5 / 8
5
「まぁ!殿下は事前に双方の保護者から婚約破棄の同意書にサインを頂いているはずですが?」
セイレーンの問いかけに、第一王子は目を泳がせ、何故それを、と音もなく呟く。
「父であるクレノア公爵から、そのように聞き及んでおります。婚約破棄に伴う諸手続きのため、我が父はこの会を欠席しておりますの。そのような理由がなければ、第一王子支持派のトップとして、肝心の支持対象である殿下の誕生祝いに現れないはずがありません」
これは第一王子も知っていること。そして、娘であるセイレーンが無礼を働き婚約破棄に至った償いを、という形で公爵家を第三王子に譲る───
「黙れ黙れ、戯言ばかり───!」
「あぁ、セイレーン嬢は本当に事前に聞かされていたから冷静だったのか」
第二王子の場違いなほど明るい声が、雑音を遮った。
「待ってください!事前に両家で話が済んでいるのでしたら、このような公の場でセイレーン様を追及する必要はなかったのではありませんか?何故仮にも婚約者だった女性の名誉を傷つけるような真似をなさるのですか!」
「黙れ!聖女に選ばれたからって調子に乗るな、平民のくせに!」
「っ!」
鋭い眼差しと、強い怒鳴り声に、怯えた聖女ミリアは、後退る。そんな彼女を第二王子がすかさず背に庇った。
セイレーンは表向き冷静だ。内心は有利に働き始めた風向きに笑みが止まらない。
「嘘だと言い張るのでしたら、実際にサインをして下さった方にお話をお聞きしてはどうでしょう。───いい加減、舞台に上がってきてくださいませ、ブレノン公」
会場の面々が、セイレーンの視線の先を振り返る。そこには黒髪の男性が壁に寄りかかり、赤ワインを口にしているところだった。彼の年齢は30歳。それより幾分若く見える。
「もう出番か」
残りのワインを一気飲みして、すかさず給仕が空いたグラスを下げる。
「誰だ、貴様は!!」
第一王子はセイレーンの予想を裏切らず、ブレノン公と呼ばれた男性が誰かわからないらしい。会場の殆どの人は、ずっとその正体に気づいている。気づきながらも、本人がブレノン公と名乗るので、その姿の時はそのように対応するのだ。あらゆる舞踏会や、夜会にブレノン公は顔を出す。そして、“クレノア公爵夫人”とも何度か夜会で踊っている。ずっと陳腐な劇の片隅にいた人物だ。
「彼はブレノン公ですわ」
「は?そいつがサインと何の関係がある?筆跡鑑定士か何かか?」
「いやー、そんな技能はない」
あはははは。と軽快に笑いながらブレノン公を名乗る男性はセイレーンの隣に立つ。セイレーンはそんなブレノン公を見上げて、頬を膨らませた。
「いい加減になさいませんと、本気で怒りますわよ」
「はいはい」
前髪をかきあげるように自身の長い黒髪に指を通しつつ頭頂部を鷲掴みにすると、カチッという音がして、黒髪が外れた。現れたのは銀髪。
「───?」
第一王子はまだわからないようだ。ブレノン公は、そんな王子を数秒見つめて、困ったようにセイレーンを見た。セイレーンは頷く。
「だから申し上げたでしょう?あの方はそういう人なのです」
「わかってても、ちょっと凹むなー」
ブレノン公はポケットからいそいそと長く立派な銀色の口ひげを取り出し、ぺたっと自身の口元に貼り付けた。「もう少し右です」などとセイレーンに言われつつゴソゴソやる間も、第一王子は疑問符を飛ばしている。ブレノン公がカツラを外す前からその正体に気づいていた第二王子は、そんな第一王子の様子に呆れを通り越して笑うしかない。聖女ミリアは、ブレノン公がカツラを外した時点で正体に気づき、驚きつつ経過を見守っている。
そんなこんなで。
「ち、父上!?」
「気づくのが遅すぎやしないかのぅ」
唸るように話すと口ひげも相俟って50歳過ぎにしか見えない。だが、毎年国王の誕生日を祝う式典では、きちんと正式な年齢を公開しているのだ。だから、知っている人は知っている。国王は現在30歳。素の姿で王宮をフラフラしていると20代前半にしか見えず、警備兵から不審者扱いをされるのが悩みだ。
「国王陛下にお聞きします。わたくしと第一王子の婚約破棄に承諾なさいましたよね?」
「したぞ。王妃がセイレーン嬢を嬉々として罵りながら同意しろと迫ってきたからのぉ。予定通り、きっちりサインしてやった」
予定通り。
国王には、国王なりの台本がある。
「だ、黙れ、陛下に成りすます不審者め!誰かコイツをつまみ出せ!」
「ならば、儂の子を騙る貴様も不審者よな。なにせ、儂は今まで一度も王妃と同衾した事実はないのだから」
「は?」
第一王子は固まった。
会場の人々も面食らい、息を呑む。
「房事記録を確認すればわかることだ。儂は王妃の不貞に気づき、毎回、王妃には魔術にて淫夢を見せただけで同衾はしておらぬ。初夜さえも、な。毎回立会人もいたから証言も揃っておる。貴様は儂の子ではない。もちろん、第三王子もだ」
あまりにも衝撃的な告白に、会場中が混乱し、爆発でも起こったかのように騒ぎ出す。
あなたにおすすめの小説
その婚約破棄喜んで
空月 若葉
恋愛
婚約者のエスコートなしに卒業パーティーにいる私は不思議がられていた。けれどなんとなく気がついている人もこの中に何人かは居るだろう。
そして、私も知っている。これから私がどうなるのか。私の婚約者がどこにいるのか。知っているのはそれだけじゃないわ。私、知っているの。この世界の秘密を、ね。
注意…主人公がちょっと怖いかも(笑)
4話で完結します。短いです。の割に詰め込んだので、かなりめちゃくちゃで読みにくいかもしれません。もし改善できるところを見つけてくださった方がいれば、教えていただけると嬉しいです。
完結後、番外編を付け足しました。
カクヨムにも掲載しています。
聖女の力は使いたくありません!
三谷朱花*Q−73@文フリ東京5/4
恋愛
目の前に並ぶ、婚約者と、気弱そうに隣に立つ義理の姉の姿に、私はめまいを覚えた。
ここは、私がヒロインの舞台じゃなかったの?
昨日までは、これまでの人生を逆転させて、ヒロインになりあがった自分を自分で褒めていたのに!
どうしてこうなったのか、誰か教えて!
※アルファポリスのみの公開です。
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜
まりー
恋愛
ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。
でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。
捨てられたなら 〜婚約破棄された私に出来ること〜
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
長年の婚約者だった王太子殿下から婚約破棄を言い渡されたクリスティン。
彼女は婚約破棄を受け入れ、周りも処理に動き出します。
さて、どうなりますでしょうか……
別作品のボツネタ救済です(ヒロインの名前と設定のみ)。
突然のポイント数増加に驚いています。HOTランキングですか?
自分には縁のないものだと思っていたのでびっくりしました。
私の拙い作品をたくさんの方に読んでいただけて嬉しいです。
それに伴い、たくさんの方から感想をいただくようになりました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただけたらと思いますので、中にはいただいたコメントを非公開とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきますし、削除はいたしません。
7/16 最終部がわかりにくいとのご指摘をいただき、訂正しました。
※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。
聖女クローディアの秘密
雨野六月(旧アカウント)
恋愛
神託によって選ばれた聖女クローディアは、癒しの力もなく結界も張れず、ただ神殿にこもって祈るだけの虚しい日々を送っていた。自分の存在意義に悩むクローディアにとって、唯一の救いは婚約者である第三王子フィリップの存在だったが、彼は隣国の美しい聖女に一目ぼれしてクローディアを追放してしまう。
しかし聖女クローディアには、本人すら知らない重大な秘密が隠されていた。
これは愚かな王子が聖女を追い出し、国を亡ぼすまでの物語。
聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。