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しおりを挟むラウリー・アウラは辟易していた。
両親はそれぞれ愛人がいて、ラウリーのことなど気にとめない。重要なのは跡取りである弟で、ラウリーは失敗作なのだと両親から面と向かって言われたことさえある。
王子の婚約者争いにラウリーが破れたことも原因だろう。書類選考で落ちたのをラウリーのせいにされても困るのが本音だ。恐らく両親を代表とする背景込みで総合的に評価された結果であり、ラウリーだけで覆せるものではない。王子の婚約者はアウラ公爵家より格下の伯爵家より選ばれた。
結局、ラウリーの婚約者は投げやりに決まった。相手は男爵家の跡継ぎ。公爵家の令嬢が嫁ぐには、かなりの身分差があり、普通では有り得ない。どう考えても不良物件の押し付けである。案の定、婚約者として引き合わされた令息は、全力で露骨に嫌な表情をしていた。
「お前が俺に惚れたせいで押し付けられた縁談なんだろう。迷惑だ」
そのような事実はない。そもそも初対面だ。何をどう誤解したらそうなるのか。
「……………」
ラウリーは押し黙る。どう伝えれば相手を傷つけずに誤解を解けるのか。全く思いつかず、言葉にならなかった。
「俺には愛する女がいる。お前を愛することは無い。それから、俺の家は男爵家だ。お前の実家である公爵家のような金遣いは…、否、お前に使わせる財産は一切ない!肝に銘じておけ!」
「……………………」
最近自宅でも母と弟に同じようなことを言われたな、と。ラウリーは自身の身に纏うデイリードレスを見下ろした。母の着古したものを、ラウリーが自分で手直ししたものである。結婚したら着古しのドレスすら手に入らないのだろうか。手に入っても裁縫道具が揃わないのかもしれない。
「おい、何とか言ったらどうだ!」
ひっくり返されたティーテーブル。きゃあ!と驚きの声を上げたのは、彼の付き人として来た男爵家の侍女だ。ラウリー側には侍女がいない。必要な時にはつくが、あからさまに貧乏くじを引いたかのような表情で仕事をされるので、最近はラウリーの方から断っている。自分でやった方が早い。
ラウリーは朝起きると、顔を洗う為の水を自分で用意して身支度をする。存在を忘れられているため、家族の食卓にも呼ばれない。食事は自分で厨房に行き、面倒そうな顔をしているコックから受け取って、自室に運び、食べたら自分で食器を洗う。部屋の掃除もリネンの交換も、全て自分で行う。恥を晒すなという理由の元、茶会などへの出席は全面的に禁止されている。淑女教育もやるだけ無駄だと行われない。日中特にやることもないので、母の着古したドレスを自分用にリメイクばかりしている。
そんな、今の生活より苦しくなるのなら、今から野菜の育て方を学んでおいた方が良いかもしれない。ラウリーの逸れた思考は前向きな結論に至った。
「聞いてるのか!」
ティーテーブルのなくなった空間に降り立った婚約者が、椅子に座ったままのラウリーの胸倉を掴む。いけません!と、介入するのは当然男爵家から来た使用人だけ。ラウリーの実家である公爵家側の使用人───明らかに子供の見習い従僕しかいない───は我関せずとばかりに傍観している。
「婚約破棄の意思表示として、貴方様の行動は受け取らせて頂きます。しかしながら、これは家同士の契約であり、私たち子供如きにどうこうできるものではないという点をご了承下さい」
ラウリーは淡々と言うべきことを言い、彼の手を振り払って、優雅にお辞儀をした。
ラウリーは事実のみを父に報告したが、父は「お前が悪い」としか言わず、当然、婚約も破棄されなかった。
それどころか、婚姻後困らないよう、今からお前に清貧を覚えさせると。ラウリーに関する予算を今の半分に削るよう、父は居合わせた家令見習いに指示した。これには家令見習いも困惑するしかない。予算など初めからないのだ。初めからないものを半分にする、とは難題である。他人事のように大変ね、と嘆息したラウリーの横で、家令見習いは当主を睨みつけていた。
「旦那様はお嬢様を餓死でもさせるおつもりですか?」
「はぁ?何を言っているんだ?」
「お嬢様に予算など御座いません。お嬢様のドレス代も、お食事も、教育費も、全てアイーニャ様へ充てております」
アイーニャというのは別邸に住む父の愛人だ。
「食事も?じゃあ、コレは何を食べてるんだ?」
「賄いですよ」
「働いてもいないヤツに賄いを与える必要はない。残飯で充分だろう」
「旦那様!!」
だったら父の愛人は一体何をして貴族と同じ食事を食べる権利を得ているのか。ラウリーは首を傾げる。声を荒らげる家令見習いから逃げるように父は執務室から出て行った。
「あの方は、10にも満たないお嬢様に何たる仕打ちを…」
家令見習いは頭を抱える。彼の苦悩はラウリーの為のものであり、ラウリーのせいでもある。
「私に出来る仕事はありますか?」
「………検討させて下さい」
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