大正浪漫? 夫婦契約致しました ~暗闇の中、契約夫と密やかにはぐくむ愛~

佳乃こはる

文字の大きさ
45 / 50
第1章

願いのあとで

しおりを挟む
 後日。
 
わりいなあ。俺、いっつも肝心な時にいなくてさ」
「本当ですわ。あの日も、上方へ遊びに出ていたっていうんですから」
 
「はは、でも、結果的には良かったのかな。ふたりの時間を邪魔されなくてすんだ」
 のほほんと笑った宿禰様に、多摩川様がにやりと笑う。
 
「へえ、言うようになったじゃねえか宿禰。一体どうやって元に戻ったんだ。俺が居ちゃあまずいようなことだったのかい?」
「あ、いや。そ、そうじゃなくて」
 慌てて手を振った宿禰様を見て、多摩川様は私の方を振り返る。
 
「ふうん、宿禰が教えてくれないならいいや、陽毬さんに聞くからさ。なあ、一体ふたりで何を」
「まあ、そんな。私の口からなんて……とても言えませんわ」
 
「も、もう、いい加減にしてくれ!」
 バタバタと手足を動かして怒る宿禰様に、私と多摩川様は顔を見合わせて笑った。

 *

 宿禰様と相談して、多摩川様にだけは伝えることにした。
 その日、たまたま様子を見に来られた多摩川様は、土産の羊羹を取り落とし、諸手を挙げて喜んだ。
「宿禰……、宿禰え~」
「うわっ、ちょ、ぎゃ~っ」
 勢い余った多摩川様は、何と、宿禰様に抱き着いて畳へ押し倒した。宿禰様がそこから抜け出すまで、堪えきれずに笑ってしまった。

「良かったなあ、良かったなあ宿禰ぇ……ぐすっ。俺ぁ口には出さなかったがよ……正直、一生元には戻れねえんじゃないかって……」
 例によって多摩川様が号泣し始めたので、私はかなり焦ってしまった。

 *

 私たちは、冬が来る前と同じように、多摩川様を見送りがてら夕刻の散歩に出た。
 目的地は、例のおやしろだ。

 ぱん、ぱん。
 三人並んで柏手かしわでを打つ。
 多摩川様が大きなお金を賽銭箱に入れたのを横目に見、驚きながらも、土地神様に精一杯の感謝を述べる。

 ――ありがとうございました。私と、宿禰様のお願いをかなえていただいて。
 
 長い祈りの後、私たちは、大杉の下の飾り石に腰掛けた。
 時は夕暮れ。朱に染まった西の空に、山に戻りゆく鴉の群れが影絵のように浮かんでいる。
 
 私たちのほかに誰もいないのを確認して、宿禰様は頭巾と蛙面を外した。
 
「ああ、心地いい。久しぶりだな、顔に風を感じるのは」
 美しい素顔に、どきりと胸を高鳴らせた私に対して、宿禰様を挟んで向かいの多摩川様ときたら、鼻を垂らして今にも涙腺が決壊しそうな顔をしている。
 手拭いを三枚も渡しておいて、本当に良かった。

 多摩川様に、宿禰様の快癒を公にするかどうかを相談したところ。
 
「う~ん、俺も宿禰の意見に賛成だ。宿禰にゃ悪いが、あの連中は信用ならねえ。陽毬さんのの話も気になるしな。ただ……」

 多摩川様は石の上で片膝を立てると、腕を組み、顎を乗せて宿禰様を凝視した。

「かと言って、いつまでも地下に引っ込んでいるわけにもいくめえ。いつかはふたりでお日様の下に出ていくべきだ。そこでな、相談だが」
 多摩川様が、私と宿禰様を交互に見て、ニヤッと笑った。

「例の商売の話だ。実はな……通ったんだよ! 融資が!」
「ええっ、それは本当か!」
 
「ああ。お前が春頃、陽毬さんに言付けてくれた計画書、あれが良かったんだ!」
「はは、良かったじゃないか!」
 ぱあっと顔を輝かせた宿禰様に、多摩川様も嬉しそうに声を上げた。
 
「こないだ上方へ行っていたのは、そのためさ。登記所へ行ってきた後、上方で働いているおハツとおクマを誘ってきたのさ!」
「まあ、おハツさんとおクマさんを!」
 おハツさんと、おクマさん。ふたりが手伝ってくれるのならば心強い。
 
「へ……え、すごいや」
 目を丸くした宿禰様に、多摩川様はニヤリと不敵な笑みを見せた。

「文子さんの撮影もこの間済ませたしな。……なあ宿禰。俺の方も、もう少しで準備が整う。あとひと月ほどしたら、お前は堂々と地上に出て、権藤の家から居を移し、俺と商売をすればいい」
「梓……」

「あ、勿論その時は陽毬さんも一緒にね。実は……ご実家の製糸製布のほうもあてにしてるんだよな」
「まあ、しっかりしていらっしゃること」
 
「ま、俺も失敗したくはねえからな。……なあ、三人で夢をかなえようぜ」

「……ああ」

 少し照れ臭そうに首を傾けながらも、多摩川様の突き出した拳に、宿禰様が拳を合わせる。

「ほら、陽毬さんも。なあ、宿禰」
「うん。……お願いします、陽毬さん」

「ま、まあ」
 目を見合わせたふたりが、私の方を微笑みとともに見つめている。

 リイィン――。
 その時、不意に巻き起こる風に揺られて、境内の鈴の音が、ひときわ長く、境内に残った。

 あ、また。
 安堵の中にいるはずなのに、理由の分からない胸騒ぎが、ほんの一瞬混じった。
 
 ……いけない、私ったら。
 
「よろしく――お願いします」

 私は軽く頭を振ると、そっと息を吸い込んだ。
 今ここにある温もりを確かめるように、袂を手繰り、右の拳をそっと合わせた。
 
 さわわっ。
 
 皐月の夕暮れの風に、境内の大楠オオクスの木が優しく葉を鳴らしていた。
 

 第1章 終


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。
 話数が少したまったら、第2章をはじめたいと思います。
 よかったら読んでやってください。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したことに気づいたアイナ・ネルケ。 だが彼女はヒロインではない――ただの“モブ令嬢”。 「私は観る側。恋はヒロインのもの」 そう決めて、治癒魔術科で必死に学び、気合いと根性で仲間を癒し続けていた。 筋肉とビンタと回復の日々。 それなのに―― 「大丈夫だ。俺が必ず君を守る」 野外訓練で命を救った騎士、エルンスト・トゥルぺ。 彼の瞳と声が、治癒と共に魂に触れた瞬間から、世界が静かに変わり始める。 幼馴染ヴィルの揺れる視線。 家族の温かな歓迎。 辺境伯領と学園という“日常の戦場”。 「……好き」 「これは恋だ。もう、モブではいたくない」 守られるだけの存在ではなく、選ばれる覚悟を決めたモブ令嬢と、 現実しか知らない騎士の、静かで激しい溺愛の始まり。 これは―― モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまでの物語。 ※溺愛表現は後半からです。のんびり更新します。 ※作者の好みにより筋肉と気合い…ヤンデレ落ち掛けが踊りながらやって来ます。 ※これは恋愛ファンタジーです。ヒロインと違ってモブは本当に大変なんです。みんなアイナを応援してあげて下さい!!

オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。 突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。 多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。 死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。 「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」 んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!! でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!! これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。 な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)

迷子の会社員、異世界で契約取ったら騎士さまに溺愛されました!?

翠月 瑠々奈
恋愛
気づいたら見知らぬ土地にいた。 衣食住を得るため偽の婚約者として契約獲得! だけど……? ※過去作の改稿・完全版です。 内容が一部大幅に変更されたため、新規投稿しています。保管用。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

政略結婚が恋愛結婚に変わる時。

美桜羅
恋愛
きみのことなんてしらないよ 関係ないし、興味もないな。 ただ一つ言えるのは 君と僕は一生一緒にいなくちゃならない事だけだ。

今日から、契約家族はじめます

浅名ゆうな
キャラ文芸
旧題:あの、連れ子4人って聞いてませんでしたけど。 大好きだった母が死に、天涯孤独になった有賀ひなこ。 悲しみに暮れていた時出会ったイケメン社長に口説かれ、なぜか契約結婚することに! しかも男には子供が四人いた。 長男はひなこと同じ学校に通い、学校一のイケメンと騒がれる楓。長女は宝塚ばりに正統派王子様な譲葉など、ひとくせある者ばかり。 ひなこの新婚(?)生活は一体どうなる!?

処理中です...