ロストール伯爵家の幸せ家族計画

ひづき

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「───愛することはないだろう」

 政略結婚した夫と迎えた初夜。その寝室で夫から言われた言葉に、アメリアは驚かなかった。

 本当にそんなこと言う人いるのかと呆れただけ。

 貴族女性の集まる茶会にて“妻を愛さない宣言をする男”が増えていると話題になっていた。なるほど、これが噂の、と納得しかけたが、何か違和感がある。

「…もう一度仰って頂けます?」

「君が僕を愛することはないだろう」

「は?」

 主語がおかしい。彼が新妻を愛さないと宣言するならまだ分かる。

「君が僕を愛することはないだろう」

「…何故私の気持ちを貴方が決めるのです?貴方が私を愛さないと言うのであれば貴方自身のことですから分かりますけれども。残念ながら私の心は私が決めるので、貴方の領分ではありません」

「無理に僕を愛する必要はない」

 話が通じない。そう実感し、眉間に皺を寄せる。他人の気持ちを決めつけるなと言っているだけであり、誰も愛するとは言っていない。自惚れるな、思い上がるなと言いたい。

「ちなみに貴方の言う“愛”は精神的なものです?肉体的なものです?」

「君には触れないと誓───」

「義務として抱け。何が何でも勃たせろ」

 結婚前から姑に孫、孫、孫と要求されている身としては愛など二の次。

「!?」

「御託は良いから義務は果たしてくださね」





 そんな最低な思い出を回想しつつ、アメリアは窓の外を眺めていた。夫のロバートが笑っている。彼の表情筋が動いていることに毎回驚かされる。ロバートが金髪の女性の腕から子供を受け取り、抱き上げている。先日2歳になったという子供は女児だと姑が話していた。

 金髪の女性、つまり夫の愛人は、アメリアの立つ窓を仰ぎ、自慢げに微笑む。

 確かに羨ましいとは思うが、ロバートの愛が欲しいわけではない。子供が欲しい。

 姑に跡継ぎを男児をと騒がれるのが嫌だからではなく、アメリアからの愛を受け取ってくれる家族が欲しかった。受け取ってくれるだけでいい。気持ちを返さなくていい。それだけなのに、実家の家族は異物を見るような視線でアメリアを見て距離をとり、避けた。アメリアは父方の祖母に瓜ふたつなのだという。父は教育熱心な彼女を憎んでいたというし、母はヒステリックな彼女を嫌っていたという。結果、彼女の生き写しのようなアメリアは疎まれた。両親がそのような態度だから兄妹もアメリアには近づかなかった。

 夫はアメリアにどう接していいのか分からない様子で距離を取る。愛人は夫という形で男を合法的に横取りしたアメリアを憎む。

 そんな状況でも夫は一応義務として定期的な夫婦の営みを拒絶しない。それでも結婚1年経つというのに、アメリアの身体に変化はない。コウノトリは現れない。屋敷の大奥様である姑と、旦那様である夫から冷めた目で見られるアメリアを、使用人達も腫れ物を扱うように距離を取る。必要最低限のことだけ行い、逃げるように散っていく。

 アメリアは孤独だった。いつも心が寒い。温もりが欲しいと願った。



 そんなある日。

 不意に通りがかった露店で怪しげな本を見つけた。普段なら絶対に立ち止まらない。タイトルも本文も読めないほど、どこまでも真っ黒な本である。

 店主は「悪魔を喚ぶための本だ」と得意げに笑う。何か買ってくれたらタダで譲るというのだから尚更胡散臭い。馬鹿馬鹿しい。

 そんな風に笑い飛ばした記憶がある。

 それなのに、気づいたら真っ黒い本を床に置き、アメリアは膝をついて祈っていた。月夜の照らす室内には風など吹かない。夫のいない夫婦の寝室。それなのに、本は勝手に開いてページを捲り始めた。次第に形を失うように融け、かと思えば黒い煙が積み上がるように伸び上がる。

 戦き、立ち上がったアメリアの背丈を越え、黒い何かは人形をとる。顔もない。ただ、頭らしきもの、手足らしきものがあり、それらしい形状をしている、というだけ。

 黒い人影は、確かめるように拳を握ったり開いたりを繰り返し、今気づいたとばかりに目のない顔面をアメリアに向ける。

『召喚術に割り込んでしまって申し訳ない』

「…召喚術?割り込んだ?」

 自身が何をしようとしていたのか、殆ど認識出来ていないアメリアは、今まさに目を覚ました気分で返す。

『貴女を操り、貴女の魂と引き換えに現世に現れようとしていたのは俺じゃない、別の奴だ。貴女が俺の願いを叶えてくれそうだと思ったから俺が召喚術を横取りした』

 悪魔というのは耳障りな甲高い声で声帯がイカれたような声を上げるものだと思っていたが、目の前の人影は落ち着いた青年の声音で説明してきた。彼の言っていることは理解できなかったが、少なくとも話が通じるだけの知性はあるらしい。

 それにしても、願いを叶えてくれそう、とは何だ。初夜の時の夫を彷彿とさせる。何故悪魔が人間に願うのか。何故アメリアが悪魔の願いを叶えることになるのか。主語がおかしいだろう、主語が。

「生憎私は無力なの。余所を当たってくださる?」

『俺の願いを叶えることで、貴女の願いも同時に叶うだろう』

 胡散臭いなとは思った。そもそも本当に悪魔なのかもアメリアには判断がつかない。目の前のことは全て夢なのだと言われた方がまだマシだ。

 これが夢なら。話を聞くくらい良いのではないか。

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