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第二章
あの日の彼を想って1
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人は自然の中で情緒を感じ、その中で営みを変えていく。人の心も身体も時の中で育まれ、少しずつ前に進んでいく。
――――それは夢か現実か、時々思い出すと分からない時もある…
その日はまた暑い日だった。うだるような日差しが容赦なくアスファルトを焦がし、陽炎が立ち上り視界をぼやけさせていく。
外に行きたくない、クーラーの効いた部屋でのんびりしたいっていう思いとは裏腹に、学校は容赦なく生徒たちを地獄のような蒸し風呂のごとき教室に放り込んでくれる。
男子も女子もネクタイを緩ませ、ワイシャツの首元のボタンを外し、下敷きを団扇のように扇いだり、手持ち用扇風機を首元に当ててる生徒たち。
「数式とは化学や物理だけではなく、音楽や絵画など様々な物へにも影響を及ぼす物だ。例え大人になって公式を忘れたとしてもその考え方そのものは一生物となる…」
暑い日差しが窓から差し込み、蛍光灯が灯らずとも手元のノートの文字をくっきりと映してくれる。
「―――なんて事を実感するのは、30過ぎてからになる訳だが…基本的にどんな職業に就くにしても、数学Ⅰぐらいは最低でもマスターしておかないと、将来本当に後悔するぞ~特に一次関数は普段の買い物でもそのまま活用出来る」
先生がチョークを黒板に走らせながら…背広を着こみ汗も掻かずに、金色のネクタイピンを手で触りながら、ゆったりとした口調での講義。受けている生徒の中で、まともに黒板を見ているのは何割ぐらいかな…?
「……今日もあの人来るのかな…それとも…もう来ない?」
隣の席の葵が教師の目を盗んで、買ったばかりの本を読んでいるのを横目に、アタイは昨日と同じように校庭のあの木の根元へと視線を向けていた。
片手でエンピツをクルクルと回しながら…その先っぽを何となく葵の方へ向ける。
どこのクラスか分からない、誰かも分からない男子生徒。頭を軽く振り、もう一度黒板へと視線を向ける。
「そして、40過ぎると子供に勉強教えてと言われても恥を掻く事もなくなる訳だ…ああ~葵、読書するなら休み時間にしてくれないか?」
「大丈夫です! 先生の愛人が誰だとかは絶対に言いません!」
「誰が愛人持ちだ! それお前が今読んでる本の内容か!?」
「「「あっはっはっはっは」」」
さっきまでダラっとしていた空気が一気に華やかに、夏の熱気を吹き飛ばすような笑い声だ。
葵の口元が緩んでいるのが見える。アタイは視線をまた窓の方へと向けて、空を何となく眺めていた。
風に乗って雲がゆっくりと流れていく…その行き着く先がどこなのか…ここからじゃ見えない…
「…吉岡先生、ぽっちゃり体形だけど、本当はモテちゃったりするんですか?」
「ずっと触っていますけど、そのネクタイピン、もしかして愛人のプレゼントだったり~?」
「こっ…これは娘の誕生日プレゼントで……って~お前たちには関係ないだろ! ほら、おしゃべりしてる暇あったらちゃんと授業に集中しろ!」
葵は軽く舌を出していたずらっ子のような表情で小説を机の中に入れてから、黒板へと視線を向けていた。
アタイは一瞬だけ先生のアタフタしながら恥ずかそうに顔を赤らめているのを見てから、またもう一度校庭の木を見下ろす。
「考えてみれば、あの時はあの人…体育の授業中だったよね…もうすぐ体育祭だし」
普段から愛用していながら、削った事のない恋占いのエンピツに自分のイニシャルが入ったキャップを付けてから…反対側の方へは…何もつけずにコロコロと机の上を何度も転がしていく。
「お前ら~先生をからかうのも大概にしろよ? 良いか授業に集中しないと後悔するぞ~?……今日の分は、次の授業でテストするからな~?」
「「「げげっ!」」」
転がしている間も視線はずっと窓の外へと、焦点の合わない眼差しでいつの間にか木の根元近くに来ていた子猫を目で追っていたら、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
やっと解放された安堵の叫びを上げる者たち、次の授業への絶望に嘆いている声がどこか遠くに感じる。
「どうしたの? 美桜…そんな黄昏ちゃって~また失恋でもした?」
「樹? そんなんじゃないよ‥ただちょっと外の空気が吸いたくなってさ」
ちょっと前の席に座っていた樹が近くに。視線を何となく合わせられずに、もう一度窓へと視線を向けてから立ち上がり、カギを開け全開に開く。一瞬だけ強い風が教室の中へと吹き込み、机に広げたままの教科書を閉じ、ノートをめくりあげる。
「風が強いのかな…」
「暑かったから丁度良いよ~他の窓も開けちゃお…教科書とか読みにくくなるけど…」
視線を閉じられた教科書の方へと向けて、風で飛ばされない内に机の中へと入れる。
心の整理をするかのように机の上を綺麗にすると…空を飛んでいたカラスたちが電線に留まり、鳴き声が耳に響かせていた。
「それで今日は何食べる? 学食でもいく?」
「うん… アタイはちょっと…校庭に行こうかな…あっ…」
もう一度、校庭の木を見下ろすと今度は誰かが子猫を抱きかかえていた。
その学生の視線はカラスを見ているみたいで…周りを見回していて…親猫がいたのか…その子の方へと歩いていき、抱えていた子猫を親猫の前に下ろしてから、懐の入れていた猫缶を取り出し、その親子に与えていた。
「どうしたの? 美桜…」
「樹…ちょっとね…でも今日は良いか…一緒に食堂いこ」
エサを与えてくれる人間には甘えるのか、親猫が甘えて来たりする。
見た所他の子猫の様子もいない。兄弟とかは産めなかったのか‥もしくは、死んでしまったのか…その男子学生も他に子猫がいないか探している感じだった。
その男子学生はその後も、お昼休みや授業中、それに放課後にもたまに顔を出していたのを見ていた。
――――あれから二か月ほど、昼休みになるとその男子学生は同じ場所に来ては親子猫の世話をしていたみたいだけど、その日は子猫しかいなかった。
子猫といってももう大きくなっているんだけど…大人の猫より一回り小さい程度の大きさになっていた。
「そろそろ親離れの時期なのかな…それとも親がいなくなった?」
昼休み前の授業、教科書を立てて自分の寝顔を隠す者もいたり、次の研修旅行の為に短歌や和歌を考える為に、古語辞典を数学の授業中に開き真剣な表情で見ている生徒も。
そんな生徒たちの様子を半分諦めた表情で黒板の前で、数式を一つずつ書いていく吉岡先生…何か今日はお腹が少しだけへこんでいるっていうか…?
「先生~ダイエット中ですか?」
「実はな…娘がワンサイズ小さなズボンを買ってきてな…無言の圧力のような物を感じて今必死にダイエットしてるんだよ…」
一体どんな親子関係なのか、目ざとく痩せた事に気づいた他の生徒たちの声に、先生はどこか誇らしげに…お腹を軽く叩きながら嬉しそうな表情を浮かべて不器用なウィンクを生徒たちにしていた。
「きっと、娘さんも格好良いパパになってほしいとか思ってるんですよ~」
「ただの嫌がらせな気も…どんなダイエット方法でやってるんですか?」
「通勤時に一駅分歩いたり、炭水化物ダイエットとかだな~これが結構きつい…でも、嫁や娘が喜んでくれているし頑張ってる所だ!」
皆の笑い声や、先生の決意に満ちた言葉が響く中でも、
校庭にいた男子高校生は猫を抱えながら歩き回っていた。どこかに親猫がいないか探してるみたいに…猫って誰かに拾われたり、事故で死んだり…色々あるから分からないけど…その日はずっと親猫を必死に探しているその男子生徒の姿が目に焼き付いていた。
――――初めて声をかけて名前を知ったのは‥あの俳句を作ろうとしていた研修旅行の時だっけ…何も持たずに一人でブラブラしていた彼に勇気を振り絞って声をかけた時、普段見ていますとか、猫は好きなんですかとか…そんな事は言えなかった。
ただ、一人じゃ寂しいから一緒に山を見て回りませんかって…そう声をかけたんだっけ…
先輩はちょっと困ったような笑みを浮かべながら、それでも頷いてくれてた。
ただ一緒に山を歩いている間、会話らしい会話なんてなくて、ただ黙って並んでい歩いていた。
樹が東谷君の事で悩んだりしている時にも、頭の片隅で氷雨先輩の事を考えてた気がする
今思えば、先輩も違う事を考えていたのかも…それが猫の事なのか、もしくは別の事なのか…それは分からない。
吉岡先生がダイエットに成功して娘さんから褒められた後に、リバウンドして物凄く嫌な顔をされたと泣いていた事もあったけど…それを皆で慰めたり、先生が一緒に皆とお昼を食べていたりしていた時も…アタイは一人で校庭にいる彼の姿を目で追っていた。
――――小春日和のような温もりを感じた日の翌日、アタイは校庭で一人空を見上げていから、自分の教室の位置を確認するように校舎をよく観察していた。
「あそこからだと…アタイの姿はここから見えなかったかな…それでもちょっとだけ見えるような…」
制服の上からマフラーを巻き、白い息を吐きながら、スカートが皴にならないように裾を整えながら木の根元に座る。
氷雨先輩はいない…皆がお昼休みでお弁当を広げながら雑談をしている間、アタイは誰にも告げずに一人ここにいた。
カイロによって温められたお腹周りに、手袋をした手がちょっとだけ温もりを与えてくれる。
「あの時山で声をかけた時…アタイの誘いに乗ってくれたのって…やっぱりアタイの事が見えていたのかな…? まさかね……」
頬を温めるように両手で顔を覆うと…口から出る息が顔も温めていく…
気温が下がりすぎたせいか、外で遊んでいる他の生徒たちもいない…訳でもなく、今日も羽根つきをしている女子たちがいて、今日は下級生たちがサッカーを楽しんでいる。
先輩たち普段グラウンドを占領してるから、下級生たちが羽を伸ばしている…
「今更、理由訊けないよね…別に訊いても良いんだけど何か恥ずかしい…」
すっかり久幸の毛がびっしりついてしまったマフラーを何度も手で触れながら…誰も傍にいないこの時間を感じている。
聞こえるのは遠くにいる生徒たちの喧騒や歓声。名前も知らない木に背中を預けて、その風に身を任せる。
「アタイは…来年はずっとここに一人でいるのかな‥卒業した先輩の隣にちゃんといられるのかな……」
眼を閉じれば、思い出すのはこの半年ずっとここにいた男子学生の姿。
彼はどんな思いでここにいて、どんな想いでこうやって皆を見ていたんだろう。
彼が誰かと話していたりする姿をほとんど見た事がなかった。何となく…周りがアプリゲームやスマホで賑わっていてもその輪の中に加わろうとはしていなかった。
「こんな所で…一人でどうしたんだ?」
「………先輩?」
――――それは夢か現実か、時々思い出すと分からない時もある…
その日はまた暑い日だった。うだるような日差しが容赦なくアスファルトを焦がし、陽炎が立ち上り視界をぼやけさせていく。
外に行きたくない、クーラーの効いた部屋でのんびりしたいっていう思いとは裏腹に、学校は容赦なく生徒たちを地獄のような蒸し風呂のごとき教室に放り込んでくれる。
男子も女子もネクタイを緩ませ、ワイシャツの首元のボタンを外し、下敷きを団扇のように扇いだり、手持ち用扇風機を首元に当ててる生徒たち。
「数式とは化学や物理だけではなく、音楽や絵画など様々な物へにも影響を及ぼす物だ。例え大人になって公式を忘れたとしてもその考え方そのものは一生物となる…」
暑い日差しが窓から差し込み、蛍光灯が灯らずとも手元のノートの文字をくっきりと映してくれる。
「―――なんて事を実感するのは、30過ぎてからになる訳だが…基本的にどんな職業に就くにしても、数学Ⅰぐらいは最低でもマスターしておかないと、将来本当に後悔するぞ~特に一次関数は普段の買い物でもそのまま活用出来る」
先生がチョークを黒板に走らせながら…背広を着こみ汗も掻かずに、金色のネクタイピンを手で触りながら、ゆったりとした口調での講義。受けている生徒の中で、まともに黒板を見ているのは何割ぐらいかな…?
「……今日もあの人来るのかな…それとも…もう来ない?」
隣の席の葵が教師の目を盗んで、買ったばかりの本を読んでいるのを横目に、アタイは昨日と同じように校庭のあの木の根元へと視線を向けていた。
片手でエンピツをクルクルと回しながら…その先っぽを何となく葵の方へ向ける。
どこのクラスか分からない、誰かも分からない男子生徒。頭を軽く振り、もう一度黒板へと視線を向ける。
「そして、40過ぎると子供に勉強教えてと言われても恥を掻く事もなくなる訳だ…ああ~葵、読書するなら休み時間にしてくれないか?」
「大丈夫です! 先生の愛人が誰だとかは絶対に言いません!」
「誰が愛人持ちだ! それお前が今読んでる本の内容か!?」
「「「あっはっはっはっは」」」
さっきまでダラっとしていた空気が一気に華やかに、夏の熱気を吹き飛ばすような笑い声だ。
葵の口元が緩んでいるのが見える。アタイは視線をまた窓の方へと向けて、空を何となく眺めていた。
風に乗って雲がゆっくりと流れていく…その行き着く先がどこなのか…ここからじゃ見えない…
「…吉岡先生、ぽっちゃり体形だけど、本当はモテちゃったりするんですか?」
「ずっと触っていますけど、そのネクタイピン、もしかして愛人のプレゼントだったり~?」
「こっ…これは娘の誕生日プレゼントで……って~お前たちには関係ないだろ! ほら、おしゃべりしてる暇あったらちゃんと授業に集中しろ!」
葵は軽く舌を出していたずらっ子のような表情で小説を机の中に入れてから、黒板へと視線を向けていた。
アタイは一瞬だけ先生のアタフタしながら恥ずかそうに顔を赤らめているのを見てから、またもう一度校庭の木を見下ろす。
「考えてみれば、あの時はあの人…体育の授業中だったよね…もうすぐ体育祭だし」
普段から愛用していながら、削った事のない恋占いのエンピツに自分のイニシャルが入ったキャップを付けてから…反対側の方へは…何もつけずにコロコロと机の上を何度も転がしていく。
「お前ら~先生をからかうのも大概にしろよ? 良いか授業に集中しないと後悔するぞ~?……今日の分は、次の授業でテストするからな~?」
「「「げげっ!」」」
転がしている間も視線はずっと窓の外へと、焦点の合わない眼差しでいつの間にか木の根元近くに来ていた子猫を目で追っていたら、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
やっと解放された安堵の叫びを上げる者たち、次の授業への絶望に嘆いている声がどこか遠くに感じる。
「どうしたの? 美桜…そんな黄昏ちゃって~また失恋でもした?」
「樹? そんなんじゃないよ‥ただちょっと外の空気が吸いたくなってさ」
ちょっと前の席に座っていた樹が近くに。視線を何となく合わせられずに、もう一度窓へと視線を向けてから立ち上がり、カギを開け全開に開く。一瞬だけ強い風が教室の中へと吹き込み、机に広げたままの教科書を閉じ、ノートをめくりあげる。
「風が強いのかな…」
「暑かったから丁度良いよ~他の窓も開けちゃお…教科書とか読みにくくなるけど…」
視線を閉じられた教科書の方へと向けて、風で飛ばされない内に机の中へと入れる。
心の整理をするかのように机の上を綺麗にすると…空を飛んでいたカラスたちが電線に留まり、鳴き声が耳に響かせていた。
「それで今日は何食べる? 学食でもいく?」
「うん… アタイはちょっと…校庭に行こうかな…あっ…」
もう一度、校庭の木を見下ろすと今度は誰かが子猫を抱きかかえていた。
その学生の視線はカラスを見ているみたいで…周りを見回していて…親猫がいたのか…その子の方へと歩いていき、抱えていた子猫を親猫の前に下ろしてから、懐の入れていた猫缶を取り出し、その親子に与えていた。
「どうしたの? 美桜…」
「樹…ちょっとね…でも今日は良いか…一緒に食堂いこ」
エサを与えてくれる人間には甘えるのか、親猫が甘えて来たりする。
見た所他の子猫の様子もいない。兄弟とかは産めなかったのか‥もしくは、死んでしまったのか…その男子学生も他に子猫がいないか探している感じだった。
その男子学生はその後も、お昼休みや授業中、それに放課後にもたまに顔を出していたのを見ていた。
――――あれから二か月ほど、昼休みになるとその男子学生は同じ場所に来ては親子猫の世話をしていたみたいだけど、その日は子猫しかいなかった。
子猫といってももう大きくなっているんだけど…大人の猫より一回り小さい程度の大きさになっていた。
「そろそろ親離れの時期なのかな…それとも親がいなくなった?」
昼休み前の授業、教科書を立てて自分の寝顔を隠す者もいたり、次の研修旅行の為に短歌や和歌を考える為に、古語辞典を数学の授業中に開き真剣な表情で見ている生徒も。
そんな生徒たちの様子を半分諦めた表情で黒板の前で、数式を一つずつ書いていく吉岡先生…何か今日はお腹が少しだけへこんでいるっていうか…?
「先生~ダイエット中ですか?」
「実はな…娘がワンサイズ小さなズボンを買ってきてな…無言の圧力のような物を感じて今必死にダイエットしてるんだよ…」
一体どんな親子関係なのか、目ざとく痩せた事に気づいた他の生徒たちの声に、先生はどこか誇らしげに…お腹を軽く叩きながら嬉しそうな表情を浮かべて不器用なウィンクを生徒たちにしていた。
「きっと、娘さんも格好良いパパになってほしいとか思ってるんですよ~」
「ただの嫌がらせな気も…どんなダイエット方法でやってるんですか?」
「通勤時に一駅分歩いたり、炭水化物ダイエットとかだな~これが結構きつい…でも、嫁や娘が喜んでくれているし頑張ってる所だ!」
皆の笑い声や、先生の決意に満ちた言葉が響く中でも、
校庭にいた男子高校生は猫を抱えながら歩き回っていた。どこかに親猫がいないか探してるみたいに…猫って誰かに拾われたり、事故で死んだり…色々あるから分からないけど…その日はずっと親猫を必死に探しているその男子生徒の姿が目に焼き付いていた。
――――初めて声をかけて名前を知ったのは‥あの俳句を作ろうとしていた研修旅行の時だっけ…何も持たずに一人でブラブラしていた彼に勇気を振り絞って声をかけた時、普段見ていますとか、猫は好きなんですかとか…そんな事は言えなかった。
ただ、一人じゃ寂しいから一緒に山を見て回りませんかって…そう声をかけたんだっけ…
先輩はちょっと困ったような笑みを浮かべながら、それでも頷いてくれてた。
ただ一緒に山を歩いている間、会話らしい会話なんてなくて、ただ黙って並んでい歩いていた。
樹が東谷君の事で悩んだりしている時にも、頭の片隅で氷雨先輩の事を考えてた気がする
今思えば、先輩も違う事を考えていたのかも…それが猫の事なのか、もしくは別の事なのか…それは分からない。
吉岡先生がダイエットに成功して娘さんから褒められた後に、リバウンドして物凄く嫌な顔をされたと泣いていた事もあったけど…それを皆で慰めたり、先生が一緒に皆とお昼を食べていたりしていた時も…アタイは一人で校庭にいる彼の姿を目で追っていた。
――――小春日和のような温もりを感じた日の翌日、アタイは校庭で一人空を見上げていから、自分の教室の位置を確認するように校舎をよく観察していた。
「あそこからだと…アタイの姿はここから見えなかったかな…それでもちょっとだけ見えるような…」
制服の上からマフラーを巻き、白い息を吐きながら、スカートが皴にならないように裾を整えながら木の根元に座る。
氷雨先輩はいない…皆がお昼休みでお弁当を広げながら雑談をしている間、アタイは誰にも告げずに一人ここにいた。
カイロによって温められたお腹周りに、手袋をした手がちょっとだけ温もりを与えてくれる。
「あの時山で声をかけた時…アタイの誘いに乗ってくれたのって…やっぱりアタイの事が見えていたのかな…? まさかね……」
頬を温めるように両手で顔を覆うと…口から出る息が顔も温めていく…
気温が下がりすぎたせいか、外で遊んでいる他の生徒たちもいない…訳でもなく、今日も羽根つきをしている女子たちがいて、今日は下級生たちがサッカーを楽しんでいる。
先輩たち普段グラウンドを占領してるから、下級生たちが羽を伸ばしている…
「今更、理由訊けないよね…別に訊いても良いんだけど何か恥ずかしい…」
すっかり久幸の毛がびっしりついてしまったマフラーを何度も手で触れながら…誰も傍にいないこの時間を感じている。
聞こえるのは遠くにいる生徒たちの喧騒や歓声。名前も知らない木に背中を預けて、その風に身を任せる。
「アタイは…来年はずっとここに一人でいるのかな‥卒業した先輩の隣にちゃんといられるのかな……」
眼を閉じれば、思い出すのはこの半年ずっとここにいた男子学生の姿。
彼はどんな思いでここにいて、どんな想いでこうやって皆を見ていたんだろう。
彼が誰かと話していたりする姿をほとんど見た事がなかった。何となく…周りがアプリゲームやスマホで賑わっていてもその輪の中に加わろうとはしていなかった。
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