスである一年B組の教室に向かう。
クラスの場所はよくわからなかったがそこかしこに学園の簡易地図と現在地がわかるような標識が魔法で作り出されていた。
その簡易地図を頼りに教室へ入ると、そこには横に長い机が九つ置いてあり、ひとつの机にはおよそ四~五人が座れそうだった。
しかし、まだあまりBクラスの人は集まっておらず席はほどほどにスカスカだった。
自分が座る座席の指定があるのかはよくわからなかったが、現時点でこのクラス内にいる人達の座り方を見るに好きな所に座っても特段問題はなさそうだったので、ナオトは一番後ろの端の席に腰を下ろした。
少しするとナオトは突然後ろから肩をポンポンと叩かれた。振り返ってみるとそこには一人の女性が立っていた。
その女性は先ほど絡まれていた女性だった。
「さっきはありがとう。デュミナイアの生徒だっていうのは制服でわかってたけど、同じ学年で同じクラスだとは思わなかったからちょっと驚いちゃった」
先ほどの彼女とは打って変わって彼女の言葉遣いや表情はにこやかで可愛らしかった。
「ああ、そうだな」
「その、あなたの名前を聞いてもいい?」
その質問にナオトは少しためらったがどうせすぐにバレることになるのは明白だから「タチバナ・ナオト」と答えた。
すると彼女は少し驚いた様子で「タチバナ」という名字を反復した。
「ああ、そうだよ」
ナオトの名前を初めて聞いたほとんどの人は彼女のように驚く。
気にしても仕方ない。そう思いつつもナオトは少し冷めた目つきで彼女を見た。
その目つきを感じ取った彼女は少したじろいだ後に自己紹介をしてきた。
「あっ、えっと、私はイズミ・ユウナです。その………これからよろしく」
ユウナはつとめて明るく振る舞おうとしたが、ナオトはユウナの自己紹介に何も言わなかった。
それからは終始無言のまま時が流れた。
時計が九時を指すと、ほとんど同じタイミングで先生が教室へ入って来た。
「これから一年間お前達の担任を務めるシラヌイ・アオイだ」
アオイ先生は簡単に自己紹介をしてこの後の入学式の説明を早々に始めた。式場である講堂までの経路やそこで座る場所、そして流れなどをざっくりと説明する。そしてチラッとナオトのほうを向く。
「………とまあ、式の流れはざっとこんなところだ。さて、入学式の中で行われる模擬戦の代表者なんだが、実はうちのクラスから選ばれている。まあ、そんな派手なことはする必要はない。簡単にやり合う程度だ。魔法が使えれば難しくない。せいぜい頑張れよ」
なにを頑張るのか詳細なことは言わなかったがそれは決まっていた。負けることを頑張るのだ。
さすがにバカバカしすぎてナオトは先生の言葉には何も反応しなかった。
「さて、時間もないからな。さっさと会場に行くから準備しろ」
アオイ先生は教室全員を引率して式場の講堂に向かった。
講堂は二階建てで、二階は一階中央にある大きなステージを中心に楕円形で形成されており、ほとんどがその一階中央ステージを見るため椅子で埋め尽くされている。
一階は中央に大きな四角いステージ。そしてそのステージに入場するためのバックヤードがある。
そして今このバックヤードにナオトはいる。ナオトとナオトの対戦者以外のデュミナイアの生徒は二階部分に座っている。
「この王立デュミナイア学園は歴史と伝統ある大いに素晴らしい学園であるーーー」
入学式はすでに始まっており先ほどから中央ステージにこの学園の長である男が学園の偉大さをつらつらと語っているがナオトは特段聞く耳を持たなかった。
それよりこの後に控えている模擬戦にどうやってうまく負ければいいか、そのことをあれやこれやと考えていた。
ナオトは自分の戦闘能力にそれなりの自信があった。なおかつ相手は王族の人間でまともな戦闘訓練をしているとは到底思えなかった。
「ーーーでは、これから魔法という王族の血を引く者のみに使える奇跡の力をここにいる君たちに見せようと思う。この偉大なる力をとくと刮目してみるのだ!」
学園の長がそう言ってステージから退く。それはつまりとうとうナオトの番が来たということを意味する。
ナオトは心を決めてステージの中央スペースにむかって歩き出す。直後ナオトとは反対側のバックヤードからナオトの対戦相手であるAクラスの人間も現れる。
「やっぱりそうだよな」
ナオトはポツリと呟いた。ナオトの前には黒髪の女性がナオトと同スピードで歩いてくる。
端整な顔立ち。凛としたその立ち姿。おそらく背中の真ん中あたりまで伸びているだろうと思われる髪の一本一本が綺麗に彼女に付き纏い一歩一歩進むたびに華麗に揺れる。
「あなた名前は?」
お互いにステージ中央部でそれぞれ立ち止まる。
「……タチバナ・ナオト」
「タチバナ………なるほど、だからあなたが」
彼女は一瞬驚いたような表情を浮かべてすぐに少し微笑んだ。
「なんだよ?」
ナオトはアズサの笑った顔が少し気に入らなかった。だから、その言葉を少し険悪な態度で発した。
「いえ、別に。ただ、素敵な名前だと思っただけよ」
「お前、よく冗談が下手くそだって言われるだろ」
「ふふっ、周りの先生たちからは真面目で頼りになる子と言われることが多かったかしらね」
「なるほど、冗談が下手くそな典型的なパターンだな」
ナオトの言葉に彼女は一瞬クスッと笑った。
「そうかもしれないわね。私の名前はーーー」
「知ってるよ。ミナセ・アズサだろ」
そう。ナオトは知っている。いや、ナオトだけではない。この国でアズサは有名人だ。
アズサは王族内で天上人と呼ばれる王族の最上位に位置する一人だ。この天上人というのはこの国に五人しかいない。
つまりこの国の頂点にいる五人のうちの一人だ。この国にいてそんな人間を知らない人間の方がおかしい。
「まあ、知ってるわよね。私の名前くらい」
「そうだな。有名人で色々な噂も聞くしな」
「そう、どんな噂か聞いてみたいところだけれど、時間も限られているしそろそろ始めましょうかタチバナ君。全力で来てもらって構わないわ」
(よく言うよ)
ナオトは心の中で呟く。
「じゃあ、お言葉通り!」
ナオトはそう言うと、アズサに急接近した。そのままアズサの顔面を横から蹴り飛ばすように足を繰り出した。
実際には顔のギリギリの所で当てないつもりだったが、その前にアズサの武器に阻まれた。
アズサは先ほどまでは何も持っていなかった右手に氷の槍を顕現させ、その柄の部分でナオトの蹴りを受け止めた。
「アイスランス一槍」
アズサは受け止めた柄の部分を軸に氷の槍を半回転させ、その槍を持ち構え直し、そのままナオトの体に向かって氷の槍を突き刺しにかかる。
ナオトは片足のまま上半身をそらし、その突きをかわす。
すぐさまアズサは一度突いた氷の槍を下に振り下ろすが、ナオトは地面についていた片足に無理やり斜め右下向きに力を入れ、左に飛ぶようにその槍を回避する。
少し間合いが彼らの間にできたが、今度はアズサがその間合いを埋めるよう接近し、ナオトに向かって氷の槍を振り回す。
「おおっ!」
アズサのその一つ一つの動きが意外なくらい洗練されたものであったので、ナオトは少し驚いた。
ナオトはアズサが振り下ろし・なぎ払い・そして突き刺す一つ一つの動きを冷静に見極め、全てかわす。
その後にはナオトも負けじと体術を繰り出すが、彼女の槍さばきに全て受け流される。
「ははっ」
ナオトは笑う。理由はわからなかった。
「もっと遠くの方から魔法でネチネチと攻撃してくるのかと思ったけど、案外武闘派なのな」
「別に遠距離の攻撃が苦手ということでもないけれど。 アイスランス二槍」
アズサがそう言うとアズサの目の前から氷の槍が二つナオトに目掛けて飛んでくる。
「まじか」
ナオトは腕に魔力をためてその二つの槍を両手で殴り壊した。
「三槍」
今度は上空から三つの氷の槍がナオトに向かって飛来する。
「うおっ!」
ナオトはその三つ全てを回避する。
「近接戦もできて、遠距離魔法も得意とかレベル高すぎだろ」
「魔術師の基本戦闘は中・遠距離戦よ。アイスランス五槍」
アズサがそう言うと、上空に五つの氷の槍が出現し、その全ての矛先がナオトに向かっていた。
(なんだよ。案外……)
ナオトは一瞬ピタリと動きを止める。彼は特段戦いが好きだというわけではない。別に相手を蹂躙することに快感を覚えるわけでもない。
それでも胸の鼓動が高鳴った。体が熱く燃えた。
相手が王族の人間だからなのだろうか。それとも、ナオトの想定を遥かに超えた実力を遺憾なく発揮したからだろうか。
理由はわからない。それでも、いま目の前にいるこの強敵がナオトの心をくすぐった。
しかし、だからこそこの攻撃を捌ききることはしなかった。これ以上はもう止められない気がした。
五本の氷の槍がナオトの体の間を縫うように交錯し、地面に突き刺さる。その氷の槍のせいでナオトは身動きが取れなくなる。
「参りました」
ナオトがそう言うと、ナオトの体を封じていた氷の槍が砕け散り、綺麗な小さい氷のカケラがナオトの周りにきらめいた。
『なんだそりゃ。そんなのは名前じゃねーよ』
『それでもそう呼ばれている』
『だったら俺が新しい名前をつけてやる。そうだな、んー。よし、お前の名前はーーー』
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入学式当日。日の出前。
はっと目覚めるとそこは普段と変わらない自分の家のなか。約二十畳の広さの家に生活に必要な最低限の家具があるばかりで特段目立つようなものは何もなかった。
しかし、一つだけ普段とは違う異質なものが机の上に置かれていた。
ナオトは机の上に置いてあるその異質物を手に取る。それは約一週間ほど前に家に届いていた一通の手紙だった。
中には自分が王立デュミナイア学園の模擬戦の代表者に選ばれた栄誉ある人間だというような文言が書き記されていた。
一見丁重な褒め言葉でナオトを称賛しているように見えるが、実際はそうではなかった。
この模擬戦は新たな一年生のAクラスの代表者とその他B~Dクラスの中から魔法を扱える代表者を一名選出し戦い合わせる行事だが、この対戦にはAクラスの人間に勝ってはいけないルールが存在する。
それはAクラスというのが王族専用のクラスだからだった。
ナオトはふぅと一息ついた。そして、手紙を元あったテーブルの上に置き戻す。それと同時にテーブルの上に元から置いてあった銀色ペンダントをポケットにいれる。
証拠など何もないが自分がこの模擬戦に選ばれた理由がただの偶然ではなく恣意的に選出されたであろうことをナオトはなんとなく察っしていた。
「八百長か」
ナオトは窓の外を眺めた。外はまだ暗く夜の真っ只中だった。それでももう一度眠る気になれなかった。
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入学式当日。朝
ナオトが学園へ行くために通学路を歩いていると途中で妙な光景を目にした。そこには一人の女性を複数の男が囲んでいた。
「なぁ、俺たちとちょっとお茶でもしない?」
「いえ、私はこれから学校の入学式があるので」
「いいじゃん。ちょっとだけだよ!」
男たちは女性を取り囲むようにして言い寄っていた。その様はまさにナンパだ。
昔は王族によるナンパの行為が横行していたらしいが今では珍しい光景だった。
「嫌がってるだろ」
ナオトは男たちに声をかけた。すると彼らはナオトに一瞥し仲間たちに目を合わせるとすぐにどこかへ行ってしまった。
(なんだあいつら)
随分と拍子抜けなくらいに何事もなくその場を収められてナオトは少し驚いた。
ただ、その事にそこまで深く考え込むことはせず、とりあえず絡まれていた女性を少し見る。彼女は艶のある栗色の髪を後ろでゆるくまとめ、耳元には小さなピアスが光っている。
彼女の可愛らしい大きな瞳は、まだ少し恐怖心があるのかどこか不安げな様子だった。
「大丈夫か」
「あ、ありがとうございます」
「別にたいしたことはしてないよ。それじゃあな」
ナオトはそれだけ言ってさっさとその場を去った。
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王立デュミナイア学園
デュミナイア学園に到着したナオトは
自分のクラスである一年B組の教室に向かう。
クラスの場所はよくわからなかったがそこかしこに学園の簡易地図と現在地がわかるような標識が魔法で作り出されていた。
その簡易地図を頼りに教室へ入ると、そこには横に長い机が九つ置いてあり、ひとつの机にはおよそ四~五人が座れそうだった。
しかし、まだあまりBクラスの人は集まっておらず席はほどほどにスカスカだった。
自分が座る座席の指定があるのかはよくわからなかったが、現時点でこのクラス内にいる人達の座り方を見るに好きな所に座っても特段問題はなさそうだったので、ナオトは一番後ろの端の席に腰を下ろした。
少しするとナオトは突然後ろから肩をポンポンと叩かれた。振り返ってみるとそこには一人の女性が立っていた。
その女性は先ほど絡まれていた女性だった。
「さっきはありがとう。デュミナイアの生徒だっていうのは制服でわかってたけど、同じ学年で同じクラスだとは思わなかったからちょっと驚いちゃった」
先ほどの彼女とは打って変わって彼女の言葉遣いや表情はにこやかで可愛らしかった。
「ああ、そうだな」
「その、あなたの名前を聞いてもいい?」
その質問にナオトは少しためらったがどうせすぐにバレることになるのは明白だから「タチバナ・ナオト」と答えた。
すると彼女は少し驚いた様子で「タチバナ」という名字を反復した。
「ああ、そうだよ」
ナオトの名前を初めて聞いたほとんどの人は彼女のように驚く。
気にしても仕方ない。そう思いつつもナオトは少し冷めた目つきで彼女を見た。
その目つきを感じ取った彼女は少したじろいだ後に自己紹介をしてきた。
「あっ、えっと、私はイズミ・ユウナです。その………これからよろしく」
ユウナはつとめて明るく振る舞おうとしたが、ナオトはユウナの自己紹介に何も言わなかった。
それからは終始無言のまま時が流れた。
時計が九時を指すと、ほとんど同じタイミングで先生が教室へ入って来た。
「これから一年間お前達の担任を務めるシラヌイ・アオイだ」
アオイ先生は簡単に自己紹介をしてこの後の入学式の説明を早々に始めた。式場である講堂までの経路やそこで座る場所、そして流れなどをざっくりと説明する。そしてチラッとナオトのほうを向く。
「………とまあ、式の流れはざっとこんなところだ。さて、入学式の中で行われる模擬戦の代表者なんだが、実はうちのクラスから選ばれている。まあ、そんな派手なことはする必要はない。簡単にやり合う程度だ。魔法が使えれば難しくない。せいぜい頑張れよ」
なにを頑張るのか詳細なことは言わなかったがそれは決まっていた。負けることを頑張るのだ。
さすがにバカバカしすぎてナオトは先生の言葉には何も反応しなかった。
「さて、時間もないからな。さっさと会場に行くから準備しろ」
アオイ先生は教室全員を引率して式場の講堂に向かった。
講堂は二階建てで、二階は一階中央にある大きなステージを中心に楕円形で形成されており、ほとんどがその一階中央ステージを見るため椅子で埋め尽くされている。
一階は中央に大きな四角いステージ。そしてそのステージに入場するためのバックヤードがある。
そして今このバックヤードにナオトはいる。ナオトとナオトの対戦者以外のデュミナイアの生徒は二階部分に座っている。
「この王立デュミナイア学園は歴史と伝統ある大いに素晴らしい学園であるーーー」
入学式はすでに始まっており先ほどから中央ステージにこの学園の長である男が学園の偉大さをつらつらと語っているがナオトは特段聞く耳を持たなかった。
それよりこの後に控えている模擬戦にどうやってうまく負ければいいか、そのことをあれやこれやと考えていた。
ナオトは自分の戦闘能力にそれなりの自信があった。なおかつ相手は王族の人間でまともな戦闘訓練をしているとは到底思えなかった。
「ーーーでは、これから魔法という王族の血を引く者のみに使える奇跡の力をここにいる君たちに見せようと思う。この偉大なる力をとくと刮目してみるのだ!」
学園の長がそう言ってステージから退く。それはつまりとうとうナオトの番が来たということを意味する。
ナオトは心を決めてステージの中央スペースにむかって歩き出す。直後ナオトとは反対側のバックヤードからナオトの対戦相手であるAクラスの人間も現れる。
「やっぱりそうだよな」
ナオトはポツリと呟いた。ナオトの前には黒髪の女性がナオトと同スピードで歩いてくる。
端整な顔立ち。凛としたその立ち姿。おそらく背中の真ん中あたりまで伸びているだろうと思われる髪の一本一本が綺麗に彼女に付き纏い一歩一歩進むたびに華麗に揺れる。
「あなた名前は?」
お互いにステージ中央部でそれぞれ立ち止まる。
「……タチバナ・ナオト」
「タチバナ………なるほど、だからあなたが」
彼女は一瞬驚いたような表情を浮かべてすぐに少し微笑んだ。
「なんだよ?」
ナオトはアズサの笑った顔が少し気に入らなかった。だから、その言葉を少し険悪な態度で発した。
「いえ、別に。ただ、素敵な名前だと思っただけよ」
「お前、よく冗談が下手くそだって言われるだろ」
「ふふっ、周りの先生たちからは真面目で頼りになる子と言われることが多かったかしらね」
「なるほど、冗談が下手くそな典型的なパターンだな」
ナオトの言葉に彼女は一瞬クスッと笑った。
「そうかもしれないわね。私の名前はーーー」
「知ってるよ。ミナセ・アズサだろ」
そう。ナオトは知っている。いや、ナオトだけではない。この国でアズサは有名人だ。
アズサは王族内で天上人と呼ばれる王族の最上位に位置する一人だ。この天上人というのはこの国に五人しかいない。
つまりこの国の頂点にいる五人のうちの一人だ。この国にいてそんな人間を知らない人間の方がおかしい。
「まあ、知ってるわよね。私の名前くらい」
「そうだな。有名人で色々な噂も聞くしな」
「そう、どんな噂か聞いてみたいところだけれど、時間も限られているしそろそろ始めましょうかタチバナ君。全力で来てもらって構わないわ」
(よく言うよ)
ナオトは心の中で呟く。
「じゃあ、お言葉通り!」
ナオトはそう言うと、アズサに急接近した。そのままアズサの顔面を横から蹴り飛ばすように足を繰り出した。
実際には顔のギリギリの所で当てないつもりだったが、その前にアズサの武器に阻まれた。
アズサは先ほどまでは何も持っていなかった右手に氷の槍を顕現させ、その柄の部分でナオトの蹴りを受け止めた。
「アイスランス一槍」
アズサは受け止めた柄の部分を軸に氷の槍を半回転させ、その槍を持ち構え直し、そのままナオトの体に向かって氷の槍を突き刺しにかかる。
ナオトは片足のまま上半身をそらし、その突きをかわす。
すぐさまアズサは一度突いた氷の槍を下に振り下ろすが、ナオトは地面についていた片足に無理やり斜め右下向きに力を入れ、左に飛ぶようにその槍を回避する。
少し間合いが彼らの間にできたが、今度はアズサがその間合いを埋めるよう接近し、ナオトに向かって氷の槍を振り回す。
「おおっ!」
アズサのその一つ一つの動きが意外なくらい洗練されたものであったので、ナオトは少し驚いた。
ナオトはアズサが振り下ろし・なぎ払い・そして突き刺す一つ一つの動きを冷静に見極め、全てかわす。
その後にはナオトも負けじと体術を繰り出すが、彼女の槍さばきに全て受け流される。
「ははっ」
ナオトは笑う。理由はわからなかった。
「もっと遠くの方から魔法でネチネチと攻撃してくるのかと思ったけど、案外武闘派なのな」
「別に遠距離の攻撃が苦手ということでもないけれど。 アイスランス二槍」
アズサがそう言うとアズサの目の前から氷の槍が二つナオトに目掛けて飛んでくる。
「まじか」
ナオトは腕に魔力をためてその二つの槍を両手で殴り壊した。
「三槍」
今度は上空から三つの氷の槍がナオトに向かって飛来する。
「うおっ!」
ナオトはその三つ全てを回避する。
「近接戦もできて、遠距離魔法も得意とかレベル高すぎだろ」
「魔術師の基本戦闘は中・遠距離戦よ。アイスランス五槍」
アズサがそう言うと、上空に五つの氷の槍が出現し、その全ての矛先がナオトに向かっていた。
(なんだよ。案外……)
ナオトは一瞬ピタリと動きを止める。彼は特段戦いが好きだというわけではない。別に相手を蹂躙することに快感を覚えるわけでもない。
それでも胸の鼓動が高鳴った。体が熱く燃えた。
相手が王族の人間だからなのだろうか。それとも、ナオトの想定を遥かに超えた実力を遺憾なく発揮したからだろうか。
理由はわからない。それでも、いま目の前にいるこの強敵がナオトの心をくすぐった。
しかし、だからこそこの攻撃を捌ききることはしなかった。これ以上はもう止められない気がした。
五本の氷の槍がナオトの体の間を縫うように交錯し、地面に突き刺さる。その氷の槍のせいでナオトは身動きが取れなくなる。
「参りました」
ナオトがそう言うと、ナオトの体を封じていた氷の槍が砕け散り、綺麗な小さい氷のカケラがナオトの周りにきらめいた。
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