6 / 25
2)作られた英雄 ─ ギーゼル視点
6
しおりを挟む戦争を機に英雄と呼ばれるようになった青年───ギーゼル。彼の出身は辺境近くの村だ。家屋の数は十棟程。主な産業と呼べるものもなく、細々と農業を営むだけの貧しい村だった。
ギーゼルは次男だが、長男は多額の援助金と引き換えに裕福な家庭に引き取られたため、実質長男のようなものだ。父は山林で野生動物と対峙した際に片脚を負傷し、後遺症で満足に動かすことが出来なくなり、ギーゼルが一家の大黒柱として家計を支え、家族を養っていた。
ギーゼルという大黒柱を失えば、残された家族が困窮するのは目に見えていた。
村に突如現れた騎士達は、そんな貧しい家の事情など汲んではくれない。一家から必ず1人を徴兵すると、王命が記されているらしい薄っぺらい紙を盾に、翌日までに集まるよう強いた。
健康な男性を最優先で出すこと。いなければ年齢性別問わないが、13歳以上に限る。父子家庭であれ、母子家庭であれ、関係なく義務だと宣う傍若無人ぶり。嘆き、どうかご勘弁を!と縋る母親に、徴兵に来た騎士は「従わないなら子供と共に殺してやろう。それが慈悲だ」と剣を抜いた。
ギーゼルの家でも、脚の悪い父が行くと言い張ったが、徴兵に来た騎士は「健康な息子がいるのに差し出さないのは国への反抗か!」と吠えた。ギーゼルは笑って「父は人一倍愛国心が強く、自分がこの国を守るのだと妄言を口にして言うことをきかないのです」と騎士を宥め、徴兵に名乗り出た。
4日後、連れて行かれた砦で、登用検査が行われた。
幼い孫との二人暮しで仕方なく来た同郷の老人は「俺は明日には村に帰れるから何か家族に伝えるか?」とギーゼルに話しかけてきた。ギーゼルは驚く。
「帰してもらえる人間もいるのか」
「そりゃおめぇ当然だろ。教育にも金はかかる。金には限りがある。しかも文字も読めねぇ田舎モンを教育すんだ、骨が折れるだろうさ。俺みたいな足を引っ張るだけの野郎は登用検査で不合格ってことで帰される。───騎士様達も上からの命令だから仕方なく平等に徴兵してるだけさ。こんな非効率で面倒なこと誰もやりたくてやってるわけじゃねぇんだよ」
何でこの爺さんにそんなことがわかるのだろうと、ギーゼルは訝る。露骨に顔に出ていたらしく、爺さんは笑った。
「こう見えても俺は若い頃兵役に就いてた。都会に憧れて田舎を出たところで、学がねぇから結局は兵士になるしかなかったってだけだがな」
都会に憧れる気持ちは、ギーゼルも一度は覚えたことがある。しかし、残された家族が苦しむのがわかっていて田舎を出ることなど選択肢になかった。従来通り働き、家族を養うことを選んだのだ。
「学があれば金になるのか?」
「もちろんそれだけじゃダメだろうが、少なくとも都会で悪賢い奴に騙されることはないし、働き口にも困らねぇ。ここの砦は昔から新人教育の場でな、どこから徴兵されても新人はまずここに送られて教育を受ける。で、最初の基礎訓練を受ける。希望すれば文字や計算も学べる。どうせ逃げられねぇんだ、利用するだけ利用するといい」
「………一応ここ砦なんだよな?新人教育する余裕があるほど安全な場所なのか?」
「長年の友好国との国境を守る砦でな、争いとは無縁の場所だ。まぁ、それでも本物の国境には違いねぇから実践に近い訓練には最適だろ」
爺さんの笑顔に背中を押されたギーゼルは周囲を見渡してみた。よく観察すれば身体の一部が不自由になったベテランが多い。前線には立てないが、蓄積したノウハウを野放しにするのは惜しい、そんな意図が透けて見えるようである。
ギーゼルがいない間、家族は生活に困るだろう。しかし、ここで勉強することで収入の増加に繋げられれば、戻ってから楽をさせてやることは出来るかもしれない。
出来れば兵役中も給金を仕送りしたいが、それは無理だ。手紙すら商人に頼んで、商人から商人へ引き渡して貰い、村に行く商人に届けて貰うしかない。途中、紛失する恐れがある。いつ届くかなどわからない。金銭など仲介する商人に盗まれる恐れが高い。
そもそもギーゼルが文字を習って手紙を書いたところで、読める人間など限られる。
互いに耐えるしかない。
互いの息災を願うしかない。
「達者でな、ギーゼル」
「爺さんもな」
兵役を終えて故郷に戻れば、また会えると信じて疑わず、ギーゼルは同郷の老人に軽い挨拶を返した。
カンカンカンカン…
まるで思いがけず閉じ込められた人が出してくれとでも叫ぶかのように、激しく鳴らされる鐘の音。
キーゼルの意識は強制的に引き上げられた。まだ空は暗いはずなのに、窓の外に赤い光が揺らめいて。雄叫び、嘆き、悲鳴。それらがやや遠くに聞こえる。広い砦の敷地内には複数の宿舎がある。ギーゼルの宛てがわれた棟とは別の場所で異常事態が起きているらしい。
辛うじて支給されていた兵士服に着替えて飛び出す。怒号、発破音。土埃と火薬の匂い。
相手を殺さなくては、自分が殺される。そんな地獄が広がっていた。
無抵抗な者にも容赦なく武器を向ける侵入者たちは最早人間に見えない。人型の、恐ろしい何か。鎧の中には何もないと言われた方が納得出来るほど、ギーゼルの理解を超えた存在。あまりの惨劇を前に脳が鈍化したのはギーゼルにとって幸いだった。相手を人間だと認識したまま迷っていたら、ギーゼルは生き残れなかっただろう。
0
あなたにおすすめの小説
魅了の対価
しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。
彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。
ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。
アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。
淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。
いつか優しく終わらせてあげるために。
イチイ アキラ
恋愛
初夜の最中。王子は死んだ。
犯人は誰なのか。
妃となった妹を虐げていた姉か。それとも……。
12話くらいからが本編です。そこに至るまでもじっくりお楽しみください。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
どうぞお好きに
音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。
王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。
慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)
浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。
運命のまま彼女は命を落とす。
だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
私は私として生きていく
青葉めいこ
ファンタジー
「私は私として生きていく」
あら、よく私がこの修道院にいるとお分かりになりましたね。辺境伯閣下。
ずっと君を捜していた?
ふふ、捜していたのは、この体でしょう? 本来姉が宿っているはずの。
「私は私のまま生きていく」
せっかく永らえた命ですもの。
望んでいた未来を絶たれても、誰に愛されなくても、私は私のまま精一杯生きていく。
この体で、この中身の、私は私のまま生きていく――。
この話は「私は私として生きていく」の主人公の姉の一人語りです。
「私は私のために生きていく」
まさかあなたが、この修道院に現れるとは思いませんでしたわ。元婚約者様。
元じゃない。現在(いま)も僕は君の婚約者だ?
何言っているんですか? 婚約は解消されたでしょう?
あなたが本当に愛する女性、今は女子爵となった彼女と結婚するために、伯爵令嬢だったわたくしとの婚約を解消したではないですか。お忘れになったんですか? さして過去の事でもないのに忘れたのなら記憶力に問題がありますね。
この話は「私は私のまま生きていく」の主人公と入れ替わっていた伯爵令嬢の一人語りです。「私は私~」シリーズの最終話です。
小説家になろうにも投稿しています。
【完結】徒花の王妃
つくも茄子
ファンタジー
その日、王妃は王都を去った。
何故か勝手についてきた宰相と共に。今は亡き、王国の最後の王女。そして今また滅びゆく国の最後の王妃となった彼女の胸の内は誰にも分からない。亡命した先で名前と身分を変えたテレジア王女。テレサとなった彼女を知る数少ない宰相。国のために生きた王妃の物語が今始まる。
「婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?」の王妃の物語。単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる