人形姫の目覚め

ひづき

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1)姉妹 ─ アウローラ視点

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 それは、あまりにも一方的な戦いだった。

 宣戦布告もなく、開戦の合図もなく、突如国境を蹴散らすように夜襲を仕掛けられた。隣接している隣国が長年の友好国であったため、砦に詰める騎士は皆若く、経験が浅い新人が多かった。彼らは為す術なく重厚な鎧の敵を前に倒れていく。

 そんな壊滅的な状況を覆したのは、それまで武勲を建てたこともない無名の青年。向かってくる敵の、鎧の繋ぎ目───首へと的確に剣を突き刺す。抜く度に血が吹き出す凄惨な光景を次々生み出し、剣が鈍れば敵の武器を奪い、また血飛沫を生み出す。

 場が鎮圧された時には、敵は皆倒れ果て。中心に立っているのは兵士の制服を血でドス黒く染めた青年だけ。

 ───一夜にして彼は英雄となった。





「嫌よ!!」

 長年の友好国に裏切られ、不意を突かれる形で始まった戦争は3年の月日を費やして幕を閉じた。凱旋する騎士、兵士たち。歓喜に湧くパレード。姫としては自国の勝利を喜ぶべきだと理解していても、ラウエリア姫の表情は暗い。

「ですが、」

「やめて、聞きたくない!」

 ラウエリア姫は16歳。揺蕩う金色の髪は神秘的で、太陽が沈みかけた際に見られる空のような深い赤紫色の瞳はどんな宝石でも再現できないだろうと言われている。

 王がラウエリア姫を溺愛しているのは有名だ。その溺愛故、王は姫を他国へ嫁がせることを頑なに拒む。そこに現れた英雄。王は英雄を国に縛り付けるため、愛娘を目の届くところに留め置くため、「姫を英雄に下賜する」と宣言してしまったのだ。

 ラウエリア姫は絶望した。

「人殺しと結婚だなんて───ッ!」





 ─────

 ────────

 青空に教会の鐘が鳴り響く。ここは王家の直轄地。王都からは馬車で丸一日かかる程度に、幾らか離れたところにある。

 前領主が爵位を返上する際、領地を国に返納。それ以来、新しい領主は現れず、王が希望者を募ったこともあるが誰も名乗りを挙げなかったため、仕方なく王家の直轄地として残っている、そんな土地だ。

 前領主は王に愛娘を殺されたようなもので。憔悴し、体を壊し、爵位を返上した。後継者に爵位を譲らなかったのは、せめてものあらがいだったのだろう。───自分たち一族はお前になど忠誠を誓わない。不敬にも謁見の間で堂々と宣言した前領主の、痩せ細った顔立ちで双眸を暗く光らせる様は実に狂気じみていたという。

 憔悴し体を弱らせながらも静かな憎しみを向ける前領主に、王はおののき、怯え、衝動的に手近な壁に飾られていた非実用的な剣を掴むと前領主の眼球にその刃を突き刺し、彼を殺害した。

 土地は良いのに新たな領主が来ない理由は、そんな血塗れた出来事が原因である。王も王でこの土地を忌まわしいと、さっさと手放したいと考えているようだが、今のところ引き受けてくれる者はいないらしい。

 町の平穏な景色に似合わない経緯を振り返り、アウローラは嘆息した。

「ぎゃ!ローラ!またそんなところに!!」

 とうとう見つかったか。アウローラは微笑みながら声の主に手を振る。彼女がいるのは屋根の上。平民にしては大きな家だが、貴族にしては小さいという、中途半端なサイズの家。ここにアウローラは母親の女性と2人で住んでいる。下で目くじらを立てているのがその母親だ。

 よっこいしょ、と口にして立ち上がり、傾斜のある屋根の上を慎重に歩くと、アウローラは辿り着いた屋根裏の小窓から家の中に降り立った。光に照らされた埃がまるで美しいものかのように輝きながら舞う。埃が何であるかを知っていれば、見た目だけだと理解出来る。まるで現在の国王のようではないか。ない威厳を振り回す小心者。

 アウローラは前領主の孫だ。単なる母娘2人暮らしと見せながら、屋敷の外に小さな小屋があり、そこに待機している兵士たちがアウローラを常に監視している。

「まったく、18にもなって屋根に登るなんて何考えてるんだい!」

 階下に降りると、やや小太りの母親が両手を腰に当てて目くじらを立てている。アウローラは悪びれもせず微笑んだ。

「だって眺めが好きなんだもの」

「落ちたら怪我だけじゃ済まないかもしれないんだよ!?」

 言外に死の危険を示唆されてもアウローラは笑うだけ。

「その方が都合がいいかもね」

 王は政治の道具として使うためにアウローラを生かしている。食料のために生かされている家畜と変わりない。母親が飼育係に名を変えるだけ。

「ローラ!!」

 悲痛に満ちた顔でエプロンを握り締める母親を一瞥し、アウローラは肩を落とした。

「…言いすぎたわね、ごめんなさい」

 母親は彼女で5人目だ。目の前の彼女ほど本当の母親のように自分を叱ってくれる人なんて今までいなかった。

 しかし、もうアウローラは18歳。結婚適齢期を過ぎようとしているが、王に忘れられたかのように何の話も来ない。このまま生涯を終えるのではないか、それは長い長い退屈を意味しており、絶望しかなかった。


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