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明らかにお忍びの貴族です、という格好のブレノン公とは、比べようもないほどに、普段のセイレーンは庶民生活に慣れていた。
結果、陛下は本気でセイレーンが息子の婚約者だと気づかず、街を案内して欲しいと話しかけたのである。話しかけられたセイレーンも、ブレノン公が陛下だとは微塵も思わず、案内を数回引き受けた。
世間知らずのブレノン公に、小銭の一般的な価値観を教え、ぼったくりに遭わないように見守ったり。屋台の食べ物は歩きながら食べるのだと庶民ならではの食事マナーを教えたり、野鳥に餌を与えてはいけない理由を懇々と説明(説教)したり、色々と、した。
「その説は知らなかったとはいえ無礼を働き、申し訳ございませんでした…!」
ブレノン公の正体に気づいてからは、保身のために舞踏会で利用した。今更ながら思い返せば不敬もいいところである。
「知ってからも色々とご迷惑をおかけして申し訳ありません!!」
「いや、むしろ俺の方が迷惑かけてるから…、申し訳ない。今も仕事を手伝って貰っちゃってるしね」
ごめんねー、と陛下は軽く笑って済ませる。これ以上気負わずに済むよう気遣ってくれているのが伝わり、それ以上何も言えないセイレーンは、再び黙々と目の前の作業に没頭した。
そんなセイレーンの横顔を、陛下が窺っているとは気づかずに。
「ブレノン様、」
3ヵ月も経てば、陛下に押し切られ、呼び方を変えた。街ではブレノンさん、と呼んでいたので、同じように呼んで欲しいとお願いされたが、さすがに誰に聞かれるかわからない。妥協してこれである。
「ほら、セイレーン」
半年後には陛下にエスコートされ、公務としての各地訪問に秘書として随行するようになり。当たり前のように陛下の手に自らの手を添えて馬車を乗り降りするようになった。
かつての婚約者は、馬車の乗り降りの際に手など貸してくれなかった。いつも従者の手を借りていた。陛下は紳士で、どこかの誰かと血が繋がらないのも納得である。
歓声が上がる。
一年後、セイレーンは陛下と共に城のバルコニーから国民の前に姿を見せていた。
身に纏うのは純白のドレス。
王妃教育を既に終え、しかも実務経験もある、そんなセイレーンを国は逃しはしなかった。
公私共に笑い合ったり、話し合ったりできる貴重な女性を、ブレノンも逃しはしなかった。王としても、1人の男としても。
いやいや、どうしてこうなった!!と動揺しているのはセイレーンだけ。
気づいたら陛下の恋人と噂され、それが事実かのように国もクレノア公爵家(異母弟)も否定せず。しかも聖女ミリアは一歩先に祝福宣言を公式に発して。
聖女が祝福するなら結婚させるしかないと、前王妃の醜聞によるダメージ回復に躍起になっていた貴族たちがガツガツ外堀を埋めていき。何も正式な発表をしていないのに、セイレーンの元には結婚祝いが届き始め。
否定しても照れ隠しだとしか認識されない状態になり、知らぬ間にウエディングドレスが作られてから、ようやくブレノン本人にプロポーズされた。もちろん、イエス以外用意されていない。───いないが、外堀を埋める前に言え!とセイレーンはブレノンが国王だということも忘れて本気で説教をした。
思わず素で説教をしたら、しっかりした奥方で我ら一同安心致しました!と、挙式よりも前に使用人たちから咽び泣かれた。
というわけで。
台本にはありませんでしたが、
わたくし、セイレーンは、大好きな男性と結婚して王妃になりました。
夫より、息子となった第二王子との方が年齢的に近いのですが、そんなことは関係ありません。
家族から虐げられる過程で育った庶民的な言動ごと愛してくれる、貴族には珍しい夫です!
父の執念で作り上げられた舞台装置は壊れて、ようやく一人の人間としての人生が始まりを告げました。
[完]
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