後宮恋歌――人質妃ですが、守られるだけでは終わりません

佳乃こはる

文字の大きさ
81 / 103
第三章 帰還

80 眠れない夜ー傷の奥にあるもの

しおりを挟む
 夜は特に怖い。

 嗅ぎつけた追っ手が、いつ踏み込んでくるか分からない。それで枕元には、いつも剣が置いてある。

 部屋の隅にある竹制の寝台は、二人で眠るには窮屈だった。
 それでも蒼龍は、片時も小蘭を離そうとしない。

 冬の寒さのせいもあった。燃料の節約のため、灯りや火は極力付けないからだ。だから、自然と身体が触れ合ってしまう。そんな息づかいがすぐ隣にある夜には、さすがの小蘭も参ってしまった。
 
 蒼龍は、約束どおり、小蘭に決して手を出さない。
 抱き合って、ただ一緒に眠るだけ。
 
 でも今は、以前とは違う。互いの想いを知り、誓いあった仲なのだ。
 身体の奥に、小さな疼きを感じてしまう。
 その熱を持て余し、悶々とした結果、小蘭は寝不足のまま、朝を迎えることになる。

 蒼龍は、平気なのかな……。
 そう思ってしまう自分が、少し寂しかった。
 
 ある夜、どうしても寝付けない小蘭は、隣で眠る蒼龍をじっと見ていた。
 すると、ほの灯りに、額に浮かぶ玉の汗がきらりと光った。

 やがて眉間に皺を寄せ、しきりに何か寝言を言い出す。
「……や……めろ、よせ……」
「親父っ……貴様……」

 はっとして、小蘭は彼の着物の合わせを寛げた。
 まだ残る包帯の下。脇腹にそっと触れると、そこにはまだ芯熱が残り、どくどくと疼いている。

 ――ああ、そうか。
 昼間、元気なふりをしていても、傷はまだ癒えていないんだ。
 身体も、精神こころも。

 額の汗を拭おうとしたのを止め、小蘭は、その手をそっと腹の傷に当てた。
 すると、不思議にも、彼の呼吸がすっと落ちつき、幾分表情が和らいでゆく。

 胸が、刺すように痛んだ。

 あの日何があったのか、彼は、けっして語ろうとはしない。
 けれど。
 恋だけが、私たちを繋いでいるわけじゃない。
 それほど私は、彼のことを――。

 *

 蒼龍がそれを小蘭に話したのは、腹の包帯がようやく取れた頃――ここへ来てからは、ひと月とちょっとが経っていた。

 その日の昼、日鳳から一度目の物資の支給が届いた。
 添えられていた手紙を、彼は何度も読み返していた。

「曹は……父の死を公にはしていないそうだ」
「え、何故」

「……政略上の理由だろう。父の名で、反乱を抑えられていた国も多い」

 蒼龍は、手にした書を小蘭の方へ投げよこした。

「『曹は蒼龍を捕え、公の前で自白を促し、処刑する。そうして、堂々と自分が皇位に就くつもり』……ですって……!」

 手紙から顔を上げた小蘭に、蒼龍はうん、と頷いた。

「どうりで、追手や触書きが、表に回らないわけだ」
 蒼龍は、くっと奥歯を噛み締めた。

「くそっ、都の事を思うたび――気ばかりが焦る。はやく奴を、倒したいのに……!」

 小蘭から返された手紙をくしゃっと握り、蒼龍は空を睨んだ。

 手紙の最後は、『時を待て、雌伏せよ』と締めくくってあった。

 何も言えずただ俯いた小蘭。
 
 しばらくの沈黙のあと、蒼龍は、ぽつりとその名を呼んだ。

「……小蘭」

「――え」

「聞いてくれるか。にあったことを」

 さわりと鳴った夜の風に、蝋燭の炎が不安定に揺れた。

 *

 あの日。
 俺は、長い戦に飽いていた。
 仲間の兵が、決まりきったように暴れ、その度に俺たちは小競り合いを続ける。睨み合っていれば、それで済んだ。

 日鳳の作戦どおり、何も考える必要の無い戦の筈だった。

 玄武と日鳳が来たのは、親父が現れたのと同日。
 親父より二刻ほど前だった。

 護衛の目を盗み、息抜きにと本陣から抜け出した時、潅木からふたりが飛び出してきた。その時は、思わず剣を抜いてしまったよ。

 ああそうだ。
 茶番のような今回の戦でも、一応総大将の俺の周りは、堅く護られている。
 俺に近づくのには、相当な苦労をしたに違いない。
 顔は面で隠してあったが、俺には二人がすぐにわかった。
 
 戦場から逃げる馬上で、二日前に着いていたが、陣の中で足止めを食らったのだとボヤいていた。
 
 手紙を広げた時には、肺の奥が冷え切り、一瞬、呼吸の仕方を忘れた。
 目に入る文字を追うだけで、頭が内容の理解を拒んでいた。
 
 偽ではないかとも思ったが……封蝋は間違いなく春明のものだったし、使者があの二人だったことが、何よりの確証だ。

 だから俺は、突然の行幸、父帝おやじの急な謁見に、完全に備えることができた。

「蒼龍、よくやっておるようではないか。そなたの噂は遠い都の余の耳まで届いておるぞ」
 
 ……父帝は、いつになく上機嫌だった。

「ありがたきお言葉」
 心を虚しくしながらも、俺は最低限の礼を保った。

 その裏で、俺はそっと剣の柄を握った。

 だが、その刹那。
 
 親父が両の手を拡げ、一歩近づいたところで、信じられないことが起こった。

 音が消え――
 
 次の瞬間、身体が凍りついた。

 父帝の口から、どくどくと血が溢れ出したのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。 それは愛のない政略結婚―― 人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。 後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

【完結】後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました

藤原遊
恋愛
【溺愛・成長・政略・糖度高め】 ※ヒーロー目線で進んでいきます。 王位継承権を放棄し、外交を司る第六王子ユーリ・サファイア・アレスト。 ある日、後宮の片隅でひっそりと暮らす少女――カティア・アゲート・アレストに出会う。 不遇の生まれながらも聡明で健気な少女を、ユーリは自らの正妃候補として引き取る決断を下す。 才能を開花させ成長していくカティア。 そして、次第に彼女を「妹」としてではなく「たった一人の妃」として深く愛していくユーリ。 立場も政略も超えた二人の絆が、やがて王宮の静かな波紋を生んでいく──。 「私はもう一人ではありませんわ、ユーリ」 「これからも、私の隣には君がいる」 甘く静かな後宮成長溺愛物語、ここに開幕。

大正浪漫? 夫婦契約致しました ~暗闇の中、契約夫と密やかにはぐくむ愛~

佳乃こはる
キャラ文芸
老舗製糸屋・両口屋家のひとり娘、陽毬(17)は、父の事業失敗の責任を負う形で、成金の物産商・権藤家へ嫁いだ。 それは恋ではなく、家を救うための契約の婚姻。 しかも、夫となる権藤宿禰(26)は病のため人前に出られず、屋敷の地下で暗闇に閉ざされて暮らしているという。 不安と恐れを胸に、初めて対面した夜。 陽毬が出会ったのは、噂とはまるで違う、知的で誰より暖かい心を持つ夫だった。 契約から始まった夫婦は、言葉を交わし、寄り添い、少しずつ心を育んでいく。 これは、温かな闇の中で選び合う、切なくも、けなげな愛の物語。

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

処理中です...