魔法付与師 ガルブガング

ひづき

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 取り敢えず、とばかりに馬車に載せられる。今日ばかりはアレースと向かい合って座りたくなかったが、隣で密着されるよりマシだと自身に言い聞かせる。

「私が貴女に興味を抱いたのは確かにガルブガング殿がきっかけです。でも今は貴女自身の力になりたいと、そう思ってますよ」

 目が会えば、彼は微笑む。ソフィアは彼を信じるわけにはいかない。だから目を逸らした。

「全て知っています。元々ガルブガングを名乗っていたのは貴女の大叔父であることも、現在ガルブガングを名乗っているのが貴女であることも」

 当然だろう。仮にも公爵家という権力があり、アレース自身も国に仕える騎士なのだ。過去の事件記録を閲覧するなど容易いはずである。だからソフィアは驚かない。窓の外に視線を向けたまま嘆息する。

「それで?」

「ソクール子爵家が長年事件の被害者遺族を支援していることも、その支援金の大半が貴女の薬と魔法付与品で賄われていることも知っています」

 ソフィアは頷き肯定する。否定したところで意味が無いと悟って。

 かつて事件があった。ガルブガングを名乗り活動していた大叔父は身元を知られてしまい、妻子を人質にされ、魔法付与品を作らされた。付与された魔法は全て殺傷能力の高い攻撃魔法であり、犯人達はそれを使って大勢の人を殺し、財産を奪った。

 犯罪者達は捕まったけれど、既に大叔父の妻子は殺されており、守りたいものの為に罪を犯したはずなのに、それが何の意味もないと知った大叔父は絶望した。裁判で大叔父は罪に問われなかったけれど、被害者遺族は納得せず、大叔父を罵倒して暴動を起こし、更に怪我人が出た。

「大叔父様は、死にたがっていました。しかし、死ねなかったのです」

 魔力が高いあまりに、自傷しても本能からか治癒魔法が発動してしまい、自害は不可能だったという。死ねない以上、生きるしかない。大叔父は日々回復や治癒、防御魔法を付与した装飾品を生み出し、遺族を援助する為だけに生きていた。

 子爵家に迷惑をかけたくないという本人の願いにより大叔父は暗い地下室に匿われていた。仲介ギルドを通し、大叔父の作品を売って、匿名で支援金を送るのは父の役目で。

 両親は子供達に地下室の出入りを禁じていたが、ダメと言われれば行きたくなるのが子供というもの。大人達が気づいた時にはソフィアは見様見真似で魔法付与が出来るようになっていた。

「私が魔法付与出来ることを知った大叔父が、号泣しながら両親に繰り返し謝罪する様を今でも覚えています。当時の私は幼くて、無知で、大叔父の嘆きも、固く握られた父の拳が震えている理由も全くわかりませんでした」

 大叔父の身に起きた出来事を聞かされても幼いソフィアは納得出来なかった。魔法付与が悪いわけではない。どんな魔法であれ、どんな技術であれ、結局は使いようではないかと考えた。そんなソフィアを青いと断じた大叔父は今にも倒れそうな青白い顔で言葉を吐き出し、ソフィアに訴える。

 ───作られなければ使いようがないんだ。

 ───製作者には、製作者の負うべき責任がある。

 ───作らないという選択肢だってある。

「こんな力、ない方が幸せなんだよと、大叔父は嘆き、それでも私が魔法付与師として最低限のことは出来るように教えて下さいました」

 好奇心を止められない以上、何が危険で何が安全なのかを教えた方が良い。恐らくそのような結論に至ったのだろう。

「そのお陰で私は無傷だったし、仲間達の命を救う事も出来た」

 アレースの言葉は事実なのだろう。正しい力の使い方をソフィアに求めた大叔父は、防御魔法しか教えなかった。

「結果論に過ぎませんし、偶然です」

 大叔父に似て魔力の強いソフィアは、確かに細石と相性が良い。だが実は大きな宝石に魔法を付与することも出来なくはない。

 媒体が小さければ小さいほど繊細な魔力操作を要求される分、威力が格段に上がる───というのはアレースからの話を聞いて密かに実験した結果判明したことである。恐らくそれが世間に知られていないのは、大きい宝石の方が需要がある為、あとは単に難しいから誰も細かい宝石に魔法を付与したがらない為だろう。

 安い細石の方がより弱者に行き渡るだろうと考えた結果、まさかそれがアレースの手に渡るなんて。本当にどうしてそうなったのかと頭が痛い。

 馬車が止まる。ソクール子爵家に到着したらしい。

 公爵家の使用人が馬車の扉を外から開けようとするが、アレースはそれを手で制した。

「騎士がいつまで続けられるか分からない。怪我で引退する恐れは常にある。その時どう生きたいかを常に考えていました」

 扉を背にアレースが狭い馬車の中で膝をつく。完全に退路を絶たれている状況にソフィアは頬を引き攣らせた。

「そう、ですか」

「ソフィア、私は、私の命の恩人に正当な評価があるべきだと考えたのです。魔法付与の威力と報酬が見合わないなど、不公平だと。ガルブガング殿の後見となり、彼の力を知らしめたいと」

 ───公爵家の子飼になるのと、何が違うのだろう。手を握られるのを拒絶出来ないまま、ソフィアはますます眉根を寄せて顔色を失っていく。


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