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第一章
27 勝敗の行方
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一方、檻の中の小蘭にも、血と砂塵にまみれた試合の全てが見えている。
小蘭は、蒼龍が樊将軍に苦戦している間にも、簪で檻の継ぎ目をつついたり、前についた錠前をいじったりして、何とか自力で逃げる方法を探していた。
ただし、試合の行方が気になり、何かあるたびその手は止まる。
――蒼龍、またあの強そうな人に倒された。さっきから何度も地を這わされ、そのたびに立ち上がっている。その姿が痛々しくて胸が締めつけられる。
(大丈夫よね、蒼龍、死なないよね?)
いくら皇帝が残虐非道でも、親子の仲が悪くても、自分の一人息子が殺されていいなんて絶対に思うはずない。そう思いたいが――。
あれほどの剣技に闘気。あれは、間違いなく強い戦士だ。直感だけれど、きっと軍の頂点に立つくらいの。そんな人と闘わせるなんて。
そこまで考え、小蘭は小さく首を横に振った。
(ううん、まずは彼を信じよう)
それでも何とか試合の体裁を保っている蒼龍はやはり強いのだ。彼ならきっと、勝ってくれる。
ふいに目頭が熱くなり、ほろりと雫が頬を伝った。
(ごめんね、蒼龍)
きっと凄く痛いだろう。自信家の彼が、そう何度も転がされたら、恥ずかしくて悔しいだろう。
そうよ、私だって蒼龍にばかり頼ってはいられない。存分に、力を出して闘って、負けたら負けたでそれでいい。
私のために、ボロボロになって挑んでくれている。そんな姿が、私の胸を熱く焦がしているから。
『自分の命は自分で守れ』は小さい頃からの教え。
一人でも、私はなんとか生き延びてみせる。
小蘭は首を強く横に振ると、再び、錠前を壊しにかかった。
一方、何度倒されてもしつこく立ち上がる蒼龍に、苛々と身体を揺らす人物がいた。
覇皇帝だ。
彼は、あの夜閨に忍んだ蒼龍のことを決して許してはいなかった。
罰として、彼奴が入れあげている姫を処刑し、己の無力を知らしめた上で、自分の膝下に屈服させる。
そのために、樊将軍という切り札まで持ち出したというのに。
皇帝は、苛立ちを噛み殺しながら思う。
――国のすべては自分のものだ。あの若造は、その当たり前を分かっていない。
覇皇帝は玉座の肘掛けを強く掴んだ。たまらず声を張り上げる。
「樊よ、蒼龍程度の若造に、何をてこずっておるか! 少し手加減しているのではないのか? そろそろ片をつけなくては、そなたを迎えに来ている娘親子が、待ちくたびれようぞ」
それが、人質に取られた樊将軍の息子と孫だと解るのは、樊自身と蒼龍だけ。
「娘だと? 何のことだ」
知っていて、わざとらしく大声で尋ねた蒼龍。
樊将軍は、それを恨めしげに睨んだ後、すぐに、皇帝の玉座に向かって礼を取った。
「はっ、我が帝」
樊将軍がわずかに焦り、気がそぞろになった時だった。
右足を引きずり、身体を左右にふらつかせて、立つのがやっとに見えた蒼龍が、素早く動いて将軍の左脛を払った。
「ぐ、はあっ」
将軍が、大きく叫んで尻餅をつく。初めて、樊将軍に土がついた瞬間だった。
「くっ……小癪な。皇子、手負いのフリを?」
「フン、何を今さら。油断は禁物ってのは、いつも爺に言われていたことだってえの!」
顔を歪めて笑った蒼龍は、更に強く攻勢を仕掛ける。
「ぐああっ」
ガキイィィンッ。
派手な金属音が会場に木霊し、蒼龍の剣が樊の左肩の継ぎ目に命中した。
ただし、蒼龍が効果のある打撃を与えたのはその二撃のみで、将軍は即座に体勢を立て直して応戦した。
だが、そこを境に、戦局は明らかに変わっていった。
それまでずっと押され気味だった蒼龍が、以降は樊将軍を押し、徐々に手数を増していった。
蒼龍の息は荒いが、まだ崩れていない。
対して、樊将軍の肩がわずかに上下し始めていた。
——くそっ、消耗戦で粘り勝ちしようという魂胆か。
樊将軍は歯噛みをした。
今まで、経験と技でそれを補ってきた樊将軍だが、齢六十を超える老体は、そろそろ限界に近づいている。
このままでは埒が明かない。
ならば。
「は、ああああああああああっ」
彼は、一際大きな咆哮を腹の底から響かせた。
それは彼の渾身の一撃。
反撃への備えのない必殺の剣技。
「!!」
一歩間違えば命を奪う必殺剣を、蒼龍に向けて放ったのだ。
怖い——!
喉が詰まり、剣を握る指先が一瞬だけ白くなる。
いけないと分かっていながら、思わず身体は癖のまま、勝手に左に動いてしまう。
「もらったあああっっ」
樊将軍の叫びとともに、待っていましたとばかりの迎撃が加わった。
バンッッッ!!
派手な打撃音とともに、砂埃が辺りに舞いあがる。
砂埃が舞う中、しんと会場は静まり返る。
皆が息を呑んで見守る中、やがて砂煙が風に散ると、真ん中に伏した蒼龍が現れた。
「やった、やったぞ!!!」
思わず勝利の叫びを上げる将軍。
観客席からは、悲鳴とも感嘆ともつかぬ声が聞こえてくる。
樊将軍が、伏せたままの蒼龍の前に立った。とうとう、教え子を斬り伏せてしまった。見下ろす将軍の目に暗い哀しみの影が差す。
「……だから言ったでしょう。皇子、貴方は左に避けるくせがあると。最初の一撃は脅し。本体は二撃目です」
蒼龍はピクリともしなかった。
その姿は、全観客に見えている。
無論、小蘭の檻からも。
その瞬間を、小蘭は息をするのも忘れて見守っていた。
思わず、錠前を削る手が止まる。鉄格子にしがみつき、砂の舞う中、蒼龍の姿を見付けようと目を凝らす。
「……終わったか」
皇帝は、その姿に目をやると、嗜虐的な笑みを浮かべた。
「では早速、妃の刑を――」
左手を、宙づりの檻に向かって上げる。会場全体の注意がふとそちらへ逸れたその時。
ドオオオオーンッッ。
大地を揺るがすほどの衝撃音とともに、中央に再び砂塵が舞い視界が一気に白くかき消された。
さっきまでそこにあった筈の樊将軍の姿が消えている。
息を呑む観客の目に、再び現れた光景は――。
小蘭は、蒼龍が樊将軍に苦戦している間にも、簪で檻の継ぎ目をつついたり、前についた錠前をいじったりして、何とか自力で逃げる方法を探していた。
ただし、試合の行方が気になり、何かあるたびその手は止まる。
――蒼龍、またあの強そうな人に倒された。さっきから何度も地を這わされ、そのたびに立ち上がっている。その姿が痛々しくて胸が締めつけられる。
(大丈夫よね、蒼龍、死なないよね?)
いくら皇帝が残虐非道でも、親子の仲が悪くても、自分の一人息子が殺されていいなんて絶対に思うはずない。そう思いたいが――。
あれほどの剣技に闘気。あれは、間違いなく強い戦士だ。直感だけれど、きっと軍の頂点に立つくらいの。そんな人と闘わせるなんて。
そこまで考え、小蘭は小さく首を横に振った。
(ううん、まずは彼を信じよう)
それでも何とか試合の体裁を保っている蒼龍はやはり強いのだ。彼ならきっと、勝ってくれる。
ふいに目頭が熱くなり、ほろりと雫が頬を伝った。
(ごめんね、蒼龍)
きっと凄く痛いだろう。自信家の彼が、そう何度も転がされたら、恥ずかしくて悔しいだろう。
そうよ、私だって蒼龍にばかり頼ってはいられない。存分に、力を出して闘って、負けたら負けたでそれでいい。
私のために、ボロボロになって挑んでくれている。そんな姿が、私の胸を熱く焦がしているから。
『自分の命は自分で守れ』は小さい頃からの教え。
一人でも、私はなんとか生き延びてみせる。
小蘭は首を強く横に振ると、再び、錠前を壊しにかかった。
一方、何度倒されてもしつこく立ち上がる蒼龍に、苛々と身体を揺らす人物がいた。
覇皇帝だ。
彼は、あの夜閨に忍んだ蒼龍のことを決して許してはいなかった。
罰として、彼奴が入れあげている姫を処刑し、己の無力を知らしめた上で、自分の膝下に屈服させる。
そのために、樊将軍という切り札まで持ち出したというのに。
皇帝は、苛立ちを噛み殺しながら思う。
――国のすべては自分のものだ。あの若造は、その当たり前を分かっていない。
覇皇帝は玉座の肘掛けを強く掴んだ。たまらず声を張り上げる。
「樊よ、蒼龍程度の若造に、何をてこずっておるか! 少し手加減しているのではないのか? そろそろ片をつけなくては、そなたを迎えに来ている娘親子が、待ちくたびれようぞ」
それが、人質に取られた樊将軍の息子と孫だと解るのは、樊自身と蒼龍だけ。
「娘だと? 何のことだ」
知っていて、わざとらしく大声で尋ねた蒼龍。
樊将軍は、それを恨めしげに睨んだ後、すぐに、皇帝の玉座に向かって礼を取った。
「はっ、我が帝」
樊将軍がわずかに焦り、気がそぞろになった時だった。
右足を引きずり、身体を左右にふらつかせて、立つのがやっとに見えた蒼龍が、素早く動いて将軍の左脛を払った。
「ぐ、はあっ」
将軍が、大きく叫んで尻餅をつく。初めて、樊将軍に土がついた瞬間だった。
「くっ……小癪な。皇子、手負いのフリを?」
「フン、何を今さら。油断は禁物ってのは、いつも爺に言われていたことだってえの!」
顔を歪めて笑った蒼龍は、更に強く攻勢を仕掛ける。
「ぐああっ」
ガキイィィンッ。
派手な金属音が会場に木霊し、蒼龍の剣が樊の左肩の継ぎ目に命中した。
ただし、蒼龍が効果のある打撃を与えたのはその二撃のみで、将軍は即座に体勢を立て直して応戦した。
だが、そこを境に、戦局は明らかに変わっていった。
それまでずっと押され気味だった蒼龍が、以降は樊将軍を押し、徐々に手数を増していった。
蒼龍の息は荒いが、まだ崩れていない。
対して、樊将軍の肩がわずかに上下し始めていた。
——くそっ、消耗戦で粘り勝ちしようという魂胆か。
樊将軍は歯噛みをした。
今まで、経験と技でそれを補ってきた樊将軍だが、齢六十を超える老体は、そろそろ限界に近づいている。
このままでは埒が明かない。
ならば。
「は、ああああああああああっ」
彼は、一際大きな咆哮を腹の底から響かせた。
それは彼の渾身の一撃。
反撃への備えのない必殺の剣技。
「!!」
一歩間違えば命を奪う必殺剣を、蒼龍に向けて放ったのだ。
怖い——!
喉が詰まり、剣を握る指先が一瞬だけ白くなる。
いけないと分かっていながら、思わず身体は癖のまま、勝手に左に動いてしまう。
「もらったあああっっ」
樊将軍の叫びとともに、待っていましたとばかりの迎撃が加わった。
バンッッッ!!
派手な打撃音とともに、砂埃が辺りに舞いあがる。
砂埃が舞う中、しんと会場は静まり返る。
皆が息を呑んで見守る中、やがて砂煙が風に散ると、真ん中に伏した蒼龍が現れた。
「やった、やったぞ!!!」
思わず勝利の叫びを上げる将軍。
観客席からは、悲鳴とも感嘆ともつかぬ声が聞こえてくる。
樊将軍が、伏せたままの蒼龍の前に立った。とうとう、教え子を斬り伏せてしまった。見下ろす将軍の目に暗い哀しみの影が差す。
「……だから言ったでしょう。皇子、貴方は左に避けるくせがあると。最初の一撃は脅し。本体は二撃目です」
蒼龍はピクリともしなかった。
その姿は、全観客に見えている。
無論、小蘭の檻からも。
その瞬間を、小蘭は息をするのも忘れて見守っていた。
思わず、錠前を削る手が止まる。鉄格子にしがみつき、砂の舞う中、蒼龍の姿を見付けようと目を凝らす。
「……終わったか」
皇帝は、その姿に目をやると、嗜虐的な笑みを浮かべた。
「では早速、妃の刑を――」
左手を、宙づりの檻に向かって上げる。会場全体の注意がふとそちらへ逸れたその時。
ドオオオオーンッッ。
大地を揺るがすほどの衝撃音とともに、中央に再び砂塵が舞い視界が一気に白くかき消された。
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息を呑む観客の目に、再び現れた光景は――。
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