捕まえたつもりが逆に捕まっていたらしい

ひづき

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「さすがルーベンス様。フェルドア伯爵家も安泰ですわね」

 夜会の雑音の中、不意に聞こえたのはそんなセリフだ。耳をすませばルーベンス・フェルドアという人物を賞賛している声はあちらこちらで聞こえてくる。

 ルーベンスという男の経営手腕により、没落しかけていたフェルドア伯爵家が盛り返したのは有名だ。それどころか一気に国内有数の富豪に迫る勢いで財政を築いているのも名声に拍車をかけているのだろう。

 彼はそれまで手作業だった糸紡ぎを簡易に行える足踏み式のカラクリ機を生み出したり、野菜を領外へ新鮮なまま輸出する為に根の入った土ごと運び出してみたりと、突拍子もないことだろうが思いついたら実行せずにはいられない質らしく、それらが結果を出しているのだから凄い。結果が出なければ単なる傍迷惑な暴君でしかないだろう。どのみち付き合わされる部下が大変な苦労をすることに変わりは無さそうだ。

「一体どなたがルーベンス様のお心を射止めるのかしら?」

「第二王女殿下もルーベンス様に首ったけなのだとか」

 そんな噂を尻目に給仕スタッフの1人にしか過ぎないアレクは歩き出す。同僚がバックヤードの出入口でハンドサインを出しているのが見えた為だ。





 お茶を出すよう指示された来賓室に向かうと、国王陛下と、噂のルーベンスが向き合って応接セットに座っていた。

「どうにかならんのか!」

 困ったと頭を抱える国王陛下をよそに、ルーベンスは「ありがとう」と言ってティーカップを受け取り微笑む。貴族にしては珍しい反応に、アレクは軽く会釈をして応えた。

 ルーベンスは上背があるわけではないが、小柄というわけでもない。華奢なわけではないが、どこか繊細に見える。滲むアンバランスさが美しいと思わせる魅力なのだろう。どのみち縁のない他人事だが。

 国王陛下は使用人などいてもいなくても構わないのか、茶を前にしても特段反応は無い。

「姫がお主を襲う前に早く妻帯せよ!!」

「無茶を仰らないで下さい、陛下。理由はご存知でしょう?」

 これ以上訳アリらしい会話を耳にする前に退室すべきだと頭の中で警笛が鳴る。音を鳴らさぬよう気配を殺し、やや慌てて下がった。

 一礼して退室したアレクの後ろ姿を、ルーベンスが見つめていることになど気づかずに。





 会場の音楽が変わる。ここからはダンスタイムだ。

 ルーベンスに視線が集まるのは当然だろう。ファーストダンスの相手は身内か配偶者、またはそれに準ずる婚約者、恋人と決まっている。前回までは妹を連れていたが、今回はその妹が留学で不在のため彼は1人。必ず一度は踊るのがマナーとされる中、彼は一体誰の手を取るのか。

 声をかけられるかもしれないと希望を胸に待ち構える者、むしろこちらから誘えば女性の誘いを無下にできないだろうと鼻息を荒くする者。何故か既婚未婚問わず、獲物を狙う目でターゲットが動き出すのを誰もが待ち構えている。

「私と踊って頂けませんか?」

 ルーベンスが優雅なお辞儀で手を差し出した相手は



 ───アレクだった。



「はぁ!?」

 ダンスタイムだからと銀盆を下げた直後に声をかけられ、アレクは盛大に驚いた。アレクは男である。ルーベンスよりやや背の高い、ひょろっとした男だ。可愛げなどない。当たり前である。そんなものあっても困る。

 アレクも驚いたが会場の人々も絶句した。

 静まり返った会場の雰囲気に、マズいと悟ったホスト役の王妃が笑い声を絞り出す。

「ほ、ほほ、ほ…。フェルドア伯爵令息も、そのような冗談を仰るのですね」

 ああ、冗談か。王妃の発言に誰しもがホッと息をつき、忘れていた作り笑顔を装備し直す。タチの悪い冗談だとつられて肩の力を抜いたアレクは次の瞬間、ルーベンスに両手を包むように握り込まれていた。

「私が伴侶にと望むのは貴方だけです。貴方が私のことを想って身を引いてくださったのは理解していますが、だからこそ私はこの場で貴方にダンスを申し込みます!貴方という愛しい人がいなければ、私の成功など何の意味もなさない!!」

「う、えぇ!?」

 初対面である。

 繰り返すが、アレクはルーベンスと今日が初対面である。互いを認識したのなんて先程の茶をいれた時くらいでしかない。

 それなのに、実は今まで密かに付き合ってきたけれど彼が成功を収めたから健気にも身を引いた結ばれない恋人、という役柄を押し付けられたアレクは天を仰いだ。

 次の瞬間、バタバタとあちこちで女性客が倒れ─────



 夜会は中止となった。





「他に方法はなかったのか!」

 国王陛下が悲痛な面持ちで叫ぶ。事情を聞くという名目で連れてこられた応接間で国王陛下とルーベンスは向き合う。何故かアレクはルーベンスの隣に座らされた。恐れ多いと辞退しようとしたが、がっつりルーベンスに腕を掴まれ逃げられず。王命だと呆れ半ばに言われれば座るしかなくて。完全に逃げるタイミングを失ったのである。

「アレク、紹介しよう。この人が私の実父だ。国王という職に就いている」

 整った容貌で、知ったら後には引けなくなる情報をぶっ込むあたり、ルーベンスは悪魔だとアレクは結論を出す。

「聞きません!知りません!俺は一般人です!」

「王家の血を必要以上に流出させないよう、父の隠し子である私は子を設けるわけにはいかない立場だ。例えお飾りの妻を迎えても、うっかり子が出来てしまえば後々争いの種になりかねない。例えお飾りの妻が不貞の結果産んだ子だとしても要らぬ疑いは残る」

「しれっと続けないでください!」


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